いつものように家に帰る。
ドアを開ければ、帰りを待っていた小犬のような彼女が。
見えない尻尾を左右に激しく振って、迎えに来てくれる。
そのはずだったんだけれど・・・
「ランカちゃん?」
しばらく玄関で待ってみても、一向に出迎えはない。
帰り際に連絡を入れた時には、今日と明日はオフのランカちゃんに。
私もそういう流れになったことを伝えたら。
久し振りに会えると同時に、もの凄く久し振りに重なった休みに。
たまらないくらい嬉しそうなのが声でわかった。
だから、飛んできてくれると思ったんだけれど・・・
(最近、忙しかったし・・・もしかしたら・・・)
日射しもいい感じの午後の時間だったから、寝てしまったのかも知れないと。
少し寂しく感じながらも、ランカちゃんの寝顔を思い浮かべれば、すぐに笑みが零れた。
なるべく物音を立てないように、静かにリビングへ。
ソファあたりで眠ってるのだろうと思ったけれど、そこにその姿はなく。
かわりに、ローテーブルの前で俯いたままのランカちゃんを見つけた。
「なんだ、起きてるんじゃない。このあたしを出迎えにこないとはどういうことなの?」
笑みを浮かべて軽い口調でそう言えば。
いつものかわいらしくも愛しい笑みを見せてくれると思ったんだけど。
ランカちゃんは俯いたまま、言葉も発しない。
さすがにおかしいと思って、傍によって髪にソッと触れる。
「ランカちゃん?どうしたの?調子、悪いの?」
心配になってそう尋ねれば、小さく首が左右に振られる。
どうやら、体調が悪いというわけではないことを確認して。
バッグを適当にその変に放り投げるように置けば、隣に腰を下ろして。
ふかふかの緑の髪を撫でながら、様子を窺った。
仕事で何かあった時は、たいがい、いつもよりテンションが高くなるランカちゃん。
そんな時は、私からは何も聞かない。
それに合わせることもなく、いつも通りに過ごして。
ランカちゃんのタイミングで話を聞く。
もちろん、自分で解決できたのならば、何も聞かないことにしてる。
私もランカちゃんも“プロ”だから。
仕事上でのことまで全てを話すような仲にはなりたくない。
それは、お互いのプライドでもあった。
だから、仕事上でのことならば、たいがいはだいぶ過ぎてから“笑い話”になる。
でも、今日の様子はそれとは違う。
家族の問題ならば、少し怒ったような感じのランカちゃん。
友だちとのことならば、溜息の多いランカちゃん。
それなりに長く一緒にいることで、なんとなくだけれどわかってきたこと。
(っていうか、わかりやすいのよね、ランカちゃんて・・・)
素直すぎる彼女は、自分とは違って隠すのが下手だから。
そんなところもかわいいし、少し憧れるところもある。
自分はいつの間にか、偽るのがうまくなっていたから。
そう思うと、口元に苦笑が浮かんでしまった。
隣にいる、素直なランカちゃんが、隠しもせずこんな状態の時は。
酷く体調が悪いのでなければ、答えは1つ。
(私のことね。)
その原因を探すべく、思い当たる節を思い浮かべるけれど。
これと言って、思い当たることはない。
考えてみれば、さっきの電話ではあんなに嬉しそうだったのだ。
あれが芝居だったとは考えにくくて、視線を彷徨わせれば。
ローテーブルの下に雑誌があった。
いわゆるそれは、ゴシップ誌で。
噂好きにはもってこいの根も葉もないことを書く、業界からは嫌われている雑誌。
それを見つけて合点がいった。
「ああ、これ。読んだのね。」
中味は、お粗末としか言いようのない酷い嘘ばかりの記事。
今回その雑誌のターゲットは“二大歌姫”。
つまりは、私たち。
私とランカちゃんが不仲で、しかも私がランカちゃんを一方的に虐めている。
ランカ・リーは現代のまさにシンデレラ。
まぁ、わかりやすく言うと、そういう感じの記事だったと思うんだけど。
「こんなの嘘ばっかりです・・・」
「そうね。まぁ、そういう雑誌だし。」
「でも・・・シェリルさんは・・・こんな酷い人じゃありません・・・」
「そう?他人には、以外とこんな感じに見えてるんじゃないかしら?」
「そんなっ!?」
瞳をウルウルさせているランカちゃんは、ほんとにかわいいと思う。
そんなことを余裕で思えるくらい、私はその記事について何も感じていなかった。
その雑誌がどれほど売れているかは知らないけれど。
むしろ、そう思われているのならば好都合とさえ思う。
少なくとも、これを読んだ読者がランカちゃんを悪く思うことはないだろうし。
私もそういうキャラが立つ行動をしていることには自覚がある。
この業界は綺麗事ばかりじゃないことだって、よく知っている。
だからこそ。
こういう話題が出たことに、内心笑みを浮かべた。
ランカちゃんのイメージは上がるし、私の悪名もまた上がる。
人からしてみれば、私は“傲慢でワガママできつい”イメージのある存在なのだから。
今さら、どうこう書かれようと、それは全て“シェリル・ノーム”の魅力に変えられる。
そのことを私は知ってる。
グレイスという女性から教えてもらったから。
「ねぇ、ランカちゃん。」
今にも泣きそうなランカちゃんに呼びかける。
「この業界は、仲良しこよしじゃやっていけないのよ?」
私が言ったことに、ランカちゃんは大きく目を見開くと。
ひどく傷ついたように、悲しい表情を浮かべて俯いた。
「あなたはそこに立って歌うことを選んだ。そうでしょう?」
顔は上げてくれないけれど、ランカちゃんは小さく頷いてくれる。
「これからだって、こういう記事は出てくるわ。」
間違いなく。
それは、あの戦いから、フロンティアの人たちが前に進んだ証拠だとも思う。
だって、こんなくだらない話題で世間が騒ぐんだから。
「もしかしたら、違う誰かとのことで、ランカちゃんが逆の立場になるかも知れない。」
そんなこと、私がさせないつもりだけれど。
でも、一応、知っておいて。
「あなたと私はライバルで。いくら一緒に歌うことが多くても、そう思われるのが当たり前なの。」
ランカちゃんの肩が震えているのがわかる。
小さな嗚咽が聞こえてきたことに、少し胸が痛むけれど。
あなたには、ちゃんと受けとめてほしいから。
「人気がでれば、それなりにリスクを背負うこともあるわ。」
それこそ、こういう雑誌なら喜ぶネタをでっち上げるだろう。
この記事だって、たぶん、私がおまじないだってランカちゃんの額に突然キスして。
驚いたランカちゃんが、私の意地の悪い笑みを見て。
『シェリルさんのバカッ!!!』
なんて、真っ赤になってスタジオに走っていった時のことを書いたものだと思うから。
どこをどうやったら、あんな内容になるか、まったくわからないんだけれど。
そういうものを提供するのも、仕事の1つ。
「そのリスクを自分のものにできないようなら、私はあなたに“絶対に負けない” わ、ランカちゃん。」
伝えた言葉にランカちゃんが顔を上げてくれる。
涙で濡れた瞳を真っ直ぐに見つめれば、見つめ返して来てくれる強い瞳。
それでこそ、私が認めた“超時空シンデレラ、ランカ・リー”ね。
いつだってあなたとは、対等でありたいの。
(まぁ、つい、甘やかしちゃうところもあるんだけれど・・・)
この業界で、ことあるごとにランカちゃんを“守ろう”としている自分に気づいて。
浮かびそうになる苦笑を、ランカちゃんに抱きつくことで隠した。
「あ・・・」
「っていうのが、建前。ああ、でもほんとのことよ。」
耳元でそう囁いて、ぽんぽんと頭を優しく叩く。
「だから、いちいちこんな記事を真に受けないこと。それよりも、利用することを考えなさい。」
「・・・はい、シェリルさん。」
ぎゅっと、抱きつき返してきたランカちゃんが、素直にそう返事してくれる。
そんなランカちゃんの背を撫でて、しばらく。
顔を上げてくれたランカちゃんの瞳は、少し赤くてウサギみたいだったけれど。
その顔は、いつものように微笑んでいてくれたから。
涙の痕に口づけて、そのまま唇にも軽く触れる。
赤くなりながらも嬉しそうに、はにかむ彼女に微笑んで。
ソファを背もたれにした格好で、軽く両手を広げれば。
その意味がわかったランカちゃんが、私を背もたれにした格好で座ってくれる。
その体を、ぎゅっと、後ろから抱きしめた。
「で、ここからが本音ね。」
「え?」
振り返って私を見上げたランカちゃんが、不思議そうに小首を傾げる。
そんなかわいいランカちゃんに微笑んで、耳元に唇を寄せた。
「ほんとのことなんて・・・誰も知らなくていいわ。ランカちゃんと私が知っていれば・・・ね。」
わざと低くした声で、囁くようにそう言って。
柔らかな耳たぶに、やんわりと噛みついた。
「シェ・・・シェリルさん・・・まだ・・・明るいですよ・・・」
そんなことを言いながら、私の手に手を重ねて止めようとしているみたいだけど。
それは、まったくの無意味で、そんなかわいらしさに、ますます笑みが零れる。
「いいじゃない。ランカちゃんがよく見えて。」
しれっとそう答えれば、一瞬固まったランカちゃんが、見る見る間に体中を赤くした。
「だ、だだ、ダメですっ!!!絶対・・・だ・・・」
「う・る・さ・い」
腕の中から逃れようとしながら、こっちを振り返ったランカちゃんに。
満面の笑みでそう言って、唇を塞ぐ。
上がる声も唇で塞いで、深く深く口づける。
大きく見開かれた瞳が、ぎゅっと閉じられたのを見計らって。
唇を割って舌を侵入させれば、ランカちゃんの両手がぎゅっと私の腕を掴んだ。
それに微笑んで、私もゆっくりと瞳を閉じる。
ランカちゃんの口腔を貪って、腕を掴む力が完全に抜けきった頃。
ゆっくりと唇を離した。
肩を大きく上下させながら、くたっと倒れるこむように身を預けてきたランカちゃんの。
無防備に晒された首筋に、軽く口づけて、時計を見やれば。
ちょうど午後の3時半を過ぎた頃で。
「おやつには、もってこいの時間ね。ランカちゃん。」
「・・・シェリルさぁん・・・」
甘くとけきったような声が名を呼んでくれたことに、体中にゾクゾクしたものがはしる。
首筋に舌を這わせながら、ランカちゃんの胸元で手を遊ばせる。
甘く零れる吐息に、微笑んで。
その手をかわいいキャミソールの中へと侵入させた。
「ん・・・シェ・・・リルさ・・・だめ・・・」
「だって、ランカちゃん。明るい所で私に見られたくないんでしょう?」
「・・・ちが・・・」
「だから、恥ずかしくないようにしてあげる。任せて、ランカちゃん。」
艶やかに低く、耳に囁かれる声にも敏感に体を震わせて。
小さく喘ぐランカちゃんが、たまらなくかわいくて、どうしようもなかった。
「あなたと私が仲が良いなんてこと、みんなが知っていなくてもいいと思わない?」
そう囁いて、胸をやんわりと揉んでいた手でその尖端を少し強く摘んでやれば。
小さく背を反らして軽くイッてしまうランカちゃん。
その様子をうかがいながら、唇で首筋や頬にキスして、たまに耳を噛む。
「だって、こんなかわいいランカちゃん、誰にも見せたくないし、教えたくないもの。」
左手はそのままに、右手を滑らせて、ゆっくりと下へ。
もう、なんの抵抗もないランカちゃんの体は、なすがままでかわいらしい。
「だから、不仲だって思われる方が好都合。ランカちゃんは、みんなに教えてあげたい?」
少し横腹を擽って、そんなことを尋ねれば。
体を跳ねさせたランカちゃんが、大きく頭を振る。
それは、“嫌”の意味なのか“止めて”の意味なのか。
そのどちらかはわからないけれど、どっちだっていい。
「私が、ランカちゃんだけに見せる表情とか、しぐさとか?私は・・・ごめんだわ。」
考えただけで腹立たしくなることに、少し語彙を強くしながら。
ランカちゃんの体を這っていた右手は、いとも容易く濡れる場所へと辿り着く。
触れた指先でわかるその量に少し驚いたけれど。
その意味を考えれば、すぐに嬉しくなって。
何より、自分も同じような状態になっていることを感じて、苦笑がもれた。
「気持ちいいわね、ランカちゃん。」
伝えた言葉に、一瞬身を固くして、それから小さく頷くランカちゃん。
荒い呼吸のまま、強く私に背を預け、見上げてくる潤んだ瞳にクラクラする。
誰かにこんなランカちゃんを知られるなんて、絶対に嫌。
「だから、知らなくていいのよ。」
独り言のようにそう呟いて、見上げるランカちゃんに口づける。
すぐに唇を離して、また口づけて。
何度も何度もそれを繰り返しながら、ソッと指を動かした。
突然の快感に大きく零れる甘い喘ぎ。
潤んだ瞳から零れる涙。
少し波がおさまるのを待っていたら、ランカちゃんにかわいらしく睨まれる。
それに、笑顔で応えて鼻のてっぺんに口づけてあげた。
「いい?ランカちゃん。」
尋ねれば。
視線を逸らすランカちゃん。
何度も、私とどこかに視線を往復させて、それから小さく縦に首が振られる。
それからは、あっと言う間。
指が締めつけられる感触と、ランカちゃんの声を聞きながら。
自分も気持ち良くなっていることに、笑みが浮かんだ。
「シェリルさん・・・」
「なに?ランカちゃん。」
あのあと、少ししてから、とりあえず一緒にお風呂の流れになって。
今は、1人では広めの湯船に、2人でつかる。
ランカちゃんを後ろから抱きしめる格好なのは、さっきとは変わらない。
「私も・・・私だけが知ってるシェリルさんのことは・・・誰にも・・・知られたくないです。」
恥ずかしそうにそう言ったかと思えば。
ランカちゃんの両腕が首に回され、ぎゅっと抱きつかれる。
その動きに、湯船が大きく波打ち音をたてた。
「こら、狭いんだから暴れないの。」
「一緒に入ろうって言ったのは、シェリルさんですよ。」
バシャバシャと音をたてながら。
クスクスと笑いあってそんなことを言い合う声が、浴室に響く。
「シェリルさん、大好きです。」
言われた言葉に、勝手に頬が熱くなっていくのがわかる。
きっと、赤く染まっていっていることは。
ランカちゃんの浮かべる笑みが、どこまでもだらしなくなっていくことでわかった。
「へらへらしないの。」
「してませんよぉ。」
「してるわよ。ランカちゃんのバーカ。」
「ひどいですよ、シェリルさん。」
「ひどくない。」
「ひどいです。」
言い合いにもならないケンカのフリをして。
笑いあって、湯船のお湯をバシャバシャとかけあって。
子どもみたいに遊ぶ。
そう。
そんな自分を知っているのも。
そんなランカちゃんを知っているのも。
自分たちだけでいい。
(誰かに教えるなんて・・・そんなもったいないこと、してたまるもんですか。)
子どもみたいにお湯をかけあって、声を上げて笑いあう。
それから、またランカちゃんが抱きついてきたから。
その身を抱きしめ返して、耳元で囁いた。
「大好きよ、ランカちゃん。」
そう言えば、見る見る間に赤くなっていくランカちゃん。
少しの間、恥ずかしさに俯いて。
それから、顔を上げて見せてくれる可愛らしい笑顔は。
誰も知らない、私だけのもの。
おわり
最終更新:2011年08月28日 11:35