「少しは落ち着きました?」
「少しは、ね……グレイス、水もらえる?」
私は身を起こすと、グレイスに差し出されたコップに手を伸ばした。
水は冷たくて、とても魅力的に見えるのに。口に出来るのはたった5口ほど。
後は、身体が受け付けなかった。それだけ、消耗してる証拠なんだろう。
「あの……ランカ・リーが面会を求めてきてるんですけど……」
「え?」
「あの子、ファーストライブが明日で。急いで出発しないといけないのに。
その前に、どうしても貴女に会いたいって言ってるの。どうします?」
グレイスの言葉に、身体が硬直した。
ランカ・リー。彼女が私に、会いたがっているですって?
……一体、何の為に?
「……分かったわ。彼女を此処に、連れてきてくれる?」
グレイスに連れられて部屋に入ってきたランカに、私はどう声をかけるべきか迷った。
『良いファーストライブだったわ』……素直に誉められるような心境じゃない。
『私の代わりに、歌ってくれてありがとう』……恩着せがましい気がする。
私の為に用意されたステージだったのに。歌えなくなってしまって。
暴動が起きようとしていたのを、身を以って止めてくれたのがランカなのに。
賞賛も、賛辞も、謝罪も、何1つ言葉にならない。
いつまでたっても黙ったままの私に、ランカが駆け寄ってきた。
「シェリルさん! あの、その……体調は、いかがですか?」
「一時よりはマシになったわ。何とかね」
「すみません。勝手にステージ借りて……シェリルさんの為に用意された舞台だったのに」
「謝る事はないわ。むしろ、感謝される側なのよ? 超時空シンデレラさん?」
ランカの方から話しかけてくれたおかげで、いつもの調子が戻ってきた。
軽口を叩くように言う私に、ランカが目を潤ませる。
「そんな、感謝だなんて……される筋合いないです。
暴動を止めたいとか、そんな大それた事じゃなくて。
ただ私は、シェリルさんが危ないって思ったら、居ても立ってもいられなくて!」
「……」
「シェリルさんが居たから、私は此処まで来れたんです!
そんなシェリルさんに何かあったら、私……私……」
ベッドの側に蹲って泣くランカに、私は言葉を失った。
とても真っ直ぐな女の子。その心は、今、彼女自身の夢と、そして私に向けられているのだ。
私を見上げて、私に憧れて。
その上、自業自得な目に合っている私の身を案じて、こんなに遠くにまでやって来た。
戦闘機に乗ったまま歌うなんて、相当大変だっただろうに。
私以上に強行的なスケジュールだっただろうに。自分自身より私の事を心配してくれている。
「……っ」
「どうしました? 大丈夫ですか、シェリルさん?」
「大丈夫よ、ねぇ……」
呼びかけようとして、また私は言葉を切った。
そんな彼女の事を、私は何と呼べばいいんだろう?
最初は、ただの可愛いファンの1人だったのに。
いつの間にか、こんな距離に居る事が当たり前になっていて。
私と同じ、歌い手になっていて。
でも、ひどく私に懐いてくれているのは前と変わらない。
この子は、私にとって一体何なんだろう?
分からない。
……分からない問題は、後回しにしちゃえ。
考えるのを止めて、私はランカの頭を撫でた。
くすぐったく感じたのか、ランカが涙を拭って、紅い顔をこちらに向けてくる。
「……シェリルさん」
「……ありがとう」
心配して来てくれて、ありがとう。
素敵な歌を、ありがとう。
綺麗な涙を、ありがとう。
いつか私が貴女を名前で呼ぶ時が来たら。
その時私は、どんな思いを込めてその名を口にするのかしらね?
最終更新:2009年02月11日 18:01