美星学園正面玄関前の階段にしゃがみ込み、2人の歌い手が1つの冊子を読んでいた。
1人は銀河の妖精、シェリル・ノーム。もう1人は、駆け出しの歌手、ランカ・リー。
共に入学して間もない2人は、揃って学園のパンフレットを読み、これからの学園生活についての話題に花を咲かせている。
「あの、シェリルさんは、何の授業を取るんですか?」
「パイロットコースだもの。実技とか、工学とか、そういう授業を優先するつもりよ?」
「そ、そうですよね……」
シェリルの言葉を受け、ランカの顔が曇る。
それを見逃さなかったシェリルは、唐突にランカの顔を覗き込んだ。
「なぁに? そんなに私と一緒にいたい?」
「シェ、シェリルさん。顔が近っ……」
「ふふふ。心配しなくても、基礎教養なんかだと嫌でも顔を合わせる事になるわよ」
「嫌だなんて思う筈ないですっ!」
「冗談よ。慌てた顔がまた一段と可愛いのよね、貴女は」
「シェリルさん!」
顔を紅くして叫ぶランカに、思わずシェリルは吹き出した。
年下の素直な少女、というと普通に可愛がりたくなりそうな響きだが、ランカのくるくると変わる表情を見ていると、更にからかって遊びたくなってしまうのは、シェリルだけだろうか。
「で、私がパイロット用の授業を取ったら、どうなのかしら?」
「え?」
「最初に訊いてきたのは貴女でしょう? 何の授業を選ぶのかって」
「いえ、私はただ、シェリルさんも音楽系の授業を取るのか気になって……」
「音楽ねぇ……今のところ、取るつもりはないけど?」
「そうですよね。やっぱり、実技とかがメインですよね」
「銀河の妖精」「歌姫」などの称号は伊達ではない。
音楽の基礎知識ならある程度は持っているし、自分なりの歌への美学もある。
そうした意識から、シェリルは最初から、音楽系統の授業をとるつもりはなかったのだが。
シェリルのきっぱりとした物言いに、眉尻を下げるランカの様子はやはり気になる。
「そんなに落ち込まないの。そんなに私に音楽を学んで欲しかったのかしら? 今の私の実力じゃ不満という事?」
「私はただ……同じ音楽の授業を取れば、シェリルさんと一緒に歌う機会があるかなって」
「私と一緒に?」
「ええ。いつかのコンサートの時も、一緒に歌いましたけど。
あの時は、離れ離れで歌ったから。
いつか同じ場所に立って、歌えたら良いなって思ってたんです。
舞台では難しいだろうから、せめて授業なら夢が叶うかも、なんて……あはは」
照れ笑いを浮かべながら言うランカに、シェリルは軽く目を見張る。
年下で、素直で、表情豊かで。それだけでも十分、可愛がりたくなるのに。
そんなにひたむきに想われると……こちらも、巻き込まれたくなる。
想われる以上に、想いたくなる。
「そんなの、簡単じゃない。さぁ、これから歌いましょう?」
「え、此処でですか? でも今頃皆、授業中なのに」
「関係ないわよ。何の歌が良いかしら」
「そ、それじゃあ、初めて会った時に歌ったあの曲!」
「そうね。それじゃ、行くわよ……」
カウントを取り、2人同時に歌い始める。
授業の真っ只中である校内に響く歌声を自分でも感じながら、シェリルはふと、自分の指先をランカのそれに絡めた。驚いたランカの音が少しだけずれるが、すぐに2人の声は重なり合い、柔らかな旋律を奏でていく。
切ない内容の歌なのに、心はひどく温かかった。
「確か、貴女の所の社長さんが言ってたんだっけ?
『歌は愛だ。そしてランカちゃんの歌声にはそれを伝える力がある』とかって」
「あ、はい、そうですけど」
「今の歌で伝わってきたわよ。貴女の、私への愛が、ね」
「……か、からかわないでください、シェリルさん……」
絡まっていた指と指との繋がりが強くなり、2人はやがて肩を寄せ合う。
互いへの想いを伝えるべく、また次の曲を歌い始めた。
おわり
最終更新:2009年02月11日 18:02