基礎教養の授業と、自ら選んだ音楽の授業との間に、空白の時間がある。
何をして過ごそうかと悩んだ挙句、ランカは校舎を出て、中庭を歩き回った。
天気は良い。風も心地良い。
仕事(と言っても目立たない地味な仕事ばかりだが)の疲れを癒す為に、
外で昼寝をするのも悪くはない。そう思ったからだ。
しかし、ようやく見つけた木陰のベンチには、既に先客がいた。
「あの……シェリルさん?」
「……ランカちゃん。貴女も空き時間なの?」
「そうですけど……ひょっとして、シェリルさん、お疲れなんじゃ……」
「……どうしてそう思うのかしら?」
ランカが訊ねると、シェリルはそれが気に障ったのか剣呑な声を出す。
プロ意識、というものなのだろう。シェリルはきっと、弱さを他人に見せたくないのだ。
それは強さかもしれない。
だが、勝手に境界線を引かれてしまったようで、ランカは眉尻を下げた。
「だ、だって。私が声をかける前、目を瞑って、ゆらゆらしてたから……」
「え! ……そうだったの。ごめんなさい、きつく当たってしまって」
「いえ、大丈夫です」
ランカの指摘で、自分が船を漕いでいた事にようやく思い当たったのだろう。
シェリルが素直に自分の非を謝る。
どうやら、ランカの表情の変化を、シェリルを怖がってのものと思い込んだらしい。
本当は、寂しさを感じたから、なのだが。
「貴女も一休みしに来たんでしょう? 座って良いわよ」
疲れなど見せない顔で、シェリルが自分の隣を示してくる。
ランカは頷きながら、ある事を思いついていた。
「ありがとうございます。あの、シェリルさん。もし、ご迷惑でなければ、ですけど」
「なぁに?」
「その……時々ひんそーとか、お子さま体型とか言われますけど!
それでも良かったら、私の膝、使ってください!」
「ヒザ?」
「は、はい! シェリルさんのお昼寝、邪魔してしまったお詫びに……。
あんまり心地良くないかもしれないですけど、でも枕が無いよりはましですし!
それに、座ったまま眠っていたら、姿勢を崩して、首を痛めるかもしれないし……」
何とか言葉を探して、ランカはシェリルを説得しようとする。
自分が幼い頃、オズマに膝枕をしてもらった時の心地良さを思い出していた。
確かに、こんな誰が見ているとも分からない場所で。
しかも、年下の自分に膝枕されるなど、シェリルはすぐには同意しないだろう。
だが、ランカは少しでも、シェリルの疲れを癒したいのだ。
「もしかして、膝枕してくれるの? ふふっ」
「ど、どうして笑うんですか、シェリルさん!
私はただ、シェリルさんの役に立ちたくて!」
「貴女があまりに一生懸命だから。可愛くて、つい。
そうね。そんなに言ってくれるなら、お言葉に甘えちゃおうかしら」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「お礼を言うのは私の方でしょ。それじゃ、貴女の膝、借りるわね」
「はい、どうぞ!」
シェリルの承諾を受けて、ランカはその隣に座る。
両足を揃えて待ち構えていると、ベンチに寝そべったシェリルの頭が、目の前に降りてきた。
確かな重みが、膝、というより太腿の上に圧し掛かってくる。
「こんなの初めてだけど。気持ち良いわね。貴女はどう? 重くない?」
「いいえ、平気です」
「そう? あぁ、本当に気持ち良い。貴女の膝、すべすべ……してるし……」
「シェリルさん!」
シェリルの綺麗な指先が、ランカの膝に近い肌を撫でてくる。
思わずランカは声を上げたが、それが届く前に、シェリルは眠りに落ちたらしい。
暖かな手はランカの肌に触れたまま、シェリルの寝息が聞こえてくる。
「シェリルさん……」
名前を呟きながら、ランカは自分の太腿の上で眠っているシェリルを見下ろす。
ふと、風を受けて揺らめく金髪に、手を伸ばしてみた。
ランカの手の上で、絹糸のような髪が、ささやかな音を立てている。
それはシェリルの規則的な呼吸と相まって、まるで1つの音楽のようだった。
その日の夜。
いつものようにシェリルの歌を聴きながら勉強していたランカの耳に、
昼間、シェリルを膝枕していた時のあの音が蘇った。
続けて、1時間弱感じていた、シェリルの頭部から伝わるぬくもりを思い出す。
(……そう言えば、あんなにシェリルさんの近くにいたの、初めて)
兄もおらず、1人きりの部屋の中で、ランカは思う。
そして今度は、自分の膝を撫でたシェリルの指先の感覚が思い出されてきた。
その瞬間、ランカは自分の奥で、熱いものが生まれた事に気付く。
(え?)
驚いて、部屋着の裾から下着に手を伸ばすと、そこは微かに濡れていた。
湿り気は、ランカ自身の指先という刺激を受けて、もっと広がっていく。
その様子に、ランカは自分が昼間取った行動の意味を悟った。
(そっか。私、本当は、シェリルさんの役に立ちたかったんじゃなくって。
シェリルさんを、もっと近くで感じたかったんだ。
嘘、ついちゃった。嫌な子だな、私……)
シェリルが作った壁を感じたから、それが寂しくて、触れたかった。
他の者の前ではきっと見せないであろう寝顔を見て、
自分がシェリルから一番近い場所にいるんだと実感したかった。
シェリルが提案を受け入れた時、ランカが礼を言ったのは、間違いではなかったのだ。
(嫌な子かもしれないけど、でも、私、シェリルさんが好き……)
自覚すると共に、ランカの中で、様々な記憶が交錯する。
シェリルの声、シェリルの指先、シェリルの寝顔。シェリルの髪。
それら1つ1つがランカを熱くし、その手はいつの間にか、秘所をまさぐっていた。
終わり。
最終更新:2009年02月11日 18:08