歌が聴こえてきて、私は緩やかに目を開く。
目の前には、幻想的な蒼が広がっていた。
上も下も、左も右も関係の無い、ただの蒼の中。
私は、歌う事を止めないままに、こちらを見ている彼女を見つけた。
『ツナガリ』
―――あなたの言葉を1つ下さい さよならじゃなく
私の知らない曲を口ずさみながら、ランカちゃんがこちらに微笑みかけてくる。
あぁ、夢なのね、これは。
今頃、ランカちゃんは私の知らない宇宙の何処かにいるのだから。
私に、挨拶の1つもなく。
「さよなら、以外の何の言葉をあげればいいっていうの。
アルトには会っておきながら、私の事を放っていったのはランカちゃんじゃない」
「そうですよね、ごめんなさい」
夢の中のランカちゃんが、歌うのを止めて頭を下げる。
けれど、その表情に浮かんでいるのは、謝意よりも寂しさの方だった。
どうして。どうして貴女がそんな顔をするの?
寂しいのは、何も言わずに置いていかれた私の方なのに!
「私ね、また歌い始めたの。
貴女が元いた会社の社長さんが、協力してくれてるわ」
「……良かった。
見たかったです。聴きたかったです。シェリルさんの歌う姿、その歌声を」
「だったら、戻ってくればいいじゃない!」
「戻りたい……出来る事なら、そうしたいです! でも、出来ないんです!」
ランカちゃんの声は、とても悲痛なものだった。
今にも泣き出しそう。なのに、一生懸命堪えて、涙を流さないようにしてるのが分かる。
「どうして、戻ってこないの?」
「そう、決めたから」
いつの間に、この子はこんな顔をするようになったんだろう。
固い決意を込めた瞳で答えるランカちゃんに、私は何も言えなかった。
しばらくして、ランカちゃんが再び歌い出す。
―――ずっと側にいたかった どんなに声に託しても あなたまで届かない
「そんな事無いわ。届いているじゃない、こうして!」
これはただの夢。私の想像。私の願望。
そう分かっているのに、私は必死で叫んでいた。
私だって、ずっと側にいたかったのよ?
同じ歌い手として、並べる日を楽しみにしていたの。
けれど、すぐに死に至る身だって言われて。いつしか見向きもされなくなって。
ただひたすら私を慕ってくれた貴女とも会えなくなって。
寂しかったの。辛かったの。
そして、歌えなくなった。
―――未来は羽 そして鉛 私は水 そして炎
歌えなくなった私にとって、未来なんて自分には関係の無い、吹けば飛ぶようなものだった。
どうせ、すぐに死ぬんだもの。
未来も。他者も。もう私には縁のないもの。
ランカちゃんはそんな私を、繋ぎとめてくれた。
学園の滑走路から降りる階段で、泣き崩れたランカちゃんの姿が、私の魂を連れ戻した。
私と同じように、「歌えない」と言う彼女の為に、何かしたい。
そう感じた時、心を覆っていた暗闇に、光が見えた気がした。
歌いたい。純粋に、そう思えた。
―――ずっと側にいたかった 音楽も聴こえない 貴女から遠ざかる
「そうはさせないわよ。ランカちゃん」
切なげに歌うランカちゃんに、私は不敵に笑って宣言する。
そうよ。私はまた、歌えるようになった。
他でもない、貴女のおかげで。
だから、絶対に届けてみせる!
貴女を1人になんてさせないんだから!
―――たぶん失うのだ 命がけの想い 戦うように恋した ひたすらに夢を掘った
届けようと、私は歌う。
こんなにも愛しい気持ちを、意地でも伝えてくて、歌う。
例え失うと分かっていても。だからこそ、伝えたい。
―――君をかきむしって濁らせた なのに可憐に笑うとこ 好きだったよ
好きだった。私を見つめてくる熱い眼差し。暖かな歌声。
アルトの事で散々彼女を振り回した私に、笑顔を向けてくれて。
そんなランカちゃんに、いつの間にか惹かれていた。
気付くのが、遅かったなって後悔してる。
でも、まだ間に合う。そう信じて、歌う。
―――どうせ 迷路生き抜くなら 君を尽きるまで愛して死にたいよ
貴女が音楽が聴こえないと歌うなら。それを撤回したくまで、歌い続けてみせる。
歌って、歌って、命が尽きるまで歌って、ようやく手に入れた愛を貴女に届けてみせる。
そう誓いを込めて歌い終えた時、ランカちゃんが、泣きながら笑ったように見えて……
そこで、私は目を覚ました。
「……グルル」
「ごめんね、アイ君。ちょっと寂しい歌だったかな?」
まるでわたしの事を心配しているようなアイ君の声に、苦笑して答える。
『蒼のエーテル』は、今の私の気持ちにぴったりだけど、寂しい歌だ。
アイ君は、わたしの歌声に、敏感に反応するみたいだったから。
せめて、平気だよっていう顔をしてなくちゃ。
「伝えたかったの。
お兄ちゃんやナナちゃんには手紙を残したし、アルト君には直接会えたけど。
シェリルさんには、居場所が分からなくて、伝えられなかったから。
……サヨナラを」
こんな宇宙の真ん中で歌っても、シェリルさんに届く筈が無いのは分かってる。
それでも、歌わずにはいられなかった。
アイ君が、身体を振る。やっぱり、分からないのかな?
でも、わたしは続けた。
だって、信じられなかったんだもの。
「そしたらね。聴こえた気がしたの。シェリルさんの歌。
おかしいよね。もう随分フロンティアから離れたのに」
それに、シェリルさんは最近ずっと、歌から離れてた。
体調不良のせいなんだろうけど、歌わないシェリルさんは痛々しくて。
もし、シェリルさんがまた歌い始めたのなら、こんなに嬉しい事は無い。
「シェリルさん……私、シェリルさんの歌が、シェリルさんが好きでした。
だからきっと、また歌ってください。歌い続けてください。
本当は、側でその歌声を聴きたかったけど、できないから。
せめて、祈ってます」
―――蒼い 蒼い 蒼い旅路
最後の1フレーズを歌いきって、わたしは目を閉じる。
アイ君が、頬に触れてきて。それでわたしは、自分が泣いていた事に初めて気付いた。
END
最終更新:2009年02月11日 18:13