「シェリルさん。……ん」
そう言ってこちらを見上げ、目を閉じてくるランカちゃんに、私はすぐに反応できなかった。
少し力の入った唇。強く閉じた瞼。
キスをねだってるんだろうなぁ、というのは分かるんだけど。
「……どうしたの、ランカちゃん」
「キス、してくれないんですか、シェリルさん」
何もしないままに訊ねれば、ランカちゃんは落胆したような顔をする。
そんな顔をさせたくはないんだけど、でも、突然すぎじゃない?
歌の収録途中に偶然会って。休憩時間に手招きされて。
空いたブースに呼ばれたと思ったら、急に、こんな。
……まぁ、据え膳はちゃーんと食べるけど?
「キスなら、いくらでもしてあげるわよ」
「シェリルさ……んん」
「……ふぅ。でも、どうしたの、ランカちゃん。急に積極的になっちゃって。
この前までは、こうしてキスすることだって恥ずかしがってたのに」
求められるまま、私は軽いキスをする。
そうしてから改めて訊くと、ランカちゃんは俯きがちに答えた。
「ナナちゃんから聞いたんです。
シェリルさんが、アルト君と楽しそうに電話してたって」
「……あの胸ばかり大きい小心者娘……余計な事を」
「シェリルさん? 何か言いましたか?」
「何でもないわ。続けて?」
「……それで、何だか不安になったんです。
私、キスするのもまだ慣れてなくて。む、胸も小さいし。
シェリルさんの心が、私から離れていったらどうしようって。そう思ったら、つい」
「なーるほど、ね」
納得して、私は何度か頷いた。
さっきの言葉は取り消さないとね。ナナセちゃん、よくやったわ!
あの子が突いたおかげで、こんなに可愛く嫉妬するランカちゃんを見れたんだから。
「大丈夫よ。私が好きなのは、ランカちゃんなんだから」
「じゃあ、アルト君の電話は」
「アルトは私の下僕なんだから。からかって楽しんでただけよ。
でも、アルトと電話するだけで、ランカちゃんがこんなに積極的になってくれるなら。
今日から1日に3回は、アイツに電話するようにしようかしら?」
「そんなぁ……」
「それは嫌かしら?
だったら、さっきよりもっと上手に、おねだりしてみせて、ランカちゃん?」
「あ……うぅ」
「ランカちゃん?」
もっと上手に、と言ってもどうすればいいのか、分からないんでしょうね。
ランカちゃんが、困った素振りで視線を彷徨わせる。
やがて、ランカちゃんが私から少し距離を取った。
駆け寄ってきて、私に正面からぶつかって。背中に手を回してきて。
「わ……私を食べてください! シェリルさん!」
「……」
「あ、あれ? シェリルさん?」
「……ふ、ふふ、アハハハハハハ!」
「笑わないで下さいよー……」
『私を食べて』だなんて。その意味、分かって言ってるのかしら?
そんな事はどうでもいい。ただ、ランカちゃんの真摯な表情に、ついつい笑ってしまう。
いつでも一生懸命で。だから一生懸命私を好きでいてくれて。
想いの強さに引き寄せられるように、私は再び、キスをしてから言う。
「タイヘンヨクデキマシタ、ランカちゃん」
「シェリルさん……」
「今は時間が無いから。貴女を『食べる』のは、今夜にでもしましょうか?」
「え、あの、シェリルさん。『食べる』って、それはどういう……」
やっぱり分かっていなかったランカちゃんの手を取って、暗い部屋を出る。
互いの収録現場へと分かれてからも、私の心は弾んでいて。
そのおかげか、収録はスムーズに済んで、夜を楽しむ時間は十分に確保できたのだけど。
肝心のランカちゃんが、収録が長引いて、帰りの車の中で眠ってしまった。
結局、楽しみはお預けというわけ。
……からかいすぎたせいかしらね?
おわり。
最終更新:2009年02月11日 18:20