無題(255氏)

番組の収録を終えて、ランカが控え室に戻ってくる。
予定終了時刻を大幅に過ぎてはいたが、ランカにくたびれた様子は無かった。
ステージで興奮したのか、紅くなった頬と、額にはわずかな汗。
その姿に思わず抱きつきたくなる衝動をこらえたナナセは、
代わりに乾いたタオルと冷やしていた飲み物とを差し出した。

「お疲れさまです。ランカさん」
「ありがとう、ナナちゃん。ごめんね、こんな遅くまで付き合わせちゃって」
「気にしないで下さい。
 ランカさんの力になりたいって、そう言い出したのは私なんですから」
「ナナちゃんってば。いつもそればっかりだね」

歌が好きだったランカが、こうして歌手として活躍するのは嬉しい。
けれど仕事が重なれば、ただの学友でしかないナナセは、ランカに会えなくなってしまう。
それならいっそと、ナナセはランカの手伝い役を買って出たのだった。
最初は衣装デザインだけだったけれど。
今では、ランカの仕事の殆どに、付き添うようになっている。
マネージャもどきとも言えるかもしれない。

「ランカさん。今度予定されてた写真撮影、延期になったんですよね?
 そのお休みは、どう過ごされるんですか?」
「今のところ、予定はないんだ。
 お兄ちゃんに、久しぶりに手料理を作りたいなーっていうくらいで」
「……珍しいですね。まだ、予定がないなんて」
「そうかな?」

そうですよ、と内心ナナセは呟いた。
ランカに付き添う特権として、ナナセはランカのスケジュールを早めに把握できる。
だが、それは紆余曲折を経て同じ事務所となってしまったシェリルにとっても同じ事。
必然的に、ナナセとシェリルは、
ランカのオフを一緒に過ごす権利を奪い合う破目になるのが通例だったのだが。
今回は、どうやらナナセの「早い者勝ち」となったらしい。

「じゃ、じゃあ! 私と一緒に、どこかへ遊びに行きませんか!」
「そうだね。久しぶりに、2人で遊びに行こうか」
「あ~ら。楽しそうね、2人とも」

約束を取り付けたところで、割って入ってきたのは隣の部屋にいる筈のシェリルだった。
さっきまで、同じスタジオに居られたという優越感があるのか、
挑発的な目をしているシェリルに対し、ナナセは悠然とした笑みで応える。

「ええ、それはもう。今度の休み、一緒に遊びに行こうって約束したんです!」
「それって、来週の火曜日の事?」
「そうですよ。私とランカさんは2人で楽しんできますから。
 シェリルさんも、その日は休みでしたよね。偶には1人でゆっくりされて下さい」

言外に、邪魔しないで下さいねと仄めかして、ナナセは言う。
シェリルはきっと、悔しがるに違いない……と、思ったのだが。

意に反して、シェリルは悔しがるどころか、余裕ぶった表情で近づいてきた。

「そうね。偶には1人もいいかもね。
 その後、1泊2日間、ランカちゃんと一緒にいられるんだし
 その時を思いながら、想像を膨らませておくのも悪くないわ」
「え……ええ? そうなんですか? シェリルさん?」
「あら。ランカちゃん、聞いてなかったの?
 延期した写真撮影、詳しくは忘れたけど、どこかの観光地で撮影する事になってね。
 強行スケジュールは身体に良くないからって、宿泊付きの撮影に切り替わったの」
「そ、そうだったんですか」
「社長さんは来れないっていうし。
 仕事ではあるけど。2人の旅行なんて初めてだもの。楽しみね」
「は、はい!」
「お部屋は一緒にしてもらって。夜もじっくり楽しみま」
「ちょーっと待ったぁ!」

勝手に話を盛り上げようとするシェリルを、ナナセは遮った。
どうしたのかと驚くランカを背中に庇いながら、シェリルに向かい合う。

「ナナセちゃんは来なくても良いのよ?
 衣装なら、撮影チーム側が用意してくれるって話だし」
「いいえ! ぜーったいに私も行きます!
 今の私は、ランカさんのマネージャみたいなものなんですから。
 ランカさんの仕事は全て、私がサポートするんです!
 大体、シェリルさんと同じ部屋で、ランカさんがゆっくり休めるとは思えません!」

ランカと同じ部屋で夜を明かす。
そんな機会を、シェリルが逃す筈が無い。
きっと、シェリルは純朴なランカにあんな事やこんな事をして、眠らせないに決まってる!
そう見抜いて、ナナセはシェリルに右手人差し指を突きつけた。
だが。

「それは、貴女も同じなんじゃない?」
「うっ……」

痛いところを突かれて、思わずナナセは怯んだ。
多忙なランカと夜を共にできる機会などそうない。
これを機に、一線を越えられれば……そんな気持ちが、無いといえば嘘になる。


「ほーら。図星なんでしょう?」
「ででで、でも。私はランカさんに無理をさせるような真似は絶対にしません!」
「どうかしらねー。いくら発達は良くても所詮初心な女の子なんだから。
 ランカちゃんの体力を温存するだけの加減が出来るとは思えないけど?」
「シェリルさんだって、これまでずっと、こういう機会を狙ってたんでしょう?
 そんな人が、据え膳を前に手加減なんて出来る筈がないと思います」

ナナセもシェリルも、一歩も譲らない覚悟で舌戦を繰り広げる。
後には引けない。引ける訳が無い。
この勝負に勝てば、いよいよ本懐を遂げられるのかもしれないのだから!

「言っておくけど。私はプロなの。それを忘れるほど馬鹿じゃないわ」
「へーえ。それって、ランカさんより仕事を取るって意味ですか?」
「ランカちゃんしか目に見えなくて、思いを寄せてくれてる男の子の事を、
 自覚もなしに振ってしまうどこかの誰かさんより、視野が広いって言う意味よ。
 そういう相手の方が、ランカちゃんのパートナーとして相応しいわ」
「あの……ナナちゃんもシェリルさんも、ちょっと待って!」

どちらかが折れるまで続くかと思われた争奪戦に、ランカが待ったをかける。
何としても手に入れたい、愛しい相手からの呼びかけを、無視など出来ない。
ナナセもシェリルも、口を閉ざしてランカの方を見た。

「よく分からないんだけど。
 2人とも、写真撮影で私と一緒の部屋になりたいんだよね?
 だったら、3人一緒部屋にしようよ! そしたらケンカしないで済むでしょ?」
「……」
「……」

意外というより、やっぱりそうなるか、と思ってナナセとシェリルは顔を見合わせる。
これ程露骨なまでに奪い合っているのに、当のランカは2人の気持ちに気付きやしない。
だからこそ、既成事実を先に作らなければいけないのに。
よりによってランカの手によって、その機会が奪われようとしているのだ。
たっぷり10秒間、沈黙があって、

「……まぁ、ランカさんがそう言うなら」

先に、ナナセが折れた。
ランカを名実共にパートナーにする良い機会だったのだが。
他ならぬランカの意思を裏切ってまで、そうするべきではないと考えたのだ。
それに、シェリルとランカが2人きりになるよりは、まだマシであるには違いない。

「……そうね。ランカちゃんがそう言うなら。その通りにしましょう」
「良かった。3人で一緒に夜を過ごすなんて、初めてですね! 楽しみです!」

渋々といった風にシェリルが頷くと、ランカがその場で飛び跳ねる。
楽しそうなランカに、ナナセは敵わないなぁと苦笑した。
ナナセとシェリル。2人の対決に決着が着くのは、まだ先の話になるらしい。

END

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最終更新:2009年02月11日 18:22
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