『やぶられたもの』(303氏)

許せなかった。貴女を死に追いやる物が。
許せなかった。貴女が貴女を死に追いやる物を、受け入れている事が。
理解できなかった。貴女が、あんな奴らのせいで死ぬなんて。

『やぶられたもの』

第117調査船団。
住み慣れた場所を離れ、まるで虫のような形態の生物、バジュラを研究する。
それ自体は、全然嫌な事ではなかった。

私が探っていたインプラントを使った技術の発展に、
バジュラが何らかのヒントを与えてくれるかもしれない、という打算があったのは事実。
でもそれ以上に貴女が、バジュラへの興味を示していたから。
貴女を手伝う事が出来るのなら、本望だったの。

そう。私はただ、貴女の傍にいられればそれで良かった。
研究に没頭する姿、その成果に感極まる姿。それらを、誰より近くで見ることが出来る日々。
私と貴女の研究対象は違っていて。あまり深い話になるとよく分からない事もあったけど。
それでも、楽しそうに研究について語る貴女を見ているのが好きだった。








例え貴女に、夫と呼ぶ人が出来ても、それは変わらなかった。
貴女の産んだ息子も娘も、貴女が可愛がるから、私にも可愛く見えた。
もしそのまま、研究が続いていたら。
ひょっとすると、私はあの虫達をも、可愛いと思える日が来たかもしれない。
貴女が、バジュラの事も共に生きる事の出来る生き物として、認めていたのだもの。
結局、そんな日は来なかった。
貴女が、他ならぬそのバジュラのせいで、死に至る病に侵されてしまったから。

「貴女はまさかその為に、彼らを犠牲にしようというの!?」
「何がいけないの?
 私のインプラントネットワーク理論と、
 バジュラのゼロタイムフォールド通信を組み合わせれば、世界を変えられるのよ?」

貴女をV型感染症のせいで失うのだと分かった時。
忘れていた自分の研究目的と、その先にある可能性とに私は気付いた。
いや、逃避した、とも言えるかもしれない。
貴女が死ぬなんて、こんな形で亡くすなんて、そんな事実を真正面から見たくなくて。
私は自分の視線を、貴女から研究へと逸らしたのだ、とも。

「でも!……グッ、ゴホッ」
「はっ。分からないわ、ランシェ。
 そんな病気になってまで、何故あれをかばうの?」

本当に、理解できないわ、ランシェ。
どうして貴女が、そんな身体になってまで、バジュラをかばうのか。
貴女を傷つけ、貴女を苦しませるバジュラ。
そんな奴らに、愛を向けることが出来るのか。

私は許さない。私から貴女を奪う存在なんて、認めない。
私のバジュラへの憎しみは、どんどん膨らんで。そして、あの事件が起きた。

第117調査船団の、崩壊。
結局貴女は、愛する娘と、愛した生き物によって、死んだ。







私は、バジュラを許しはしない。
殺す事が出来ない虫けらなら。せめて私の野望の為の礎となるがいい。
私は、貴女の娘を許しはしない。
殺すのでは足りないから、私の野望の為の道具になるがいい。
あぁ、なんて、いい気味なのかしら。

ほら、ランシェ。この光景が見える?
貴女がかばったあの虫けら達は、今や私の手足。
貴女が愛したあの子ども達は、今や私の使い捨てた塵芥。
私の元に、全銀河がある。
やっぱり、貴女は間違っていたのよ。

そんな恍惚に、浸っていられたのは僅かな間。

聴こえてくる。忌々しい娘共の、忌々しい歌が。
向かってくる。貴女の愛したバジュラと、私が従える筈だった人間達が。
破られていく。私の剣が。盾が。野望が。

どうして? ねぇ、どうして終わりなの? やっぱり私が間違っていたの?
どうしてバジュラは人間の味方をするの? 理解できないんじゃなかったの?
どうして人間がバジュラと共闘してるの? バジュラを敵と思っていたんじゃなかったの?

鎧が剥がれ、野望が打ち砕かれ、私は自分に突きつけられた銃口を見る。
私は、ここで終わりという事か。
大きな野望と、それに隠されていた小さな復讐劇は、ここでおしまい。
あぁ、結局、私は。
貴女に敵わないという事なのね、ランシェ。
そんな事に、今更になって気付くなんて。

「馬鹿ね、グレイス」

そんな貴女の声が、聴こえた気がした。

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最終更新:2009年02月11日 18:24
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