「シェリルさん、あたし、負けません!
歌も、恋も!」
「受けて立つわ♪」
頬を染めて見上げる、可愛らしい少女。
自分の身体が治ったのは、彼女のおかげだ。
彼女がフロンティアを離れていた間にアルトと過ごしていたのはフェアじゃない。
あの時はそれをわかっていてなおすがりつく人がいなければ生きていけなかったからアルトに甘えたけれど、
こうして平和が訪れ、自身もまだ生きていられることがわかったのだから、もう一度フェアに勝負したい。
ランカの宣言は、シェリルにとっても望むところだったのだ。
アルトがようやく空を飛ぶのに満足したのか、ふわりと降下して大地に降り立つ。
今回の彼の活躍は、贔屓目なしに素晴らしかった。
ここは褒めてあげないとね、と笑顔を浮かべて迎えようとして、
自分の腕をぎゅっと抱きしめて離さないランカに気がついた。
「ランカ、ちゃん?」
戸惑いながら声をかけると、ランカは顔を真っ赤にして、それでもえへへと微笑んだ。
……ナニ、その反応。
ええと、アルトが降りてきたんだけど? 駆け寄ったりとかしないのかしら?
なんて思ってるシェリルをよそに、アルトが歩み寄ってくる。
彼の左耳に揺れる母の形見のイヤリングが、自然の陽光にキラリと光った。
ああ、今度もちゃんとアルトを守ってくれたんだ。
シェリルは様子のおかしなランカのことも一時忘れ、胸をいっぱいにした。
……別に、現実逃避を試みたわけではない。
だが仮にそれが逃避だったとしても、ランカの前では無意味であった。
ますます腕に力が込められたかと思うと、先ほどに倍する力強さで、ランカは宣言したのだ。
「シェリルさんは、アルトくんには渡さないんだからね!」
――――――沈黙。
ひゅう、と風が吹き抜ける。
アルトが中途半端に右手を上げたまま、満面の笑顔のまま、固まった。
自分も似たようなものだろうと思う。
……この子は、一体ナニを言っているの?
とりあえず自分の耳を疑い、
次に自分の言語知識を疑い、
さらには自分の正気をも疑ったあたりで、ようやくシェリルはランカの言葉を把握した。
――つまり、なにか。
『恋』で『負けない』ってのは、
『アルトに』負けずに『シェリルを』口説き落とすという決意表明だったというわけで……
「え、ええーーっ!?」
「……おい、ランカはどうなってんだ?」
「し、知らないわよっ!」
冷や汗を浮かべるアルトに、シェリルはぶんぶんと首を振った。
てっきりランカの想い人はアルトなのだと思っていたので、これは晴天の霹靂だった。
ていうか普通そう思うよね。
だが、残念ながらランカは普通ではなかった。
頼もしい護衛つきとはいえ単身バジュラの群れに赴くような少女である。
そのぶっ飛びっぷりは、常人の理解の及ぶところではない。
どうやら、アルトへの恋心はあの別れの時にスッパリ断ち切ってしまったらしい。
バトルギャラクシーに飛び込み見事自分を救出したアルトに、想いを再燃させても良さそうなものだが、
なぜかそうはならなかったようだ。
ランカにしてみれば、その後シェリルと二人で繰り広げた超時空ライブの方がよっぽど大きいのだった。
だって、本当に本当に、心の底からずっと憧れていた女性なのだ。
何の因果か、アイドルとファンとしてではなく個人として出会うことができて、
なぜか一緒の学園生活を送ることになって、恋の鞘当みたいなことまでして。
それでも、バジュラたちのところへ赴くことを決めた時に、もう会えないと覚悟を決めていたのだ。
それが、また会うことができちゃった。
それどころか、あんな凄い舞台で、二人で一緒に最高の歌を歌うことができたなんて……
もう告白するしかないよねっ!
キラッ☆
としか言いようがないくらいに目を輝かせ、シェリルを見つめるランカ。
もちろん、彼女の考えていることが二人に伝わることはないし、仮に伝わっても
なぜそんな結論になるのか理解不能だったに違いない。
天然は理解できないから天然なのである。
とうとう抱きついたランカと抱きつかれ慌てふためくシェリルを眺めながら
アルトは何事か思案していたが、
「まあ、ランカならいいか……」
ぽりぽりと頭をかいて、くるっと背を向けた。
シェリルは焦った。そりゃ焦る。アルトは見捨てる気満々だ。
帰ってきたら続きを聞くって言ったでしょ、あんただって言うつもりだったんでしょ!?
この状況でそのままどっか行っちゃうってどういうこと、っていうか助けて……!!
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよアルト! このまま放っていくつもり!?」
「シェリルさん……好き」
「んぁっ……ラ、ランカちゃん、変なとこ触んないで――きゃうっ」
熱い吐息が耳に吹きかけられ、シェリルの背筋をゾクゾクした何かが駆け上がる。
――アルトと暮らした日々。
V型感染症のせいで本番こそしてないが、若い男女が二人きりでいて何も起こらないはずはなく。
結論を先に言うなら、シェリルの身体はアルトが連夜行った静かな、しかし熱の篭った愛撫によって
急激に開発されつつあったのだ。
当然、性的な意味で。
病気のシェリルに何すんだよ、と批判される筋合いはない。
勇気をちょうだいと求めたのはシェリルであるからして。
むしろこの世で最高級に美しい『銀河の妖精』の肢体を、
誰より愛しく想う少女の無防備な姿を前によく我慢したアルト、と賞賛されるべき忍耐で以って、
彼はシェリルを愛したのである。
すりすりと寄せられるランカの頬、そして可愛らしい緑色の髪が、シェリルの豊かな双丘を刺激する。
逃れようにも背に回された手の力は思いの外強く、
というか指先で背中をつつつっとなぞり上げられてしまってはもう振り払うような力は出せそうにない。
そういえばランカはゼントラーディの血が混じっているとのことで、つまり見た目より力が強いのであった。
あれ、ちょっとこれ本格的にまずいんじゃないだろうか。
桃色に染まりつつある思考で、シェリルは朦朧と考えていた。
「ラ、ランカ……お前……」
「ランカ。お前が望むことなら、なんだって叶えてやる。お前の幸せは、俺が守る」
義兄と実兄がそれぞれの場所から温かく(?)見守る中、ランカはシェリルに抱きついたまま離れようとしない。
アルトがこの場を放棄した絶好の機会に、思う存分シェリルを堪能するつもりなのだろう。
ついでにナチュラルにその身体を撫で回すランカ。
実は、これで本人にはセクハラ働いてる意識がカケラもないんだから始末に終えない。
本気出したらどうなることやら。
「ん……シェリルさん、いい匂い……」
「は――あ――っ!」
『超時空シンデレラ』『希望の歌姫』、ランカ・リー。
彼女が想い人を篭絡する日は、多分けっこう近そうだった。
『ランカならいいか』なんぞと余裕ぶっこいた姫の、慌てふためく姿が目に浮かぶ。
――物語(トライアングラー)は、今ここに始まった。
【終われ】
最終更新:2009年02月11日 18:27