「シェリルさん♪」
「ら、ランカちゃん、その、ね? 人が見てるから――」
「大丈夫ですよ、女の子同士だもん!」
そう言って、シェリルの腕にしがみつくランカ。
戸惑いつつも、その行動を止められずにいるシェリル。
そして、そんな二人を温かく見つめるアルト。
あれから早くも半月が経過した。
ランカの攻勢は収まるところを知らず、シェリルの困惑もひとしおであった。
だんだん陥落しつつあるなーというのは、見てる者にしかわからない事実である。
『見てる者』ことアルトは思った。これはちょっと楽しいぞ、と。
恋人に他の人間が言い寄っている。
見紛うことなき浮気フラグだが、アルトは色んな意味で達観していた。
他の男がシェリルに言い寄ったなら、メサイアを私的利用してでも“穏便に話し合う”つもりだし、
もしシェリルが他の男に愛を囁いているのを目撃してしまったら自分はきっとその場で自殺するだろう、
と大真面目に思い込んでいるアルトであったが、先だって呟いたとおり、
「まあ、ランカならいいか」
と思っている。
ランカがシェリルのことを好きだと知った時、アルトは驚きこそしたが、嫉妬は欠片も浮かばなかった。
第一にランカは男ではなく女であり、
第二にランカは自分とシェリルと一緒にフロンティアを守った同志であった。
そして第三に、なんといっても、彼女が想うのは、アルト自身が心底惚れ抜いた少女、シェリル・ノームなのである。
だってシェリルはかわいいもんなー。
アルトの内心はデレデレだった。
もう誰にも手のつけようがないほどにシェリルに惚れていた。
ランカの恋心を認めるどころか、同士として歓迎する勢いである。
作者的「抵抗感無く萌えられる男のツンデレ」第一位を突っ走っていた頃の面影は、もうない。
シェリルの心がランカに向かうとしても――遠からず強制的にそうなりそうな雰囲気だが――
それで自分が捨てられる、とはアルトは思っていなかった。
自分とシェリルの絆はそう簡単に切れるものではないというくらいの自信はある。
『続き』はまだ告げていないが、
しかしいくらなんでもあの雰囲気でまだアルトの気持ちを誤解してるなんてことはないだろう。
ランカと二人でシェリルを愛し、二人ともがシェリルに愛される。
アルト的にはそういうイメージが既に見えていた。
……いや、別に性的な意味じゃなくてね?
ここであわよくば両手に花を……なんて思いつきもしないところが、
早乙女アルトの早乙女アルトたる所以であった。
ランカに対しての気持ちはあくまで妹を見るに近い家族愛的な感情であって、恋愛ではない、
と彼は定義している。
性欲は否定しないが、それを彼女に向ける気は毛頭無かった。
だって、それは言い訳のしようもなく浮気ではないか!
こういうところではひどく一本気な男、早乙女アルト。
ランカが自分を慕ってくれていたのに気づけなかったことは、
アルトの中に後味の悪い罪悪感としてずっと残っていたのだが、
完全に吹っ切れてシェリル愛を叫ぶランカの姿に、アルトも気が楽になった。
それに、もうひとつ。
ランカが顔を赤らめてシェリルに抱きつき、シェリルが別の意味で顔を赤らめてされるままになっているあの構図は、
アルトの中の何かを目覚めさせたのだ。
端的に言えば、 百 合 萌 え 。
フロンティアを救った凛々しい英雄の嗜好としては色々と台無しだが、
仮に「お前、それは一応恋人関係にあるはずの男としてどうなんだ」などと言われたとしても、
アルトは何ら痛痒を感じなかったであろう。
彼にとって大事なのは自分が「守れた」という事実であり、自分の外面などどうでもよかったのである。
そしてそれがわかるから、周りも何も言わず諦めた。
かくしてアルトは、助けを求めるシェリルの視線に知らないふりをして、
少女達のじゃれあう姿を彼女らのすぐ後ろという特等席から眺め続けるのであった。
空を飛ぶことの次に楽しい、アルトの第二の趣味となりつつある。
ミハエル・ブランが健在ならば、「やれやれ」とか言いつつ楽しげにそこに加わったのかもしれないが、
残念ながら彼はここにはいない。
死んだから? いや実は生きてたんだよこれが。
ただ今は入院して静養中なだけ。
バジュラとの戦いで負傷した状態で船外に放り出され、誰もが死んだものと思っていた彼だったが、
ついこないだひょこっと帰ってきやがったのであった。
軽薄を装う態度も口調も以前のミハエルのままで、だがしかし怪我はまだまだ全然治りきっていない。
どこにいたのだかは知らないが、ようやくかろうじて動けるようになった程度の身体で、
無理をして戻ってきたに違いないと思わせた。
クールな彼にそこまでさせた原因も、人々は簡単に理解した。
その原因たるクランが大泣きしつつ手加減抜きで抱擁してしまったせいであっさり失神したミハエルは、
前述のとおり現在入院中である。
実のところ、アルト達三人はその見舞いに行く途中なのであった。きっとクランが付きっ切りで面倒を見ていることだろう。
やたらと密着する二人の美少女アイドルと、その後ろについて歩く超絶美形の青年。
人々の視線を否応もなく集める三人組は、賑やかに病院へと向かっていった。
最終更新:2009年02月11日 18:28