―――――――――シェリル サイド
リハーサルの合間の、休憩時間。
1人だけの控え室に入ると、シェリルは首筋に流れている汗を拭うべく、タオルを探した。
以前は、こうして控え室に入れば、グレイスがタオルや飲み物を持って待ってくれたものだ。
今は違う。タオルも次の衣装も、シェリル自身が準備しなくてはならない。
というのも、シェリルが現在在籍しているベクタープロモーションには、
抱えるアーティストの1人1人に、付き人をつけるという習慣が無いせいだ。
最も、シェリルはそんな現状に不満などなかった。
仕事の時は、取締役であるエルモ自身が、大抵は付き添ってくれるし。
そうでなくとも、ここ最近、シェリルが仕事をする時、側には必ず彼女がいるのだから。
「シェリルさん! 入っても良いですか?」
「良いわよ、ランカちゃん」
シェリルの返事を受けて、入ってきたのはランカだった。
グレイス達との戦闘以来、シェリルとランカはセットで扱われる事が多くなっている。
畢竟、2人は殆ど毎日行動を共にしていた。
仲間であり、理解者であり、支えあい、対等である。
そんな相手がいつも側にいるのだ。不満など、ある筈が無い。
……いや、1つだけ、ある。
「良かったらこれ、一緒に食べませんか?」
「これって、お弁当? もしかして、ランカちゃんが作ったの?」
「はい! いつも、お惣菜ばっかりじゃ飽きちゃうかなって思って。
ちょっと早起きしちゃったし、作ってみたんです!」
「ありがとう。じゃあ、一緒に食べましょ?」
控え室に据えられたテーブルに、向かい合って座る。
ランカが広げた包みの中身は、1つの大きめな箱で。
中身は、色々な具材の入ったサンドイッチだった。
「ごめんなさい。凝ったものじゃなくて。
でも、お野菜とかお肉とか、色々入ってますから。栄養はいいと思います」
「凝ってないなんて。そんな事無いわ。色とりどりで美味しそうよ?
それに、ランカちゃんの手料理なら、何だって美味しいに決まってるしね」
「シェリルさん……そんな……」
照れるランカの顔が可愛らしくて、シェリルは笑う。
そうとも。好きな子が作った料理なのだ。
苦いクッキーだって、ただのお茶だって。
恋焦がれる相手が用意してくれたとなれば、その事実が最高の調味料になる。
それだけで、美味しいと感じられる。
だが、とサンドイッチを1つ摘みながら、シェリルはふと表情を曇らせた。
自分が、この愛くるしい少女に心を奪われているように。
彼女の心もまた、こちらへ向いていれば、どんなに良かっただろう、と。
どんなにシェリルがランカを好いていても。ランカの心には、アルトがいる。
恋慕と寂しさとが、シェリルの中で混ざりあう。
そうして、気が付いた時には、言葉が零れ落ちていた。
「いいお嫁さんになれるわよ、ランカちゃん」
例え今はアルトの嫁になりたいと思っていても。
いつかは、私のお嫁さんにしてあげるんだから……そんな思いを、込めた言葉が。
―――――――――ランカ サイド
「いいお嫁さんになれるわよ、ランカちゃん」
「……そう、だといいんですけど」
シェリルの何気ない言葉に、ランカは出来る限り、自然を装って答えた。
ランカは今、いつか夢見た場所に立っている。
1人の歌い手として認められ。
人間とバジュラとが互いの存在を少しずつ許し始め。
そして、シェリルの隣にいられる。
ランカにとって、最も嬉しいのは、シェリルの側にいられる事だった。
シェリルとランカという2大歌姫を抱えるようになったというのに、
エルモはまだ、それぞれに専属の付き人をつける、という事をしない。
だからランカは、自分がシェリルと同じ仕事をする事が多いという利点を活かし、
隙あらば、シェリルの助けになれるよう心を尽くしていた。
栄養の偏る惣菜ではダメだと、サンドイッチを用意したのも、その一環だ。
「うん。やっぱりランカちゃんの料理はおいしいわね!」
「ありがとうございます。あ、お茶もどうぞ!」
「ありがとう。うん。これで午後も頑張れそうよ」
「2人でのコンサートですもんね! 私も頑張ります!」
午前のリハーサルで消耗していたシェリルが、一気に元気を取り戻す。
その様子に、ランカもまた、自分のテンションが跳ね上がるのを感じていた。
大好きな人の為に、出来る事をする。
それが、相手の活力となるのなら。こんなに素敵なことは無い。
ただ、とランカは心の隅で思う。
自分がシェリルを恋い慕っているように。
シェリルの瞳もまた、自分の方を向いていれば、もっと素敵だったのに、と。
ランカの好きな人はシェリル。でも、シェリルが好きなのはアルトなのだ。
それでも。ランカには、魔法の呪文がある。
「シェリルさん」
「なぁに?」
「私、負けませんから!」
それは、ランカが初めてバジュラの母星に降り立った時、シェリルに告げた言葉だった。
歌い手として、シェリルに負ける事なく、並んで居たいという気持ち。
そして、いつかアルトからシェリルを奪ってしまえれば、という気持ち。
2つの意味を含めた言葉を、シェリルがあの時と同じように受け止めてくれる。
「受けて立つわよ、ランカちゃん」
そのシェリルの微笑を見る度、ランカの想いは強くなるのだ。
諦めない。いつかシェリルさんを、振り向かせてみせると。
おわり。
最終更新:2009年02月11日 18:33