『願望』(352氏)

―――――――――シェリル サイド

シェリルとランカ。2人合同でのコンサートは、大喝采の内に終わった。
この星に移住してからも、2人の歌姫としての活躍は止まるところを知らない。
デュエットでも、ソロでも。短期間によくもこれまで、と思える程の曲を発表している。
そんな2人が、揃って舞台に立つのだ。
チケットの争奪戦は熾烈を極め、その勝者達が集った会場は、まさに熱の塊だった。

「今回のコンサート。これまで以上に熱かったわ」
「ワタシも、これまでにないくらいの熱を感じましたヨ。
 これぞ、文化の極み! ヤック・デカルチャー!」
「静かに! ランカちゃんが起きちゃうでしょう?」
「おお。そうでしたそうでシタ」

熱くなったのは、観客たちだけではない。
シェリルもランカも、熱狂の渦に吸い込まれるように、熱く熱く、歌い上げた。
そのせいだろう。ランカは着替えを済ませるなり、ぐっすりと眠ってしまったのである。
起こすのも忍びないからと、エルモとシェリルとで何とかランカを車に運び込み、
今は帰路の途中だ。
運転席にエルモが、後部座席に、シェリルと、その肩にもたれてランカが眠っている。

「あと4日、こんな調子が続くのかしらね」
「皆、お2人の歌を聞きたいと、集まってきてますからネェ。
 お2人の歌と、そこから伝わる愛に痺れたいのですヨ」
「愛、か」
「以前、シェルターでお会いした時からそうでしたケドね。
 今のシェリルさんの歌には、あの時以上に愛を感じマス。
 やはり、あのアイランド1降下作戦の影響は大きかったのでしょうなぁ」

これまで敵とみなしていたバジュラと共に戦い、背水の陣を生き残る。
その時の高揚感、達成感は、フォールド以上の効果でフロンティア市民を1つに纏めた。
当然、最前線にいたシェリルの心境にも変化があったのだと、エルモは言いたいのだろう。
だが、シェリルは知っている。その推測が間違っている事を。


「違うわよ、社長さん」

エルモには聞こえないよう、囁くようにシェリルは否定する。
そうして、自分の肩にもたれて寝息を立てているランカを見た。
自分の歌にある愛が、深まったというのなら。
その源は、間違いなくランカなのだから。

「ん……シェリルさぁん……」
「ランカちゃん?」

タイミング良く、ランカがくぐもった声でシェリルを呼ぶ。
思わずシェリルはランカを覗き込むが、どうやら寝言だったらしい。
シェリルの片思いになど気付いていないであろう、無防備なランカの寝顔。
それでも、夢に出てくる程、シェリルの存在がランカの中で大きいものならば。

「私も、まだアルトに負けたわけじゃないってことかしら。
 ねぇ、可愛いランカちゃん?」

その声に応えたわけではないだろうが、ランカの腕が、シェリルの腰を掴んでくる。
まるで甘えてくるような仕草が愛しくて、シェリルはランカの髪を撫でた。




―――――――――ランカ サイド

夢を見ているのだという自覚が、ランカにはあった。
シェリルと2人、どこかの通りを歩いている。
2人揃って、気持ちよく歌いながら闊歩しているのに、周囲は誰も気に止めない。
だから、夢。
歩いているランカとシェリルの手は強く繋がっていて、時々目を合わせて軽くキスをする。
だから、夢。

だって、ランカとシェリルはただ、気持ちを同じくする同士というだけだ。
例えランカがシェリルを好きでも、シェリルにはアルトという想い人がいる。
いつかは、振り向かせるつもりでいる。けれどそれには時間がかかると分かってもいる。
なら、せめてこの幸せな夢だけは、1秒でも長く続いて欲しい。

ささやかな願いを砕いたのは、夢の中で発した自分の声だった。

「シェリルさぁん……」
「ランカちゃん?」

大切な名前を口にした途端、美しい光景は消え、疲労がランカにのしかかってくる。
すぐ側にいるらしいシェリルの声が聞こえてきたが、答える気力はなかった。
ただ夢と現の狭間で、意識を漂わせるだけだ。
だが、混濁した意識でも、感じ取れるぬくもりがある。

(あたし、ひょっとしてシェリルさんにもたれてるのかなぁ)


右半身に、自分とは違う熱がある事に、ランカは気付いた。
人工的な温かさではないし、規則的に微かな振動がある。
それに、先程のシェリルの声は、やけに近くから聴こえていた。
ならば、自分がもたれている相手はシェリルに違いないと、ランカは結論付ける。

(だったら、もうちょっとだけ。このままでいてもいいよね?)

普段から一緒にいても、こうして触れることはごく稀だ。
コンサートの最中に感極まって抱きついた事はあるが、
それは舞台上の事だし、シェリルに他意はないだろう。
それでも、肩を貸してくれる程に、シェリルがランカに心を開いていてくれるなら。

(いつかは、この柔らかな肌を、ひとりじめできるのかな……)

そう思いながら、ランカが再び眠りに落ちようとした時。
唐突に、ランカの耳にシェリルの声が届く。

「私も、まだアルトに負けたわけじゃないってことかしら。
 ねぇ、可愛いランカちゃん?」

意図を測りかねるシェリルの言葉に、ランカの意識は否応なく覚醒させられた。
シェリルが「まだランカちゃんに負けたわけじゃない」と言うのなら、分かるのだ。
ランカとシェリルは、歌い手としては同士とも、ライバルとも言えるのだし。
加えて、シェリルはランカの事をアルトを巡っての恋敵だと思っているだろうから。

だが、実際は違う。
シェリルの呟きは、アルトをライバル視しているような口振りだった。
その上、ランカの事を、可愛いと言って。

(シェリルさん……ひょっとして……でも……まさかそんな……)

喜びと不安とが、交互にランカを襲ってくる。
感情の嵐に耐え切れず、ランカは寝ぼけた風を装って、シェリルの腰にしがみついた。


おわり。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年02月11日 18:36
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。