―――――――――シェリル サイド
「そう……分かったわ」
溜息混じりにそう言って、シェリルはランカの腕を解放する。
だが、それで終わりではなかった。
気が緩んだ隙に、シェリルは1歩を踏み出して、ランカを抱き寄せたのだ。
当然、ランカがシェリルの胸元でもがくが、無視してより力を込めた。
「な、何するんですか、シェリルさん!」
「だって、さっきから貴女、嘘ばっかりつくんだもの」
「嘘だなんて、どうしてそんな事が分かるんですか!」
「分かるわよ。貴女はランカ・リーで。私はシェリル・ノームなんだから。
声を聞けば、貴女の真意なんてすぐに伝わるのよ」
シェリルは自信あり気に言い切ったが、それは理由の半分でしかない。
もう半分の理由は単純。シェリルがランカを好きだからだ。
心の底から想っているから。声を聞いただけで、簡単な嘘は見抜けてしまう。
「そんな……」
「本当は、私に全部吐き出してしまいたいんでしょう?
あの腕を、離して欲しくなかったんでしょう?
素直になりなさい、ランカちゃん。どんな話でも聞いてあげる」
どんな話でも、という点を強調して、シェリルは言う。
ランカが何を隠しているのかは知らないが、どんな話でも聞く。そんな決意を込めて。
例えそれが、アルト関係の、悩みだったとしても。
ランカが打ち明ける事で楽になってくれるなら、聞くしかないと腹を括る。
「でも……」
「……まだ話す気にならないのかしら。ランカちゃんは強情ね。
じゃあ、私からも1つ、秘密を打ち明けましょうか?」
「シェリルさんの、秘密ですか?」
渋るランカを前に、更にもう1つ、シェリルは決断した。
ランカが悩みを打ち明けざるを得ない状況を作る為に、自分も真意を打ち明けようと。
いつかは伝えようと思っていた、恋心を、告げる。
「私ね。ランカちゃんが好きなの」
「!」
「人間としてとか。仲間としてとかじゃなくて。恋愛感情を抱いているの。
今でも、こうして抱き締めてるだけじゃ足りなくて。キスしたいくらいに」
「そ、そんな」
「本当は、こんな状況で告白するはずじゃなかったのにね。
もっとロマンチックな演出をしたかったんだけど。
……どう? これで、ランカちゃんも悩みを打ち明ける気になった?」
ついに、言ってしまった。そう思いながらも、シェリルは笑ってみせる。
想定外な状況での告白は少し残念だけれど、それでも心は軽かった。
ずっと秘めていた想いを、伝える事が出来たのだから。
ランカに嫌われようと、アルトへの想いを聞かされても。後悔することは無いだろう。
そう、思えた。
なのに、ランカの反応は、そのどちらでもなかった。
―――――――――ランカ サイド
「う、嘘ですっ!」
「えぇ!?」
「シェリルさんこそ、嘘つかないで下さいっ!
シェリルさんが好きなのは、アルト君なんでしょう?
だからここへ来る前に、カフェで……アルト君と……」
シェリルの告白が、嬉しくなかった訳がない。
けれどランカは、それをすぐに認めることが出来なかった。
ランカの事を好きだと言うシェリルだが、ならばカフェでの出来事は何だったのか?
ランカの詰問に、シェリルはしばし宙を見つめてから、
「あぁ……あれはね、アルトに宣戦布告してきたのよ。
ランカちゃんをアンタみたいな馬鹿に渡さないわよ……ってね」
「宣戦布告?」
「そうよ。だから、ランカちゃんは何も思い悩む事なんてないの。
貴女がアルトの事を好きなのは、知ってるから」
それでも私は諦めないけどね、とシェリルが片目を瞑る。
ファンなら嬉しさのあまり倒れる事必至の仕草に、ランカはただ目を丸くしていた。
自分が悩んでいた事が、実は単なる妄想に過ぎなくて。
ランカが解決すべき問題は、別にあると気付かされたのだ。
「ち、違います! 私がしゅきにゃのは!」
「ラ、ランカちゃん!?」
「あああ、アレ? 私は、しぇるりしゃん……あ、アレ?」
勢い余ったせいか、口が回らなくて、ランカは一層混乱した。
ランカが好きなのは、アルトじゃなくて、シェリルなのに。
それを伝えなくてはいけないのに、シェリルのように上手く言葉に出来ない。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
ひたすら戸惑うランカの心に、先程のシェリルの言葉が蘇ってくる。
『歌はね、時に言葉より表情よりもずうっと、饒舌なのよ』
シェリルの言葉を何度か心の中で繰り返し、ランカはようやく落ち着きを取り戻した。
何も、無理に言葉にする必要は無い。ランカには、シェリルには、歌がある。
やがて、ランカは深呼吸すると、歌い始めた。
―――アイモ アイモ ネーデル ルーシェ
記憶を失っていたランカが、唯一覚えていた、あたたかい歌。
それが、バジュラ同士の恋の歌である事は、ランカもシェリルも既に知っている。
貴女。貴女。私の愛する貴女。
ランカの歌声に込めた想いが伝わったのだろう。
やがて、シェリルもランカに合わせて歌い出す。
―――アイモ アイモ ネーデル ルーシェ
―――ノイナ ミリア エンデル プロデア
歌が途切れると同時に、2人は顔を見合わせる。
やがてランカは背伸びをし、シェリルがやや背を丸めて。
2人は静かに、キスをした。
おわり。
最終更新:2009年02月11日 18:40