ようやく使い慣れてきたフライパンで、私は細かく刻んだ野菜を炒める。
前は、あの調味料どこだったっけって探す事が多かったけど。
今では、この台所の事は、私の方が良く知ってるんじゃないかな。
この部屋の主である、シェリルさんよりもずっと。
「娘々でバイトしてただけあって、料理姿が様になってるわね、ランカちゃんは」
「えへへ。店長に、影でこっそり教わってましたから!」
シェリルさんの誉め言葉を背中で聞きながら、私は火の通った具材にお米を加える。
後は、先に炒めておいた卵と、調味料を加えれば、出来上がり。
付け合せのスープと一緒にテーブルに並べ、私とシェリルさんとは向かい合う形で座った。
穏やかに始まった晩餐の途中で、不意にシェリルさんが言う。
「そう言えば、前にアルトにもこういう風に料理を作ってもらったわ」
「え、アルト君にですか!? い、いつの間に!」
「ああ、勘違いしないでね、ランカちゃん。
随分前……貴女がフロンティアを飛び出して、この星を目指している頃の事だから」
つまり、まだ私とこうしてこ……恋……恋人同士になる前だから。
浮気じゃないって事を、シェリルさんは言いたいみたい。
でも、気にならない方がおかしいよね?
「そ、それはどういう状況で?」
「私が歌姫として政府に祭り上げられて。アルトが軍所属になった時ね。
アルトが私の部屋に来て、ジャパニーズフードを作ってくれたのよ。
私もV型感染症とか色々あって、情緒不安定なところあったから。
ノンアルコールの飲み物なのに、飲み過ぎて酔っちゃって。
アルトに、ベッドまで抱っこして運んでもらったり……」
「べ、ベッドまで!」
私が大きな声を上げると、シェリルさんが笑い始めた。
だって、シェリルさんとアルトくんが、一緒にベッドに、だなんて……!
「うふふふふ、ランカちゃんってば。何やーらしい想像してるの?」
「ええ、だ、だって」
「ただ運んでもらっただけよ。ランカちゃんが想像してるような事は何も無いわ。
あはは。真っ赤になったランカちゃんも可愛い!」
私とは別の意味で顔を赤くして、シェリルさんがお腹を抱えて笑う。
もしかして、私、からかわれてる?
ようやくその事に気付いて、私は唇を尖らせた。
「もぅ……シェリルさんの意地悪……」
「ごめんごめん。ランカちゃんって、色々な可愛がり方をしたくなっちゃうのよね。
それも貴女の事が好きな証拠なんだから。ふてくされないで?」
「からかったのはシェリルさんじゃないですか!
それに……ちょっと、悔しいなって」
「悔しい? 何が?」
私の感想が意外だったのか、シェリルさんがこちらを覗き込んで来る。
その真っ直ぐな目と視線を合わせられなくて、視線を泳がせながら答えた。
「だって……私はシェリルさんより背も小さいし、子どもだし……。
体力には自信ありますけど。それでも、シェリルさんを抱き上げたりできないし」
言いながら、私は頭のてっぺんに手を伸ばす。
この頭は、どうしてもっと、高い空を目指さなかったんだろう。
同じ女の人でも、シェリルさんは私よりずっと背が高い。
アルト君みたいにとは言わないけど、せめてナナちゃんくらい身長があればよかったのにな。
そうしたら、シェリルさんを抱っこできたかもしれないのに。
「ランカちゃん、ちょっとこっちにいらっしゃい?」
「あ……はい」
手招きされるまま、私は立ち上がって、シェリルさんの側に行く。
すると、シェリルさんの手が伸びてきて、私はその膝の上に座らされた。
背中に柔らかなシェリルさんの胸が当たって、照れるというか、恥ずかしいというか。
私がその感覚に戸惑っている間に、シェリルさんの両腕が、私を包み込んだ。
「でもね、私はこうしている方がずっと心地良く感じるわよ?」
「それって……」
「アルトの腕のかたーい感触よりもずっと、貴女の柔らかさの方が、私の肌に合うって事。
だから、無理して背を伸ばそうなんて思わなくてもいいんだからね?」
「あ、ありがとうございます……」
「それに、キスする時、一生懸命背伸びする姿も可愛いんだから♪」
「……やっぱり、可愛がられてるというよりからかわれてるような気がします……」
「そんな事ないわよ。……大好きよ、ランカちゃん」
耳元で囁かれて、更に耳朶を甘く噛まれて。私はくすぐったさに身を捩じらせる。
背中から感じられるシェリルさんの体温が、少し上がった気がして。
私は、こんな感覚を味わえるなら、この身長のままでもいいかなって、思った。
END
最終更新:2009年02月11日 18:44