ランカちゃんと、ナナセちゃんと、私。
学園の中庭にあるベンチに座り、お弁当を囲む昼休みは、私にとって心が和む一時だ。
……本当は、ランカちゃんと2人っきりでもいいんだけどね。
2人きりの時間は、他にいくらでも楽しめるし。
それに、こうして3人で過ごしていて、分かった事があるの。
どうしてこれまで会った大人達が、学生時代というのを大切にしているのか、が。
「それじゃ、私は次の授業の準備がありますから。
先に失礼しますね」
食べ終えてしまったナナセちゃんが、弁当箱を片付けて立ち上がる。
手を振る私の横で、ランカちゃんが、ナナセちゃんに向けて手を伸ばした。
「ナナちゃん! 授業に行く前に……トリックオアトリート!」
「あぁ、そうか。今日は10月31日ですものね。はい、ランカさん♪」
「わぁい! ありがとう、ナナちゃん!」
何かの合図のような言葉を唱えるランカちゃんに、
ナナセちゃんは何の疑問もなく、バッグの中から取り出した小さな袋を渡してる。
透明な袋だったから、中身は見えた。クッキーだわ。
でも、一体何なの? 今の流れは?
「えーっと……『いたずらか楽しみか?』」
Trick or Treat……つまりはそういう意味なのよね?
でも、その言葉と、今日の日付に、何の関連があるのかしら?
流れについていけない私にも、ランカちゃんが手を伸ばしてくる。
「シェリルさんにも! トリックオアトリート!」
「……えぇと」
「あれ。もしかしてシェリルさん、ハロウィンって聞いた事ないですか?」
「ハロウィン?」
鸚鵡返しするしかない私に、ランカちゃんが説明してくれた。
10月31日は、ハロウィンという、宗教的な意味がある日という事。
その日には、魔女やオバケに仮装した子どもが、あの呪文を唱えて近所を訪ね、
お菓子を貰う、そういう風習があるらしい事。
「フロンティアの中には、ハロウィン・パーティをするような人もいるらしいですよ」
「ふぅん……じゃあ、今のやり取りはその簡易版ってトコかしら」
「はい! 元は、私が前に通ってた女子校で流行ってて。
それを、ナナちゃんに教えたんです」
なるほど、と頷く私に、ランカちゃんがさらに手を近づけてくる。
あぁ、お菓子を渡さなきゃいけないんだっけ。
「ごめんねランカちゃん。お菓子は1つも持ってないの」
「それじゃ、いたずらしちゃいますよ?」
「いたずら?」
「はい! トリックオアトリートって、そういう意味なんです。
お菓子をくれなきゃいたずらするぞぉーって!」
そう言うランカちゃんの目が、急にいつもと違う光を持ったのは気のせい?
心なしか、すっごく楽しそうに笑ってるんだけど?
それに、どんどんこっちに近づいてきてるわよ?
「それでは、いたずらしますね、シェリルさん!」
「待って、ランカちゃん。お菓子じゃないけど、甘い物をあげるから」
今にも距離がゼロになる、という時に、私は待ったをかける。
そして、ランカちゃんの頭に手を伸ばしてこちらに引き寄せた。
間にあったバッグが歪む音が聞こえたけど、気にしない。
驚いているランカちゃんの唇に、キスをする。
「ん……」
軽く唇を触れ合わせてから、1度離れて。
今度は舌を入れると、ランカちゃんもそれに応えてくれた。
薄く目を開けると、熱を帯びたように頬を赤くしているランカちゃんが見える。
ねぇ、ランカちゃん。確かに私はお菓子を持ってきてない。
でも、私とランカちゃんのキスより甘いお菓子なんてあるのかしら?
「……っは、あ」
「これで満足した? ランカちゃん?」
笑いかけながら言うと、ランカちゃんは、複雑そうな顔でこちらを見てくる。
今のところ周りには誰もいないけど。
どこかで誰かに見られてるかも知れない状況で、キスをするのは恥ずかしいのかしら。
「シェリルさんって、私の考えてる事なんてお見通しなんですね」
「どうして?」
「だって。私がシェリルさんにしようとしたいたずらって、キス、でしたから」
悔しそうに、ランカちゃんが頬を膨らませてそっぽを向く。
そんな子どもみたいな仕草が可愛くて、私はランカちゃんを抱き寄せた。
「じゃあ、今度は私から言うわね。
ランカちゃん、トリックオアトリート!」
「……はい、シェリルさん……」
僅かに頷いて、今度はランカちゃんから唇を近づけてくる。
こんな小さなイベントを楽しむ事が出来るのも、学園生活のいいところ、なのかもね。
おわり。
最終更新:2009年02月11日 18:47