『ポジション』
あーあ、来るんじゃなかったかしら、なんて心の中で呟いてみる。
いつもはランカちゃんの方から、私の部屋に来てくれるから。
偶には逆に、私の方から訪ねてもいいかしら。そう提案したのは、私自身なのに。
後悔しかけているのは、目の前で繰り広げられているやり取りのせい。
「それじゃあ、ランカ。粗相がないようにな」
「お兄ちゃん、ひどい! 粗相なんてしないもん!
お兄ちゃんなんて、お茶だって上手に淹れられないくせに!」
「あぁ。ランカの淹れるお茶は美味しいからな。
俺が淹れる必要なんてないくらいに」
「お兄ちゃん……」
ブレラ・スターンとか言ったかしら。
オズマ・リーが義理の兄なら、こちらはランカちゃんと血の繋がった本当の兄らしいけど。
そのブレラが、ランカちゃんの頭をそっと撫でると、
ランカちゃんがひどく嬉しそうに、目を細めてみせた。
何処から見ても、仲の良い兄妹の、ほのぼのとした光景よね。
なのに、私の気分がささくれだっているのはどうして?
「じゃあ、行ってくる。戸締りに気をつけて」
「大丈夫だよ。シェリルさんだっているんだし。行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
仕事かプライベートか。出かけるブレラを、ランカちゃんが玄関まで見送りに行く。
……いけないわ。やっぱり、私の心には不快感があるみたい。
変よね。ブレラはランカちゃんの実のお兄ちゃんで。
2人が仲良くしている事は、喜ばしい事なのに。
どうして私はそれを素直に喜べないの?
「ひょっとして……ヤキモチってやつかしら?」
「お餅がどうかしたんですか? シェリルさん?」
「いや、餅はどうでもいいんだけど」
ブレラを送り出したランカちゃんが、リビングに戻ってきた。
私の抱える嫉妬になんて気付かない様子で、お茶の準備をしてる。
それでも私が黙って手招きすると、茶器を置いてこっちに来てくれた。
「ねぇ、ランカちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「私の事、『お姉ちゃん』って呼んでみて?」
「え、いきなりどうして」
「いいから!」
強い口調で促すと、ランカちゃんは少し躊躇った後、
恥ずかしげに視線を背けながら、ようやく言ってくれた。
「シェ……シェリルお姉ちゃん……」
ベリーグッド! エクセレント! 素晴らしいわ!
いつもの『シェリルさん』っていう呼び方もいいけれど、
『お姉ちゃん』っていうのもまた別の良さがあっていいわね!
まぁ、いくらお姉ちゃんって呼ばせたところで、本当のお姉ちゃんになれる訳じゃなくて。
さっき私が感じたヤキモチが、解消できる筈もないんだけど。
「やっぱり、血の繋がりには勝てないって事かしら?」
「シェリルさん、急にどうしたんですか?」
「さっきのランカちゃんとブレラ・スターンのやり取り見てたらね。
悔しいというか、ヤキモチ焼いたというか……」
ブレラはランカちゃんをからかって。ランカちゃんはそれに抗議して。
その光景を見ていて、私はこの輪の中には入れないと痛感したんでしょうね。
私も、似たようにランカちゃんをからかうときはあるんだけれど。
からかう方と、抗議する方。その距離感が、ブレラと私とでは全く違うように感じて。
「……でも、私は。シェリルさんが私のお姉ちゃんじゃなくて良かったと思います」
「え?」
「だって……」
言葉を途切れさせると、ランカちゃんは私に抱きついてきた。
妹が姉に甘えるように、ではない。
だって、妹なら。こんな風に姉の胸に顔を埋めたり、鎖骨に口付けたりなんてしないもの。
「……妹なら、お姉ちゃんにこんな事、しないですよね」
「それも、そうね」
頷いて、私はランカちゃんを引き寄せ、キスをする。
そうして、今度は首を舐め上げると、ランカちゃんが微かに鳴いた。
その声を聴きながら、私はランカちゃんと他人であって良かったと思い直す。
「シェリルさんが、一番なんです」
「ん?」
「ブレラお兄ちゃんも、オズマお兄ちゃんも、私にとって大切な家族ですけど。
それとはまた、違う意味で。シェリルさんが、私の一番なんです」
「私もよ」
おわっちゃえ。
最終更新:2009年04月18日 11:08