シェリル←ランカ(702氏)

名前を呼ぶのさえも緊張して、あなたに笑いかけることすら上手にできない。




だって、私は、



あなたに恋をしているから。




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お疲れ様でした、と言うスタッフの声に応えてぺこりと頭を下げる。
収録終りの挨拶も早々に、私はスタジオを飛び出した。
スタッフや出演者、色々な人たちが行き交う大きな廊下を早足で通り過ぎて、急いで向かうのは控え室。


――― だって、もう来ているかもしれない。


目的の場所の前まできて、勢いよく扉を開いた。

だけど、目の前に広がるのは、作り付の机に壁に取り付けられた大きな鏡。
それから、3脚のイスと私の荷物だけで。

シェリルさんはいなかった。

最近、仕事場に顔を出すのが早かったから、もしかして、と思ったんだけど。
期待していた分だけ落胆は激しくて、しゅんと項垂れて、とぼとぼ控え室の中に入った。
机の上にちょこんと座るバッグの中からケータイを取り出す。
表示された時刻を確認して、やっぱり早すぎたか、と胸の中で溜め息をついた。
いくらシェリルさんが早めに現場に来る人だからって、何時間も前に控え室に現れるわけないか。

作り付の机の前に置かれた椅子に腰を下ろして、ついでのようにケータイをオフにして机に置いた。
はふ、と小さく息を吐き、両手を真上に伸ばして背伸びする。

早く、会いたいなぁ。

強くて潔い、きらきらしたあの人に。
ピンクブロンドをするりと揺らして、どこまでも高い空みたいな色をした瞳で私の心をとらえる、あの人に。



――― 早く会いたい。



深く腰掛け直して背凭れに体重を預ける。
目の前の大きな鏡に見慣れた自分の顔が映ってた。


(……なーんて、)


苦笑する鏡の中の自分。
しばらくその顔を見つめてから、顎を引き上げて天を仰いだ。

会って、どうするわけでもないくせに。

自嘲気味に笑う。
あの人の顔が見たい、声が聞きたい。
あの凛と澄んだ声で名前を呼ばれると、それだけで胸が弾むから。
深い青をした視線を向けられるだけで、ただ、嬉しくなるから。

そんな風に思い始めたのはいつの頃からだったかな。
シェリルさんと初めて出会った時からと言われればそんな気もするし。
そして、それは、多分、アルトくんに恋をしていた時も変わらなかった。
今とはその気持ちの方向が大きく違うだけで。

ただ、バジュラとの事件のあと、あの星で一緒に空へ舞う彼を見送ったあの時。
その時にはもう、まっすぐに彼を見つめるその横顔に心を奪われてて。
その日からずっと私はシェリルさんに恋愛感情を抱いている。



――― そして、

そして、シェリルさんの視線の先にいるのは、私じゃないあの人だって。

それだけは、はっきりしているから。



生まれて初めての恋は、気持ちを伝えることなく過ぎ去って。
二つ目の恋は、伝える前からその答えが分かってしまっている、なんて。

もしも恋の神様がいるとしたら、その人はすっごくいい加減だと思う。
だって、一度くらい私の事を好きでいてくれる人を好きにならせてくれたっていいのに。
……そうしたら、こんなに苦しい気持ちに、ならなくてもすむのに。

シェリルさんに惹かれたのは私で、好きになったのも私自身の意志だって、
ちゃんと分かってはいるけれど、そう思わずにはいられない。

きゅ、と切なく痛んだ心を隠すように胸の上に手を置いて、私は天を仰いでいた顔を元に戻した。
視界に入ってきたのは、鏡の中に映る自分。
眉間に皺が寄って、酷く悲しそうに眉尻が下がってた。……ひどい顔だ。

ふう、と知らず零れた溜め息。
同時に、背後から耳に届いた、扉のロックが外れる音。




振り返るとそこには、今の今まで思いを巡らせていた、その人が、いた。




さらりと揺れるピンクブロンド。
形の良い唇の端が僅かに持ち上がって笑みの形を描く。
サングラスをしているから、その奥の綺麗な青い瞳を見ることはできなかったけれど、
きっとそれは細められているんだろうな、なんて思いながら、
私は、どきどきと早まる鼓動を抑えることができなかった。

今まで考えていたことが全て吹き飛んでしまうくらい私の全部は彼女へ向かって。
会えたことが嬉しくて、彼女の側にいるというそれだけで心が弾む。

「シェリルさん!」

名前を呼んで立ち上がる。
がたり、と椅子が揺れたけど、そんなこと気にしていられない。
そしたら、シェリルさんはさっきよりも笑みを深くした気がした。

だけど、その場から彼女は動かなくて。
彼女の側にもっともっと近づきたくて、私はたまらず駆け出した。

「お疲れ様です」

隠し切れない嬉しさで頬が緩んだ。
気にせずにそのまま挨拶すると、シェリルさんがサングラスを取って、口を開いた。

「お疲れ様。ランカちゃん、早いのね」

高い空のような色をした瞳がゆるりと細まって、私を捕らえて。
名前を呼ばれた、ただそれだけなのに、きゅん、と胸が震えた。

(早くもなりますよ)

だって。
だって、早くあなたに会いたかったから。


伝えることの無い言葉を、胸の中でそっと呟く。

また少し笑みを深めてから、シェリルさんは、私の脇を通り過ぎて作り付けの机へ向かった。
それを目で追う私の身体も自然と180度回転。

机の上へサングラスとバッグを置いた彼女は、キャスケットを取って髪を整え始めた。
シェリルさんの身体が重なって、鏡の中の彼女の表情は分からないけれど、
ここにシェリルさんがいることが、ただそれだけのことが、嬉しくて、嬉しくて。
身体中の温度が増して、知らず笑みが零れる。

「違うんです。あの、ついさっきまで、ここのスタジオで別のお仕事してて、だから早いんです」

もっと重要な要因が他にあるのだけれど、それは彼女に伝えるべきことじゃない。――― 伝えられない。
だって、あなたに早く会いたかったからだ、なんて言っても悪戯にシェリルさんを困惑させるだけだから。

伝わらなくたっていいんだ。
仕事仲間でも、ライバルだって思われててもいいの。
臆病だと言われても、シェリルさんが、私じゃない誰かを想ってても。

ただ、彼女の側に。
側にいられれば、それで。

辛くて、苦しくて、神様に不満をぶつけることもあるけれど、
それでも、シェリルさんの側にいたいから。

ぎゅ、と手を握り締める。
視界の中の彼女の髪がゆらゆら揺れた。

アルトくんとの幸せを願えるほど、私はまだ大人じゃないけれど。
いつか、きっと、笑って祝福できるようになるから。

――― だから。


だから、側にいて、好きでいることを許してください。


彼女のピンクブロンドを見つめる。
相変わらず、その背に隠れて鏡の中の表情を見ることはできなかった。

そしたら、突然、ピンク色が揺れて。
シェリルさんが振り向いた。

今まで考えてた事とか、シェリルさんへの気持ちとか、これからのこととか、
そんなことがくしゃりと混ざって、一瞬、反応が遅れる。
けれど、大好きなその瞳に自分の姿が映る嬉しさが、すべてを引っくり返してしまって。

心の奥の大事な部分が震えた。
小さなそれは、やがて大きな波となって、私を包み込んで。
頬が緩み、自然と顔中に笑みが広がるのを自覚する。

シェリルさんは、瞳を僅かに開いたと思ったら、そのまま一度、口を一文字に結んだ。


「……嬉しそうね?」


次に聞こえた言葉に、思わず俯いてしまう。

顔に出てしまっていただろうか。
耳が熱くなっていくのを自覚して、だけど、嬉しくてたまらないのは事実だから。
でも、それをそのまま口にするわけにもいかなくて、私は、それに変わる言葉を探す。

そうして、やっと思いついたそれを伝えるために、そっと、シェリルさんを見やった。
青い瞳とぶつかって、心臓が甘く痛んだ。



「だって、シェリルさんと一緒のお仕事だもん」



仕事の後輩として、大先輩であるシェリルさんとのお仕事を喜ぶことは不思議じゃないはずだ。
そう思って「だから嬉しいんです」と付け加えた。
けれど、そんなことを面と向かってシェリルさんに言うのは初めてだったから、身体と心が馬鹿みたいに熱を持って。
きっと誤魔化しきれないほど真っ赤になってるに違いない。
そうは思うけれど、一度そうなってしまったものは元に戻すなんてできないから、照れ隠しに私は少しだけ笑った。

そしたら、シェリルさんが胸に手を添えて「そう」と小さく呟いたままそっと俯いてしまう。
彼女の表情がよく見えない。それが、私の不安を煽った。

何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。
それとも、急に体調が悪くなったのか。

それとも。

それとも、私にこんなことを言われるのが嫌だった、とか。

たどり着いた考えに、途端に寂しくなって、悲しくなって。

「シェリルさん……?」

呟いた声は微かに震えてしまった。
シェリルさんに気付かれてないことを祈りながら、私は必死に平静を装うことしかできなかった。
その表情の理由を問い質すことも、逆に笑顔で何でもないように次の話題に移ることも。

だって、私はまだ、そこまで彼女への気持ちを割り切れてはいないから。

そうやって割り切ってしまえるほど大人ではなくて。
かといって、ただ、気持ちのままに行動できるほど、幼くもなくて。

だから、私はそこから動けなくなった。
それは、身体も気持ちも両方共。

ピンクブロンドを見つめる。
微動だにしないその綺麗な髪の持ち主は、一体どんなことを思っているのだろう。

仕事のこと、歌のこと。
それとも、青い髪をした彼の、こと?

痛みを訴える心を抱えながら、私は考えを巡らせた。

そして、同時に、好きな人に好きと伝えずに諦めてしまったこの恋は、
この気持ちは一体どこへ向かって行くのだろう、なんて思ってて。







その先を考えて、少しだけ、泣きたくなった。








おわり

292の設定大推奨。いいネタをありがとうww
両想いなのに片想いの二人のじりじり感を感じてもらえたら幸いです。


292 名前:名無しさん@秘密の花園[sage] 投稿日:2008/09/27(土) 16:49:50 ID:CEtjNWLq
多分最終回の数週間後にはシェリルとランカは付き合ってるな。
え?数週間もかからないって?
それはあれだよ。
お互い相手はアルトの事が好きなんだろうと思ってるから、
なかなか一歩を踏み出せず何度かすれ違ったりして時間がかかったんだ。
映画版はその二人が付き合うまでの過程を描いてくれるに違いない。

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最終更新:2009年04月18日 13:44
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