「冷たい手の中」(993氏)

2月14日。通称バレンタイン・ディ。
この日がどういう意味をもつのかくらい、私だってとうに知っている。
そう、知っていた。だから、ある程度覚悟もしていた。
ただ、今回はちょっと、予想を上回っていたせいで、溜息が尽きないだけなのだ。

「本当に、すごいわね。この贈り物の数々」
「溜息つかないでよグレイス。それだけ人気があるって事なんだから」
「バレンタイン当日でコレなのよ? 明日からは遅刻組の贈り物もくるでしょうし」

音楽番組の収録を控えたシェリルの控え室は、たくさんの荷物で溢れかえりそう。
カードを送ってくるのは可愛いもので、便箋を10枚以上使ったファンレターや、
豪勢な花束、手作りと思しき焼菓子。宝石の類……種類を上げればキリがないわ。
これまでの2月14日にも、シェリルは山のような贈り物を受け取ってきたけれど。
今年はそれ以上。明らかに過去最多記録更新ってところかしら。

「これ、ホテルの部屋に入るかしら?」
「どうでしょうね。この控え室に入りきらない分もあるみたいだし。
 局の厨房の冷蔵庫だって、半分くらい占拠してるんですよ?」
「そう……一通り見ようとしたら、それだけで1日が潰れそうね」
「一通り見た後、処理をするこちらの事も心配してちょうだい」
「あら、それがマネージャーの仕事でしょう?」

バレンタインカードを一瞥しながら、顔だけ振り返ってシェリルが笑う。
銀河の妖精にふさわしい不敵な笑みに、私も笑ってみせた。
確かに、贈り物の処理に困っているようじゃ、一流のマネージャーとは言えないものね。
手間はかかる。けれど、苦ではない。その程度の仕事だわ。

「勿論。後処理は全てこちらでやるわ」
「……で、グレイスは貰わなかったの? バレンタインの贈り物」

別のカードに書かれたメッセージを読みながら、シェリルが質問を投げかけてくる。
シェリルが完全にこちらを見ていないことを確認して、私は笑みを消した。
貰わなかった……わけではない。幾人から、私もカードなどを貰っている。
笑顔で受け取るだけ受け取って、後は廃棄してしまったけどね。
だって、こんな意味の無いものに、少しでも時間も空間も、割きたくないもの。
私にとって大事なのは、胸に抱く目的と、それを達成する為の道具であるシェリルだけ。
そう考えた時、私はふと思いつく。

「そう言えば、貰って無いわ、貴女から」
「私から!?……冗談はやめて、グレイス」
「冗談じゃありません。これでも待っていたのよ、貴女からのプレゼント」

シェリル。シェリル・ノーム。私が育てた、私だけの妖精さん。
貴女はただの道具。でも、長く使っていれば、道具にだって愛着が湧く。
私はその愛情を、存分に貴女に向けているつもりなの。
だったら、2月14日にプレゼントをもらってもおかしくないじゃない?

「でも、バレンタインの贈り物は、恋人同士がするもので」
「それはずぅっと昔の話でしょう。
 ファンだって、結局は他人である貴女に対してこうやって贈り物をしているんだもの。
 それに……昨日の夜は、あんなに私を求めてきたっていうのに。
 今日はそんな風に突き放すような言い方をするなんて、つれないわね、シェリル」
「ちょっと、グレイス!」

シェリルが大きな声を上げるけど、生憎、私にそんなものは通じない。
私はシェリルに見せ付けるように、舌で上唇を舐める。
すると、昨夜の自分の痴態を思い出したのか、シェリルは一気に頬を赤く染めた。
思い出したかしら? この舌が、昨夜どれだけ貴女を気持ちよくさせてあげたかを。

「まぁいいわ。貴女からは、歌の贈り物をもらおうかしら」
「歌……? もうすぐ本番だけど。その時、グレイスの事を考えながら歌えっていうの?」
「まさか。そんな意味じゃ無いわ。
 今夜、2人きりの時。貴女が他人の前では決して聴かせない歌を聴かせて欲しいの」

貴女の喘ぎ声を聴く事ができるのは、世界でただ1人、私だけ。そうでしょう?
そんな思いを込めて、私はシェリルの後ろ髪を掻き分け、首の後ろに唇で吸い付く。
刺激が強かったのか、シェリルが一瞬呼吸を止めた。
静かに離れた私を、潤んだ目で見上げてくる。まるで、おねだりするかのようね。

「グレイス。今夜って」
「言わなくても分かるでしょう? さぁ、早く衣装を着て。もう時間がないんだから」

有能なマネージャーの顔に戻って、私は先に控え室を出る。
通りすがりに漂ってきた花束の香りに、ふと優越な笑みが浮かんだ。
可哀相な人間達。貴方達が見ているのは、所詮私が作り上げた「偶像」でしかない。
快楽に目を細め、嬌声を上げ、淫らな液体を滴らせるシェリルは、私だけのものなのよ。
そうとは知らず、偶像を追い求める人間の、何と愚かな事か。
だからいつか、私が支配してあげる。
きっとその時、私の可愛い妖精は、用無しの古道具に成り果ててるでしょうけどね。
大丈夫よ、シェリル。せめて私の手で、壊してあげるから。


END

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最終更新:2009年04月18日 14:26
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