『引力』(2-166氏)

「シェーリールーさん♪」
「ランカちゃん。取材終わったの?」
「はいっ! 今日はこれで帰っていいって、エルモ社長が」

後ろから抱き付いてくるランカちゃんの体温が、少し高い。
きっと取材していた応接室から、この控え室まで全速力で走ってきたんでしょうね。
そう考えると、ただでさえ愛らしい恋人がもっともっと、いとおしくなってきて。
私はランカちゃんが腰に回してきた手に、自分の手を重ねる。
……あら?

「ランカちゃん、ひょっとして、香水つけてる?」
「そうなんです。昨日買ったばかりなんですけど。匂いキツイですか?」
「ううん、そんな事ないわ。いい香りよ」
大輪の花を咲かせた野原の中にいるような、爽やかな香り。
その中に、ほんの少しだけ、嗅いだ者を惑わせるような甘い香りが混ざっている。
まるで今のランカちゃんそのもので、よく似合っているわ。
もっともっと味わいたい……そう思わせるところまで、ランカちゃんと同じね。
私は振り返ると、ランカちゃんを正面から抱き締めた。

「シェリルさん?」
「今日は、まっすぐ家に帰っちゃうんでしょう?
 だからもうちょっと、この香りを楽しませて。ね?」
「はい……えへへ、そう言って貰えると、嬉しいです、シェリルさん」
「そうなの?」
「だって。この香水、シェリルさんなら気に入ってくれるかなぁって思って買ったから」

ランカちゃんの言葉に、私は軽く目を瞠る。
この業界にいる女の子なら、香水をつけるのなんて当たり前だ。
自分の魅力を少しでも上げるために。皆自分に似合う、自分の好きな香りを身に纏う。
ランカちゃんの香水は、そこまでのプロ意識が芽生えた証なんだろうと思ったのに。
私の推測は、いい意味で外れちゃったみたい。
自分の為じゃなく、私の事を思って、香りを選んでくれた。
その想いが、嬉しくないわけないでしょう?

「そんな事言われたら、この腕を離せなくなっちゃうじゃない!」
「う、嬉しいけどちょっと苦しいです、シェリルさぁ……ん」
「あら。ごめんなさい。つい……」
「いえ、大丈夫ですから。
 この香水、ちょっと高かったんですけど。思い切って買って良かったです」
「……じゃあ、最近仕事を増やしたのは、そのせいなの?」

元はバジュラが住んでいたこの星に移住してから、ずっと。
私とランカちゃんは、殆ど一緒に仕事をこなしてきた。
でも最近になって、ランカちゃんは少しだけ、1人での仕事を増やしている。
仕事が楽しいからかな、なんて暢気な事を考えていたけれど、違ったのかしら。

「そう……じゃないんですけど。えぇと」
「なぁに? 私に隠し事をするの?」
「いえ、隠し事というか。聞いたらシェリルさん、呆れるかなって」
「呆れる……?
 まぁ呆れるかどうかは話次第ね。とにかく聞かせて、ランカちゃん」

促すけれど、ランカちゃんはそれでも数秒、躊躇っていた。
視線を彷徨わせて、指先を弄って、口を開けたり閉じたりして。
それでも、覚悟を決めた時には、こっちを真っ直ぐに見詰めてくる。

「お部屋、欲しいなぁって」
「部屋? どうして? 今の家だって十分広いと思うけど?」

ランカちゃんは、以前義理の兄であるオズマ・リー少佐と2人暮らしをしていたんだけど。
今では、実の兄であるブレラとかいういけ好かない子も交えて、3人で暮らしている。
同居する人数が増えた時、ちゃんとそれに見合った部屋へと引っ越しているから、
ランカちゃんが部屋で苦労する事はない筈なんだけど。

「だから、その、シェリルさんと一緒に、暮らせたらなぁ、って」
「え!」
「オズマお兄ちゃんには、キャシーさんがいるし。
 ブレラお兄ちゃんは、ちょっと寂しい思いさせちゃうけど、でも会いに行けばいいし。
 今すぐは無理でも、いつかはちゃんと説明して、それで、シェリルさんと……」

ランカちゃんの言葉を聞きながら、私は頭の片隅で思い出す。
この星に来た時、私も今のランカちゃんと同じように、2人一緒に暮らしたかった。
仕事中もプライベートな時間も一緒に過ごして。
隙間なんて無いくらい、ランカちゃんとくっついていたくて。
……でも、言い出せなかった。
どうしても遠慮してしまうのよね。
私は、グレイスがいなければ、他に頼る人も居ない独り身だけれど。
ランカちゃんには、実兄と、義理の兄という素敵な2人の家族がいるんだから。
もう少し、ランカちゃんが大人になるまで待とうかなって、思っていたのに。
どうやら私は、ランカちゃんの事を見くびっていたみたい。

「どうして、私が呆れるかも、なんて思ったの?」
「だって……こうして、想いが通じ合ってるだけでも十分な筈なのに。
 もっともっと、シェリルさんと一緒にいたくなるんです。
 シェリルさんにぎゅってして欲しくて、香水を買ったりして。
 何だか、ブレーキきかないみたいで、だから、呆れちゃうかな……って」

伏し目がちに語るランカちゃんに、私は少し前の自分自身を重ねる。
想いは、同じだったのよね。
私がランカちゃんをすごくすごく好きなように。
ランカちゃんも、私をとてもとても好きでいてくれている。
心の底から溢れる熱い想いに、私は力を加減しながら、もう1度ランカちゃんを抱き寄せた。

「呆れるわけないじゃない。私も、そう思ってたんだもの」
「本当ですか?」
「勿論よ。だから、1人で無理はしないで。一緒に頑張りましょ」
「はい!」

抱き合うだけじゃ足りないと思うのも、2人一緒で。
自然とキスをすると、どちらともなく笑った。
いつか、ランカちゃんの笑顔を1日中独占できる時が、楽しみね。


END

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最終更新:2009年05月23日 17:45
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