『2LDKの定位置』(2-200氏)

「――ふぅ」

爽やかな休日の午前、掃除を終えたランカはカウンターキッチンからこざっぱりとした部屋を見回した。
豪邸とはとても言えないが、充分な広さを持つマンションの2LDK。
兄に頼りきりだった以前の住居と違い、自分で稼いだ給金で借りた。
越してから間もないけれど、紛れもないランカの城だ。

「お疲れ様、ランカちゃん」

いや『ランカの』では語弊があった。
ソファにゆったり腰掛ける金髪の女性、シェリル。
家賃含め生活費を折半している同居人という意味でも、恋人同士という意味でも、ここは『ランカとシェリルの城』だ。

「悪いわね、掃除まかせちゃって」
「いいんですよーシェリルさん作詞中なんですし」

会話を交わしつつも手際良く茶を準備し、シェリルと自分の2人分をテーブルに置いた。
ちなみにティーカップは骨董市で掘り出したペアの物だ。
手を休めてしみじみと夫婦カップを見つめるシェリルに、ランカは首を傾げる。

「どうかしました?」
「いいお嫁さんをもらったなぁと思って」
「シェ、シェリルさん!」

途端に真っ赤になってお盆で顔を隠すランカに、シェリルはおかしそうに笑い声を上げた。

「いっつもからかうんだから……!」
「ふふっごめんなさい、ほらランカちゃんも座って一休みしましょう?」


お盆の陰からぴょこんと髪が覗いて、控えめに抗議を表した。
たぶん無意識である動作がまたおかしくて、シェリルは笑いながらランカの手からお盆を奪ってソファに誘う。
散らばったノートや資料を大雑把にどけ、テーブルの片隅に即席の小山の上が出来上がった。
それから山の上に数時間握りっぱなしだったペンを放る。
音楽に賭ける集中力こそ人間離れしたシェリルだったが、朝から休まず紙と睨めっこはさすがに疲れた。
凝った肩を回し、未だ照れて突っ立ったままのランカを急かす。
何といっても、休憩はこの、わんこみたいな娘へのスキンシップ無しでは始まらない。
猫じゃらしを眼前に揺らされた猫みたいに、早く手を出したくてたまらない。
ランカがちょこんと隣に座ったら、早速シェリルの駄目出しが入る。

「ランカちゃんの場所はそこじゃないわよ」
「え?」
「ランカちゃんは、こっち」
「え?え?」

強引に腕を引かれるままでいたら、ランカはソファよりも柔らかいモノの上に収まった。

「ええぇっっ?!」
「うーん、あったかぁい」
「な、なんで?どうして?どうなってるんですか?!」
「落ち着きが足りないわよ、スターたる者もっと堂々と胸を張ってなきゃ」
「だ、だってシェリルさんのお膝に座って堂々となんてできませんよッ!」

同棲まで漕ぎ着けた程の仲とはいえ、ランカにとってシェリルは永遠の憧れ、銀河の妖精シェリル・ノームなのだ
妖精さんのお膝に腰掛けて落ち着けるはずがない。

「いいの。このシェリルがいいって言ってるのよ?おとなしく座ってなさい」
「うぅ……」

けれども、強気な妖精さんに自信満々に命じられると逆らえなくなってしまう。

「やっぱり抱き心地いいわね、ランカちゃん」
「そ、そうかなぁ?」
「ぎゅっとすると小っちゃくって柔らかくって……特にこの髪!もふもふ!」
「きゃ!」

ボリュームたっぷりな緑色の髪に頬擦りされて、ランカは一瞬で茹で上がった。
髪が全力で万歳ポーズを取る。後ろから覗き込むシェリルの前に真っ赤な頬が直接晒された。
悪戯心がむくむく湧き上がって止まらない。

「ランカちゃん真っ赤」

わざと艶やかな低音で囁いて、耳に甘く歯を立てた。

「ひゃんっ!……もうっシェリルさんの意地悪っ」
「うふふ……ランカちゃんがそういう可愛い反応するから」

噛まれた耳を両手で押さえ腰を浮かせても、シェリルの腕が軽く引き止めたら、それだけで逃げられなくなってしまう。
そんなランカの様子がシェリルは愛しくてたまらなかった。
愛情表現が悪戯になるのは悪い癖だと自覚していたけれど。

――――ランカちゃんが可愛いから悪いのよね、うん

だからシェリルに自重という言葉は存在しない。
思う存分膝の上の可愛い子犬を抱き寄せて、全身くまなく撫で回した。
ひゃっとか、わっとか、ぴょこぴょこ慌てふためく反応がまた美味である。

「これからランカちゃんの定位置はココよ」

際どい所までひとしきり撫で倒して、仕上げに頭を優しく撫でながら宣言した。
当然だが、ランカからは不満の声が上がる。

「不満?」
「落ち着かないですよーシェリルさんの上に乗るなんて」
「ふぅん?ランカちゃんは下の方がいいんだ」
「それはだって……シェリルさんは大先輩なんだから、私が上よりは下の方が」

平時なら不適な笑顔が警戒を与えただろうが、不幸な事に散々弄られた後のランカには余裕がなかった。

「うりゃ!!」

冗談じみた、心底愉快そうな掛け声の直後、ランカの視界が回る。


どさ

大きなソファの上に引き倒されて、事態を把握できないのか大きな瞳がパチパチ開閉される。
その隙を利用して、シェリルはランカが逃げられないようしっかり組み敷いた。

「ええええ?!」
「オッケー、ランカちゃんが下!ココが定位置!決定よ!!」
「えええええええええ!!!!!」

たぶん自分はランカを困らせてばかりなのだろう。
だが、自覚はすれども自重せず、が今のシェリルのポリシーだ。
自分の下でバタバタ暴れる子犬の唇を塞いで黙らせた。
押し付けるだけのキスが、抱きしめるより激しく鼓動をかき鳴らす。
ランカの他、誰にも叩けないリズム。
ランカといると心が16ビートで躍りだして、興奮と笑みが止まらない。

「私きっと、ランカちゃんと二人きりだと甘えちゃうのね」

自覚はあるのだった。止める必要がないだけ。
満面の笑みでの爽やかな自嘲を至近距離で吹きかけられて、ランカの犬耳が困ったように垂れ下がった。

「……シェリルさん、ずるい……」
「私が誰かに甘えるのって変かしら?」

紅みを帯びた瞳が潤んで、上位置から覗き込むシェリルの影で深みを増して、真っ直ぐ見つめてくる。

「変っていうか……嬉しくてますます逃げられなくなっちゃう」

不意にランカの瞼が閉じられて、近付いた。
ワンテンポ遅れて、シェリルの瞳が驚きで丸くなる。
短いキスだったけれど、熱情を煽るには充分過ぎる。

「逃げようとしたって逃がさないんだから」
「それは私の台詞ですよ」
「言うじゃない、ランカちゃんのくせに」

子犬は随分と生意気に成長したらしい。
せめて上の立場は守るため、シェリルは下で待ち構える小さな唇を割り開き、逆襲を仕掛けた――――。


余談にはなるが、その後2人の定位置は上下交代制が採択された。
ランカが上の場合はシェリルの膝の上、もしくは間に座る。
シェリルが上の場合はランカの膝枕、もしくは全身で覆いかぶさる。
上下がどうあれ結局やりたい放題に変わりはないのだけれど。

見晴らしの良い6階、広めの2LDK。ここはシェリルとランカ2人の城。
やりたい放題を止める必要はない。



END

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最終更新:2009年05月31日 17:16
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