可愛いあの子の人気はうなぎ登りだった。
仕事が入ってない時間に学校に来れば、サインくれ握手してくれの嵐。あの子はうまくそれらを交わさず、笑顔で応じる。まあ、アイドルだからファンとの交流も必要だと思うけれど。
今日も午前中の仕事を終わらせて昼休みに登校してきた彼女は、2、3人の生徒に話し掛けられていた。大して親しくないだろうに、律儀に相手をしているようで。あの調子じゃ下校する頃にはヘトヘトね。
彼女の取り囲む一陣を、横目で眺めてると、私の前に影が差した。
「まるで見世物だな」
「あら、アルト」
「ランカは忙しい中で学校に来てんだ。これだからミーハーなヤツは嫌いなんだよ」
アルトはうんざりした様子で腕を組む。騒がれるうっとうしさを知ってるから余計見てられないみたい。口は悪いけど、根は優しいヤツなのよね。
「芸能人はファンがいてなんぼの仕事よ。あれくらいでへこたれたら、この先大変だわ。私なんかいい例じゃないの」
「遠回しに自分は大人気って言ってないか」
「当たり前でしょう。『銀河の妖精』シェリル・ノームなんだから」
胸を張って言い切ると、あからさまに呆れた表情をした。本当にムカつくわね、アルトのくせに……。
もう一度ランカちゃんの様子を見ようと視線を戻した。すると、ファンの子たちの隙間から物言いたげな眼差しとかちあう。途端にあの子は色紙で顔を隠し、私にくるりと背を向けてペンを滑らせた。
彼女の緑の髪がふわふわと揺れ、そこから覗く頬はうっすらと赤らんでいるのが分かった。
「嫌にならないか」
「え?」
「ランカが他の奴に独占されてんのに、平気なのかよ」
じと目で尋ねるアルトのほうがしかめっ面なのがおかしくて、ぷっと噴き出してしまう。
「べつに? あの子がファンに好かれるの、とっても嬉しいわ」
「へぇ、てっきり妬いてんのかと思ってたけど」
「ファンと触れ合うのは大事なことよ。直接感想や励みをもらえるから成長につながるでしょう? まあ、さすがに学校でまで無理して付き合うことないでしょうけど」
「なるほどね。あいつのこと考えてやってんだな」
もちろん。私があの子を考えないときなんかないわよ。
それに、ね。
「あの子の心を独り占めしてるの、私だから」
にっこり笑って言えば、うわぁ……と口の端を引きつらせて露骨に引いた。
「そうやって優越感に浸りながら眺めてるんだな……」
まあね。そうでも思わなきゃ、ねえ?
ただ、思い上がりではないはず。だってあの子ったら、さっきからチラチラとこっちを観察してる。
分かりやすい子。そんなに気になるなら、その子たちにうまく言ってこっちにいらっしゃい。
私の心を独り占めできるのも、ランカちゃんだけなんだから。
早く来ないと、アルトと浮気しちゃうわよ?
終わり
最終更新:2009年07月04日 16:43