無題(2-369氏)

--シェリル視点--

「シェリルさん、あの、よかったら、もしよかったらなんですけど、電話番号を交換してもらえませんか?」

3日前、歌番組の収録でたまたま一緒になった時、ランカちゃんが突然そう言ってきた。
顔を真っ赤にした彼女は、ぴこぴこと揺れる髪も手伝って、ウサギみたいで、本当に可愛くて、私は思わず笑みを浮かべてしまった。

「勿論いいわよ」

生憎、私の携帯には通信機能が付いていないので、バックからプライベート用の名刺を取り出し、
「これ、私用の携帯番号だから、遠慮せずにいつでも掛けてきて頂戴」
遠慮せず。と、いつでも。の部分だけ口調を気づかれない程度に強め、名刺を彼女に手渡す。
微かに触れた指は、熱かった。

「あ、有難うございます!」

嬉しそうに微笑む彼女。

ねぇ、私の電話番号がそんなに知りたかったの?
そうだとしたら、何故?
私が、銀河の妖精だから?
それとも……、

少しくらいは期待していいのだろうか。
目の前の、この純真で無垢な少女にとって、
私が、特別な存在であると。




ランカちゃんと電話番号を交換して3日が経った。
今日も電話が鳴る気配は無い。
というか、久々に休みが取れたので、さり気無く電話をくれない理由を聞こうと意気込んで登校したのだけれど、タイミングの悪いことに、ランカちゃんは仕事で学校を欠席していた。

放課後の教室で、私は相変わらず微動だにしない携帯を眺める。

「自分から聞いてきたくせに」

つい溜息が零れた。

「何が自分から聞いたって?」
「!、アルト」
「どうしたんだ、シェリル。朝からずっと難しい顔して、溜息ばかり吐いてるぞ。授業中も上の空で、俯いてばかりだったし」

俯いていたのは、机の中に入れた携帯が光らないかをずっと見ていたからだ。

「煩いわね、アンタに関係ないでしょ。本当に、小姑みたいな男ね」
「な、お前はまた、人が心配してるのに、そうやってはぐらかして」

アルトの女と見紛う程美しい顔の眉間に、グっと皺が寄る。
そのまま立ち去るかと思ったが、軽く息を吐くと、腰掛けていたた机からおり、私の前の席に、こちらを向いたまま半身を捻り座った。

「なぁ、本当にどうしたんだよ」
「別に、何でも無いわよ」
「何でも無くはないだろう。お前はランカと違って内側に溜め込むからな」
電話を待ちすぎたせいで、私はランカちゃんという言葉に敏感になっていたらしい。
思わずその一言に、いや、一言の中の一単語に、体がピクリと動いた。

「やっぱりランカか」
「アンタ、鎌掛けたのね」
「素直に言わないお前が悪い。で、何で沈んでるんだ」

「…電話が、掛かってこないのよ」
「電話?」

アルトは訳が訳が分からない。という風に、首をかしげる。

「ええ。この間、ランカちゃんと携帯番号を交換してね、いつでも掛けてきて。って言ったのに、彼女、未だに電話をしてきてくれないの」
「未だにって、そんなに経つのか?」
「3日」
「3日!?」

愉快そうに声を上げたアルトを上目で睨み付ける。

「そりゃあアルトにとっての3日は短いかもしれないけど、私はこの3日間、プライベートな時間は全て、携帯を傍らに置いて、ううん、眺めて過ごしてるのよ。長く感じたって仕方がないじゃない」
「悪い。いや、3日でそんなになるなんて、お前は本当にランカのことが好きなんだと思ってさ」

当たり前だ。
好き。なんて言葉じゃ言い表せないほど、彼女が可愛くて、恋しくて、愛おしくて、どうしようもないのだから。

「でも確かに、なんで電話してこないんだろうな。ランカのほうから番号を聞いてきたんだろう」
「ええ」
「アイツもかなり忙しいみたいだけど、電話を掛ける時間くらいは作れそうなものだよな」

同意したくはないが、確かにその通り。
いくら人気絶頂のシンデレラといえ、さすがに電話の時間も作れない程過密なスケジュールではないはずだ。

「つーかさ、シェリル、お前がランカに電話すればいいんじゃないのか?」
「私が?嫌よ」
「なんで」
「私はシェリル・ノームなのよ?シェリル・ノームが、プライベートで、自分から電話を掛けるなんて。それも相手から掛かってくるのを待ちきれなくて。そんなの、私のプライドが許さないわ」
「全く、お前は」
「それに、恥ずかしいじゃない」

そっちが本心か。とアルトが苦笑する。
煩い。後者は2番目よ。と呟いたが、それは、あまりにも見え透いた嘘だった。



--ランカ視点--

3日前、シェリルさんに携帯番号を教えてもらった。
あくまで自然を装ってに、何気ない風に、そう自分に言い聞かせ、やっとの思いで聞きだした番号。
これでいつでもシェリルさんと繋がれるんだ。
そう思うと、嬉しくて踊りだしてしまいそうになる。
無秩序に羅列した数字も、彼女に繋がるというだけで、とても素敵な魔法の呪文に見えた。

「掛けて、みようかな」

この3日間、私の携帯のディスプレイは絶えずシェリルさんの番号への発信画面になっている。
こんな小さい液晶だから、もしかしたら、視力が少し落ちたかもしれない。
それくらい、ずっと見ていた。

「でも、やっぱり忙しいよね」

今すぐ電話を掛けて、シェリルさんの声を聴きたい。
けれど、彼女の忙しさを考えると、気後れした。
シェリルさんは、遠慮せずにいつでも掛けてきて。と言ってくれたけれど、その優しさに甘えてしまって、本当にいいのだろうか。

「用事が出来たら掛けることにしよう」

呟いて、ベットから体を起こし、自分の部屋を見回す。
何か、キッカケに出来そうなものは無いだろうか。
しかし、この空間に、そんなものは散らばっていない。
辺りには見慣れた光景が広がるだけ。

もし、私たちが友達だったなら、こんな風に、理由を用意することなどなく、ただ、声が聞きたくなったから、或いは、淋しいから。と、なにも考えず、電話を掛けることが出来るのに。

「そう考えると、私たちの関係って、何なんだろう」

シェリルさん。
シェリルさんにとって私は、どんな存在ですか。

そう尋ねたら、彼女はなんと答えを返すだろうか。

「あ、理由、見つけた」

さっきまであんなに気にしていたシェリルさんの忙しさのことは、もう気にならない。
忙しそうなら、また掛ければいいのだ。と気が付いたから。

ううん、嘘。
本当は、
「声が聴きたくて、もう、我慢出来ないんだ」

私は、片手のオオサンショウウオ君を握りなおし、シェリルさんへと繋がる、コールボタンを押した。




--アルト視点--

想う相手がいるというのは、どんな気分なのだろうか。
シェリルを目の前にすると、いつもそんなことを考える。

今だってそうだ。
シェリルはずっと、ランカからの着信を待って、携帯を眺めている。

多分ランカは、シェリルの多忙を気にして、自分から電話をすることを躊躇っているのだろうから、自分から掛けてみればいいのに、素直じゃないシェリルは、決してそれをしようとはしない。

「まったく、とんだツンデレだ」
「煩いわよ、お姫様」

四六時中ランカのことを想って、ランカの一挙一動に喜怒哀楽する。
それくらい存在の大きな誰かにまだ出逢ったことの無いオレには、その姿が羨ましい。

「いいよな、お前」
「何が?」
「電話が掛かってくる・こないで、そんなに悩めて」
「喧嘩売ってるわけ?買うわよ。無条件で。利子付きで」

拳を握り、ファイティングポーズを取るシェリル。

「違う、そういう意味で言ったんじゃない」

オレは慌てて否定した。
細腕のくせに、柔軟性が手伝ってシェリルのパンチはなかなか強烈なのだ。

「そうじゃなくて、そういう風に四六時中想える相手がいて」
「お陰で毎日大変だけどね」

まあ、それも含めて恋なんだけどね。と、シェリルが呟いた瞬間、卓上に置かれたシェリルの携帯が震えた。

光速と表現してもいい速度で、シェリルはそれに飛びつく。

「!、もしもし」
「あ、シェリルさん、ランカです。今、大丈夫ですか?」
「ええ。今日は久々にオフだったの」
「良かった」

どうやらシェリルの携帯はハンズフリーの設定になっているらしい。
会話が完全に筒抜けだ。
このまま勝手に会話を聞くのは悪いかと思ったが、会話をしている当の本人は、オレの存在など完全に忘れ、電話に夢中になっている。

(まあ、いいか)

他愛も無い内容なので、聞いていても問題ないだろうと判断し、オレは机に腰掛ける。

「この間シェリルさんから教えてもらった化粧水、凄く良かったです!」
「でしょう。あのメーカーはクレンジングオイルもかなりの優れものなの。今度1本あげるわ」
「わー、本当ですか!嬉しい!」


暫くそんな会話が繰り広げられていたが、突然、ランカの声が、急に硬質的になった。
緊張している時の声だ。

「あの、シェリルさん」
「なあに?ランカちゃん」
「今日、シェリルさんに電話をしたのは、聞きたいことがあったからなんです」
「聞きたいこと?」
「はい。答えて、もらえますか?」
「勿論。あなたからの質問なら、なんだって大歓迎よ」

暫くの沈黙の後、ランカは尋ねた。

「シェリルさんにとって私は、どんな存在ですか」

とっさに、オレはシェリルの顔を見る。
シェリルは、驚いた顔をしていた。
そりゃあ、好きな相手から、いきなりこんな告白に等しいセリフを言われたら、誰だってビックリするだろう。

「あなたは、特別。私にとって、一番大切で、あなたといるだけで、生まれてきたことに感謝したくなるほど、大きな存在よ」

シェリルは、一語一語、壊れ物を扱うような慎重さで、答えを口にした。

「じゃ、じゃあ、私のこと、好きですか?」
「ううん、好きじゃないわ」

何を言い出すんだ、コイツは。
電話口の向こうで、ランカがハッとするのが分かった。

「愛してる、よ。それでも足りないくらい、ね」

その時のシェリルの表情は、本当に、妖精と形容するに相応しい、光が零れそうなほど美しいものだった。

想う相手がいて、その相手に想われる。
そんな奇跡みたいなことは、どれくらいの幸せを与えてくれるのだろうか。
オレにその奇跡が降り注ぐまで、暫くは2人を見守っていようと、涙を流すシェリルにハンカチを差し出しながら、俺はそう思った。




終わり

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年08月01日 19:47
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。