もっと長引くと予想されていた収録。
でも、トントン拍子で進んで予定よりも早く終わった、そんな珍しいある日。
「これなら夕飯に間に合うわね~」
銀河の妖精は、トップスターには似合わない、だが「妖精」というにはぴったりな無邪気な笑みを零して、鼻歌交じりに車に乗り込んだ。
車が緩やかに揺れる度に、家の鍵がポケットの中でチャリチャリと鳴る。
コツコツとブーツの踵でリズムを取りながら、新曲を口ずさみ、たい焼き型の携帯を取り出して時刻を確認。
表示されたのは「18」と「38」の数字。
(確か17時には終わるっていってたわよね……)
昨夜交わした会話を思い出し、「なら今は夕食を作ってくれている頃かしら?」と推測する。
今日のご飯はなんだろ?
中華? 和食? それとも洋食?
(個人的には洋食を希望ね……)
別に中華が嫌だとか、和食が嫌いだとか、そんなんじゃない。
ただ、その。
(だって……うまく使えないんだもの……)
フォークとナイフだったらバッチリだ。
何せあのグレイスに教え込まれたのだから。
でも、あの二本の棒だけは、どうにもこうにも上手く使う事が出来ない。
(べ、別に使えるのよ? でも……えっと、ニギリバシ? だっけ? で、お子様がやる持ち方だって……アルトもミシェルもそう言うから、なんとかマスターしよと頑張ったんだけど……)
アルトの呆れ顔と、ミシェルの小馬鹿にしたような顔が浮かんできて、シェリルはむっと口を尖らせた。
帰ったらランカちゃんに教えて貰って猛特訓をしよう。
そう決意していると、運転手の慇懃な言葉が目的地に到着したことを告げた。
礼と労いの言葉を述べ、車を降りる。
玄関は直ぐそこなのに、無意識の内に自然と急ぎ足になっているのか。
ストロベリーブロンドの髪が歩にあわせてふわりと舞った。
【 じゃのめでおむかえ 】
「ただいま」
玄関を開けると同時にシェリルが言い放つと、直ぐに返事が返ってきた。
「あぁ、おかえりなさい」
しかしそれはシェリルが予想していた明るくて元気な声ではなく、もっと落ち着いたトーンの声。
奥から顔を出して出迎えてくれたのは、赤いギンガムチェックのエプロンを纏った女性。
仕事中は厳しい眼差しで業務をこなす彼女だが、プライベートはやはり別。キャサリン・グラスは柔らかく笑ってシェリルを迎えた。
「あれ、キャシー?」
「なに、その残念そうな顔」
シェリルのきょとんとした顔を見て、キャシーがくすくす笑う。
そうして「ランカちゃんだと思ったの?」とイタズラに言った。
「なっ、別にそうじゃないわよ。ただ、こんなに早く帰ってくるの珍しいなって……」
「ふぅ~ん?」
キャシーのニコニコとした表情に対して、シェリルはむぅーと不機嫌そうな顔をする。
うっすらと赤くなった頬を、キャシーは愉快げに突ついた。
「ゴメンなさいね、ランカちゃんじゃなくて」
「もっ、キャシーのバカっ」
頬を突いたと思ったら今度は頭をくしゃくしゃと撫でたりと、好き勝手にやるキャシーの手を「いっつもそうやって子供扱いして」と言いながらペシペシ叩いて追い払おうとするシェリル。
その様子は構われ慣れていない子猫のようで可愛らしい。とか思ったが、でもそんな事いえば本気で照れて怒りかねないので、賢いキャシーはただ笑うだけで、大人しく手を退けた。
引き際をキッチリ心得ていてこそ大人の女である。
「というか、珍しいのは貴女でしょ。いつもなら貴女が一番遅いのに」
シェリルの脱いだコートと荷物を受け取り、廊下を先に歩くキャシーが言う。
仕事がないのならランカが一番早い(学校から寄り道せずに帰ってきた場合だけど)。
次いで帰ってくるのは、家庭に入ったからと定時に上がれる業務に異動したキャシーで、その次がオズマかブレラのどちらか。そして最後にシェリルが帰宅するというのが日常である。
シェリルはキャシーが言うことにも内心で納得せざるを得なかったが、ぶっきら棒に「まぁ、たまにはね」と呟くように答えて後に続いた。
キッチンの方から柔らかく甘い匂いが漂ってくる。
その匂いをシェリルは猫のようにすんすんと嗅いで、「ご飯なに?」と首を傾げた。
「あなたの好きなクリームシチュー」
「ほんと!?」
「嘘ついてどうするの?」と言う前に背中からシェリルにガバッと抱きつかれ、口から出る予定だったキャシーの言葉は「きゃっ」という可愛らしい奇声に変わった。
「こらこら」
「ねね、とうもころし入ってる?」
「ちゃんと入れたわ。でも、『とうもころし』じゃなくて『とうもろこし』でしょ」
「……とうもころし?」
シェリルの重みで少し前屈みになりながら歩くキャシー。
シェリルはキャシーの首根っこに捕まり、半分おんぶされているような形で足をブラブラさせた。
「ノー。とうもろこし。リピードアフタミー?」
「……とうもこ……もぅ! コーンでいいもん!」
足がバタバタ動かして、シェリルは頬を膨らませる。
キャシーは「はいはい」と笑いながら、「それにしても軽いわねぇ~」と呟いた。
「何が?」
「貴女が。相変わらず軽いわ。寧ろ軽すぎ」
「そう?」
「筋肉だって多少は付いてるし、結構食べてるのに……なんでかしらね?」
――――ほんとに羽でも生えてるのかしら。
キャシーはそう呟こうとして、なんとなくやめた。
不意にもう一人の義妹の不安そうな顔が浮かんできて。
それで、その表情を意味がなんとなく分かって、キャシー自身もなんとなく不安になったから。
「キャシー?」
「……なぁに?」
きょとんとした顔で小首を傾げるシェリルに、キャシーは微笑み返す。
リビングの三人掛けソファーにシェリルを降ろして、荷物とコートを傍らに置いた。
「はい、到着。手洗いうがいしてきなさい」
「はーい」
シェリルはのんびりと返事をして洗面所に向かう。
その背を見送ってから、キャシーはキッチンに戻った。
* * * *
「遅いわねぇ」
「そうだなぁ」
自分の席に着いて、時計を見上げるキャシーとオズマ。
ソファーに座って雑誌を読んでいたブレラも、その膝でゴロゴロしたいたシェリルも、二人の言葉にチラリと時計を見上げた。
帰宅予定時刻をもう2時間程オーバーしている。
収録が長引いているのだろう。そうは分かっても、心配になってしまうのは仕方がない。
シェリルはのそりと起きて携帯を取り出す。
そこには新着メールも着信もなくて。シェリルは凛々しい眉を顰めて、白いタイ焼き型の携帯をソファーの隅に投げた。
「……ランカちゃん、おそい」
しゅんと項垂れるシェリルの頭に、ブレラがぽふっと手を置く。
不機嫌なシェリルを、どうにか宥めようとするブレラ。
そんなブレラに
「ねぇ、今日って確か、Nスタジオで収録って言ってたよね?」
「? あぁ、そうだったと思うが……」
そんなブレラにシェリルが問う。
ブレラが肯定すると、ふむと一人頷いて、
「……結構近いわね。ちょっと行ってくるわ」
シェリルはソファーから飛び降りた。
「え、シェリル!?」
キャシーが制止する声も届かず、シェリルは「直ぐ戻るから!」と残して玄関から飛び出していく。
小気味の良いリズムを刻みながら、走る速度を上げていく。
スタジオに着いた時には、シェリルは寒空の下にも関わらず、うっすらと汗をかいていた。
ふぅーっと息を吐くと、目の前で白くなって夜空に消えて行く。
(あ、そういえば帽子もサングラスも忘れちゃった……)
そんなことに気付いたけど、「まぁ、いっか」と苦笑で誤魔化しておく。
遅くなる時は必ず連絡をくれるから、つい心配になって此処まで来てしまったけれど、どうしよう。
ちゃんと考えずに突っ走ってしまった自分が少し、いや、かなり恥ずかしくなったが、走って乱れた自身の髪を手櫛で梳いてやり過ごした。
「どうしよ……」
呟き、とりあえずポケットに手を入れる。
でも、そこにある筈の物なくて、シェリルはぎょっとした。
「……ケータイも忘れた」
その場に蹲るシェリル。
ちょっと泣きたくなってきたが、こんな所で一人で泣くなんて「シェリル・ノーム」はしない。
溜息をちょっと吐いて、とりあえず待っていようとNスタジオ前にある公園へ。
シェリルはブランコに腰掛けて、ぼんやりとスタジオの方を見た。
「……さむ~」
唐突に寒さを思い出して、シェリルは身を震わせた。
変装用の帽子も、目を保護する為のサングラスも、防寒用のコートも忘れて何をやっているんだろうか。
自分に自分で呆れてしまう。
「……なにやってんのかしら」
あの子のことが心配で思わず飛び出しちゃったけど。
これって、みんなの心配を増やしただけじゃない?
ポツリ。と、頬に冷たさを感じる。
空を見上げると、厚い雲が頭上に広がっていて。
ポツポツ、ポタポタ、パラパラ……そうリズムは早くなって、冷たい雫が降り注いできた。
「……つめた」
ざぁーっという鞭みたいな雨じゃなくて、ぱらぱらとしっとり降ってくる雨。
冷たいけれど、不思議と不快には思わなかった。
幼い頃に体験した雨は、もっともっと冷たくて、あまり綺麗じゃなくて。
だからフロンティアにきて体験した雨は、あんまりにも綺麗で。
雨は嫌いじゃない。
晴れてるのも好きだけど、この瞳は強い光に弱いし。
「……何処で聞いたんだっけ………」
雨の歌。昔、何処かで聞いた、子供が歌っていた歌。
可愛らしくて、どうしてか羨ましくなって、妙に耳に残った歌。
雨のリズムを聞きながら、ゆっくりと思い出す。
あめ、あめ。ふれ、ふれ。じゃのめで。
(……えっと……こんな感じ?)
「……あめ あめ ふれ ふれ」
――――かぁさんが。
「……ぁ」
そこで、なんで羨ましいと思ったのか思い出す。
シェリルはふっと力を抜いたように、微かに笑った。
「バカね……もう、おかあさんも……グレイスもいないのに……」
雨がじわじわと体温を奪って行く。
手足がだんだん悴んできて、感覚が薄くなっていくのが分かった。
冷たいのは、嫌いじゃないけれど。
寒いのは、あんまり好きじゃない。
携帯もなくて、コートもなくて。
サングラスもなくて、ランカちゃんもいなくて。
雨だけが降っていて、今は夜で。
明るすぎるのは得意じゃない。
でも、暗いのは好きじゃない。
不意に昔の感覚が蘇りそうになって、緩く頭を降る。
シェリルは、歌の続きを歌えなかった。
* * * *
(うわ~! もっ、すっごく遅くなっちゃったよ~!!)
ランカはスタジオの廊下を慌しく駆けながら、心の中で叫んだ。
バタバタと走りながら、オオサンショウウオ君を握って時刻を表示。
予想よりも遥かに時は進んでいて、ランカはぎょっとした。その拍子に足を絡ませて転びそうになったけど、壁に捕まってなんとかセーフ。
「あぅ~」
お兄ちゃん達怒ってるだろうな。
キャシーさんも怒ってるだろうな。
(……シェリルさんは……拗ねてる、かな?)
拗ねたシェリルさんのご機嫌を治すのは大変だけど、その拗ねた様子も可愛いから好きだなぁ~。
とかランカは内心で惚気つつ、再び走り出してオオサンショウウオ君で電話をかける。
オズマだと怒鳴られるし、ブレラは……携帯電話とか持ってないし、キャシーさんが一番冷静に対応してくれるだろう。
と、ランカなりに判断を下して、キャシーに電話をかけた。
「あ、キャシーさんですか? ご、ゴメンなさいっ。プロデューサーとディレクターが喧嘩しちゃって、それで色々長引いちゃって……」
キャシーのちょっと怒っているような、でも本当に心配そうな声が痛い。
ついでに電話越しで怒鳴り散らしているオズマの声も耳に痛い。
ランカはゴメンなさい~と平謝りしているような気分的でスタジオ内を駆けて行く。
「え、シェリルさんが!?」
が、キャシーがいった言葉に、ランカは思わず足を止めていた。
ランカちゃんを迎えに行くって言ったまま、帰ってこない上に、携帯電話も忘れたらしく連絡も取れない。という言葉に。
「え、えぇっ、う、うそぉ!!」
なんでそんなことになってるの!?
ランカは大きな声で叫びそうになって、ぐっと唇を噛み締めた。
早く探しに行かなきゃ!
ランカはまた走り出す。
でも今度はバタバタという落ち着きのない駆け方ではなく、グッグッと力強く進む駆け方で。
エントランスを抜けて外に出ると、パラパラという雨の音が耳に届いた。
風はないけれど、雨に濡れる空気はとても冷たくて、思わずぶるりと体が震える。
ランカちゃん、送って行くよ。
そうスタッフの一人から声がかかる。
それを丁重に辞退して、代わりに傘を借りて外に飛び出した。
雨だって嫌いじゃないけれど、濡れるのだって時には楽しんでいるけれど。
でも、冷たいの得意じゃないし、寒いのだって好きじゃないし。
こんなに暗い中で一人でいたら、心細くなっちゃうんでしょう?
知ってますよ、あなたはとても脆いところがあるって。
(シェリルさん……!)
強く呼んで、周囲を見回す。
一人で震えていたらどうしようとか、みつからなかったらどうしようとか。
そんな不安がよぎって、心臓が不整脈を奏でた。
でも、目当ての人物は直ぐに見つかった。
傘もなくて、上着も着てなくて、薄着で。帽子もサングラスもしてなくて、ただずぶ濡れになっているその人。
「シェリルさんっ!」
強く呼んだら、なんだか怒っているような声になってしまった。
ビクッと驚いたように跳ねる肩越しに、降り返ってくれる。
バシャバシャと水溜まりを蹴って、彼女の許に駆けて行く。
いつもふわふわしてる甘い色のストロベリーブロンド。
その綺麗な髪は雨水を吸って重そうに肌にはりついていて。
冷えて赤くなって悴んでいる指先とか、表面温度が低くて、もともと色白なのも相まって白くなりすぎてる頬や首筋とか。
それを見たら、「何をやってるんですか!?」なんて言えなくなって、ゴクッと言葉を丸ごと飲み込んでしまった。
シェリルの澄み切った青空のような瞳が泣いているように見えたけど、次の瞬間には柔らかく細まって。
そうして、嬉しそうに笑った。
「ふふ……」
「な、なんですか、もぉ……そんなことより、なんでこんな……ずぶ濡れじゃないですか……」
あんまりにも嬉しそうに笑うから、思わず心臓が跳ね上がって声の端がブレてしまった。
こっちの気も知らないで。と思ったけれど、それは自分も同じかと思って、言うのをやめる。
傘の中に入れてあげて、冷たくなった頬に触れてみた。
触れた肌は思った以上に冷たくて。本日二回目の「ぎょっとした」声を内心で上げる。
「どのくらいココにいたんですか!?」
なのに、シェリルさんは相変わらず嬉しそうに笑ったままで。
それはとても幼くて屈託な笑みで。
そんな顔のまま「わかんない」と返事をされてしまったから、ランカは言葉に詰まった。
そういう不意打ちの可愛い笑顔とか、やめて欲しい。
言葉を忘れてしまうから。
シェリルはにこにこしながら、ランカの手に頬を摺り寄せる。
あんまりにも嬉しそうに笑っているから、ランカは思わず小首を傾げてしまった。
「……あの、どうしたんですか?」
「ふふ。ないしょ」
ずぶ濡れの妖精は、やっぱり嬉しそうに笑って。
悪戯をするように「ないしょ」だと囁いた。
そういう顔も好きだけど、今はそれどころじゃない。
ランカは見蕩れかけた自分を押し留めて、シェリルの手を引いた。
濡れたままになんかさせておけない。
(早く帰らなきゃ。このままじゃ風邪ひかせちゃうし、それに……)
ランカは手をしっかり握って早足で歩き出しながら、チラっとシェリルを見た。
髪と同じように雨を吸って重くなった服が、シェリルのカラダに張り付いていた。
でもそれが綺麗なカラダの稜線を浮き出させていて、正直目に毒だったりもしたけど、それはランカだけの内緒である。
雨が傘を打つ音に合わせて、シェリルが何かを口ずさむ。
メロディーは辛うじて聞き取れたけど、歌詞は雨の音に紛れてよく聞こえなかった。
半分鼻歌混じりの、短いフレーズの歌。
子供が歌うような小気味のいいリズムに、分かりやすい旋律。
それを口ずさむシェリルは、やっぱり嬉しそうで。
そんな風に笑いながら、シェリルは自由に速度を変えて、歩幅を変えて歩く。
だから、傘から何度も抜け出してしまって、ランカは困ってしまった。
「濡れちゃいますよ~」
「もうビショビショだもの。今更よ」
なんでそんなに楽しそうなんだろう?
寒くて、冷たくて、身体中冷え切ってしまっている筈なのに。
パシャパシャとシェリルがじゃのめを楽しげに蹴飛ばす。
ちっちゃい子みたいに、無邪気に。
家まであと三分の二という距離まで来ると、傘を差して歩いてくるブレラと会った。
ブレラもずぶ濡れのシェリルを見てぎょっとしたが、シェリルはブレラのそんな顔を見て楽しそうに笑った。
「お兄ちゃん! 早く帰ろっ!」
「あ、あぁ」
シェリルの空いている手をブレラが握って、自由に歩くシェリルの動きを制限して傘に入れる。
ランカの傘と、ブレラの傘。
ランカの手と、ブレラの手。
その二つの傘に入れられたシェリル。
その二つの手に握られる、シェリルの両手。
シェリルはやっぱり嬉しそうに笑っていた。
「オズマお兄ちゃんキャシーさん、ただいまぁ!」
「今帰った」
「遅いぞランカぁ!!」
「もぉ、ほんとよ。シェリルも勝手に飛び出し……」
玄関を開けると同時に叫ぶと、飛び出してくる怒声とちょっと怒っているような口調の声。
でもオズマもキャシーもずぶ濡れのシェリルを見て、目を見開いてぎょっとして。
いっぱい言いたい事があり過ぎて、口をパクパクさせている二人。
なのに、
「ただいま」
シェリルはただ嬉しそうに笑ったまま、そう言った。
(なんでそんなに嬉しそうなんだろ……?)
ランカはそう考えながら、オズマとキャシーのお小言が始まる前にシェリルを連れて家の奥へ。
タタタッと廊下を小走りで進みながら「遅くなってゴメンなさい。とにかくお風呂入ってきますね!!」と叫んだ。
シェリルが歩いた後は水が滴って足跡を残していく。
これは後でキャシーさんに絶対に怒られるとか思ったが、そんな事に構ってられない。
ランカはシェリルの服を手際よく脱がせて、風呂場に押し込む。
自分もささっと脱いで、シェリルの後を追った。
「ほら、シェリルさん。肩までつかってください」
浴槽に半ば無理矢理引きずり込んで、後ろから抱き締める形で落ち着く。
「子供扱いしないでよ」とか「くすぐったい」だとか文句が聞こえたが、どれも笑い声と一緒で。
だからランカは気に留めずにシェリルをぎゅっと抱き締める。
シェリルのカラダは本当に冷え切っていて、手の先や足の先はほんとに凍ってしまうんじゃないかというくらいに冷たい。
ぎゅっと抱き締める腕を一旦解いて、指を絡める。
ちゃぷちゃぷとお湯に揺れる二人の体。
シェリルは相変わらず雨の中で歌っていた歌を口ずさんで、笑っていた。
「あの……ほんと、どうしたんですか?」
流石に様子がおかしい。
ネジがどっか緩んでいるというか、そう思えるくらいにずっとにこにこ嬉しそうに笑っている。
(雨の中にずっと一人でいたのに……なんでだろ?)
笑ってくれるのは嬉しいけれど、できれが理由を教えてほしいな。なんて思う。
でもシェリルは「なんでもなーい」と笑うばかりで。
そうしながらランカの指に、自分からも指を絡めた。
「え~」
「ふふふ」
頬を寄せて、顔の直ぐ近くで不満を漏らしてみるけれど。
それでもシェリルは教えてくれない。
ちゃぷちゃぷ揺れるお湯の中、背中越しに緩やかな心音が聞こえて。
壁越しには雨の音が聞こえた。
シェリルの身体がリズムを取るようにゆったりと揺れる。
血色が戻りつつある唇は、やっぱり例の歌を口ずさんでいた。
「 あめ あめ ふれ ふれ ランカちゃんがー じゃのめで おむかえ うれしーな 」
楽しげに嬉しげに、子供が歌うように歌う。
ランカはやっと聞き取れた歌詞に小首を傾げた。
「? 私、シェリルさんならどこだって迎えに行きますよ?」
そう言ったら、シェリルはきょとんとして。
そうして肩を震わせて、声を立てて笑い出した。
「そ、そんなに笑わなくても……」
「違うの。つい嬉しくて」
――――ありがとう。
その言葉と共に、ちゅっと甘いキス。
そんな幸せそうな顔をされたら何も言えなくて。
代わりに、「あとでその歌、教えてくださいね」とだけ返して、ランカはシェリルの頬に口付けを返した。
あめあめ
ふれふれ
みぃんながー
じゃのめで おむかえ
うれしーな
END
最終更新:2009年12月27日 23:11