「ランカちゃん。」
お風呂上がり、互いに髪を乾かしあって。
シェリルさんが横になっているソファを背もたれに、ナナちゃんがくれたノートのコピーとにらめっこを始めて1時間。
不意にシェリルさんが名を呼んできた。
その声に振り向こうとすると、その前に、後から温かい感触。
「ラ~ンカちゃん。」
クスクス笑う甘い声が、また私の名前を呼んでくれる。
凄く早いスピードで固まっていた自分の顔が緩んでいくのがわかる。
「シェリルさぁん。」
自分でもわかるくらい甘い声。
シェリルさんの顔を見ようとするんだけれど、それをシェリルさんが許してくれなくて。
後からギュッと抱きしめられて、頬に頬をくっつけられたまま、また名を呼ばれた。
「ラ~ン~カ~ちゃん。」
シェリルさんが私の名を呼びながら、遊んでる。
名前を呼んでるだけなのに、それはとても心地のいい響きで。
すごく短い歌を歌ってくれてるみたいな気がするから不思議。
胸の内がとっても暖かくなる。
さっきまで難しい授業の内容に“うー”って唸りをあげていた脳が、一気に甘いチョコみたいに溶けちゃって。
それは困ったことに、せっかく覚えた内容も一緒に溶かしちゃって。
「シェリルさぁーん。」
困ってるんだけど、困っていないような甘い声で、私もその名を呼び返す。
すると、シェリルさんのクスクス笑う声が耳元で響いた。
「ラ・ン・カ・ちゃん」
今度はうさぎがかわいらしく跳ねるみたいに名を呼んでくれる。
頬を擦りつけられて、なんだかくすぐったくて目を閉じた。
頬に触れていた温もりが離れていくのが少し寂しくて。
ゆっくりと目を開きながら、その身をソファに預けて上を向く。
後頭部には柔らかくて気持ちのいい、シェリルさんの太股の感触。
そして、瞳にシェリルさんの悪戯なかわいらしい笑みが映る。
「ランカちゃん。」
今度は優しいお姉さんみたいな声で呼ばれて、少しドキッとする。
そしたら、頬を包むようなやんわりとした力で顔を押さえつけられて。
ゆっくりと近づいてきたシェリルさんの顔に、ゆっくりとまた瞳を閉じる。
そして、唇に訪れる優しくて暖かな感触。
「・・・ランカちゃん。」
私の頬を撫でながら、柔らかいマシュマロみたいな声がそう呼んでくれる。
瞳を開けば、そこに声と同じような笑顔。
それに誘われるように、ゆっくりと身を起こして、自分の体をシェリルさんの方に向けた。
「シェリルさぁん・・・」
甘えるみたいにその名を呼んだら、シェリルさんが笑って自分の膝の上をポンポンと叩いてくれる。
その意味を理解した私の脳が、さらに溶ける。
だらしなく緩みまくる頬をそのままに、膝立ちの状態から立ち上がると、
その指示に従って、シェリルさんの膝の上に向かい合うようにして跨った。
最初の頃は、シェリルさんの膝の上に座ることすら憚られていたけれど。
今は大丈夫。
シェリルさんの膝の上は、私だけの特等席だから。
それでも、やっぱり恥ずかしいのは恥ずかしいから、俯いたままなかなか顔が上げられないんだけれど・・・
「ランカちゃん。」
いつものその反応に、少し笑いを含んだシェリルさんの声。
腰に回った手が私を引き寄せようとするのを合図に、私も顔を上げる。
今の私の顔はきっと、シェリルさんにしか見せられない、だらしない笑顔。
だけど、そんな私に私にしか見せない素敵な笑顔でシェリルさんは応えてくれる。
シェリルさんの肩に手を置いて、今度は私から顔を近づける。
瞳を閉じた無防備なシェリルさんは、すごく魅力的で、かわいらしい。
触れようとした唇を避けて頬にキスを送ると、驚いたように目を開くシェリルさん。
こっちを見る綺麗な瞳に小さく舌を出して見せて、笑顔で肩を竦めて見せた。
すると、シェリルさんは少し赤く染めた頬を膨らませてみせてくれる。
「ランカちゃん!」
少し嗜めるような強い口調だけれど、その声は怒っていなくて。
そんなシェリルさんに、ごめんなさいを言うように、ソッと額にキスを落として、自分のそれをくっつけた。
視線が重なると、二人して肩を揺らして笑いあって。
それから、今度こそシェリルさんの唇にキスをする。
重ねるだけのキス。
唇を離して、閉じたたシェリルさんの瞳が開くのを待つ。
ゆっくりと開かれたその瞳は、少し潤んでいて、なんだかかわいらしかった。
「シェリルさん。」
そんなシェリルさんに抱きついて、そのふかふかの胸に顔を埋める。
どくん、どくん
聞こえる音に耳を傾けて。
自分も背に回した手に少し力を込めて、シェリルさんに抱きついてみる。
そしたら、シェリルさんもそれに応えるように抱きしめてくれた。
それがほんとに幸せで・・・
「ランカちゃん。」
「シェリルさん。」
呼んでくれる声を真似るように応える。
「ラ~ンカちゃん」
「シェ~リルさん」
幼い子どもみたいに。
「ランカちゃ~ん」
「シェリルさ~ん」
ふざけあう友達同士みたいに。
「ランカちゃん」
「シェリルさん」
想いを伝え合う恋人同士みたいに。
何度も何度も名前を呼び合う。
同じ言葉を言っているだけなのに、それはとても幸せで。
なんだかほんとにたまらなくなる。
名前を呼び合うだけなのに、こんなにも幸せになれることに驚きながら酔いしれる。
そんな時、ギュッとその身を抱きしめられたかと思うと、耳元で声がした。
「ランカ」
時が止まった気がした。
心臓の動きも停止する。
今までただじゃれあうように呼んでいた名前。
それが、一瞬にして違ったものになった瞬間。
シェリルさんの艶やかで甘くて透き通る声が私の名を呼ぶ。
それは、とてつもない破壊力をもっていて。
私は、何も返せず、ただ身を凍らせてシェリルさんを見つめていた。
「ランカ」
同じような声でそう呼ばれる。
背を撫でていた手が、私の首筋を擽って頬に触れる。
ゆっくりと近づいてくるシェリルさんの顔。
目を閉じることもできず、固まったままの私の目の前にシェリルさんの顔がある。
何かを言おうと開いた口からは、小さな甘い吐息だけがもれた。
シェリルさんに呼び捨てにされることがこんなにも破壊力があったなんて・・・
何もできない私に、シェリルさんはとびっきりの艶やかで綺麗な笑みを見せてくれる。
「ランカ」
私の思考がショートするのと同じくして、シェリルさんの唇が唇に重ねられた。
さっきまでとはぜんぜん違うキス。
何が子どもで、何が大人とかはよくわからないけれど。
このキスは“大人なキス”だ、きっと。
舌が絡み合う。
流れる唾液もそのままに。
息苦しいとかも関係ない。
シェリルさんが求める。
私もそれに応える。
部屋に情欲の音が響く。
キスだけなのに、それはとても官能的で甘美で。
夢中になった。
ただシェリルさんが欲しいって・・・強く思った。
長くて深いキス。
お互いの息が荒く激しくなった頃。
ようやく離れた唇を、銀の糸が繋いで切れた。
「シェリルさん・・・」
「ランカちゃん・・・」
息のあがった上ずった声で、互いに名を呼び合う。
よくわからないけど、まだ足りない。
そう思ったら、私は自分でも気づかぬ内に、ソファの上で膝立ちになってシェリルさんを見下ろしていた。
「ランカちゃん・・・」
少し戸惑ったようなシェリルさんが、無性にかわいくて。
微笑んだら、シェリルさんが真っ赤になって、その瞳を伏せた。
それもかわいらしくて。
でも、こっちをむいて欲しくて。
気づいたら、呼んでしまっていた。
「シェリル」
一瞬の静寂。
その後に、シェリルさんが大きく目を見開いてこっちを見る。
言った私も驚いてしまって。
でも、なんだろう・・・シェリルさんの驚いた顔がかわいかったから。
今度は俯かないように。
ずっと、私のことを見てくれるように。
さっきシェリルさんがしてくれたみたいに、頬に手を添えてやんわりとその顔を固定した。
「・・・シェリル・・・」
さっきは無意識だったけど、今度は意識してその名を呼んでみた。
自分の体が熱くなっていくのがわかる。
自分が呼び捨てにされた時も相当の破壊力だったけど、
自分が呼び捨てにする時も相当の破壊力だった。
見下ろしたシェリルさんの白い肌が、みるみる間にピンク色に染まっていく。
それがなんだかほんとに、すごくかわいらしくて、たまらなくて。
ただ名前を呼び合っていただけのはずなのに。
いつの間にかガラス窓が曇るくらいの熱と甘さが部屋に充満していて。
さっきやっと覚えたはずの数式も文法も、全部その甘い熱に溶かされて、つかいものにならなくなった。
でも、それでもぜんぜんかまわない気がするのは、
目の前にいるシェリルさんが、魅力的過ぎるから。
自然と零れてしまう笑みをそのままに、触れた手でシェリルさんの頬を撫でる。
ゆっくりと顔を近づけて、鼻と鼻がぶつかりそうになるその位置で。
シェリルさんに微笑みかけて、鼻頭に軽くキスする。
「・・・シェリル」
笑顔とともにそう呼んで。
私はシェリルさんに、深く、深く、口づけた。
終わり
最終更新:2010年01月27日 21:22