『永遠』(3-6氏)

 ねぇ、グレイス、知ってた?
 私、あなたのことが大好きだったのよ。
 ああ、それは知ってたかも知れないわね。
 じゃあ、その大好きが『愛してる』の方だったってことは?
 なによ、その「なんでもお見通し」みたいな笑顔。
 もっと驚きなさいよ。
 このシェリル・ノームが『愛してた』って言ってるんだから。

 ねぇ、グレイス、聞いて。
 あなたがランカちゃんを選んで、裏切られて、とても悲しくて、恨んで憎んだ。
 でも、恨みよりも何よりも、差し伸べてくれた手の温もりと、笑顔を信じたくて。
 心では『行かないで』って・・・『私をみて』って・・・ずっと思ってた。
 笑えるわよね。
 結局、最後まで言うことはできなかったけど・・・。
 もし言ってたら・・・何か変わってた?
 あなたは、私を見捨てないで、最後まで利用してくれた?
 最後まで一緒に連れて行ってくれた?

 ねぇ、グレイス・・・
 最後の戦いの時、私はあなたに『サヨナラ』を告げることを決めたの。
 その道を自分で選んだの。
 最後の戦いの時、あなたに告げたいことがあった。
 酷い裏切りも受けたし、絶望に落とされたりもしたけれど・・・
 それでも・・・私は、あなたに『感謝』してるって。
 『ありがとう』って。
 結局、『サヨナラ』も『ありがとう』も言えなかったけど。
 もし、そう言えてたら、あなたはどんな顔をしたかしら?
 もう一度、微笑んでくれた?
 それとも、『バカな娘』ってあきれたかしら?

 その答えは『永遠』にわからないけれど、わかったことが1つあるの。
 私には、あなたしかいなかったのよ。
 傍にいてくれる人も・・・帰れる場所も・・・
 あなたがいなくなったら、全部なくなってた。

 ねぇ、グレイス・・・あなた今・・・どこにいるの?




「じゃあ、ランカちゃん、アルト、また明日ね。」

シェリルは笑って2人にそう言う。
「ああ、また明日な、シェリル。」
「シェリルさん、明日は学校終わりで一緒にお仕事ですねっ!!!」
アルトの言葉に笑みを返して、ランカの言葉と嬉しそうな笑みに、その綺麗な緑の髪を撫でるシェリル。
「なぁに?ランカちゃん、そんなにあたしと一緒が嬉しい?」
「はいっ!!だって、シェリルさんは私の憧れで、大好きな人ですからっ!!」
ランカの言葉に、シェリルは一瞬、動きを止める。
その表情に自分が何を言ったのかを気づいたランカは、真っ赤になると、慌てて両手を振って弁明する。
「ち、違うんですよっ!!!変な意味じゃなくてっ!!!その・・・好きって言うのはその・・・」
あわてふためくランカに悪戯な笑みを浮かべるシェリル。
「違うってことは、あたしのことが嫌いなの?ランカちゃん。」
少し寂しそうにして見せて、そう言ったシェリルに、ランカは俯きかけていた顔を上げた。
「ち、違います!!!違うんですけど・・・その、純粋にシェリルさんが好きってことで・・・」
必死に言い訳をするランカがかわいらしくて、シェリルは声を上げて笑い出す。
「ランカ・・・お前、いい加減、こいつの性格に気づけよ。」
アルトが溜息を吐きながら呆れたようにそう言って、ランカはやっと自分がからかわれていた事に気づいた。
「シェ・・・シェリルさん!!!」
真っ赤な顔でその名を呼び、頬を膨らませるランカ。
シェリルは小さく舌を出して見せて、「ごめんね」と謝り、ランカの額に口づけを落とした。
「ふぇ・・・」
「お詫びの印に。」
そう言ってランカの目の前で、シェリルの綺麗な顔が微笑むと、ランカは真っ赤になってへたり込む。
「あら?ちょっと刺激が強すぎたかしら。
 でも、ダメよ、ランカちゃん。こんなことくらいでそんなになってちゃ。
 プロはいかなる時でも毅然としてなきゃ・・・」
 ふと、脳裏をよぎった言葉とその笑顔にシェリルの動きが止まる。


『いい?シェリル。
 あなたはこれからプロになるんだから、どんなことが起きても、毅然としていなさい。
 何があってもあなたは歌うの。
 喜びも悲しみも怒りも憎しみも・・・
 あらゆる全ての感情を自分の力にかえて歌うのよ、シェリル。
 あなたなら、それができるわ。』

それは、歌を始めた頃に言われた言葉。
大好きだった、一生、離れることのないパートナーだと思っていた人の言葉。


止まってしまったシェリルに、アルトとその手を借りて立ち上がったランカが、顔を見合わせて首を傾げる。
「おい、どうした?シェリル?」
「シェリルさん?」
2人の呼びかけに我に返ったシェリルは、笑みを浮かべてその背を向けた。
「なんでもない・・・って、大変っ!!!
 もうこんな時間じゃない!!みんながあたしを待ってるから、行くわね。
 じゃあ、ランカちゃん、アルト、また、明日。」
 背を向けたまま振り向くことなく、シェリルは手を振り去っていく。
 その背を、アルトとランカは不思議そうに見送った。
「あいつは・・・いっつも急な奴だな。ん?どうした、ランカ?」
アルトの問いかけにランカはシェリルの背を見つめたまま答える。
「アルトくん・・・シェリルさん・・・なんか変じゃなかった?」
「変?あいつが変なのはいつもだろう。」
笑ってそう言ったアルトに、ランカは曖昧な笑みを浮かべて応え、
それからシェリルに視線を戻す。
「シェリルさん・・・」
小さく呟くその名は、夕暮れに吹き抜ける風に攫われていった。


さよならは自分から。
しかも、とびきり明るく振る舞って。
絶対にランカたちの背を見送らないように。
それはシェリルが決めたことだった。
自分が『独り』だと気づいた時に。
自分で自分を守るために決めたことだった。




それに気づいてしまったのは、ふとした瞬間。
戦いが終わって、それぞれが目まぐるしい日々を送っていた。
そんな中で、シェリルとランカは、人々に希望を与えるべく歌い続けていた。
いろんな場所を2人で一緒に回って。
護衛には、自らがそれを望んだ、アルトとブレラがついて。
しばらくの間は、ホテル暮らしでずっと一緒だった。
シェリルの目の前には、当たり前のように大好きな人たちの姿があった。
けれど、その生活が少し落ち着いた時、それは訪れた。

ぶつくさと言いながらも、その顔はどこか穏やかで嬉しそうに。
アルトは家族の待つ実家に帰っていく。
ランカとブレラは、仲睦まじく、時折、言い合いをしながら。
オズマとキャシーが待つ自分たちの家に。
それぞれに笑って帰っていく姿に、1人、取り残されてしまうシェリル。
笑顔でその背に手を振りながらも、漠然とした恐怖と寂しさがシェリルを襲った。

誰もいないホテルの1室。
そこに帰り着いた時、シェリルはその漠然とした恐怖と寂しさを理解する。
大きな窓に映るはずのない、幼い自分の姿が映る。
そして、シェリルは気づいてしまった。

帰れる場所もどこにもない。
傍にいてくれる人もいない。
自分は『独りぼっち』の存在なのだと。





 『独り』だって気づいて、最初に呼んだのはあなたの名前だった。
 アルトでもランカちゃんでもなく。
 あなたの名前だったのよ。
 グレイス。
 あなたが夢に出てきたの。
 優しい笑顔で『シェリル』って呼んでくれた。
 だから、私は呼び返した。
 『グレイス』って。
 目を覚ました私は、ホテルの部屋中を探し回った。
 でも、どこにもあなたはいなかった。
 当たり前よね。
 それで、ほんとに気づいたの。
 私には、あなたしかいなかったんだって。
 アルトのことがほんとに好きだと思ってたのに・・・
 ランカちゃんたちがいる中で、自分の居場所を見つけたと思ったのに・・・
 違ったのよ。
 あなたがいなくなったら『独り』だったわ。
 傍にいてくれる人も、帰れる場所も・・・
 気づいたら、何もなくなってて・・・

 『独り』になった時に、『傍にいて欲しい』と思ったのはあなただったの。
 だって私は、あなたを大好きだった。
 どこの誰よりも愛してたんだから。
 グレイス・・・





手を伸ばせば、アルトやランカたちに触れられる。
笑えば、笑い返してくれる。
自分も笑っていられる。
それなのに。
『独り』じゃないと感じれば感じるほど、シェリルの孤独は膨らんでいく一方で。
『独り』になることに、言い知れぬ恐怖と寂しさを感じて。
けれど、それをランカやアルトたちには知られたくなくて。
シェリルは自分を偽り始める。
そこにいるのは、『銀河の妖精 シェリル・ノーム』
誰しもが憧れ、羨望の眼差しを送る“歌姫”と呼ばれる存在。
シェリルは、誰の前でもそうあることを決めた。
そして、『独り』を感じる間もないくらいに仕事をこなす。
そうやって、シェリルは偽りの自分を作り上げていく。
日に日に危うくなっていく“シェリル・ノーム”という存在に、
気づける者は、今はまだ、誰もいなかった。



「今日も素晴らしかったですよ、シェリルさん。」
エルモの言葉に笑みを浮かべるシェリル。
「当たり前しょう。あたしは、シェリル、シェリル・ノームなんだから。」
いつもの答えに、エルモは微笑む。
「しかし、ここのところ、連日お仕事ですが、そろそろお休みを入れた方がよいのでは?」
「大丈夫よ、エルモ。自分のことは自分が一番わかってるから。
 今がベクタープロにとっても、フロンティアにとっても大事な時期でしょう?
 ここを超えたらしばらく休暇をもらうわ。」
エルモに笑ってそう言って、ウィンクしてみせるシェリル。
シェリルにそう言われてしまっては、エルモも返すことができず、笑って頷いた。
「わかりました。ですが、無理だけはしないで下さいね。」
「わかってるわ。心配性ね、エルモは。」
くすりと笑ってそう言い、明日のスケジュールの最終確認をすると、シェリルは車を降りた。
「送ってくれてありがとう、エルモ。気をつけて帰ってね。」
エルモにそう声をかけて、シェリルは車を見送ることなく、自分の部屋へと帰っていく。
その背がマンションの中に消えて行くのを見送って、エルモは車を発進させた。




誰もいない暗い部屋に明かりをつけると、シェリルはリビングにあるソファへと倒れ込んだ。
「自分のことは自分が一番わかってる・・・か・・・」
天井を映す視界を右腕で遮ると、シェリルの口元が少し斜めに歪む。
「よく言ったものだわ・・・」
自嘲的にそう言って、シェリルは笑った。
明らかにオーバーワークであることは、シェリル自身が一番よく分かっていた。
けれども、シェリルはそれを表に出すことなく仕事をこなす。
『独り』になってしまうことを恐れて。
それでも、訪れる『独り』の夜には、部屋に灯りをつけて、リビングのソファで眠った。


「グレイス・・・」

音のない部屋に、シェリルの弱く、でも透き通るような声が響いて消える。
呼んでも返事など返ってこない。
わかっていても、シェリルはその名をもう一度呼んだ。

「グレイス・・・」

遮った視界の下で、さらに瞳を閉じる。
彼女の面影を求めて。
自分の記憶をたどって。

「グレイス・・・」

あんなに酷く裏切られたのに。
自分を捨て、ランカを選び。
簡単に『死ぬ』と告げられて。
全ては、彼女たちがしくんだことで。
自分を拾ったのは、ノームの血に復讐をするためで。
何もかもわかっているのに・・・
それでも、シェリルの中で一番に思い出されるのは、グレイスの笑顔だった。




銀河の妖精と言われ、確固たる地位を築き上げたその道程には、いつもグレイスがいた。
傍で叱って、笑ってくれていた。
幼い頃には、苦しい時にその手をずっと握っていてくれていた。
初めての楽曲で1位をとった時には、
喜びあって、一緒に寝ようっていう子どもじみたシェリルの願いを受け入れて、
1つのベッドで寝てくれた。

グレイスといる時、シェリルは『独り』ではなかった。
グレイスの隣が、シェリルの帰るべき場所だったから。



 ねぇ、グレイス。
 どうして、傍にあなたはいないの?
 ずっと、傍にいてほしかったのに。
 叶わないとわかっていても、願わずにはいられなかった。
 小さい頃なんて、自分の瞳にあなたが映るだけで、とても幸せだったんだから。
 あなたが差し伸べてくれた手も、握っていてくれた手も。
 とても優しくて・・・温かくて・・・
 だから、一緒にいられるならなんでもよかったのよ。
 ただグレイスと一緒にいられることが宝物だった。
 それだけで、どんな痛みも傷も怖くなかった。
 利用するなら、最後までもっと上手く利用してくれればよかった。
 最後まで騙して、それを真実にして欲しかった。
 少し意地悪で優しいあなたの記憶だけを残していたかった。
 もっとちゃんと、確実な方法で、あなたの手で殺して欲しかった。
 一緒に・・・連れて行ってほしかった。

 私はきっと、あなたとの『永遠』が欲しかったのよ・・・グレイス・・・




「よかったわね・・・グレイス。あなたの復讐は大成功よ・・・」
震える声でそう告げると、シェリルはその身を丸く縮こませる。
「おかげさまで・・・ノームの血を引くあたしは、こんな惨めな姿を晒してるわ。」
誰もいない部屋にシェリルの声だけが小さく響く。
「今頃、笑ってるんでしょう?いい気味だって。
 でもね、グレイス。こんな姿を見せるのは・・・ここでだけよ・・・
 人前では『銀河の妖精』であり続けるわ、絶対。
 そうよ、グレイス・・・
 何もかもがあなたの思うようになるなんて、思わないで・・・」
ソファの上でさらに小さく丸まるシェリル。
「あたしは・・・『独り』だけど・・・あたしには『歌』があるんだから・・・
 それを、教えてくれたのは、他でもない、あなたよ、グレイス。
 だから、あたしは歌い続けるわ・・・銀河の妖精、シェリル・ノームとして・・・
 どこでも・・・どんな場所ででも・・・その全てを力にかえて・・・歌ってみせるんだからね・・・」
小さく、小さく、その身を丸めて、シェリルは『独り』きりの絶望の淵で眠りを求める。

「ねぇ・・・グレイス・・・」
シェリルの声が震え、涙声に変わる。

「今・・・どこにいるの・・・?」




『永遠』に還らぬ命にそう尋ね、シェリルは丸めたその身を自分できつく抱きしめる。
まだ自分が生きていることを確かめるように。
自分の・・・シェリルという存在を確かめるように。

疲れすぎのシェリルは、気を失うように眠りに落ちる。
そうなるように、シェリル自身がしていた。
そうでないと『独り』の恐怖と寂しさで眠れなくなってしまうから。

眠りに落ちるほんの一瞬。
シェリルは祈るように願う。

せめて夢では、愛しい人が傍にいてくれるように。
自分の瞳に愛しい人の笑顔だけが映しだされるように。
そして、
いつかこの絶望の淵で、また、誰かの温かな手に出会えるように。


シェリルの閉じた瞳から、涙が零れ、流れ落ちた。





おわり

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最終更新:2010年04月11日 00:32
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