『秘密』(3-23氏)

『秘密』


豪華なソファの上。
座る自分の膝の上で、当たり前のように眠るシェリルを見下ろしながら、ランカは至福の時間を過ごす。
シェリルのふわふわの髪を優しく撫でながら、そのかわいらしい寝顔を堪能する。
零れる笑みはそのままに。

シェリルという存在を知ったその時、ランカは一瞬でその魅力に落ちてしまった。
それはまるで、恋心に近い憧れ。
その憧れは、気がつけば、いつの間にか本当の恋心へと変わり。
そして、いろいろな出来事の中で育った恋は、多くの困難を越えて結ばれる。
現在に至っては、シェリルのことを少し考えただけで、零れる笑みがさらに深くなるのを止められないほどの、
“シェリルさん大好き病”のランカ。
それが末期であることに、当の本人は気づいていないようだが、周りにとっては周知の事実だった。
現に、今の零れる笑みをアルトあたりが見れば、肩を竦めて呆れかえり言うことだろう。
『ランカ、その緩みきった顔、どうにかした方がいいぞ。』
それほどまでに、ランカの笑顔からもその空気からも、幸せがだだ漏れだった。

眠るシェリルが、ランカの膝の上で自分のお腹の方に寝返りを打つ。
その寝返る姿でさえかわいらしくて、笑顔がさらに零れてしまうランカ。
大好きなシェリルの寝顔を隠す髪をソッと横に避けた時、知っていなければわからない、
ほんとにほんの少しだけ残ってしまった傷痕が目に映る。
その傷痕は、ランカだけしか知らないシェリルとの秘密。




バジュラとの戦いから3ヶ月―――
フロンティア船団は、バジュラの地に移住をするべくその地に足を踏み入れた。
とはいえ、まだまだ謎の多い地。
地質調査などのあらゆる調査を終え、バジュラとの共存の方法成立させる。
フロンティアの人間がこの地に移住するまでには、まだまだ時間を要した。
その間の生活は、今まで通り、フロンティアの中で過ごすこととなる。
事件の説明が急ごしらえの政府から行われ、
主犯はグレイス・オコナーと軍政府のレオン・三島によるものだとされたこの戦い。
オズマやアルトたちはフロンティアの英雄となり、
シェリルとランカはその身を利用されながらも、その歌声でフロンティアを救った伝説の歌姫となった。
多くの人々はそれを受け入れ、歓喜する。
しかし、その反面で2人を恨む人間もいた。
グレイス・オコナーがシェリルのマネージャーであったことは明確なる事実で。
ランカという存在がバジュラを呼んだのも事実だった。
だから、この戦いで愛する者を失った人間たちは、どうにもできぬ感情を彼女たちに向ける。

『お前たちさえいなければ』

慰問に訪れた場所で、1人の男がそう言った。
連なるように、何人かが同じような悲しみに満ちた怒声をあげる。
向けられた敵意と言葉にランカは驚愕した。
そこにいた人々に浮かぶのは、自分たちに対する明確な『怒り』と『憎しみ』という負の感情。
怯えるランカの瞳から、自然と涙が溢れ出す。
慰問ライブの途中の出来事で、その意見に激怒するファンとの間に生まれそうになる争い。
それを回避しようと、憎しみを向ける人々に対して軍は力で制圧を試みる。
ランカはただ足を竦ませて、舞台の上に立っていることしかできない。
そんなランカに向かって、怒りをこめて投げられた小石が飛んでくる。



「「ランカっ!!!」」

護衛として付き添っていたはずなのに、鎮圧の方に気を取られてしまっていたアルトとブレラの声が重なる。
ランカはその声に反応するも、そこから動くことはできなかった。
ぎゅっと目を瞑り、体が勝手に痛みを覚悟する。
が、その痛みが訪れることはなかった。
恐る恐るといったように目を開いたその先には、誰かの背中があった。
ランカはその背中を知っている。
誰よりも憧れ、そして目指した人物の背中だったから。
「・・・シェ・・・リル・・・さん・・・?」
名を呼ぶ声に振り向くことはせず、シェリルはただ静かに、けれど強さを纏う声で言った。
「しっかりしなさい、ランカちゃん。」
その声に、その大きな背に、ランカはただ魅入った。

シェリルの左の額から流れる血は、まるで涙のように頬を伝いステージに落ちる。
「シェリルっ!!!」
名を呼び、駆けつけようとするアルトとブレラを制して、シェリルはマイクに向かって言った。
「ここはライブ会場よ。あなたたちの力は必要ないわ。今すぐその人たちから離れて。」
シェリルの言葉に、軍人たちが戸惑っていると、シェリルがもう一度告げる。
「聞こえないの?その人たちから離れなさい。」
戸惑いながらも、その言葉に従ってしまう軍人たち。
しかし、その戸惑いは、憎しみを浮かべていた人々も同じで。
シェリルの予想だにしていなかった言葉に誰しもが困惑していた。
会場中がそんな戸惑いに陥ってしまうと、シェリルはマイクを置き、歌い始める。




音も何もないまま。
自分の声だけで。
痛いほどの思いをのせて。

響き渡る『ダイアモンドクレバス』に、その場にいた誰しもが聴き入り、魅入る。
そして、中継されていた場所でも、人々は足を止め、その歌声に涙した。


『銀河の妖精』
まさに言葉通りの存在がそこに在った。


そのまま歌い終えたシェリルは、閉じた瞳を開くと、これが応えだと言わんばかりの強い瞳で、
自分たちに憎しみを向けていた人物たちを見まわした。

「恨んでくれてかまわないわ。それでも・・・あたしは歌う。どこでも、どんな場所でも。」

置いたマイクを手にしたシェリルは、そう静かに告げる。
シェリルの言葉には、あらゆる全ての想いを受け止めて、
それでもなお、歌い続けてみせるという明確な強い意志が宿っていた。

「それが、あたしにできる・・・あたしが選んだ唯一の道だから・・・だから・・・」

後ろに控えるミュージシャンたちを見回して、視線を交わすと頷いてくれる。
それを見たシェリルは、頷き返して会場にまた視線を戻し、目を閉じる。
そして、大きく深呼吸をすると、その目を開いた。
そこにあるのは、自らの意志を貫く強い瞳。




「あたしの歌をきけぇーっ!!!!!」

そう叫ぶと同時に、合図を送ったミュージシャンたちが音を奏で始める。

『絶望からの 旅立ちを決めた あの日』

未だ流れる血を拭い、歌いながら振り返る。
そこには、シェリルに魅入ってしまっていたランカの姿があった。
シェリルは小さく微笑んで、その手を差し出す。
「いつまでそうしてる気?」
いつもの少し強い口調がそう言うと、ランカの視線とシェリルの視線がぶつかる。
『こんなことくらいで挫けるよう娘が、あたしに負けませんなんて言わないわよね?』
意地悪な瞳がそう告げているような気がして、ランカは自分で顔を挟むようにして両頬を叩くと、その手を取った。
しっかりと握られた手に、シェリルはランカが大丈夫だということを感じ取ると、頷いて、優しく微笑む。
その微笑みに、ランカの胸は高鳴り、顔に熱が集中する。
握った手を、強く握り返してくれたシェリルの手。
それが、嬉しくて、たまらなくて。
気づけば、さっきまでの怯えが嘘のように、ランカはシェリルと共に歌っていた。

中止になることもなく、いつも以上の盛り上がりをみせた、その日のライブ。
舞台袖に帰ろうとした2人の耳に言葉が届く。
「ごめんなさい」
歓声の中に聞こえた声に、シェリルとランカはチラリと顔を見合わせて、微笑み合った。
どちらともなくその手を取り合い、指を絡めて強く固く握りあう。
その時は、まだ互いに片想いだと思っていた、その気持ちを伝え合うように。




小さな小さな傷痕にソッと指で触れながら、その時のことを思い出すランカ。
(あの時・・・私・・・改めて・・・この人が・・・シェリルさんが・・・大好きだって思って・・・)
やっぱりそんなことを考えているランカの顔は、緩みきっていた。
そして、ランカはその傷痕を見つけた時のことを思い出す。



『シェリルさんっ!!!』

その傷痕に気づいたランカは、眠っていたシェリルが起きてしまうほどの勢いと大声でその名を呼んで、ベッドから飛び起きた。
「な、何ぃ・・・?どうしたの・・・?ランカちゃん?」
寝起きの悪いシェリルだったが、ただならぬ事態を察知してなんとか身を起こすと、時計を見た。
時計は夜と朝の間あたりの午前4時を過ぎた頃。
思わず自分たちのスケジュールを思い浮かべ、日付の確認をするが、今日と明日はやっともぎ取った2人揃ってのオフのはず。
色違いのお揃いのTシャツ1枚だけを着た姿で、一緒のベッドで眠っていたのがその証拠だ。
「何かあったの?急な・・・仕事?」
眠い目を擦りながら、起き抜けなのと、
昨日と今日にかけての行為の名残を受けた掠れた声で、そう尋ねるシェリル。
その目に映ったランカの顔色が、暗闇でもわかるほど蒼白になっていることに気づくと、
完全に目が覚めたシェリルは、その目を見開いてランカの肩に両手を置いた。




「どうしたの!?ランカちゃんっ!?どこか痛いのっ!?」
勢いに任せてそう言うと、ランカが口をパクパクさせながら指をさす。
「え?何?」
「・・・ず・・・が・・・」
「え?」
「傷が!!!シェリルさんの額に傷が!!!」
あまりの大声にシェリルは小さく肩を竦め、そして、ランカの言葉の意味を考えた。
それを理解すると安堵の息とともに、胸を撫で下ろす。
「なんだ、そんなこと。びっくりさせないでよ、ランカちゃん。どっか痛いのかと思っちゃったじゃない。」
“もうっ”と言った感じの、少し怒り口調でそう言うシェリルの両肩に、今度はランカが手を置いた。
「そんなことじゃありませんっ!!!何を言ってるんですかっ!!!シェリルさんっ!!!」
「ご・・・ごめんなさい・・・」
天下のシェリル・ノームが、あまりのランカの勢いに、つい謝ってしまう。
それほどまでに、今のランカには勢いがあった。
「なんで、どうして言ってくれないんですか!!!これ、あの時の傷ですよねっ!!!私を庇った時の!!!私のせいですよねっ!!!」
まくし立てながら、シェリルの身を揺さぶるランカ。
「ちょ・・・ランカちゃん・・・」
さすがはゼントラーディーの血を引いてるだけのことはあるランカ。
常々思ってはいたが、その力の大きさにシェリルは声を出すのもままならない。
「私・・・私・・・」
やっとその動きが止まり、ほっとしてランカを見ると、ランカはその瞳から大粒の涙を零していた。
「私のせいで・・・シェリルさんの額に傷が・・・」
譫言のようにそう呟きながら、ランカは俯いてその涙を膝の上に零した。
「ちょっと、ランカちゃん、落ち着いて・・・」
そう声をかけても、一向にその耳を傾けようとしないランカ。
とりつく島もないとは、きっとこういう事だ。
いい加減シェリルも、話を聞かないランカに少し腹を立てて、行動に移した。




「ランカちゃんっ!!!」

少し怒った声でその名を呼ぶと、ランカの体がビクッと震え、俯いていた顔を上げた。
すると、シェリルに腕をぎゅっと掴まれる。
そして、何が起きているのか理解できないまま、強引に唇を塞がれるランカ。
上がる声さえも、許さないとでも言うように。
強引かつ大胆に口づけられると、あっという間に、ランカはシェリルの口内への侵入を許してしまう。
大きく見開かれた瞳は、驚きに涙を零すことをやめ、その瞳がとろける前に伏せられた。

長く深いキス。

肩を掴んでいたランカの手が、力無く落ちる。
それから、シェリルはゆっくりと唇を離した。
2人を繋ぐ銀の糸が切れる前に、ランカを抱き寄せるシェリル。
互いの荒い息づかいが静かになった部屋に響く。
「どう?少しは・・・落ち着いた?」
まだ少し荒い息づかいのまま、シェリルはランカの耳元で囁く。
ランカはそれに小さく頷いて、シェリルの腰に腕を回すと、自らぎゅっと抱きついた。

「ごめ・・・ん・・・なさ・・・い・・・」

息が上がり、少し上ずった声がシェリルの耳に届く。
「まったく・・・困った子ね、ランカちゃんは。」
優しい口調でそう言うと、シェリルもランカを抱きしめる。
震える体に、泣いていることを悟ったシェリルは、苦笑を浮かべてランカの背を優しく撫でた。




「こうなると思ったから、言わなかったの。
第一、こんな傷痕、よっぽど近くで隈無く私を見ることができる人しか気づかないわよ、
ランカちゃん。」

少しからかうような口調。
それは暗に、その傷痕がランカぐらいにしかわからないということを指していた。
本当に小さな小さな傷痕。
しかも額とはいえ、髪の生え際に近く、オールバックにしたとしても誰も気づくことがないほどの小さな傷。
たとえそれに気づいたところで、それが傷痕かどうかなんてわからない。
そこに“何かが当たった”という記憶がなければ。
そんな、本当に小さな小さな傷痕なのだ。

「だって・・・シェリルさんの綺麗な顔に・・・傷が・・・」
「だから、こんな傷、気づけるのはランカちゃんぐらいよ。」
「でも・・・」
「だってもでももないわ。」
シェリルの少し強い口調に沈黙するランカ。
それでも不服そうなランカに、シェリルは困ったように微笑んで小さく息を吐いた。

「これは、私の小さな勲章なの。」

シェリルが言った言葉に、ランカはその顔を上げる。
「私が、あなたを・・・ランカちゃんを守ったっていう、勲章。
だから、この傷痕が残ってくれて嬉しいの。」
小さな小さな傷痕に触れ、シェリルはそう言いランカに微笑みかける。
その笑顔に真っ赤になるランカの額に、自らの額を“こつん”とくっつけるシェリル。
「こんなの・・・子どもっぽいと思って言いたくなかったのに・・・ランカちゃんのバカ・・・」
少し拗ねたように、視線をさ迷わせながら赤くなってそんなことを言うシェリル。
シェリルのそんな姿に、ランカの犬耳のような緑の髪がぴくぴくと動き、真っ赤になった顔が破顔する。




「シェリルさん・・・」
「なぁに?そのだらしない顔・・・にやけすぎよ、ランカちゃん。」
ぐりぐりとランカの額に額をくっつけると、さらに幸せそうにランカは微笑んだ。
「だって、シェリルさんがすっごくかわいいこと言ってくれるから、嬉しくて。」
ランカの言葉に顔を真っ赤にして、シェリルはその両頬をつねってやる。
「いひゃ・・・いひゃいです・・・ふぇふぃゆしゃん・・・」
「うるさい。」
怒ったようにそう言って、シェリルはランカを解放する。
つねられた頬を撫でながらも、その顔は緩みっぱなしのランカに、
シェリルは溜息をついて抱きついた。

「ランカちゃんのばーか。」
「えへへ・・・いいですよーだ。シェリルさんだって照れ屋さんじゃないですか。」

シェリルの背に腕を回し、その身をギュッと抱きしめ、
お互いにクスクス笑いながらそんなことを言い合う。

「シェリルさん。」
「ん~?」
「2人だけの秘密ですね。」

ランカの言葉にシェリルは顔を上げる。
そこには、ランカの嬉しそうな笑顔。
そんなランカに、また額をくっつける。

「2人だけの秘密です。」
「・・・そうね、ランカちゃん、2人だけの秘密。」
「誰かに言っちゃ嫌ですよ、シェリルさん。」
「ランカちゃんこそ。アルトにまた惚気話した時に、口を滑らさないでね。」
「それを言うなら、シェリルさんだって。」
互いに肩を揺らして声を上げて笑い合う。
その笑い声がおさまった頃、どちらともなく顔を近づけ、口づけを交わす。
唇を離すと、シェリルが微笑んで言った。

「大好きよ、ランカちゃん。」

その言葉にランカは真っ赤になり、緑の耳を嬉しそうに動かすと、シェリルに飛びつく。




「シェリルさんっ!!!」
「ちょ・・・ランカちゃん!!!」
「私、責任取りますからっ!!!」
「は?」
「傷をつけてしまった責任をもって、シェリルさんを幸せにします!!!」
シェリルの上で、そんなことを本気で熱く語るランカ。
「ラ、ランカちゃん?」
「全身全霊を持って、シェリルさんに尽くしますからっ!!!任せて下さいっ!!!!!」
「ちょ・・・ランカちゃん!!!落ち着いてっ!!!ステイっ!!!ステイって・・・あんっ・・・」

シェリルの甘い声が、なぜか部屋中に響き渡り、しばらくやむことはなかった。



「あの時、ちょっと嬉しすぎて、頑張りすぎたら、あとでシェリルさんに叱られちゃって・・・」
“失敗、失敗”と、何の説得力もないニヤけた顔で呟く。
「シェリルさんって、怒ってる顔も・・・綺麗でかわいいんだよねぇ。」
ますます頬を緩ませてそんなことを言うランカ。
一通りニヤけ終わると、まだしばらく起きそうにないシェリルの髪を撫でながら、
ランカはシェリルの小さな小さな傷痕を、愛しそうに見つめる。

『2人だけの秘密』

その言葉を思い出して、また頬を緩ませ傷痕を撫でながら、
誰がどう見ても幸せいっぱいの笑顔を浮かべるランカ。

「大好き、シェリルさん。」

起こさないように小さくそう言って、ソッとその傷痕に口づけた。






おわり

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最終更新:2010年04月29日 18:38
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