『敵は13cm』(3-93氏)

『敵は13cm』



「はい、ランカちゃん。」

夕暮れ時、サングラスに帽子で少しだけ変装して。
事務所で待ち合わせて、シェリルさんの家に向かう。
そんな休日前の仕事帰りに立ち寄った本屋さん。
私たちにとってもちょうどいい時間だったのか、人もまばらな店内で。
シェリルさんは雑誌コーナー。
私はと言えば、ナナちゃんが
『少し前の本ですけど、面白かったですよ』
と言っていた本を探しに小説コーナーへ。
見つけたそれは、本棚の上の方にあって、届くか届かないかの位置だったから、
とりあえず背伸びをしてみた。
指先がその本にふれる。
だからいけるというか・・・とってやるというか・・・
そう思って高さと格闘していると、
後ろから伸びた手がいとも簡単にそれをとってしまった。

そして、上から降ってきた綺麗な呼び声。

振り返って見上げれば、そこにはシェリルさんの姿。
「言ってくれればとってあげるのに。」
余裕の笑みを浮かべてそう言うシェリルさんが、
なんだか憎らしくて、頬を膨らませてみせた。

「ちゃんと、とれる予定だったんです。」
「あら、そうなの?そうは見えなかったけど?」

意地悪な笑みを浮かべるシェリルさんが憎らしいけど、素敵で。
頬を膨らましながらも、その顔に魅入ってしまった。




156対169・・・
その差、13。
それが、“身長差”という私にとっての敵。
この前の一緒の撮影の時。
10cmのヒールをはいて、やっと少し追いつけたと思ったら。
敵は7cmのヒールをはいて、突き放してきた。
それが悔しくて、その差を恨めしそうに睨んでいたら、
それに気づいたシェリルさんに笑われた。
絶対、子どもだって思われた。
なんだか恥ずかしくなって俯くことしかできない私。
そんな私の前に立ったシェリルさん。
顔を上げると、セットされた前髪をやんわりとかき分けて、
シェリルさんが額に口づけてきた。
思わず真っ赤になって両手で額を押さえる私。

「ちょうどいいと思うの。」
「ふぇ?」
「ランカちゃんの額にキスするには、ちょうどいい“身長差”だと思わない?」

そう言って笑ってくれたシェリルさんは、大人っぽいのにかわいくて、素敵だった。
だから、そうかも・・・なんて少し・・・ホントはだいぶ、思ってしまった。

うー・・・“身長差”め・・・なかなかやるんだから・・・


手渡された本を両手で持って、そんなことがあった日のことを思い出す。
そうやって、また敵のことを考えていると、
シェリルさんがにっこり笑って、私に手渡した本を再び自分の手で取り上げた。



「これで、いいのね?」
「え?あ、はい。」

尋ねられて素直に答えてしまう私。
「じゃ、さっさと買って、帰りましょう。」
そう言って、シェリルさんが自分が手にしていた雑誌の上にそれを乗せた。

「シェリルさん?」
「ついでだから。」

背を向けてレジに向かう足に、その意味を理解して、私は駆け寄る。

「い、いいですよ。自分で買います。」
「ついでよ、ついで。」
「そんなこと言って、この前もご飯、ごちそうしてくれたじゃないですか。」
「そうだったかしら?ご飯を食べたことは憶えてるけど、
 そのことは忘れちゃったわ。」

言って笑いかけてくれたその笑顔が、悪戯好きの小さな子どもみたいで。
あまりにかわい過ぎて、思わず足が止まってしまう。
それをいいことに、シェリルさんはレジへと足を進めて行くと、
そのまま買い物を済ませてしまった。
気づいた時には、袋に入った本を手渡されて。

「じゃあ、ランカちゃんが荷物持ちね。」
「シェリルさん・・・」
「人生はそんなに甘くないのよ、ランカちゃん。ギブアンドテイク。」

笑いながらそう言って、私の額を人さし指で小突くと、
出口に向かい先を行くシェリルさん。

そこにもやっぱり“敵”はいた。
少し見下ろすような感じで、シェリルさんの優しい瞳に見つめられる。
それは、とても魅力的で素敵なことで。
それだけで、私は動けなくなってしまう。

うぅ・・・“身長差”め・・・悔しいなぁ・・・




たぶん赤くなっているだろう顔で、小突かれた額を右手で押さえながらその背を見つめた。

(13cmかぁ・・・)

ものさしで見たら、そうでもなさそうなのに。
けれど、その背があまりにも大きいように思えて。
おまけにシェリルさんときたら、ときどき、すごく大人で頼りがいもあって。
それなのに、わがまま言ったり、悪戯する時は、子どもみたいにかわいいところもあって。

(ずるいなぁ・・・シェリルさん・・・)

そんなことを思いながら、その背を追ってシェリルさんの横に並ぶ。
やっぱりそこには敵がいて。

「この次は、絶対、私がシェリルさんの分も払いますからねっ!!!」
「楽しみにしてるわ。」

少し見上げて隣を歩く私を少し見下ろして、悪戯っぽい笑みをくれるシェリルさん。
実はこのやりとり、もう、何度目かわからない。
いつだって、シェリルさんに先手をとられてしまう私は、未だその言葉を実現したことはなかった。

「絶対ですよっ!」
「ええ。」
「絶対ですからねっ!!」
「はいはい。」
「ほんとに絶対ですよっ!!!」
「聞きあきたわ、ランカちゃん。」

呆れたように肩を竦めてそう言うシェリルさんの顔が笑っていたから。
つられるように私も笑ってしまう。




「だって、シェリルさん、いーっつも、ずるいじゃないですか。」
「私がずるいですって?ランカちゃん、それは聞き捨てならないわね。」
「絶対、ずるいです。」
「どこがどうずるいっていうの?」
「ゼンブです、ゼンブ。」

互いの顔に笑みを浮かべて、そんなやりとりをしていると、
シェリルさんがさりげなく、私の手を握ってくれる。
少しびっくりして見上げたら、
優しい瞳に微笑を浮かべて、私を見下ろすシェリルさんに出会った。

ほら、私の敵を味方につけて・・・そういうところ、やっぱりずるいじゃないですか。

シェリルさんの少しひんやりとした手の感触。
それなのに、繋いだ手があったかく感じるのは、それがシェリルさんの手だから。
それが嬉しくって、その手を握り返す。
陽も落ちかけて街灯が照らす道を、シェリルさんの家へと手を繋いで帰る。
それが、すごく幸せで、嬉しくて。
繋いだ手はそのままに、シェリルさんにピッタリと寄り添ってみせた。

「ねぇ、ランカちゃん。」
「なんですか?シェリルさん。」
「こうやって歩くのにも、ちょうどいいと思わない?」
「何がですか?」
「“身長差”」

言って、こっちを少し見下ろして笑いかけてくれたシェリルさんが、
綺麗でかわいくて・・・どうしようもなく、愛しくて。

うー・・・“身長差”め・・・敵ながらあっぱれ過ぎる・・・




緩みきってしまう頬をそのままに。
私は足を止めた。
それに倣うように、シェリルさんも足を止めてくれる。

「どうかした?ランカちゃん。」
少し不思議そうなシェリルさんの声には何も答えずに、辺りを見回す。
「ランカちゃん?」
近くに誰もいないことを確かめると、顔を上げてシェリルさんに微笑んでみせた。
「なんでもないです。ただ・・・」

繋いだ手はそのままに。
あいた片方の手をシェリルさんの肩に置く。
それから、少しだけ背伸びして。
シェリルさんの柔らかな唇に触れた。

何が起こったのか理解できていないシェリルさんが、きょとんとしている。
そんなかわいらしいシェリルさんに、やっぱり微笑んで。

「ただ・・・こうやって、少し背伸びして、シェリルさんの唇にキスするのにも・・・」

シェリルさんの頬が少しピンクに染まってるのがわかると、自然と笑みが深くなった。

「ちょうどいい“身長差”だな・・・って、思っただけです。」

そう言った私に、シェリルさんが微笑んでくれる。
だから私も、それに微笑んで応えた。
それからまた、手を繋いで笑いながら寄り添って歩き出す。


“身長差”は強敵だけど、でも、なんとなく、嫌いじゃない気がするから。
これからは、うまくやっていける方法を考えてみようかなって。
少しだけそう思った、そんな幸せな帰り道。

私とシェリルさんは、その帰り道を、いつにもましてゆっくりと帰っていった。






おわり

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最終更新:2010年05月23日 10:32
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