シェリルさんがリビングで“お仕事”をしている。
お茶を入れにいったほんの数分。
どうやら何かがおりてきたらしい。
こうなってしまっては、とりつく島もないことはよく知ってるし、
何より、シェリルさんの邪魔もしたくない。
手にしたシンプルだけど色違いのお揃いのマグカップをソッとテーブルに置いた。
(アイスにしておいて、正解だったな。)
テーブルに置かれたカップを直ぐに手にして口をつけるシェリルさんの姿に笑みが零れた。
シェリルさん、
集中してる時は何も考えずに口にするから、熱過ぎるのとかはダメなんだよ。
最初の頃は、それを知らずに熱いのを出して。
シェリルさんは熱いのを知らずに口をつけて。
舌を火傷させて、作詞の邪魔をしちゃったりしたこともあったけど。
今になっては、熱さの適温はもちろん、お茶の欲しいタイミングとかわかるようになりました。
ランカ・リー、シェリルさんのことでは、一歩も譲れませんからっ!!!
内心でガッツポーズを取りながら、集中するシェリルさんの背中を眺めて微笑む。
リビングに紙やらペンやらを散らかして、フローリングの床にぺたんと座るシェリルさん。
前のめりになって、ペンを走らせているその姿は、どこかしら子どもみたいで。
実は、私が密かにつけている“シェリルさんかわいいランキング”のベスト3に入る姿である。
(かわいいなぁ、ほんと子どもみたい。)
大好きなその姿をしばらく眺めて、それから私も隅っこに置いてあった鞄からたまっている課題を取り出した。
今回は、仕事で授業を抜けることが多かったから、かなりの量。
それを抱えて、集中しているシェリルさんの背に、背中合わせになるようにして座る。
これが、私の定位置。
シェリルさんの“お仕事”している姿は好きだし、邪魔をしたくないのも本当だけれど、
でも、やっぱりかまって欲しかったり、くっついていたかったりするのも本音で。
だから、その背が触れるから触れないかの位置を陣取って、静かに作業を開始する。
これだけなら邪魔にならないから。
たまにシェリルさんの背もたれにもなれるし。
何より私がシェリルさんにくっつけて幸せだから。
シェリルさんの背に少し触れるか触れないかの位置で1人。
そんなことを思いながら笑って、折った膝を机代わりに、私も課題を始めた。
それからしばらくたって。
課題に集中していた私の耳に、歌声が聞こえてくる。
その声に耳を傾ける。
世に言う鼻歌だけど、シェリルさんのそれは、もうその域を超えてると思う。
(今回は、ポップな感じなのかな・・・)
口ずさむ“音楽”に耳を傾けて、1人そのステージを楽しむ。
この瞬間は私だけの特権。
シェリルさんの歌が出来上がっていく過程を見られる人なんて、そうそういないと思う。
歌いながら、無意識にシェリルさんが私に背を預けてくる感触に、自然と笑みが零れた。
それを、やんわりと押し返すように少しだけ力を込める。
集中しているシェリルさんが、それに気づくことはない。
背にかかる少しの重みと温もりを感じながら過ごす時間。
それも、私の特権。
そんな小さな幸せに浸りながら、シェリルさんの声にまた耳を傾ける。
「・・・そうね、うん。」
「ここは、こっちの方が・・・」
「ん~・・・」
あーでもない、こーでもない。
プロのシェリルさんが、曲に詞をつけていく過程は、私にとっても勉強になる。
いつか、私もシェリルさんみたいに作詞してみたい。
(できれば、幸せいっぱいの甘いラブソングとかにしたいなぁ・・・)
なんて、1人笑みを浮かべて考えてしまった自分がなんだか恥ずかしくなって。
膝に広げていたノートで、思わず顔を隠す。
別に誰が見ているわけでもないけど、こういうのって恥ずかしくなる時あるよね?
アルトくん曰く。
“1人百面相”を勝手にしていた私の背に、これでもかというくらいの体重がかかった。
「わっ・・・」
「んー・・・できたっ!!!」
シェリルさんの嬉しそうな声が聞こえると、私も自然と笑顔になってしまう。
「お疲れ様です、シェリルさん。」
その背を押し返しながら私がそう言うと、シェリルさんとピッタリと背中がくっつく。
「うん。」
振り返って見上げた私に、シェリルさんが微笑んでくれる。
それがすごく嬉しい。
「あ、お茶、持ってきましょうか?」
「大丈夫よ。それよりランカちゃん、何してるの?」
肩越しに覗き込んでくるシェリルさん。
耳にかかる吐息がくすぐったくて、思わず肩を竦めてしまった。
「ああ、課題?」
「はい。もう終わるんですけど、最後でつまずいちゃって。」
「ふ~ん。ランカちゃん、ここ、間違ってるわよ。」
「え?どこですか?」
尋ねた私の背から重みと温もりが離れた。
それを少し寂しく思いながらも、またすぐに訪れる温もり。
「ここ。これ、こっちの公式でしょ?」
ノートをとんとんと叩く指先に、耳元に聞こえるシェリルさんの声。
気づけば、私の背におぶさるような形で、シェリルさんがくっついていた。
私の肩に顎をのせるようにして、説明をしてくれるシェリルさん。
長くて柔らかな髪が素肌に触れるのが、少しくすぐったい。
「聞いてる?ランカちゃん。」
返事のない私を不審に思ったシェリルさんが、肩越しに頬をくっつけてそんなことを言ってきた。
(うわぁ・・・いつものことだけど、シェリルさんのほっぺた・・・スベスベしてて気持ちいいなぁ・・・)
そんな感動にひたりながらも、笑顔で返事をする私。
「聞いてますよ、シェリルさん。」
「ほんとに?なんだかボーっとしてなかった?」
「そ、そんなことないです。ほら、この公式をこっちに・・・」
緊張しながらも、シェリルさんが教えてくれた公式を使ったら、あっと言う間にその問題が解けた。
「あ・・・ほんとだ。」
「趣味の悪いひっかけ問題ね。」
くすくす笑うシェリルさんの声が耳から遠のいたのを確認して。
お礼を言おうと振り返ると、間近にシェリルさんの笑顔があった。
“ちゅ”
瞬間、唇に触れる柔らかな感触。
「よくできました。」
笑ってそう言ったシェリルさん。
何が起きたのか理解できないでいる私に笑みだけ残して、シェリルさんは背を向けた。
そして、さっきまでと同じように、互いの背に背を預ける形になる。
ようやく、その出来事を理解した私は、集まる熱に顔を両手で覆った。
そんな様子を横目で確認する、シェリルさんの視線とぶつかる。
「ご褒美、気に入らなかった?」
なんて、わざとらしくそんなことを聞いてくるんだから、この人は・・・
まったく、もう・・・
ほんとに、もう・・・
嬉しくないわけないじゃないですか。
返事のかわりに、シェリルさんの背中に体重をかけてみせた。
小さな「きゃっ」という悲鳴のあとに、その背中が押し返される。
「ちょっと、重いわよ、ランカちゃん。」
「シェリルさんっ!!!女の子に重いは禁句ですよっ!!!」
笑いながら言い合って、押したり、押されたりを繰り返す。
くっついた背中に気持ち良さを感じていると、フローリングについていた手に、
ソッと手が重なった。
少し驚いて、でも、嬉しくて。
重ねられた手に指を絡めようとしたら、その指が逃げていく。
それを追いかけて、捕まえた。
捕まえた指が絡められようとすると、今度は私が逃げてみる。
それを追いかけられて、捕まえられる。
くすくす笑いながら、そんなやりとりを繰り返して、最後はどちらからともなく指を絡めた。
他にも、背にかける体重をわざと大きくしてみたり、わざと力を抜いて前に倒れてみたり。
そんな何でもない、子どもみたいなやりとりを。
シェリルさんと一緒にするのが楽しくてしかたがなかった。
そして、その遊びに満足すると、互いに背中を預け合う。
「シェリルさん。」
「ランカちゃん。」
名前を呼び合う声もどこか弾んで。
重なる片方だけの手を残して、「いち、にの、さん」で、互いに体を振り向かせる。
背中合わせの状態から、向き合う形になったそこには、シェリルさんの笑顔。
シェリルさんの瞳にも同じような笑みを浮かべる私が映る。
「シェリルさん。」
「ランカちゃん。」
名を呼んで。
微笑みあって。
おでことおでこをくっつけて。
それから、どちらともなく静かに唇を重ねる。
重ねるだけの少し長いキス。
閉じた瞳を開いたら、やっぱりそこにはシェリルさんの笑顔。
それが嬉しくて。
たまらなくなった私は、またシェリルさんにキスをする。
そしたら、お返しと言わんばかりにシェリルさんもキスをくれる。
そのお返しにと、私はまたキスをする。
そうやって、私とシェリルさんは、その“遊び”に満足するまで、
何度もじゃれあう様にキスをした。
そんな、なんでもない休日の、幸せな昼下がり。
おわり
最終更新:2010年06月06日 17:13