無題(3-190氏)

突然の雨に降られて。
傘もささずに歩く。
歩く道には街灯と。
突然の雨に走る人の姿。
でも。
私の足は、その動きを速めようとはせず。
ただ、雨の道をゆっくりと歩く。
いつもなら素通りする小さな路地の前。
なぜか足が止まってそっちを向いた。

既視感。

そこに、小さな自分が見える。
ゴミ箱を漁り、残飯で生きながらえてきた日々。
汚れたぬいぐるみを手に。
灯りのともった家を見つめ、羨む自分の姿。
それは確かに存在した私の過去。

そんな生活から救い出してくれたグレイス。
いろんなことを教えてくれて。
いろんなものを与えてくれた。
歌も、恋も、温もりも。
それがとても嬉しくて。
何より、グレイスが笑ってくれるのが嬉しくて。
グレイスの喜ぶことを、一生懸命やろうと思った。
2人で一緒に苦労してきて。
手に入れた“銀河の妖精シェリル・ノーム”という存在。
初めて1位をとった時は嬉しくて、2人でお祝いをした。
もう子どもじゃないのに。
「一緒に寝よう」だなんて、子どもみたいなワガママ。
グレイスは笑ってた。
とても楽しそうに。
そして、私の願いを叶えてくれた。

もしかしたら。
それが最後だったのかもしれない。
私の手をとってくれたグレイスがいてくれたのは。




そんなことを考えるのは。
突然降ってきた雨のせい。
それまでは、綺麗な三日月がみえて、星もみえていた。
だから、歩いて帰ろうと思った。
綺麗な星空を眺めながら。
たぶん、私の家で待っている、小犬みたいな彼女のことを考えながら帰ろうと思った。

でも。
何もかもを埋め尽くすように、黒い雲があっと言う間に空を覆って。
冷たい雨を降らせる。
だから、ちょっと昔のことを思い出してしまった。
ただ、それだけ。
それだけなのに。

『シェリル。』

聞こえる声に俯いた顔を上げる。
暗い路地には何もみえない。
なのに。
優しい声が聞こえる。
冷たいのに暖かな温もりが手に触れてくれるような気がして。
その手を伸ばした。
けれど。
その手に触れてくれる人はいない。
もう、いない。

とても、とても。
寂しくなった。
寂しくて、寂しくて
悲しくなった。
悲しくて、悲しくて。
泣きたくなった。
泣いて、泣いて。
叫びたくなった。
叫んで、叫んで。
逃げ出したくなった。
逃げて、逃げて・・・

「どうなるの?」

零れた言葉に答える声など何もない。
わかりきったことだった。
それは、幻聴で幻影。
いま、ここにいるのは、私だけ。
雨に濡れて、宙に手を伸ばす自分に気づく。
なんだか、とてもおかしくなって。
笑った。
笑ってるのに。
零れたのは小さな嗚咽だった。




「何やってるんですかっ!!!シェリルさんっ!!!」
あまりに大きな声に驚いた私は、きょとんとしてしまう。
あまり覚えていないけれど、どうやら家に帰ってきたらしい。
「ランカ・・・ちゃん?」
ずぶ濡れで帰ってきた私に、怒るランカちゃんが目に映った。
バタバタとどこかに行ったかと思ったら。
ドタドタと両手にバスタオルを持って帰ってきた。
「まったく、もー!!!もーっ!!!もーーっ!!!」
牛みたいに怒って、私の頭にバスタオルを被せ、もう一枚は肩にかけられる。
「ほら、早く拭いて下さい。」
「・・・うん。」
気のない返事に、緩慢な動作。
それにしびれを切らしたように、ランカちゃんがタオルに手をかけた。

「なんでこんなに濡れてるんですか!?」
「車で帰ってこなかったんですか?!」
「どこかで電話してくれたらよかったんですよっ!!」
「風邪ひいたらどうするんですかっ!?」
「まったく、もーっ!!!シェリルさんはっ!!!」

次々と、ランカちゃんの口から零れてくる言葉。
どれもこれも、怒った、でも優しさに満ち溢れた声。
髪を拭いてくれる手は少し乱暴で。
でも、それがなんだかおかしくて、嬉しくて。
笑った。
今度はちゃんと。
でも、やっぱり涙が零れた。
けれどそれは、悲しいからじゃなくて・・・

「くしゅん」

くしゃみをした私に、ランカちゃんは顔色を変える。
額に手を当て“冷たい”と零すランカちゃん。
当たり前だろう。
あれだけ濡れてきたから。
「なに笑ってるんですかっ!!!」
笑ってるつもりはなかったけれど、笑っていたらしい。
そんな私の手を引っ張るランカちゃん。
脱げかけたミュールを足を振って落とす。
「ランカちゃん、ちょっとま・・・」
「待ちません。靴とかいいですから、とにかくお風呂ですっ!!!」
もの凄い力で引きずられるようにして。
服を着たまま、お風呂に放り込まれた。

「ちゃんと暖まるまで、出てきちゃダメですよっ!!!絶対ですよっ!!!」

ランカちゃんの怒った声が、なんだかおかしくて。
笑った。
今度は涙じゃなくて、笑い声が零れた。




お風呂を出たあとも、いたれりつくせりで。
髪を乾かしてくれて。
ご飯を食べさせてくれて。
そして今はベッドの中。
とは言っても、ぜんぜん眠くもなくて。
ただ、布団を被って天井を見上げる。
あんなに悲しかったのに。
今はとても温かい。
いつだって、ランカちゃんには思い知らされる。
私がもう1人じゃないってことを。

グレイスとの想い出は。
つらくて、悲しいことも多いけれど。
それでも。
すぐに思い出せるのは、彼女の笑顔と温もり。
ふとした時に思い出す彼女は、いつも笑ってる。
たとえグレイスが他の人からどう思われようと。
私の中のグレイスは。
いつだって優しくて、厳しくて、意地悪で、笑顔をくれた。
それでいい。
確かに、彼女がしたことは許されることじゃない。
でも。
私がグレイスを大好きだったことに嘘偽りはない。
たとえ、グレイスが私のことをどう思っていたとしても。
だから。
グレイスを思い出す時に感じる痛みは甘んじて受けよう。
だって。
それは、私が生きてきた証だから。
そして、グレイスが傍にいてくれた証だから。

それに・・・





「シェリルさん。」
心配そうな声に呼ばれてそちらを向く。
そこには、お風呂上がりのランカちゃんがいた。
「あ、まだ寝てないじゃないですか。ちゃんと、寝ないとダメですよ。」
「まだ、眠くない。」
「それでも寝て下さい。」
「いやよ。」
「嫌じゃありません。」
「いーやー」
だだをこねてみせる私に、困ったように笑うランカちゃん。
「今日のシェリルさんは、ほんとに子どもみたいですね。」
そう言ってランカちゃんが、私の傍に来てくれる。
「何かあったんですか?」
優しい声音でそう尋ねたランカちゃんに、私は笑みを浮かべた。
「ちょっと、昔のことを思い出しただけ。」
ランカちゃんの瞳が“昔”と言った時に、少しだけ揺れた。
それがわかったから、ベッドの中から手を伸ばして、ランカちゃんの手に触れる。
少し驚いたようなランカちゃんに笑みを返して、その手を繋いだ。
「大丈夫。」
それだけ言って、ぎゅっとランカちゃんの手を握る。
それで、わかってくれたのか、ランカちゃんも私の手を握り返してくれた。

「ね、ランカちゃん。」
「なんですか?シェリルさん。」
「一緒に寝ましょう。」

いつもそうしてるのに、口に出してみると、あんがい恥ずかしい。
ランカちゃんも同じなのか、薄暗闇でもわかるくらいに真っ赤になっていた。
お互い赤くなった顔を見合わせて、肩を揺らして笑い合う。
ランカちゃんが眠るスペースを作るべく、少し体の位置をずらして。
一瞬だけ離れる手。
ランカちゃんが隣に滑り込んでくると、すぐにまた繋いだ。

「私が眠るまで、絶対に離しちゃダメよ。」
「眠ったって離してあげません。」

ベッドの中で向き合って。
くすくすと笑い合う。
額をコツンと合わせて。
触れるだけの口づけを交わす。




そう。
私はもう1人じゃないから。
みんなが・・・ランカちゃんが傍にいてくれる。
だから、大丈夫。
寂しくなっても。
悲しくなっても。
泣きたくなっても。
叫びたくなっても。
逃げたくなっても。
手を伸ばせば、触れられる温もりがあることを知ってるから。
名を呼べば、答えてくれる声があることを知ってるから。
だから・・・

『大丈夫だよ、グレイス。』
想い出の中のグレイスにそう告げて、幼い私が笑う。
そうしたら。
グレイスも優しく笑い返してくれる。
向かい合って手を繋ぎ眠るベッド。
『シェリル』
優しい声が名を呼んで、幼い私の頬に繋いだ手とは反対の手が触れる。
繋いだ手と頬に触れた手の温もりに微笑んで。
幼い私は幸せそうに笑って目を閉じた。

「『大好き・・・』」

幼い私と今の私の声が重なる。

『大好きよ、シェリル。私の愛しい妖精。』
「大好きですよ、シェリルさん。えへへ~私の愛しい妖精さん。」

グレイスとランカちゃんの優しくて愛しい声が聞こえる。
自分でもだらしないほどに頬が緩むのがわかった。
包まれる温もりに身をあずけて。
私は眠りにつく。

『おやすみなさい、シェリル。』
「おやすみなさい、シェリルさん。」

その日、私は。
ランカちゃんと私と幼い私とグレイス。
4人並んで手を繋ぎ、声をあげて幸せそうに笑いあっている。
そんな夢のような夢をみた。






おわり

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最終更新:2010年07月26日 20:14
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