「ねぇ、君。かわいいね。」
約束した待ち合わせ場所で、知らない男の人たちに声をかけられた。
「よく見たら、ランカに似てるね、君。」
「おー、ほんと、ほんと。」
「暇ならちょっとお茶でもしない?そこでさ。」
たたみ掛けるように話しかけられて、あわあわするだけで、何も言葉が出てこない。
(えっと・・・これ、たぶんナンパ・・・なのかな?)
怖いとかそういうんじゃないんだけど。
こんな経験まったくなかったから、こういう時にどう対処したらいいのかわからなくて。
どうしようかと考えていると、力強い手に手首を掴まれた。
「ね、いいでしょう?」
向けられた笑顔に曖昧に笑みを返してしまったのが悪かった。
それをOKととられたみたいで・・・
掴まれた手首を強引に引っ張られて、囲まれるようにして連れて行かれそうになる。
それで、やっと声が出た。
「ちょ・・・ちょっとまってくだ・・・」
「勝手に人の相手を連れて行かないでくれる?」
自分の声に重なるように聞こえた声。
後ろから伸びてきた両腕が私の前で重なると、その身を少し引き寄せられた。
伝わってくる柔らかな感触と温もり。
「この子はあたしが先約してるの。悪いわね。」
耳元で聞こえた声に、勝手に顔が熱くなるのがわかる。
見上げればそこに、思っていた通りの人がいて。
サングラス越しの瞳が、優しく叱りつけるようにこちらを見た。
なぜだが胸が高鳴って。
嬉しいやら恥ずかしいやらで視線を泳がせると、声をかけてきた人たちが目に止まる。
(そうなっちゃうよね・・・)
顔を真っ赤に染めて呆然と魅入っている人たちを見て納得してしまう。
(だって、素敵だし、かっこいいし、綺麗だし、素敵だし・・・)
表現力が乏しいから同じことを言い続ける結果になっちゃうんだけど。
ほんとに、そうなんだもん。
言葉では言い表せないくらい、魅力的だし、かっこいいし、綺麗だし、素敵だし・・・
(・・・って、また同じことになっちゃってる。)
そんなことを考えていたら、また声が聞こえてきた。
「その手、離してもらえないかしら?」
その声に顔を上げると、サングラスを外してニッコリと微笑んでいる顔が見える。
それは、反則なくらいに素敵な笑顔だった。
言われた人は、その通りに私を解放してくれる。
そうしたら、今度はさっきまでとは全く違う、透き通るようにしなやかで綺麗な手が、
すぐに私の手首を捕らえた。
「ありがとう。じゃ。」
掴んだ手首を引っ張られて、数歩進み、それから歩幅をいつものように合わせる。
前を行く背に声をかけようとしたら。
チラリとこちらを見た瞳に、ウィンクされた。
顔が熱くなるのを感じながら、その意味を理解した私は、その言葉を飲み込む。
“よくできました”と言うように、掴む手に少し力がこめられたことに気づいて笑みが零れた。
なんだかそれが嬉しくて、緩む頬が止められなかったり。
(こんなことだから、“犬みたい”って言われるんだよね、きっと・・・)
でも、嬉しいものは嬉しいし・・・なんて思いながら歩いていたら。
その背が止まっていたことにも気づいていなかった私。
そのまま歩き続けて、その背にぶつかってしまう。
「わっ・・・」
「ボーっとしすぎよ・・・って、何?そのだらしない顔。」
「え・・・?」
「そんな顔してるから、ナンパなんてされちゃうのよ?ランカちゃん。」
足を止めた先の公園で。
クスクス笑いながら、叱りつけるようにそう言われて、軽く額を弾かれた。
弾かれた場所を両手でおさえて。
ずっと呼びたかった名前を口にする。
「シェリルさん。」
そう呼んだら、シェリルさんが私の目を見て笑ってくれる。
それが嬉しくて。
そしたら、不意に頬をやんわりとつねられた。
「にやけすぎ。」
「ふゃって・・・」
つねられても、ぜんぜん痛くなくて。
逆に相手してくれることが嬉しくて。
笑みが深くなってしまう。
それを見たシェリルさんが、いつもみたいに呆れて。
でも、優しく笑ってくれる。
「しょうがないわね、ほんとに。ランカちゃんは。」
つねっていた頬を解放してくれるシェリルさん。
そのまま頬を包まれて。
つねっていた場所を親指がやんわりと撫でてくれる。
それがとっても気持ちよくて、うっとりしてたらその手が離れていく。
「あ・・・」
それが寂しくて、思わず零れた声にシェリルさんが笑う。
「はい、おしまい。」
楽しそうに言って、頭を撫でてくれる手にまたうっとりしてしまいそうになった。
でも、それは、シェリルさんのからかうような笑みを見つけてなんとか堪えた。
「シェリルさん、遊んでますよね?」
「違うわ、かわいい愛犬をかわいがってるの。」
「だから、私、犬じゃありません。」
「知ってるわ。犬じゃなくて、犬っぽいってだけの話よ。」
「それって・・・やっぱり私のこと犬扱いしてるってことじゃ・・・」
「細かいことは気にしなくていいのよ。ランカちゃんはかわいいんだから。」
頭を撫でられて。
これでもかってくらいに優しい瞳で微笑まれて。
“かわいい”なんてシェリルさんに言われたら。
もう、ほんとにどうでもよくなってくる。
「お仕事の時はいいけれど、他ではあんまり飼い主以外にかわいさをふりまいちゃダメよ。」
「・・・そんなつもりは・・・」
「言ってるでしょ?ランカちゃんはかわいいのよ。だから、気をつけなさい。」
口調はなんだか冗談っぽく聞こえるけれど。
その視線が真剣なもので、ほんとに心配してくれているのがわかった。
仕事終わりに外で待ち合わせなんて、始めてで。
しかも、これからシェリルさんの家にお泊まりだったから。
ちょっとうかれすぎてた自分に反省して、素直に頷いてみせる。
そんな私に微笑んで。
シェリルさんがまた頭を撫でてくれた。
「そう、いい子ね。」
「だから、シェリルさん、私、犬じゃないです。」
「いいの、いいの。じゃあ、そろそろ、帰りましょうか?」
差し出された手に手を重ねて。
さっきは足早だったけど、今度はゆっくりと。
歩幅を合わせて歩く。
「晩ご飯、何か食べたいものありますか?」
「オムライス。」
「即答ですね。」
「ずっと考えてたから。ランカちゃんに何を作ってもらおうか。」
そう言って笑ったシェリルさんが、かわいくて、かわいくて。
また、頬が緩む。
「かわいいですね、シェリルさん。」
「かわいいのは、ランカちゃんでしょう?」
「違いますよ、シェリルさんがかわいいんです。」
「オムライスって言葉が子どもっぽく聞こえるだけよ。」
「あ、確かに。でも、オムライスって言わなくても、シェリルさんはかわいいですよ。」
「ランカちゃん、わかってて言ってるでしょう?」
「何がですか?シェリルさんは“かわいい”です。」
そう言ったら、シェリルさんが足を止めて、私の方を見た。
それに倣うように足を止めて、笑顔でシェリルさんを見上げる。
「かわいいですよ、シェリルさんは。だから、シェリルさんも気をつけて下さいね。」
そう言ったら、シェリルさんは大きく目を見開いて、その頬を赤くした。
そして、すぐに俯いて、私から視線を逸らす。
そんな姿がたまらなくかわいくて。
思わず手を伸ばして、その頭を撫でた。
「シェ~リルさん。」
「・・・ランカちゃんは、たまに意地悪になるわね・・・」
「ほんとのことを言ってるんです。シェリルさんは“かわいい”です。」
俯いたまま、撫でられるがままのシェリルさんに、またそう言った。
実は、“かわいい”って言われるのが苦手なシェリルさん。
そんなシェリルさんが、かわいくて、かわいくて。
そんなシェリルさんを知ってるのが、自分だけだと思うと。
嬉しくて、嬉しくて。
緩む頬は止まらない。
こんな“かわいい”シェリルさんを誰にも教えたくないから。
人前ではなるべく“かわいい”って、言わないようにしてる。
それは、私が密かに努力していることだったりする。
その分、2人の時にはいっぱい“かわいい”って言ってるんだけどね。
今みたいに、シェリルさんが困るくらい。
「シェリルさんは“かわいい”ですよ。」
「もういいの。ほら、行くわよ。」
恥ずかしいのを隠すみたいにそう言ったシェリルさんが、私の手を引く。
そんなシェリルさんの隣を歩く私。
かっこよくて。
綺麗で。
素敵な。
みんなが知ってるシェリルさんは、もちろん魅力的で大好きだけど。
同じくらい。
私はかわいいシェリルさんが大好きで。
それを、誰かに教えるなんてこと絶対にしないと。
今日も心に誓った、シェリルさんとの幸せな帰り道。
ぎゅっと握った手を、握りかえしてくれるその手に。
やっぱり、頬が緩むのを止める、なんてことはできなかった。
おわり
最終更新:2010年09月17日 23:39