11月23日。
今日はシェリルの誕生日。
11月に入って一番の冷え込みを記録したこの日。
夜も深まり、人もまばらな道を、息をきらして必死に走るランカの姿。
防寒具で少し大きくなってしまった体を左右に揺らしながら。
左手には小さな白い箱を持ち、右手で携帯を持って時刻を確かめる。
「もう11時過ぎてるっ!!!」
泣きそうになりながらそう言って、見えてきた建物にさらにその足を速めた。
マンションにつけば、暗記してしまったナンバーを押してロックを解除する。
スピードは変わらないのはわかっていても。
ランカのその指は、何度も何度も画面上の「上」ボタンを押した。
エレベーターのドアが開けばすぐに飛び乗り。
押しなれた階を押せば、直ぐさま扉を閉めようと、また何度もそれを押す。
エレベーターがその階につけば、かけおりて。
その勢いのまま、合い鍵の存在も忘れて。
辿り着いたドアの前のインターホンを押した。
「シェリルさん!!!」
その声と必死な姿に、何度も瞬きを繰り返すシェリル。
「ランカちゃん、どうしたの?こんな夜遅くに、そんなに急いで。」
不思議顔のシェリルをよそに、ランカは左手に持っていた白い箱をさしだし、笑ってみせる。
「け、ケーキ・・・ほんとは作るつもりだったんですけど、撮影が延びちゃって・・・」
息を乱してそう言いながら、ランカはシェリルを見上げる。
そんなランカの様子に、シェリルはとても嬉しくなる反面、困惑してしまう。
ランカがこんなになってまで、ケーキを持ってきてくれる理由がわからなかったから。
そんなシェリルの様子に、ランカはなんとなくだけれど、その事実に気づいた。
「シェリルさん・・・もしかして・・・自分の誕生日、忘れてるんですか?」
「え?」
ランカに言われて初めて気づくシェリル。
その様子に、ランカは目を丸くした。
「ああ、そっか。そう言えば・・・」
思い出したように手をポンと叩くシェリル。
「そうだったわね。」
なんでもないようにそう言って、ランカとともにリビングへ。
作詞活動をしていて、散らかっていたものを1つの場所にかためて。
シェリルが振り向けば、そこに。
なぜか頬を膨らませているランカがいた。
「もう~!!シェリルさんたらっ!!!どうして自分の誕生日忘れちゃうんですか!!?」
「どうしてランカちゃんが怒るのよ?」
「だって、誕生日ですよっ!!!シェリルさんのっ!!!一大イベントですよっ!!!」
「大げさね。たかが誕生日でしょう?」
「たかがじゃありませんっ!!!シェリルさんの誕生日なんですよっ!!!」
「私なんかの誕生日より、ランカちゃんの誕生日の方が一大イベントじゃない。」
「なっ!!!そんなのシェリルさんの誕生日に比べたら、どうでもいいことですっ!!!」
「聞き捨てならないわね。ランカちゃんの誕生日がどうでもいいわけないでしょう?」
「シェリルさんの誕生日の方が大事ですっ!!!」
「ランカちゃんのくせに生意気ね。私の誕生日なんかより、ランカちゃんの誕生日よ。」
「違います。シェリルさんの誕生日ですっ!!!」
端から聞いていれば、犬も食わない痴話げんか。
それを真面目に言い合う2人。
しばらくのにらめっこのあと。
そのバカバカしさに、さすがに気づく2人。
「せっかく来てくれたのに、こんなバカなケンカもないわよね、ランカちゃん。」
「そうですね。シェリルさんのお祝いに来たんですから。」
視線を交わせば、どちらともなく肩を震わせ笑い出す。
その笑い声は、だんだんと大きくなり、部屋中に響いた。
「あー、おかしかった。笑ったら喉かわいたわね。」
「私、お茶の準備しますね。ケーキ食べましょう。あ、でも・・・」
急にしゅんとしたランカに、小首を傾げるシェリル。
「どうしたの?ランカちゃん。」
「・・・こんな遅くに食べるのはプロとして失格かなって思って・・・」
ランカは犬耳のような緑の髪をピコピコ動かしたかと思うと。
シュンと垂らして上目遣いにシェリルを見た。
そんな犬っころみたいなランカに微笑んで、シェリルはその頭に手をやる。
「そうね。でも、私、明日もオフなのよ。」
ウィンク1つしてみせて、シェリルがそう言えば。
犬耳みたいな緑の髪が、ピコピコとその動きを復活させて。
ランカの顔には満面の笑み。
「わ、私もなんですっ!!!シェリルさんっ!!!」
それはもう、ご主人様に飛びつく犬の如く。
ランカはシェリルに抱きついてみせる。
そんなランカを、いい子いい子するべく撫でるシェリル。
撫でてもらうのに満足したランカは、勝手知ったるシェリルの台所に向かう。
どこに何があるのか。
シェリルよりも把握しているランカは、お茶の準備を手早く済ませてリビングに戻る。
リビングの机に置かれた、白の箱を開ければ。
甘い匂いを漂わす、イチゴのショートケーキとチョコケーキが・・・
無惨な姿で登場した。
「あ・・・」
ランカが思わず声をあげる。
そのケーキの姿を見て。
どれだけランカが必死にここまで来たのかがわかったシェリルの顔に、笑みが零れる。
「ずいぶんと頑張ったのね、ランカちゃん。」
何もかもが混ぜ合わさった、ケーキの残骸とも呼べる姿に。
ランカは涙目になってシェリルを見た。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
「ほとんど閉まってる中で、唯一見つけたお店に残ってた最後2つだったんです・・・」
「それで嬉しくなっちゃって・・・」
「そしたら、シェリルさんに早く会って、お祝い言いたくなっちゃって・・・」
またもやシュンとするランカに、優しく微笑んで。
シェリルは、箱の中の無惨なケーキを、おもむろに人指し指ですくう。
ポカンとした表情で自分を見ているランカの前で。
それを口にいれてみせるシェリル。
「なかなかおいしいわよ、ランカちゃん。」
その姿があまりにも様になっていて。
格好良くも、かわいく。
艶やかなのに、無邪気で。
魅力的すぎるシェリルに。
ランカのハートは鷲掴みにされ、その体ごと真っ赤に染める。
「シェ・・・シェリルさん・・・」
少し上ずり掠れた声に、微笑みかけて。
さらに、シェリルはケーキを指ですくいとる。
「はい、ランカちゃんも。」
「ふぇっ・・・」
笑顔で口元に差し出される、シェリルの指には。
白と黒が混ざって、絶妙のコントラストを見せる。
おいしそうなクリーム。
「あーん。」
「あ、あーん・・・」
シェリルに流されるがままに口を開け、それを口にするランカ。
ランカの口の中に広がる甘い味。
チョコと生クリームの混じったものが、不味いなんてあるわけもなく。
確かにそれはおいしくて。
ランカはその頬を緩めた。
「おいしい・・・」
「でしょ?」
シェリルは笑ってそう言うと、何でもない様に。
クリームが残っていた指を口に含んだ。
それを見て、沸騰するくらい赤くなったのはランカ。
思わず緑の犬耳をピンと立たせて、口をパクパクと開閉させた。
けれど、シェリルはそんなことを全く気にした様子もなく。
「どうしたの?ランカちゃん。」
なんて、小首を傾げてきたシェリルに、さらに真っ赤になって俯く。
「な、なんでも・・・ないれす・・・そ、それより・・・」
「ん?」
何度か深呼吸をして、心を落ち着けると。
まだ、熱くて赤い顔を上げて、ランカはシェリルを見やる。
「何?ランカちゃん。」
尋ねるシェリルにはにかむように微笑んで。
ランカはその口を開いた。
「ハッピー バースデー トゥーユー」
誕生日の歌。
誰しもが聞いたことのあるその歌に。
シェリルの心がぎゅっと締めつけられる。
「ハッピー バースデイ トゥーユー」
この日が本当に自分の誕生日かも。
シェリルにはわからない。
自分のことを誰よりも知っていたグレイスも。
今はシェリルの傍にはいない。
祝っていてくれた存在もいなくなったから。
「忘れてた」んじゃなくて。
「忘れようとしていた」のかも知れないと。
ランカの歌声を聴きながら思うシェリル。
「ハッピー バースデー ディア シェリルさーん」
ランカのかわいくて、優しい歌声に。
零れそうになる涙を堪えて。
笑って歌ってくれるランカに、笑みを返す。
「ハッピー バースデイ トゥーユー」
ランカの歌声の余韻に浸りながら。
シェリルは瞳を閉じた。
祝ってくれる誰かがいる喜びに。
シェリルの心は熱くなって、鼻の奥がツンとする。
「お誕生日、おめでとうございます。シェリルさん。」
その言葉に、瞳を開けば。
人の誕生日だというのに。
自分の誕生日を祝ってもらった時以上に、嬉しそうなランカがいる。
そんなランカに。
シェリルは笑みを零して、ぎゅっと抱きつく。
「ありがとう・・・ランカちゃん。」
少しだけ震える声に、思いをのせて。
シェリルがそう言えば。
ランカはその身を喜びに震わせて。
シェリルに抱きつき返す。
「シェリルさん、大好き。」
溢れる想いを口にすれば。
シェリルもその身を喜びに震わせて。
ランカに同じ言葉を返した。
「ランカちゃん、大好き。」
ぎゅっと。
ランカに強く抱きついて。
顔を上げれば。
ランカの真っ赤な顔に笑みが浮かんでいる。
「ランカちゃん・・・」
愛しさをこめてそう呼び、シェリルがランカの頬に手をやれば。
その手に導かれるように、ランカは顔をシェリルに近づける。
息が触れあうその距離で。
少しだけ見つめ合って、笑みを交わせば。
どちらともなく瞳は閉じて。
唇が重なった。
重なる唇は。
さっき食べたケーキの味で。
甘くておいしい。
唇が離れれば。
今度は額がくっついて。
互いに肩を揺らして笑う。
「ねぇ、ランカちゃん。」
「はい、シェリルさん。」
「ケーキ、ちょうだい。」
「え・・・」
悪戯っぽく笑って言うシェリルに、真っ赤になりながらも。
ランカはその意味を理解して、箱に手を伸ばす。
ひとさし指でケーキを掬えば、シェリルの口元に持ってくる。
「あ、あ、あーん・・・」
「あーん。」
緊張して上ずった声に、楽しそうにそう返して。
シェリルはそれを口にする。
「うん、やっぱりおいしいわね。」
シェリルがランカにそう言えば。
ランカは自分の指に残っていたクリームを口に含んだ。
「はい、おいしいです。シェリルさん。」
そうやって、2人は幸せそうに笑い合う。
誰かに祝ってもらえる喜びと。
誰かを祝える喜びを感じながら。
その夜。
2人はケーキがなくなるまで互いに食べさせあい。
そのあとも。
ケーキみたいに甘い夜を過ごした。
おわり
最終更新:2011年06月26日 21:40