「シェリルさん。」
少しだけ前を行く背中に小さく声をかけた。
「なに?どうかしたの?ランカちゃん。」
振り返ったシェリルさんが、小さく首を傾げてそう尋ねてくれる。
届くかどうかわからない声が、届いたことが嬉しくて自然と顔が綻ぶのが自分でもわかった。
「なによ、ランカちゃん。どうして笑うの?」
「笑ってませんよ。」
嘘。
ほんとは笑ってること。
自分でもわかってる。
「ランカちゃんがわかってないだけよ、笑ってるわ。」
「笑ってませんよ、シェリルさんの方が笑ってます。」
「私は怒ってるの。用もないのにランカちゃんが呼ぶから。」
それも嘘。
だって、シェリルさん、笑ってる。
すごく嬉しそうに。
それだけで。
この寒い中、クリスマスのイルミネーションを見下ろしに。
微調整リハーサルの合間を縫って、屋上に来たかいがあるというものだ。
シェリルさんの子どもみたいな笑顔はとても貴重だから。
「用がなくても、呼びたくなるんです。」
「何よ、それ。」
「シェリルさんだって、私のこと呼ぶじゃないですか。用もないのに。」
「私はいいの。シェリル・ノームだから。」
笑いながらする、他愛もない言葉のやりとりが。
まるで小さな音色みたいに。
冷たい空気に響いて、流れて。
夜の空にとけていく。
そうしたら。
溢れる思いが胸の内に生まれて。
「大好き。」
びっくりするくらい自然に。
自分の口から零れた言葉が、シェリルさんに届けば。
少しだけ驚いたような顔をして。
それから“ふっ”と、シェリルさんが顔を綻ばせた。
一歩。
シェリルさんが私の方に近寄って。
少し背の高いシェリルさんを見上げれば。
綺麗なシェリルさんの顔が、ゆっくりと近づいてくる。
だから、私も。
ゆっくりと目を閉じた。
少しだけ。
触れあう唇の温もりに。
うるさいくらい早くなる鼓動。
寒さを忘れるくらい熱くなる体。
そして、溢れだす。
泣きたくなるくらいの嬉しい気持ち。
(シェリルさんも・・・同じなのかな・・・同じだといいな・・・)
そんなことを思いながら、ゆっくりと目を開けば。
そこにシェリルさんがいて。
「そろそろ、戻りましょうか。」
「・・・そうですね。」
何事もなかったみたいに交わす言葉。
けど。
繋ぐ手には互いに力がこもって。
すぐにまた。
シェリルさんに届けたい気持ちが溢れてくる。
その気持ちを伝えるみたいに。
繋がれた手に、もう少しだけ力をこめた。
そんな出来事があったのは昨日のこと。
今日はそのライブの本番で最終日。
厳かだけれど、熱く盛り上がって。
いつものライブと同じようで。
少し違うようで。
盛り上がるのだけれど、帰るみんなの心には。
少しの切なさと、寂しさ。
そして、心に蝋燭みたいに灯る温もりをプレゼントする。
そんなクリスマスライブが。
今日、12月24日に最終日を迎えた。
撤収作業があって、全員揃っての打ち上げは後日やることになっているから。
裏で小さな打ち上げクリスマスパーティーをした。
とは言っても、食事もケーキもそれなりに豪華で。
会場を出る頃にはクリスマスイブがクリスマスに変わってしまっていたけれど。
シェリルさんと2人で乗り込んだ車から見える、イルミネーションを眺める。
同じように。
窓に映るシェリルさんが、イルミネーションを眺めているのを見つけて。
なんだか嬉しくなって。
隣にいるシェリルさんの手に、ソッと手を重ねた。
互いに、窓に映る表情で視線を交わして、遊ぶ。
振り向いて顔を合わせることはなくて。
でも、重ねた手の温もりは確かなもので。
嬉しくなって微笑む私に。
窓に映るシェリルさんは。
呆れたように、でも、優しい瞳で笑ってくれていた。
『主催者の方が、お2人のために最高級ホテルのスイートをご用意してくれたそうですよ!!!』
エルモさんが鼻息荒くそう言っていたことは本当で。
「うわぁ~」
驚きの広さに、声をあげて。
はしゃぐ気持ちに思わず駆け出してしまう。
目に入る全てが新鮮で。
そして何よりも。
大きな窓から一望できる夜景に感動して魅入ってしまう。
「売りにするだけあって綺麗なものね。」
いつの間にか隣に立っていたシェリルさんはそう言って、見上げる私に微笑んだ。
その微笑みに赤くなって少し俯き加減になってしまう私。
そんな私にシェリルさんが、話しかけてくれる。
「ねぇ、ランカちゃん。」
「な、なんですか?シェリルさん。」
少し上ずってしまった声に、恥ずかしさを感じながらも、顔を上げれば。
そこには窓からクリスマスに彩られた街を眺めるシェリルさんの横顔。
「昨日も思ってたんだけど・・・意外と、クリスマスって楽しいわね・・・」
「え?」
「こういう光も、うかれる街も、ずっと私には関係ないと思ってたけど。」
そう言って、シェリルさんが私に向かって微笑んでくれた。
「シェリルさん・・・」
名を呼んで、言葉を探す。
ただ笑い返せばいいだけなのに。
なんだかそれができなくて。
そんな私の頭に手をやって、ソッと撫でてくれるシェリルさん。
「きっとランカちゃんが傍にいるからね。ありがとう、ランカちゃん。」
思わぬ言葉に驚きを見せると、シェリルさんは少し頬を赤く染めて、視線を窓の外へ移した。
「クリスマスを楽しむのも・・・悪くないわね・・・」
その視線の先には、窓から見える景色じゃなくて。
何か他のものが見えているみたいで。
その先に見えているものが、少しだけわかって。
それがなんだか、せつなくて、痛くて。
シェリルさんに言いたいこと、伝えたいこと。
たくさんあるのに、言葉にできなくて。
でも、想いは溢れて。
だから私は、それを歌で伝えることにする。
『私の声が聴こえますか あなたに届いてますか』
突然歌いだした私に、驚いているシェリルさんに微笑みかけて。
私は歌を続ける。
想いをこめたこの歌が。
シェリルさんに届くように。
瞳を閉じたシェリルさんが、静かに私の歌を聴いてくれている。
『あなたを今すぐ抱きしめたいの なんにもいらないから 強く強く強く』
『すべてを抱きしめたい それが私の願い』
静かに歌い終えた私は、シェリルさんの傍に寄って。
その身をただぎゅっと抱きしめた。
「サンタクロースなんて・・・信じたこともないけど・・・」
少しだけ、震える声が私に言ってくれる。
「今日は信じてもいいかもね。目の前にこんなかわいいサンタさんがいるなら。」
私より少し背の高いシェリルさんが抱きしめ返してくれると。
私の方が抱きしめられるみたいになって。
だから。
私も負けじと、ぎゅっとぎゅっとシェリルさんのことを抱きしめた。
しばらくそのまま抱きあって。
ゆっくりとその身を離して、小さく声を上げて笑いあって、手をつなぐ。
2人でお風呂に入って、洗いっこして。
相変わらず、濡れた髪をろくに拭かないシェリルさんを引き止めて。
綺麗な髪が痛まないように、丁寧に拭いて、ドライヤーで乾かして。
出来上がりに満足していたら、今度はシェリルさんが私の髪を乾かして、整えてくれる。
互いに零れる笑みはそのままに。
両手があけば、どちらともなく手を繋いで。
寝室へと向かった。
スイートルームの寝室には、豪華で大きいベッドが2つ。
でも、使うのは1つ。
同じふかふかのベッドに潜りこんだ、お布団の中で。
子どもみたいに騒いで、笑って。
じゃれあうみたいにキスをして。
あったまったお布団の中から顔を出せば、2人して息が上がっていて。
顔を見合わせて、肩を揺らしながら声を上げて笑う。
天井を眺めて、しばらくボーっとしていたら、思い出したことがあって。
繋いだ手をぎゅっと握って合図を送れば、シェリルさんがこっちを向いてくれる。
そんなシェリルさんににっこりと微笑んで。
「メリークリスマス、シェリルさん。」
きょとんとしたシェリルさんの唇にソッと口づけて。
そうしたら、シェリルさんは少しだけ赤くなって、笑ってくれる。
「メリークリスマス、ランカちゃん。」
お返しと言わんばかりに。
シェリルさんもそう言って、キスをくれたから。
私も緩みきった笑みを浮かべて。
シェリルさんに抱きついたら。
シェリルさんも私に抱きついてきて。
互いの温もりに包まれながら。
やってきた睡魔に、その身を委ねて眠りについた。
おわり
最終更新:2011年06月26日 21:44