「ラ~ンカちゃん。」
「ひゃっ・・・」
いきなり背後から抱きしめられて変な声をあげるランカ。
無理もない。
今の今まで2人で奮発して買った豪華なソファの上で、作詞活動をしていたシェリル。
集中したシェリルが何も耳に入らないことを知っているランカは、邪魔をしないように。
反対側のソファの端っこで、課題を片付けることにする。
その課題を終えて、自分がお茶を飲むついでに。
シェリルの分のミルクティーも、テーブルに置いたその時の出来事だった。
「な、なんですか?シェリルさん。」
「ん~?恋人を抱きしめたいと思うのに理由がいるの?そうね、だったら・・・」
ランカを自分の膝の上に座らせるべく、浮いた腰をソファに戻すシェリル。
抱きしめられた腕にまた少し力がこめられると、ランカの耳に囁いた。
「ランカちゃんかわいくて、あったかそうだったから。」
囁かれた声が艶めいて。
真っ赤になるランカだったが、その声に憂いを感じて、抱きしめられた手に手を重ねる。
それに応えるように、シェリルがランカの肩口に顔を埋めた。
ランカの頬を、シェリルの髪が撫でる。
「シェリルさん・・・」
「ん?」
「あったかい・・・ですか?」
「ええ、あったかいわよ。」
「そうですか。」
ランカは小さな笑みを浮かべて、それ以上、シェリルと言葉を交わすのをやめる。
ただ、シェリルが話してくれるか、離してくれるのを。
シェリルの手を撫でながら、ジッと待った。
その時、ふと、シェリルの手書きの文字がランカの目に止まる。
書き殴るように書かれた文字や、黒く塗りつぶされている箇所。
それに、そのフレーズに決めたのか囲まれている単語。
それは、ただのキーワードにしか見えないけれど。
シェリルの中ではきっちり歌詞になってるのだと思うと。
やはりランカは彼女に強い憧れを抱いてしまう。
(すごいなぁ・・・シェリルさん。私もいつか書けるといいなぁ。)
漠然とそんな風に思っていたら、あるフレーズがランカの目に止まる。
『温もりなんて もう何もいらない』
そのフレーズにランカの胸がギュッと、しめつけられるように痛くなる。
読むのをやめようと思うのに、ランカの目は、さらにそこに書かれた文字を追っていく。
『君を失えば 光のすべてを世界は手放してしまうだろう』
『それでも互いの役目 果たしたことが別れなら これでいいよね』
『強く強くありたい』
『わたしはわたしを 暖められるから』
『傷つけさせない 夢みたりしない』
『何もこわくない 忘れはしない』
『愛は泣かない 愛は眠らない 愛は死なない 忘れはしない』
歌になっているわけでもない、ただ、言葉が並んでいるだけなのに。
瞳から溢れそうになるものを、ランカはグッと堪えた。
それと同時に、ぎゅっとシェリルの手を握る。
“君”が、誰かなんてわからないのに。
ランカが勝手に思ってしまった“君”は、もうこの世にはいない。
誰よりも“シェリル・ノーム”という人物を知っていると思われる存在。
ランカにとって最大のライバルであり、負けたくない存在。
最も長くシェリルと過ごしてきた“女性(ひと)”
“グレイス・オコナー”という“女性”
(ずるいですよ・・・グレイスさん・・・)
胸が痛くて痛くて、今にも叫びだしてしまいそうになる思いをグッと堪えて。
ランカはシェリルの腕の中で俯き、唇を噛んだ。
『愛されて、奪われて。失って、拾われて。愛されてると思ったら、捨てられて。』
『気づけば、また“ひとり”。私の人生って、ほんと両極端よね?ランカちゃん。』
ベッドの中で笑ってそう言ったシェリルのことを思い出すと、ランカの瞳が涙で揺れる。
「ごめんね・・・ランカちゃん・・・」
不意に聞こえた声に、その意味を図りかねてシェリルの方を見れば。
シェリルに深く深く口づけられるランカ。
突然のことに驚いて、大きく目を見開くランカの瞳に。
閉じかけたシェリルの悲しみに染まった瞳が映る。
(そんな顔しないで下さい・・・)
言葉にできるはずもない言葉を思って、ランカはぎゅっと目を閉じた。
絡んでくる舌に抵抗もせず受けいれる。
息継ぎさえ許そうとしないその口づけに、ランカはただ応えた。
それどころか自分からも求めるかのように。
シェリルの膝の上で向き合うように、態勢をかえていくランカ。
ただ、淫らな水音だけが、静かな部屋を支配していく。
「っん・・・はっ・・・」
「はっはっ・・・」
短く荒い呼吸が2人の耳をくすぐる。
ソファにシェリルを押しつけるように。
ソファの上で膝立ちになるランカの顔を引き寄せるように。
2人はただ夢中で深く口づけを交わす。
やがてどちらからともなく離れる唇。
銀の糸が引き、細くなって切れるとランカはシェリルに抱きついた。
「ど・・・して・・・謝るんですか・・・」
「・・・これからランカちゃんを食べちゃうからかしら?」
軽口で答えるシェリルの耳に、ランカは囁く。
「シェリルさんの一番は・・・私です。」
「なに当たり前のこと言ってるの?ランカちゃんは。」
「シェリルさんが素直じゃない分、私は素直になることにしてるんです。」
そう言ったランカがゆっくりと身を起こして、シェリルに微笑む。
その微笑みに赤くなるシェリル。
しかし、それもすぐに余裕の笑みへと変わると、ランカの額を軽く弾いた。
「どういう意味よ?ランカちゃんたら、たまに反抗的になるんだから。」
「反抗なんてしてませんよ。事実を言ってるだけです。」
弾かれた額を撫でながら、ランカははっきりとそう言って笑う。
そんなランカに苦笑を浮かべながら、シェリルは肩を竦めて見せると、
ランカに体を預けるようにして抱きついた。
「なんだか気にいらないから、おしおき。」
「そんなの理不尽ですよ、シェリルさん。」
「知らないわ。私はしたいことをするだけよ。」
「シェリルさんたら、いっつもそれなんだから。」
「あら?私は自分に素直に生きているだけよ?」
「わかりました。シェリルさんは素直でいい子です。」
「・・・やっぱりなんだか気にいらないから、おしおきね。」
2人して、そんな会話を楽しみながら。
子どもにするみたいに頭を撫でるランカの首筋に、やんわりと噛みつくシェリル。
ランカの口から小さな甘い吐息が零れると、
頭を撫でていた手が、軽くシェリルの髪を掴んだ。
「痛いですよ、シェリルさん。」
本当は痛くも何ともないのに、ランカはそう言ってシェリルにぎゅっと抱きつく。
「しーらない。」
「もう、シェリルさんの意地悪・・・」
「ランカちゃんが、この私に反抗的なのがいけないんでしょう?」
くすくす笑ってそう言えば、ランカに甘えるみたいに肩口に顔を擦りつけるシェリル。
柔らかなシェリルの髪がランカの頬を擽る。
やがて。
シェリルの手が妖しくランカの体を撫で始めると、ランカの頬がほんのりと赤く染まる。
「シェリルさん・・・」
「なに?ランカちゃん。」
向けられたシェリルの微笑みに、ランカは何も言えなくなって、シェリルに抱きつく。
「なんでもないです・・・」
「そう。」
意地悪で艶やかな声がランカの耳にそう囁いて、わざとらしく息を吹きかける。
「んっ・・・もう・・・シェリルさん・・・」
「だから、なに?ランカちゃん。」
「むぅ・・・意地悪です。」
「ランカちゃんがかわいいから、そうさせるのよ。私のせいじゃないわ。」
「な、なんですか、それ。ほんとに、シェリルさんはいつだって・・・」
「うるさいお口は塞ぐわよ、ランカちゃん。」
少しだけ、強い口調でそう言って、それを実行するシェリル。
びっくりしたように、目を大きく見開いたランカを、そのまま押し倒せば、
直ぐさま服の中に手を入れる。
大きく見開かれた瞳が、その感触に驚いて、今度は固く閉じられる。
怯えるみたいに、その身を震わせるランカの反応に、笑みを浮かべながら。
シェリルはさらに深く口づけた。
“んー”と、くぐもった反抗する声がやみ、
ランカの舌が自ら自分の舌に絡んできたことを確認すると、
シェリルはゆっくりとその唇を離して、ランカの瞳が自分を映すのを待った。
とろんとした瞳に自分が映れば、シェリルは満足そうに微笑み、ランカの額に口づける。
「・・・シェ・・・リルひゃ・・・ん・・・」
甘えた声がそう呼んでくれることに答えるように。
顔のパーツ1つ1つに優しく口づけるシェリル。
両目、両頬、鼻頭、顎先。
唇が触れる度に擽ったそうにするランカに、微笑んで見下ろせば。
その微笑みに真っ赤になったランカが瞳を彷徨わせ、恥ずかしそうに瞳を伏せる。
「ランカちゃん。」
歌うように名前を呼ばれれば、伏せた瞳がシェリルを映し、
ランカの顔がはにかむように微笑んだ。
それに微笑み返して、最後にもう一度、ランカの唇に唇で触れるシェリル。
すぐに離れる唇に、少しだけ不満そうなランカの表情にシェリルは小さく笑う。
「ご不満そうね、ランカ姫。」
「そ、そんなことないです・・・」
「素直じゃないわね、ランカ姫。」
笑って返された言葉にランカは、頬を膨らませる。
「相変わらず、怒った顔もかわいいわね、ランカ姫。」
からかうような声がそう言って、シェリルは膨らむ頬にキスをする。
それと同時に、ランカの胸元でおとなしくしていた手が動き出す。
「シェ・・・シェリルさ・・・」
驚いたランカが服の中のその手を止めようとして。
重ねられたその手の甲にキスを落とすシェリル。
「あ・・・」
「いや?」
聞かれたことに首を横に振ったランカに、シェリルの手がまた動き出す。
「シェ・・・シェリルさん・・・あの・・・ベッド・・・」
「ここで。」
「で、でも・・・明るい・・・ですし・・・」
「いいの。」
「は、恥ずかしい・・・です・・・」
「そうね。」
「だっ、だから・・・」
「ランカちゃんは。」
「え・・・」
言われた意味がわからずに、きょとんするかわいいランカに。
ニッコリと微笑んで、シェリルは言った。
「ランカちゃんは恥ずかしいわね。私に見られちゃうから。」
「な・・・」
「でも、おしおきだもの。しかたないわ。」
クスッと笑ったその微笑みはまるで、天使のようで。
けれど、その言葉は悪戯大好きな悪魔そのもので。
ランカはそんなシェリルにいつものように魅了されてしまった。
静かな部屋にランカの甘い声が歌うように響き渡る。
「わぅ・・・シェ・・・リル・・・しゃ・・・」
本来は肘置きの場所にその背を預けて、シェリルの髪をかき乱すランカ。
それ以外にすがれるものがないから。
ただ、シェリルから与えられる快感に、ふわふわのその髪をかき混ぜる。
シェリルの唇が尖った胸の尖端を、舐め、啜り、少し強く噛む。
その度にランカの甘い声が零れて、強くシェリルの髪を掴んだ。
シェリルの指は、もうすっかり濡れてしまっているその場所に沈み、中をかきまわす。
「んんっ・・・んっ!!!だ・・・め・・・いっしょは・・・らめ・・・れす・・・」
胸元で遊ぶシェリルにそう言えば、上目遣いの悪戯な瞳がランカに笑いかける。
「シェリ・・・リュ・・・さ・・・」
涙目で懇願するランカに、シェリルはその顔を上げる。
「ランカちゃんに、そんなにかわいらしくお願いされたらしかたないわね。」
その声は妙に楽しそうに弾んで。
絶対に何か企んでいるのは目に見えてわかることなのだが。
ランカは、それがわからないほどにシェリルの手によって蕩けていた。
「シェリルさん・・・」
甘い掠れた声がそう呼べば、シェリルはその唇にキスを落とす。
「そろそろ許してあげるわね、ランカちゃん。」
囁かれた言葉の意味を理解するよりも先に、中に沈んでいた指が激しく動き出す。
思ってもいなかった快感に、高らかにランカが声をあげる。
露わになったランカの首筋にやんわりと噛みついたかと思えば、舌で舐めあげるシェリル。
間断なくあがるランカの甘い喘ぎに、自分も快感を覚えながら。
シェリルの舌が、ランカの体をなぞっていき、そこに辿り着く。
「やら・・・やら、やらぁ・・・シェリ・・・ル・・・しゃ・・・」
力の入った手が髪を引っ張るけれど、その手に応えることなく。
シェリルはランカの濡れた場所に口づけた。
ランカの体が、訪れた快感に大きくそる。
声にならない声が、たぶん、やめてと言ってるのであろう言葉は無視して。
シェリルは、ランカの中を人さし指と中指でかき混ぜながら。
舌で見え隠れしていた突起に触れた。
その瞬間、ランカの背はさらに大きく反り返り、
シェリルの頭をかき抱くようにして抱きつく。
「だめ・・・やっ・・・シェリ・・・ル・・・さんっ!!!」
それに答えるのは、声ではなくてシェリルの唇。
舐め、啜り、優しく噛む。
それを繰り返されて、ランカの瞳から大粒の涙が零れる。
甘い声は激しいものへと変化して、縋るようにシェリルの髪を掴むランカ。
もう限界が近いことがわかったシェリルは、その口元に小さな笑みを浮かべて。
溢れだす蜜を舐めあげ、啜り、痛いほどに赤く腫れ上がった場所を。
少しだけ強く噛んだ。
『あなたは、シェリルのような歌を歌えないわ、ランカさん。』
ぼやけた頭にそんな言葉がよぎって、ランカは目を覚ます。
ボーっとする頭で、体を起こそうとしたら、動かないことに気づいた。
かわりにふかふかの柔らかな感触に微笑んで、顔を思わず擦りつけてしまう。
「んん・・・」
そんな声が聞こえてしばらく。
やっと自分の位置を把握したランカは、慌てて顔を上げた。
そこには、シェリルの顔がある。
「あ・・・」
ぐっすりと眠っているその寝顔に、勝手に頬が緩むランカ。
そして、時計に目をやって時間を確かめる。
そんなに時間が経っていないことに息を吐いて、
シェリルを起こさないようにその身を起こした。
『だって、あの子は“当たり前の温もり”を知らないのよ、ランカさん。』
そう言った時、少しだけ悲しみを見せたような気がしたグレイスの笑顔を思い出して。
ランカの胸がチクリと痛んだ。
『何をするにも“命”がかかわるの。あの子には・・・シェリルには。』
『だから、ランカさんにシェリルの歌を望んだりしないわ。』
『シェリルの歌は“絶望”の中でこそ生まれるの。』
『そしてランカさん、あなたの歌は“希望”の中で生まれるのよ。』
いつかグレイスの口から聞いた言葉を、思い出してしまったランカ。
シェリルのことを裏切ったのに、誰よりもシェリルのことを知り、理解していた存在。
「シェリルさん・・・」
たまらない気持ちになって、思わず自分からシェリルに抱きついてしまうランカ。
さすがにそれに気づいたシェリルが目を覚ます。
「ん・・・ん?どうかしたの?ランカちゃん。」
寝ぼけたいつものシェリルの声が聞こえてきて、ぎゅっと抱きしめ返される。
それに、ランカの胸の痛みが増したけれど。
「ほんとに、あったかいわね。ランカちゃんは。」
その言葉にランカはハッとして、シェリルを見やる。
シェリルは寝起きの顔で、幸せそうにランカに微笑んで見せた。
その笑顔に真っ赤になって、ランカは気づく。
「私・・・あったかいですか?シェリルさん。」
「あったかいってば。なぁに?信じないの?このシェリル・ノームの言葉を。」
返ってきた答えにランカの顔に笑みが戻る。
(そうだよ・・・そうだよねっ!!!)
胸の内で大きくそう叫んで、ランカはぎゅーっとシェリルを抱きしめる。
ピッタリとその体をシェリルにくっつけるように。
「ちょ・・・ランカちゃん?」
「私がシェリルさんの一番なんです。」
満面の笑みを浮かべて、ランカがそう言えば不思議そうに首を傾げるシェリル。
「だから、何を当たり前のことを言ってるの?変なランカちゃん。」
「いいんです。言いたいことを言ってるだけなんですから。」
「ふ~ん、ま、いいけどね。」
抱きついてくるランカをそのままに、シェリルはランカの頭を撫でる。
頭を撫でられながら、その胸に頬をつけてランカは瞳を閉じて思う。
シェリルの歌が“絶望”の中でこそ生まれるのだとしても。
その“絶望”の中でシェリルが“希望”を歌っていること。
それをランカは知っている。
だからこそ、シェリルは“強い”のだ。
絶望を知ってなお、希望を歌えるから。
そこに留まるのではなく、前へと進もうとするから。
だから。
もしも、グレイスの言ったとおり、ランカの歌が“希望”の中で生まれるのだとしたら。
その希望で、絶望を照らせばいい。
絶望の中で光を放つ存在を助けるように。
疲れてしまったら、少しでも休ませてあげられるように。
絶望にとらわれてしまった時に、希望を教えてあげられるように。
自分のことを“あったかい”と言って。
幸せそうに笑ってくれるシェリルの笑顔を守れるように。
ランカ自身がシェリルにとっての“当たり前の温もり”になればいい。
これから。
もういない存在よりも、今傍にいる自分がシェリルの“いちばん”になれるから。
(グレイスさん・・・)
「私、絶対、負けません。」
静かに強く、確かな気持ちでそう告げたランカの瞳はキラキラと輝きを放つ。
「何か言った?ランカちゃん。」
問いかけてきたシェリルに、ランカはにっこりと笑って告げた。
「シェリルさん、大好きです。」
言われたことに一瞬驚いて、それから少し頬を染めるシェリル。
「だから、さっきから何を当たり前のことばっかり言ってるの?」
怒ったような口調に早口で、そう言ったシェリルが、ランカをぎゅっと抱きしめる。
「そんなの言われなくても知ってるわよ、ランカちゃん。」
耳に聞こえた恥ずかしそうな声に、ランカは嬉しそうに微笑んで。
シェリルの頬に自分の頬をぴったりとくっつけた。
おわり
最終更新:2011年06月26日 22:00