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仮ログ」(2007/12/27 (木) 21:36:50) の最新版変更点

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       初老の店主がグラスを磨く音だけが、店内に漂っていた。    低く、足元近くを照らす照明は、隣の人間と話す分には支障ないが、数席離れた相手を特定することは難しい、そんな独特のほの暗さを演出している。  カウンターと数席のテーブル。酒精に溺れて馬鹿騒ぎする集団も居らず、ただ淡々と杯を重ねる客の姿が幾人。決して寂れているわけではなく、客がいないわけでもない。表通りにみられる喧騒とは無縁の、どの街にも当たり前に見られる、隠れた店、という風情だ。  ここにやってくるのは、ただ静かに酒を飲む事を目的とした者から、密やかな商談をしようという脛に傷を持つ者。あるいは店の雰囲気を好んだ趣味人といった所か。  いわゆる労働者階級の者には敷居が高い、そんな店だ。    そのカウンター席に、一際異彩を放つ客がいる。    数少ない客のほとんどが熟年から壮年層で埋められている中、その少女は悠然とグラスを傾けている。その外見から鑑みるに未だ「少女」と呼ぶのが相応しい年頃。それからは考えられない、一種の威厳や荘厳ささえ感じられる、自信に満ちた佇まいだ。   「――おかわり」    高く澄んだ少女の声に、静かな口調。店主もまたそれをいぶかしむ事無く、無言で飲み干されたグラスを引き取る。  しばし奏でられるシェイカーの振音。そして、紅玉を溶かしたような液体を満たし、再び少女の手元に返るグラス。  甘い芳香を放つそれを、少女は美味しそうに一口含む。 ……こつ、こつ、こつ。  硬質な床を叩く足音。  少女は振り返る事をしない。ただ、不機嫌な様子でグラスを置く。  足音の主は口元だけを笑みの形に歪めると、その少女の隣に腰掛けた。   「同じものを」    深い響きの男の声。  店主は頷きを返すことも無く、再びシェイカーが振られる。  血のように紅いカクテルが、ほの暗い照明の下グラスを満たす。   「……まだ、生きていたのですね? 壮健なようで残念です」    高い声に嘲りを込めて、少女が言う。   「これはこれは手厳しい」    くすくすと笑いながら、男はグラスを形のいい口に運ぶ。舌先が蕩けるほど甘く、刺激的なエキスが口腔に満ちる。   「わざわざ、この私一人を呼び出したのは……どういうつもりなのでしょうね?」   「ふふふ……いいじゃないですか。少しくらい一緒にお酒を飲みにきたとしても。  ―――古い知り合いというのは年々減るものですからね」   「はっ―――言うではありませんか……若造が、知ったような口を」    そう応える声は、明らかに年少の少女のもの。けれども声質は自信に満ち、また本気の苦渋を込めて男を罵る。思い上がるな、と。   「ふふふ……」  男は面白そうに微笑むだけ。少女の言葉に反発するでも、感銘を受けるでもなく。ただただ、愉快そうに。  不毛さに、少女が先に折れる。   「……それで? 馴れ合うような関係ではないでしょう? 私たちは」   「―――まぁ、そうですね。そういう関係ではない。確かに確かに」    くすくすと笑いながら勿体つけた言い方。それが男の本質であると解っている。だが、解っているからといって、苛立つ気持ちは無くならない。  そんな少女の憤慨を揶揄するように。あえて落ち着いた様子で杯を重ねると、カクテルをつぅっと店の照明に透かすように掲げる。   「しかしおいしいですねぇ。あなたもこれがお好みで?」   「ええ、"私"のお気に入りです……少々甘めですが、まぁ年齢的にもちょうどいいのでしょう」    含みを込めた言い回し。くっくと陰に篭る含み笑い。  闊達な少女らしい声質とは裏腹に、邪気に満ちた、暗い声。   「なるほどなるほど~……ところでまだあの研究にかかわっておいでで?」    にぃーっと口を笑みに変え、ごくり、とカクテルを飲み干す。  さり気ない会話から本題に急転する。交渉の初歩だが、あえて少女はそれに乗る。   「まだ―――などと気安く言わないで貰いたいものですね。  アレは、私の望みを叶える、唯一つの方法なのですから」    声に含まれるのは、剣……そして、苛立ちと焦り。  少女の興味を充分に引いた事を確信し、男は笑みを深め、殊更にとぼけて返す。   「おや。そういえばそうでしたか」   「含みますね、貴方も……それで、今度はどんな演目を用意したのですか?」   「ふふふ……貴方にとって良い事、とでもいいましょうか?」   「ほう……自信があるのようですね?」   「ええ。とびっきりなくらいに、ね?」    くすくすと、男は笑う。子供のように。幼子のように。愉しげに。  それを気障りに、少女はつんと横を向き、興味のない言葉を返す。   「精々、駄作ではないことを祈ります。観客に失礼というものですから」   「ははは。手厳しいですね」    こらえ切れぬ笑いを零し――すぅーっと男は幻を作る。   「――――――ッ!」   「―――これがどういう意味かおわかりで?」    息を飲む少女に、男は自分の作り出した幻影を視線だけでさし、問いかける。  そこに、映し出された姿は、まるで。   「バカな……もう……いえ」    少女の驚愕に、男は嬉しそうに微笑むのみ。ビックリ箱に成功した悪戯小僧のように。  だが、すぐに少女も冷静さを取り戻す。よくよく見れば違和感が目に付く。  食い入るようだった視線を刃のように鋭くさせ、男を睨む。   「……身長が違いすぎる、そして髪の色も…………これは、誰だ?」    取り繕う事をやめた声は、恫喝のように重く、同時に焦燥を帯びて、   「そう。貴方の探す、けれど違う人物。―――系譜に連なるもの」    なぞかけのような言葉の意味を、少女は正確に理解する。   「……これほど、見事な例は私の長い生の中でも2人目だ……」    むしろ恍惚感すら滲ませ、喘ぐような声が漏れる。   「素晴らしい……これは、充分に『鍵足りえる者』の資格があるに違いない」   「ふふふ。どうです?喜んでいただけました?」    不意に、少女の瞳に冷静さが返る。酔いに冷や水を掛けられたように、警戒心を取り戻す。   「…………なにが、望みだ?」    低く問いかける少女に、男はむしろ心外だとばかりに笑みを深める。   「―――おや。僕が求めるものは一つだけ。ねぇ?そうでしょう?」    くすくす。くすくす。変わらずに微笑んで。   「忌々しい…………が、乗ってさしあげましょう」    澄まし顔を取り戻し、少女は一息にグラスを干す。  利用され、利用し、そして相手だけを突き飛ばす。堕ちれば帰ることのない深淵に。潜れば果ての無い水底に。  それが、唯一お互いの関係なのだから。      くすくす。くすくす。道化師は笑う。    笑って。笑って種を蒔く。    ―――騒動という名の不幸の種を。    
       人名表 鷹羽 紫苑(たかば しおん):優等生、やや天然、毒料理、方向音痴 狩馬 計都(かるま けいと):芸術家、奇人、ナルシスト気味、妖怪化 稲葉 宇佐美(いなば うさみ):頭脳明晰、女顔、小柄、内気、転入生    1-A 榊 健太(さかき けんた):委員長、キングオブ馬鹿、基本的にはいい奴 氷室 かなえ(ひむろ):クール、全体的に平均、剣道部に憧れの先輩(女)、百合気味    教師 狩野 詩織(かりの しおり):担任、物理・数学教師、美人、面倒くさがり、サド 名取 和真(なとり かずま):社会科教師、ガンマン、40代、息子がいるらしい 成瀬 宗一郎(なるせ そういちろう):英語教師、真面目、魅力的、30代、同僚に嫁がいる 藍園 晶(あいぞの あきら):国語教師、チビ、漫画研究会顧問、同人作家 成瀬 美月(なるせ みつき):体育教師、活発、30代、剣道部顧問、宗一郎の嫁    先輩 白十 真理(しろと まり):2年、情報屋、保健室登校、アルビノ 来栖 信之助(くるす しんのすけ):3年、剣道部部長、糸目、マッチョ 狩野 憂巳朗(かりの ゆうしろう):生徒会長、超美形、なにか武道を嗜んでいるらしい 鳴神 鶴子(なるかみ つるこ):生徒会副会長、鳴神神社巫女、剣道部全国大会優勝、京都弁    ファミレス「わぐなりあ」如月支店 明義(あきよし):如月支店店長、28歳、優男、優柔不断気味 雨宮 雪菜(あまみや ゆきな):フロアチーフ、26歳、美人、冷静、変 灰谷(はいたに):厨房担当、ナンパ、女尊男卑、容姿は並、言動は素直な変態    他校生 市原 元(いちはら はじめ):弥生高校剣道部員 雨宮 玲(あまみや あきら):睦月学園剣道部、一人称が「拙者」    その他 グレイファントム:『放課後超能力倶楽部』新人の指導役、正体不明、普通の容姿  

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