(ところで暁美さん。この後私の部屋で大人しく治療されるのと、鹿目さんに怪我の具合を知られて部屋まで付き添われて介抱されるの、どっちが良いかしら?)
廃ビルでの和解の後、目当ての使い魔は既にほむらによって倒されている事を知らされた直後に、
マミがそんな問い掛けをテレパシーで飛ばしてきたものの、ほむらには選択の余地があろうはずもなかった
「貴女たち、寄り道せず真っ直ぐ帰るのよ~」
にこやかに後輩二人に手を振るマミとは対照的に、別れ際のまどかの寂しげな表情が気になったほむらは、
その事が頭から離れず、マミの部屋についてもどこか心ここにあらずといった様子だった
「ごめんなさいね、少し意地悪なやり方だったけど。ああでも言わないと素直に部屋に来てもらえないと思って。・・・暁美さん?どうしたの、ぼぉーっとして。もしかして緊張してるのかしら」
「あ、はい。・・・いえ、そんなことは」
マミの問い掛けに意識を現実に引き戻され、どこか間の抜けた返事をしてしまう
「さっきまでとは随分雰囲気が違うのね。どっちが本当の貴女なのかしら?さ、怪我を見てあげるから。服を脱いで?」
(巴さんに治療してもらうのも久しぶりね・・・)
などと感慨を抱きながら言われるままに服を脱ぎ始めるほむらとは対照的に、
マミは目の前に晒されたその病的なまでに白い肌と、細すぎる体のラインに驚きを隠せなかった
「素直ね。・・・あら、貴女・・・本当に細いわね。何か病気でも患っていたのかしら」
「・・・はい。元々心臓が弱かったので、魔法少女になる前はずっと入退院を繰り返していました」
「そう・・・さすがに表面は完治してるし、見た目じゃわからないか。どこか痛むところはある?」
「・・・両脇の肋骨がたぶんまだ折れたままですね。あとは少し血が足りてないくらいで、問題ないです」
「じゃあじっとしててね。治癒魔法をかけるわ。完治とまでは行かなくても、かなり楽になるはずよ」
下着姿のほむらのわき腹に触れ、治療を始めるマミ。少し痛むのか、かすかに声を上げるほむら
「ん・・・」
その苦痛に耐える表情がどこか色っぽく感じてしまい、何かいけない事でもしているような錯覚を憶えてしまう
「・・・終わったわ。少しは楽になったはずよ」
「わざわざすみません。さっきも少し話したように、私は『能力』が特殊なだけで、魔法少女としては力の弱い方なので・・・怪我の治りも遅いんです」
「そう・・・。もし差し支えなければ、その『能力』のことについて、聞いてもかまわないかしら?」
(遅かれ早かれ知られることだし、明かした方が信用は得られやすいか・・・)
「えっと・・・時間停止って言えばわかるでしょうか?時を止めて、その中で私だけが動く事ができます」
その言葉に、わずかに息を呑むマミ
「道理で・・・敵わないはずね」
リボンの結界が全て同時に切断された事を思い浮べる
「それじゃあさしずめ、私はまな板の上の鯉ってわけか。貴女が言っていたように、その気になればいつでも・・・ってわけね」
ほむらの瞳を覗き込みながら、その真意を推し量ろうと言葉を投げかける
「いえ、決してそういうわけでは。構えていないと咄嗟には発動できないので、不意を突かれるとだめですし。そもそも変身していないとあの力は使えないんです」
「今は安心ってわけね。でもいいのかしら、そんな大事なことを話してしまって。・・・私がその気になれば、さっきの仕返しが出来るってことよね?」
「そうですね。今巴さんに襲われたら、私は何もできません」
平静を装ってそんなセリフを言うほむらだが、マミの目からはどこかおびえているように感じられた
その言葉を確かめるかのように、その華奢な背中に右手を伸ばし、人差し指でつーっとなぞると、ぴくりと一瞬身体を振るわせる
「・・・腹の探り合いとか、そういうのは苦手なので。それなら正直に話してしまった方が良いかなって・・・」
「暁美さん、随分イメージと違うのね。もちろん良い意味でだけど。そうね、信頼には信頼でこたえるべきよね。それじゃあ私の能力についても話すけど。いつまでも立ち話もなんだから、とりあえず適当に座って待ってて?紅茶でも入れるわ」
「はい・・・ありがとうございます」
どこか楽しげにキッチンで準備をするマミを流し見ながら、感慨にふけるほむら
(まさかまたこの部屋に足を踏み入れる事になるなんてね・・・)
「それで・・・話って何かしら」
放課後さやかに屋上に呼び出されたほむらは、用件を薄々は察しつつも、そう聞き返した
「アンタ・・・一体どういうつもりよ?人が良いマミさんは騙せても、私の目は誤魔化せないんだからね!」
同じ魔法少女であるマミに対しては、決闘で勝利した事によってなんとか和解に持ち込めたほむらであった
しかし、目の前の勝気で思い込みの激しい少女に対しては、複雑な感慨を浮べるだけでうまく懐柔する手立てが浮かばないでいた
(はぁ・・・嫌われたものね。どうしてこうなったのかしら・・・)
確かにキュゥべえを襲っているところを見られてしまい、挙句、先日はまどかを傷つけたと誤解された経緯はあった
しかし、前者は一般人であるさやかには何の関係もない事であるし、後者だってまどかの説明で誤解だと証明されたはず
それなのに、どうしてこの子はこんなにも私に食って掛かるんだろう・・・
「どういうつもりも何も、私はこの街を守りたいだけよ。・・・貴女たちを巻き込まずにね」
「そんな話、はいそうですかって信じられると思うの?・・・とにかく、これ以上まどかに近づくんじゃないわよ」
売り言葉に買い言葉で返そうかとも思ったほむらだったが、まどかの言葉を思い出してなんとか踏みとどまる
『これ以上ほむらちゃんがさやかちゃん達と喧嘩してるの、見てられないよ・・・』
(まどか、私はどうすれば・・・)
「何か企んでるってバレバレなのよ。転校してきたばっかのアンタにそんなこと言われても、信用できるわけないじゃん」
(転校してきたばかり・・・確かにそうね。信じてもらえないのも無理はないか・・・)
その言葉に、まだほむらが魔法少女ではなかった頃の、転校当時を思い出す
(まどかの次に話しかけてくれたのはこの子だったわね・・・クラスの女子に陰口を言われて、私のことは良いからって止めても、馬鹿みたいに突っかかって行ってくれた事もあったっけ・・・)
さやかがかつて自分を庇ってくれる側の人間だった事を思い出すと、自業自得とは言え、こうして責められているのが堪らなく悲しくなる
「・・・そうね、たしかに私は転校してきたばかりだわ。信用して・・・なんて言っても無理な話よね」
(こっちが信用してもいない相手から、信じてもらえるはずない・・・か)
「でも私は貴女を信じるわ、美樹さやか。貴女は転校してきたばかりの怪しい魔法少女から、親友のまどかや巴マミを守りたいだけ。そうでしょ?」
「・・・そうだけど、アンタ何言ってんの?」
「だから私は貴女を見込んで、頼みたいことがあるの」
指輪の形だったソウルジェムを宝石に変え、さやかに向かって掲げる
「私のソウルジェムを、今から放り投げるわ。だから、その後の事をお願いしたいの」
「は?わけわかんないんだけど、アンタ一体・・・」
「良いから聞いて。私がこれ以上魔法少女を増やしたくない理由の一つ。魔法少女はね、契約すると魂を抜き取られてこの宝石に姿を変えられるわ。だから今話しているこの身体は、外付けのハードウェアってわけ。そしてソウルジェムが身体を動かせる有効範囲は・・・おそらく百メートル無いんじゃないかしら。だからここから見えるあの池だと範囲外ね」
柵に近寄り、そこから見える中庭の池を指差すほむら
「こんな私でも、死ねばあの子は泣くと思うから・・・あとは頼んだわ。美樹さん」
呆気にとられているさやかが止める間も無く、右手で軽やかにソウルジェムを放り投げてしまう
「わけわかんないわよ!アンタ何やって・・・え!?」
中庭を向いて立っていたほむらが糸の切れた人形のように柵に向かって崩れ落ちるのを見て、あわてて駆け寄るさやか
「ちょっと転校生、冗談でしょ?・・・・・・死んでる!?」
抱き起こしたほむらが瞳孔を開いたまま、息もせず心臓も止まっていることを確認して、蒼白になる
「何よこれ・・・どういうことよ!?」
(今すぐ屋上に来て頂けませんか。そこに美樹さんが居るので話を聞いてあげてください。後のことはお願いします)
マミがテレパシーで一方的にそう告げられたのは、教室で帰宅準備をしていた時のことだった
(あの子たちにも困ったものね。もうちょっと仲良く出来ないのかしら)
どうせ喧嘩の仲介か何かだろうと、呆れ顔で屋上に上がったマミが目にしたのは、蒼白になったさやかと、先日パートナーになったばかりの
後輩の変わり果てた姿だった
「マ、マミさん!大変なんです、コイツ・・・いきなり死んじゃって」
「え?・・・暁美さん、変な冗談はやめて?」
膝をついたさやかに抱かかえられているほむらに手を伸ばし、呼吸と脈を確かめ、顔を青くするマミ
「・・・うそ。どうして暁美さんが死んでるの?・・・美樹さん、一体何があったの?」
「話があるからって、コイツをここに呼び出して・・・そしたら転校生のやつ、ソウルジェムがどうのこうの言って、後は任せたっていきなりここから中庭の池に放り投げたんです」
「ソウルジェムを投げ捨てたの?・・・それでどうしてこんなことに」
(たしかに暁美さん・・・ソウルジェムは魔法少女の命だから大事にしてとは言ってはいたけど・・・)
「中庭の池って、ここから見えてるあれのことよね?」
「はい、あの池に向かって投げました」
「・・・美樹さん、暁美さんのことお願いね!」
(はぁ・・・やっぱりほむらちゃんの用事って、マミさんとなんだろうなぁ)
マミと和解して以来、ほむらの態度は幾分かやわらかくなったものの、マミに向けられるそれは
まどかに対するものよりも、打ち解けたもののように見受けられた
(仕方ないよね・・・私なんて何の力にもなれないし、マミさんは同じ魔法少女だもん・・・。それに、マミさんも嬉しそうだったな・・・)
再び大きなため息をついた後、とぼとぼと正門へと向かう廊下を歩いていたまどかの目に、血相を変えて走るマミの姿が映る
「マミさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
「あ、鹿目さん・・・なんでもないの。ちょっと用事があって。ごめんなさいね?」
「え?マミさん?・・・行っちゃった」
?マークを頭に浮べながら去っていくマミの後姿を目で追っていると、なんと中庭の池に飛び込む様子が見えた
(マミさん何やってるんだろう・・・絶対変だよね。ほむらちゃんはどうしたんだろう・・・)
「・・・むらちゃん!・・・ほむらちゃん!」
「・・・まどか?」
屋上で意識を取り戻したほむらの目に飛び込んできたのは、胸にすがって泣くまどかの姿だった
「良かった・・・目が覚めたんだね。本当に良かった・・・」
「まどか・・・」
上半身を起こすと、まどかの髪をやさしく撫でるほむら
「呼ばれてきてみたら、暁美さんが死んでるんだもの・・・本当に驚いたわ」
「アンタね・・・馬鹿でしょ!?なんでいきなりあんな事したわけ?私が知らん振りして帰ってたら、アンタあのまま死んでたじゃない!」
「貴女を信じるって言ったでしょ?それに一応保険もかけておいた。巴さんにも来てもらうように言っておいたから。大したことじゃないわ」
事も無げにそんなセリフを吐くほむらの様子に、カチンと来たさやかは詰め寄って襟元を締め上げる
「その態度が頭に来るって言ってんのよ!アンタ何様のつもり?何もかも計算どおりって顔しやがって!冷たくなったアンタを見て、まどかがどれだけ取り乱したか見せてやりたいわよ!」
「やめてさやかちゃん!・・・お願いだからもう喧嘩しないで・・・。本当はもうさやかちゃんもほむらちゃんが悪い子じゃないって、わかってるんでしょ?・・・お願い・・・もうやめて・・・」
俯いたままポタポタと大粒の涙をこぼし、さやかに縋りつくまどか
その様子を呆然と見守るほむら
「まどか・・・」
「ほむらちゃんも・・・どうしていつもこんな無茶ばっかりするの?自分のこと、そんな風に粗末にするのはやめてって言ったよね?・・・ほむらちゃんの事心配してる人だって居るんだよ?どうしてわかってくれないの・・・」
「まどか・・・私は・・・・」
上目遣いに見つめられての静かな訴えに、まどかの感情が移ったのか、ほむらの頬にも熱い涙が伝い始める
「え・・・私、どうして泣いて・・・やだ、止まらない・・・」
(ほむらちゃんが泣くなんて・・・今まで無理してただけで、きっと何か辛い悩みを抱えてるんだね・・・)
「ほむらちゃん・・・無理しなくていいんだよ?」
そんなまどかの何気ない一言をきっかけに、堰を切ったように感情を溢れさせる
「うぅ・・・私、みんなを危険に巻き込みたくなくて・・・。でも、みんなから冷たく当たられるのも辛くって・・・こんな方法しか浮かばなくて・・・。ごめんなさい、鹿目さん、美樹さん・・・それに巴さん」
まさに青天の霹靂とも言えるほむらの泣き顔に、それを見守っていた三人は、声を掛けるのも忘れて見入ってしまった
「ごめんなさい・・・急に泣いたりして・・・ぐすっ」
「あはは、アンタでもそんな顔するんだね・・・」
(泣いてるほむらちゃんも綺麗だな・・・)
思わずそんな感想を浮べてしまったまどかも、ここぞとばかりにほむらを抱きしめ、髪を撫でる
「ううん、やっぱり無理してたんだね。気付いて上げられなくてごめんね?」
そうして一分ばかりまどかの腕の中で泣いていたほむらであったが、マミの何か物言いたげな視線に気がつくと、ハンカチで顔を拭って立ち上がり、軽く後ろ髪を払って何事もなかったかのように言い放つ
「少し疲れていたみたいね・・・取り乱してしまったわ。見苦しいところを見せてしまってごめんなさい」
(あぁ、戻っちゃった・・・)
「美樹さん、今まで貴女に不快な思いをさせていたことは謝るわ。でもこの街を守りたいのも、貴女たちを巻き込みたくないっていうのも本当なの。まどかを守るために側に居ることは認めて欲しい」
「あんた・・・その変わりようは何なのよ。まぁいいわ・・・私だってこれ以上まどかを悲しませるのはごめんだもん。でも、今度まどかを泣かせたら許さないからね」
「さやかちゃん・・・」
「ええ、努力するわ・・・。そして巴さん。私にソウルジェムについて聞きたいことがあるんでしょう?」
「え、えぇ・・・その・・・」
「でもその事についてなら、私より直接あいつに聞いた方が良いと思うの。・・・いるんでしょう?出てきなさいキュゥべえ」
To Be Continued
最終更新:2011年10月21日 11:56