212 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/04/02(月) 00:27:33.69 ID:OZx+7GBN0
うpしようと思ったら分割しても長すぎて
メモ帳にコピペして読んでくれw
「さやかちゃん……ちょっと、いいかな」
まどかがそう切り出したのは、ざっと一時間前。
ループを抜けて時間停止、ひいては武器調達ができなくなったほむらは唯一の武器である爆弾やら銃弾やらを作りに、仁美は習い事にとそそくさと帰ってしまい、二人で下駄箱を開けている時。
日常に溶け込んだお誘いにしてはいやにもじもじしているまどかにさやかは少々怪訝に思いながらも、いつものように頷いた。
今日は自分が魔女のパトロール当番だったことに気付き、ああそれで、と一人で納得しながら今日は休みの杏子に電話し、季節限定のダッツとドルチェ一つずつで交代。
自宅に電話をして杏子の声が聞こえるのもだいぶ慣れた。魔女退治がストレス解消になるとまで言ってのけるほど疲れるらしい苦手教科の勉強の真っ最中だったらしく、交代を持ちかけたとき声が妙に晴れやかだったのはおそらくさやかの勘違いではないだろう。
一ヶ月かそこらで追いつくのかね。さやかはまどかのベッドの上に所狭しと転がっているぬいぐるみの中から一番大きいものを抱っこし、もふもふしながら心で呟いた。さやかと出会う前からも時々は図書館へ行って暇つぶしに本を読んでいたらしいせいなのか、それともまずさやかたちのやっている範囲から半文丸暗記で始めてどんどん巻き戻っていくという変な勉強法のせいなのか、驚異的なスピードで成績を上げてはいるけれど。
ちなみに杏子への電話もベッドの上。それくらいまどかは帰ってこない。家に招待されて、玄関で部屋に上がって待ってて、と言われたっきりさやかは現在進行形で放置プレイを強いられている。
いつもならまどパパあたりが挨拶しに来てくれて、時にはついでに何か持ってきてくれるんだけど、それも来ない。たぶんまどかがキッチンでおじさんと何かしてるんだろうなー、とのんのん考えながらだっこしているくまさんのぬいぐるみを揺らす。そのままぼふっと揃ってベッドに寝転がった。
「おそいなー」
口に出すのと、扉の開く音は同時だった。
「ご、ごめんさやかちゃん。おまたせ」
持っているお盆の上には小ぶりの皿ながらもこんもり山になったクッキーと二人分のマグカップ。まどかの家は紅茶でもコーヒーでもなくココア派だからココアだろう。いつもながらまどパパのもてなしは舌にも心にも嬉しい。マンション暮らしの自称小市民さやかが持ってくるチープなジュースやら失敗した生チョコやらと違い、持家のまどかやお嬢様の仁美、それ自体が趣味らしいマミのもてなしは毎回すばらしい。三人を嫁にすれば毎日このレベルのお菓子が出てくるんだろうか、さやかが何やら邪悪な舌鼓を打ちかけているとまどかがベッドのそばでサイドテーブルのようになっている椅子にお盆を置いて、ベッドの上に正座した。
「おー、ありがとまどか」
折角牛乳を温めてくれたのだから、熱いうちに飲むのが礼儀ってものだ。さやかはぬいぐるみから手を離してひょいと上半身を起こし、マグカップを取った。浅瀬色をしたさやかの髪と同じ色のイルカが青空と太陽をバックに水しぶきをあげて跳ねている絵がプリントされたそれはさやかの誕生日にまどかがプレゼントしたもので、以来それはさやか専用のカップとして少なく見積もっても週1~2度の割合で有効活用されている。ちなみにマミの家にもまどか、さやか、杏子、ほむら、そしてマミと暗黙の了解で専用のカップがある。さやかはストレート、マミは角砂糖をひとつ、杏子は二つ。まどかはミルクティ、ほむらはレモンティと全員紅茶の好みが違うためのマミの工夫。まどかもさやかも妙に手間がかかって申し訳なく思っているけれど、人をもてなすのが好きらしいマミ曰くそこがいいのだとか。確かに一人一人の紅茶にそれぞれに向けたアレンジをするマミはとても嬉しそうで……さやかのストレートにさえ、奮発しただとか何だとか理由をつけてはシナモンやらアイスやらハーブやらのアレンジをしたがる、先輩ながらも何て可愛いんだろう、と思ってしまうのだ。
ん、とさやかは声を上げた。
「今日はホットミルクか」
「う、うん」
まどかは遠慮がちに頷いて、自分の分のホットミルクを取った。舌の先でちょんと触れてあちち、と可愛らしい声をあげる。
「まどかは相変わらずの猫舌だねえ」
さやかはにしし、と笑ってちびちび飲む。ほどよく蜂蜜が混ざったそれにいつもながら感心する。蜂蜜だぜ、白いお砂糖じゃないんだぜ。この間ほむらに借りて読んだ宮沢賢治の一節。のパロディ。入院が長かったほむらはその退屈な入院生活を本で紛らわしていたそうで、家にはやたらと本がある。そのせいなのか物を童話で例えることも多く、……さやかなどは人魚姫に例えられて、抱腹絶倒した杏子は銃口を向けられた、それは冷めたような疲れたような雰囲気と、少し眠そうな半眼を奇妙に引き立てて、おかしなほど可愛らしかったりする。あれがギャップ萌えという奴だろう。
恭介も言っていたけれど、入院生活の退屈さといったら授業の比じゃないらしい。確かにプリントにこの間戦った魔女の落書きとかしてみたくなるのも、おなかがすいてもいないのに教科書立てて隠して早弁したくなるのも寝たくなるのも、授業中ならではのことだ。そういう問題じゃないよさやか、と恭介にも呆れられ、授業はちゃんと聴かないと、と説教されたけど。
その後勉強も得意な恭介にマンツーマンで家庭教師をしてもらえたのだから、さやかとしては万々歳だった。作戦勝ちである。作戦も何もないというツッコミはこの際無視だ。
いやそうじゃない。お高級にして気配り上手。さすがまどかのパパさんだねえ、と心でうんうん頷く。
クッキーを手に取ってさくり。これも文句なしの逸品だ。毎日焼いてるわけでもないだろうそれがさやかが家に来た時に限って準備してあったことにも感心する。魔法少女顔負けの予知能力だ。どういう願いをすればそういう能力が身につくかは知る由もないけれど。
「あれ、まどか食べないの」
ミルクを味わいながらの三枚目を手に取ろうとするさやかに対して、まどかはミルクだけ。けれどその何気ない質問に、まどかは両側頭部につけたピンクのふさふさを逆立てんばかりにびくっと震えた。実に気まずそうに目を逸らす。
「あ、う、うん」
「折角まどかのパパさんが作ってくれたんだから食べなよー。こんなにおいしいのにあたしだけじゃもったいないじゃん」
さやかは思うままを言ってクッキーを一枚、まどかの唇に触れさせる。素直に小さく開けたまどかの口と歯の間に差し込むと、やっぱり素直に先を齧って、口を閉じてまくまくかみしめた。
それをお互い無言のまま繰り返すこと数回、結局一枚のクッキーを食べきったまどかにさやかはんふふ、と小さく笑った。かわいい。こんな子を娶る旦那は幸せに違いない。というか不幸とか言ったらあたしが許さんそんな男は斬って捨てる。たださやかはそれが文字通りできるので、口に出したらまどかが血相変えて腕抱きしめて頭ぶんぶん振ってさやかちゃんダメだよ!とか言いだすだろうから絶対言わない。
言わないけど、その代わり今のところまどかはさやかの嫁である。
「まどかは相変わらずかわええのー」
腕の中にまどかをぎゅーっと抱くさやかに、まどかはうー、とうなった。さやかに差し出されるままクッキーを平らげてしまったせいだろうけど、何でまた食べないのか。
今のまどかの様子を見るに、あんまり食べたくないらしい。ダイエットなのか何なのか、けどまどかの身長と体重を考えればダイエットは必要ないはずだし、やると言いだそうものならほむらが止める。間違いなく止める。あらゆる学術書を漁り専門的な知識をしんから飲み込んで、キュゥべえくらいにしか理解できないほど論理的にまどかにそれらが必要ない理由を陽が沈んでからまた昇るまで説明し続けるに違いない。ただ何時間語ろうとも、最後は「まどかはそのままの方が可愛いわ!」の一言に集約されてしまうし、まどかの「でもわたし痩せたい」の一言に完膚なきまでに論破されてしまうし、意外と付き合いがいいのか律儀なのかそれとも暇なのか(一つの地域に魔法少女が四人もいて全員がキュゥべえの目的を知っていれば仕事もなさそうだ)、きっちり最後まで聞いてから矛盾にツッコミを入れるキュゥべえは蜂の巣にされてしまうのだけれど。……ちなみにその後銃痕のついた壁を修復するのは主にさやかの仕事である。
文系理系何とかかんとかは日本にしか存在しないらしいけど、そんなのがあるとしたらあいつぁ間違いなく理系だねえ。さっきのぬいぐるみがごとくまどかをもふもふしながら、あのツヤツヤの真っ黒な髪が全部白髪に変わるんじゃないかというくらい心乱して大慌てするほむらを想像し、さやかはにやにや笑った。
そのまんまぬいぐるみと同じくぼふっと二人揃ってベッドに寝転がってから、さやかは気付いた。やべえぬいぐるみじゃなくてまどかだった。太っているというわけでもないのにふにっとしたやわらかい感触や猫みたいに細い髪の毛は、何となくぬいぐるみとかお人形を錯覚させるのだ。さやかから見れば小さくて抱き心地が抜群なのも拍車をかける。ぎゅっと抱きしめるとちょうどまどかの頭が鼻に来て、さやかが勧めたまどかお気に入りの桃のシャンプーのいいにおいまでするんだから文句のつけどころがない。ぬいぐるみかまどかかどっちかを一晩だっこしていいと言うなら、さやかは迷わずまどかを選ぶ。
「うわ、ごめん」
「えへへー、いいよ」
なにはともあれ謝るさやかに、まどかはさやかの胸に顔をうずめながら答えた。よくわからないけれど機嫌がよくなっていることにほっとしながら、さやかはまどかを抱いた腕の力をすこし緩めた。片方の腕にはまどかが乗っかっているけど、ただでさえ重いと言えなくもない、くらいだったのに魔法少女になった今では平気も平気。
「むにむにー」
「あはは、くすぐったいって」
さやかの胸の上で頭をぐりぐり振るまどかにさやかは笑った。えへー、と甘えるような声を上げて、今度はまどかが抱きついた。今の体勢で抱きつくとさやかの胸が頭に当たって邪魔なので、胸の間に首を通すようにする。とはいえそれはそれでくすぐったいらしく、さやかはうーとかむーとか言っているけれど。
「何か胸が変な感じする」
「気にしたら負けだよお」
居心地悪そうにもぞもぞ動いて視線を上に逸らすさやかにまどかはうぇひひっ、と独特の笑い声をもらす。何に負けるのか、さやかは頭の中で突っ込んだ。まどかか。元よりさやかはまどかの笑顔と涙にだけは勝てたことがないと言うのに。
眉を八の字に曲げて目をうるませて、唇の前で両手を合わせて頼まれようものなら、手加減一発ワルプルギスの夜をも砕く力を手に入れたとてさやかはまったくもって無力だ。
ん、と聞こえたまどかの声にさやかは目線を向ける。体勢のせいで見づらく、ほとんど見えなかった。けれど。
「さやかちゃん、ちょっと固くなったね」
すこし沈んだその声に、何となく悟れた。
魔法少女といえども、筋肉はつくらしい。中でもさやかは最前衛で、この街に四人いる魔法少女の中でも一番動く。一番契約したのが遅くもあるのに、その時間は体に反映されるには充分すぎたようで。
……いや違う。さやかはふたたび、まどかの背中に腕をまわした。先ほどゆるめたより優しく、どこかおそれるように、包むように。
まどかだから気付いたのだ。いつもさやかに抱きつかれたり、座っているさやかに後ろから覆いかぶさったりしているまどかだからこそ。
「大丈夫だよ」
さやかは笑った。けれどすぐにその笑みを消して、ふ、と息を吐く。
「そう言ってもさ。心配だよね。あたしもマミさんやほむほむや杏子がパトロール行く時とかさ、皆もしかしたら帰ってこないんじゃないかって心配になるもん。おかしいよね。皆あたしより強いのにさ」
夜空色の目を伏せて、また、笑う。
「……魔法少女って、そういうものなのにさ」
まどかの服に、しわが寄る。さやかの服のしわが、深くなる。
さやかの鎖骨にぐり、と鈍い痛み。
「でも、あたし死んだら、あんたの身体にあっちこっち痕が残りまくっちゃうでしょ?」
まどかが硬直した。
時計の一番長い針が一周。
意味を理解したらしいまどかがふるふる震えて、両手でさやかの背中をつねりあげた。
「まどかさん!ちょっ、痛い!まじで!やめて!」
明らかに本気の痛みにさやかがさすがに抗議する。しかしまどかは指の力を更に込めた。
「つうかくしゃだんできるでしょおおおお」
「いやいやいやいやそうじゃなくないちがくない!?まどかがやめてくれたら痛くないし!」
「わたしのこころだっていたかったんですけどおおお」
「あたたたさやかちゃん親切で言ったのに!」
「うーれーしーくーないっ!もおっ」
声と共にさやかの背中をむにいいい、と思いっきり引っ張る。
「み゛ゃっ!」
一杯まで伸ばしたところでまどかに手を離されたさやかは変な悲鳴を上げた。うぅ、と情けなくうなってしばらく背中を手の甲で押さえる。這うように起きあがって、正座で背中を向けていたまどかの肩に乗っかった。
「ごめんってばあ」
「ふぅんだ」
後ろを向いていても、口をタコのようにとがらせて、可愛らしい顔を精一杯ぶさいくにしているのがさやかの目にはよく見える。
大人しくて優しくて、まるで天使のようだと形容されるまどかがここまで怒るのは、けれどさやかにとっては日常茶飯事。まどかはぷっくりほっぺたを膨らませて、タコみたいに口を尖らせて、いつも天使のように微笑む顔を精一杯邪悪に歪める。本気で怒らせてしまったことも何度かあるが、それでも小悪魔程度にしか悪そうに見えなかったのだから、まどかはやっぱり天使なのだ。さやかが本気で怒った時の邪気たるや、魔女さえ怯むというのに。その場にいたほむらなど可哀想なことにトラウマを残し、しばらくさやかへの態度が柔和になった。
そんな天使のようなまどかが今までまともに怒った相手といえば、パパとママとさやかとキュゥべえくらいじゃないだろうか。それに加えて、さやかの前でだけは我儘を言ったりちょっとワルい顔を見せたり、普段のまどかしか知らない人なら白目剥いてひっくり返るかもしれないような悪だくみを披露したり、些細なことでぶすくれたりするのが嬉しくて、ついやりすぎてしまうのだ。もちろん反省もするけど。
「わたしはどーせどこででも転びますよーだ」
「ああん、怒んないでよぅ」
まどかのご機嫌取りにしか使わない猫撫で声も、お互い慣れたものだ。
「あたし、嬉しいんだよ。いつもあんたには励ましてもらいっぱなしだからさ」
さやかが魔法少女になってから、まどかの肌はきれいになった。
癒しの魔法少女の力は、怪我の痕までなんなく消せてしまう。かさぶたをついめくってしまうまどかがさやかに会う前にこしらえた怪我の痕もきれいに消えた。まどかのパパとママにばれないよう、少しずつ綺麗に消していくのは大変だったけれど、おかげで全て消す頃には魔力のコントロールが格段に上手くなった。
けれどまどかのご機嫌は、それじゃ直ってくれないらしい。さやかが肩に引っ掛かっているから振り向けは出来ずに表情は分からないものの、雰囲気で何となくわかった。
「じゃあ、今度はわたしを励ましてよ。元気にして」
「まぁかせて。さやかちゃん何でも元気にしちゃいますよー」
まどかの肩に手をついて離れると、まどかは肩越しに振り向いた。
「ほんとにいいの?」
不機嫌をまだ装っていたい、半分許している顔。もうひと押しだ。
「もっちろん」
さやかはにかっと笑う、も内心は結構不安だった。
まどかはもう七割くらい怒ってない。怒ってないと言うより、怒ってるのを口実にさやかに何かさせたい時の顔なんである。
その何かというのはキュゥべえが口を開けてる写真が欲しいだとか、髪をほどいてる杏子ちゃんやマミさんが見たいとか、学食の人気メニューを三つ欲しいだとか、あっちの雑貨屋の限定品が欲しいだとか、普段およそまどかが言わないだろう、案外キツい内容だったりする。
けれどそれは、普段逆さに振っても出てこないまどかの我儘なんだから、さやかとしてもちょっと嬉しかったりするのだ。
「あ、あのね、さやかちゃん」
うつぶせに寝転がったさやかを見下ろしている空気は何やら切羽詰まっていて、さやかもつられて正座してしまう。まどかは肩越しに振り向いたままそれをやっているから、ベッドに二人同じ方向に正座していると言うなかなかシュールな光景になっている。
それに気付いたのか、まどかが腕を軸にしてくるりとさやかに向きあった。もう怒っていると言うより、頼み込むオーラしか出ていない。
「わ、笑っちゃだめだよ。笑ったら、もうぜったい許さないからね」
今怒っていたことを思い返したように、怒っている雰囲気だけを口から滲みだす。その可愛さに思わず吹きだしそうになったさやかには良い忠告だった。うむ、と自分に気合を入れるように応えて、少し乗り出す。
「さやかちゃんにしかできないことなの。だからさぼったらダメだからね」
「わかっておりますとも」
いつものさやかならこの後ろに姫、とかつけてからかうところなのだが、さすがにそういう雰囲気ではない。
五秒くらいの沈黙を挟んで、ぽつりっ、と言った。
「あのね。……虫歯、治して欲しいの。それから口内炎」
笑わなかったが、ずっこけた。
虫歯くらい言ってくれれば治すのに。さやかにしてみれば朝飯前だ。それに、まどかの歯医者嫌いと来たらそれはもうすさまじい。中学に上がるまで、さやかかパパの手を握ってないと怖がって泣いて治療にならなかったくらいである。それを知っているさやかだから、まどかは結構気軽に言ってくれるものと思っていた。それを言うことにかいて、怒っている時の我儘として挙げるなんて。
「さぁやぁかぁちゃぁぁぁぁあぁん」
聞こえた低い声に、さやかはびくうっと上半身だけ後ずさる。
まどかの顔が、頭から湯気を吹きだしそうなくらい真っ赤に染め上がっていた。ずっこけてもいけなかったらしい。
というかこれは放っておくと、さやかの長い方の髪だけを引っ張り上げて喚き散らしそうな雰囲気だ。あれは下手に両方同時に引っ張られるよりものすごく痛いのである。そしてまどかはそれを知っている。知っているからこそやる。
「ごめん!ごめんってば!治すから!治すから許して!」
まどかの手が髪に伸びる前にさやかはベッドに頭をすりつけて謝った。それからすかさず両手でまどかの頬に触れる。
ふわりと音符の魔法陣が浮かび上がり、まどかの肌に溶け込むように収束して消えていく。
「はいおしまい。痛くない?」
まどかがアクションを起こす前にクッキーを一枚手にとって、まどかの口に突っ込んだ。むぐぅっ、と同時にまどかは一瞬物言いたげな目をするものの、さくさくさくさく口の中にクッキーを収めていくごとにおとなしくなる。
こくりっ、と最後のかけらを呑みこんで。
「痛くない!ありがとさやかちゃぁん」
もう怒りはどこへやら、まどかはさやかに思いっきり抱きついた。
ああなるほど、まどかがクッキーを食べたがらなかった理由にさやかは今更合点した。
まどかはもう一つクッキーを取って、ちびちび食べる。
「この間から口内炎が痛くてね、それだけでも辛かったんだけど、さっきクッキー持って行く時にね、虫歯があるってパパに言われちゃって」
……遅かったのはそれか。歯医者に行きたくないと駄々をこねてまどかのパパを困らせていたのに違いない。一度見て次に見て治っていたなら、見間違いだと思ってくれるだろう。
「でもいいの?こんなことで」
さやかも一枚クッキーを取って齧った。怒ったまどかの我儘にしては、難易度があまりに低い。さやかとしてはちょっと、ある意味期待外れだった。
そんなにあたしの魔力を使わせるのを負担に思ってるんだろうか。優しいまどかの事、気にしても仕方ないのかもしれない。
まどかの優しさは嬉しい。嬉しいけど、なんだか見くびられているような気もした。あたしだってちゃんと成長してるのに。
「いいの。さやかちゃんには魔力使わせちゃうから」
複雑な面持ちでクッキーをさくさくやるさやかと同じペースでクッキーを食べながら、ふふっ、と小悪魔的に笑ったまどかの意図にさやかが気付いたのは、わずか三時間後。
家に帰って早々、昔こしらえた虫歯を治してくれ、とさやかに泣きついた杏子によって。
最終更新:2012年04月02日 08:29