968 名前:優しすぎる、あの子[sage] 投稿日:2012/04/26(木) 21:41:40.07 ID:+taOfmaQ0 [3/6]
もうどれくらいの時間が経ったのかはわからない。
何日か、何週間か、何ヶ月か、何年か。数えたことはないが、長いのは確かだった。
しかしそれは彼女だけの感覚で、どれだけの時間が経とうともこの世界に変化が起こることがない。
大地も空も、全てが一切の穢れが見られない純白に満ちていた。
この世界に変化という概念は無く、時間がいくら経とうとも進化することも退化することもない。
しかし彼女だけは違った。時が流れるごとに、これまで積み重なった罪悪感はより強くなって美樹さやかを縛り付ける。
全ての始まりは、初恋の少年を救いたいという純粋な願いだった。バイオリニストになりたいという夢を諦めてしまった彼の為、そして罪の無い人々を助けようと願い奇跡に縋る。
彼は夢を取り戻すことができたが、彼女に振り向いてはくれなかった。むしろ彼が振り向いたのは、彼女の親友の仁美だった。
願いも恋心も裏切られて絶望したが、それでも彼女は人々を助けるために戦う。しかしさやかに芽生えた闇はあまりにも深く、不幸を振りまく魔女となってしまった。
「う……っ!」
拭い払うことのできない過去を思い返し、さやかは嗚咽を漏らす。瞳から流れる雫は静かに零れ落ち、やがて音も無く弾けて散った。
大好きな男の子を、罪の無い人々を助けられる正義の味方になりたかったのになれなかった。
それどころか、分かり合えたかもしれない子を殺す結果になってしまった。親友の不幸を願ってしまった。
人々に不幸を振りまく醜い魔女――あれこそが、自分自身の本当の姿。
「あたしって、本当にダメだなぁ……」
別の世界を覗くと、人魚の魔女となって人々に不幸を振りまいている世界がいくつもあった。
正義の味方どころかむしろ悪魔でしかない。他のみんなみたいに誰かのためにまともに戦うことが出来ていない。
あたしなんて最初から、みんなと一緒に戦うべきではなかった。あたしが関わらなかった方が、みんなは幸せになれた。
「あたしなんて……正義の味方でもなんでもないんだ……!」
「ううん、違うよ」
「……えっ?」
不意に声が聞こえて、彼女は顔を上げる。
そこに立っているのはさやかを絶望の果てから救ってくれた友達、鹿目まどかだった。
「まどか……?」
「さやかちゃんは立派な正義の味方だったよ。だって今まで、たくさんの人を救ってきたでしょ」
彼女は太陽のようにとても穏やかで、暖かくて優しい笑顔を向けている。
それを見てさやかは思う。まどかはいつだってそうだった。人の事を責めたりなんかせず、常に誰かの為に頑張っていた。
マミさんも、杏子も、ほむらも、これまでキュウべぇと契約した全ての魔法少女も、まどかは誰一人として見逃すことなく救っている。
だけど、それに引き換えあたしはどうだったのかと、さやかは思った。
969 名前:優しすぎる、あの子[sage] 投稿日:2012/04/26(木) 21:44:35.70 ID:+taOfmaQ0 [4/6]
「さやかちゃん?」
「……そんな訳ないでしょ」
まどかの優しさがあまりにも重く感じて、さやかは首を横に振る。
「気休めはやめてよ……あたしは他のみんなと違って、不幸を撒き散らすことしかしてないのよ」
「気休めなんかじゃないよ、さやかちゃんは本当に……」
「やめてって言ってるでしょ!」
そしてさやかはこれから紡がれるであろうまどかの言葉を遮って、必死に叫んだ。
「あたしは……まどかとは違うの! まどかはみんなを助けてるけど、あたしは誰のことも助けられなかった! それどころか、魔女になってまどかやほむらを悲しませて、杏子も殺したのよ!
まどかやマミさんみたいな正義の味方になるって誓ったのに……人殺しの化け物にしかなれなかったのよ!」
胸の中に溜まった鬱憤を感情任せに吐き続けて、さやかの息が切れてしまう。
彼女の呼吸はすぐに整ったが、その直後にまどかが呆然と立ち尽くしているのを見てしまった。
そして、さやかは思わず後退ってしまう。
「ま、まどか……その、あたし……!」
まどかと目を合わせたさやかの息は一気に荒れて、身体が小刻みに震えた。
そして、果てしないほどの後悔が彼女の胸中を満たしていき、脳裏に最悪の記憶が蘇っていく。ずっと前も、自暴自棄のあまりに無茶な戦いをしてまどかや杏子を心配させて、その結果に魔女になった。
結局、今だって何も変わっていない。心配してくれるまどかに自分勝手な感情をぶつけて、悲しませることしかしていなかった。
きっとこれからもまどかに八つ当たりをして、嫌な思いをさせることしかできない。魔女と何一つ変わらないあたしが、まどかの隣にいる資格なんてあるわけない……
湧き上がる感情を抑えることができずにさやかがまた一歩下がった後、まどかはゆっくりと歩み寄ってくる。
そして、思わず逃げだそうとしたさやかの身体を、まどかはそっと抱きしめてきた。
「まどか……!?」
「違うよ。さやかちゃんは化け物なんかじゃない……さやかちゃんはずっと、わたしの知ってるさやかちゃんだよ」
優しさに満ちたまどかの声と温もりが、さやかの全身に伝わっていく。それはこの世界に導かれる時にも聞いた、全ての魔法少女に向けた救いの言葉だった。
「さやかちゃん、あれを見て」
そして、まどかが指差す方にさやかは振り向く。
見るとそこには、子どもの頃の自分達が生きる世界が映っている。宇宙の真実も魔法少女のこともまだ何も知らずに、ただ毎日を笑顔で過ごしている二人の姿はとても幸せそうだった。
時には喧嘩をしたり、どっちかが意地悪をしてしまった事もあったけど……それでも最後には笑っている。
それはみんな、もう取り戻せなくなってしまった遠い日の大切な思い出だった。
「子どもの頃からさやかちゃんは、いつだってわたしの隣にいてくれた。だからわたしは、いつだって笑顔でいられたんだよ」
そんな言葉が耳に届いて、振り返ったさやかの前にいるまどかは微笑んでいる。
970 名前:優しすぎる、あの子[sage] 投稿日:2012/04/26(木) 21:48:47.24 ID:+taOfmaQ0 [5/6]
「さやかちゃんはね、わたしにたくさんの幸せを与えてくれた……だって、ずっとわたしを守ってくれたでしょ?」
「でも、あたしは魔女になって……みんなを不幸にさせた。こんなあたしは、まどかと一緒に……!」
「わたしは、さやかちゃんと一緒にいたいよ」
これからまだ続くはずだった言葉を遮ったまどかは、その白い手でさやかの瞼に溜まった涙を拭った。
「だってさやかちゃんは今までわたしの事を守ってくれたから、今度はわたしがさやかちゃんを守りたいの!」
そう言ってくれたまどかの笑顔は太陽のように輝き、聖母のような愛が溢れているように見えた。
そんなまどかを見て、さやかは思う。やっぱりまどかは優しすぎて、あたしには到底及ばない、と。
彼女の愛を受ける資格なんて無い。けれども、まどかはそんなことを決して望んでいなかった。今まで悲しませてきたあたしに対して救いの手を差し伸べてくれたなら、それを握らないといけない。
だからさやかは涙を拭って、まどかの為にも笑顔を向ける。まどかと比べたらあまりにもちっぽけだと自覚しているが、それでも笑いたかった。
「そっか……ありがとう!」
そして、心からの気持ちをこの言葉に込める。
するとまどかの笑顔はさっきよりも明るくなっていると、さやかは感じた。
その胸に残る罪悪感は消えることはないが、もう絶望することはない。例えどれだけの時間が過ぎても、今のさやかには希望があった。
まどかの優しさを感じている限り、ずっと。
最終更新:2012年05月07日 08:22