30-4

4 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 14:05:59.62 ID:LlyhRvA90 [1/6]
 さやかさんが失踪されてから、早一年以上。私たちは中学三年生になってしまいました。
 当時は大きな騒ぎになりましたが、結局さやかさんは見つからず、さやかさんだけが欠けた日常を私たちは送っています。
さやかさんのご両親や警察の捜索も功を奏さず、私も親に無理を言って色々な伝手からさやかさんの情報を探らせましたが、
その結果も芳しくありませんでした。失踪する以前のさやかさんは、暁美さんと学校以外でも行動をともにしていたことが
多かったそうですが、彼女にもさやかさんがどうしてしまったのかわからないそうです。
 口には出しませんが、さやかさんの幼馴染である上条君もさやかさんのことをずっと気にかけているようです。事故で
動かなくなってしまった上条君の左腕が奇跡的に快復し、ブランクを取り戻すべく練習に励んでいた矢先のことでしたから、
良いことと悪いことが重なる身辺の急激な変化に、上条君も戸惑っている様子が見受けられました。

 さやかさんが失踪された当時、その理由について何か心当たりはないかと先生やさやかさんのご両親や警察の方などから
何度も尋ねられました。私は迷ったのですが、さやかさんと私、そして上条君のことをお話ししました。
 私が上条君をお慕いしていること。同様にさやかさんも上条君のことが好きで、そのことを私が知っていたこと。上条君の
ケガが治ったことをきっかけに、さやかさんに自分の気持ちを打ち明けたこと。さやかさんに先に上条君に告白してくださいと
言ったものの、さやかさんは私と正々堂々勝負して決めようと言ってくれたこと。その言葉通り、毎日の学校生活や上条君の
練習の支援などでどちらが上条君の心を射止められるか競い合っていた矢先の失踪だったこと。
 私としては、易々とさやかさんに負けるつもりはありませんでしたが、勝てる見込みもありませんでした。競い合うなどと
言ったものの、上条君と共に過ごした年月はさやかさんの方が遥かに長く、上条君もさやかさんには心安く何でも話している
様子でしたので、正直に言えば負けてしまうかもしれないと思っていたくらいです。けれど、そう思っていたのは私だけで、
さやかさんも苦しんでいたのかもしれません。そこまで追い詰めてしまったのは私のせいだとも思えてきて、包み隠さず
すべてを話し終えたとき、私はさやかさんのご両親に泣きながら謝っていました。けれど、さやかさんのご両親も先生も、
「さやか(美樹さん)はそんなに弱い子ではない」と慰めてくださり、警察の方も「それが失踪の原因とも思えない」と
おっしゃっていました。
 皆さんの言葉に少しだけ救われたような気持ちになりましたが、それ以来、上条君とはやや疎遠になりました。足の
リハビリが終わり、バイオリンの練習に本格的に取り掛かかれるようになって時間がとれなくなったこともありますが、
さやかさんのことが主要な原因だと、二人ともに口には出さねど気が付いていました。
 上条君を巡って私たち二人は自分を磨き、上条君を陰に日向に支えて競い合ってきました。けれど、さやかさんがいなくなって
しまって、その勝負は宙ぶらりんになってしまいました。そんな状態で、私だけが上条君に近づくのはルール違反ではないか。
そんな思いが私の足を鈍らせ、それを上条君もなんとなしに察してくれているためだと思います。上条君とは、以前は
さやかさんと三人で登下校を共にし、検査や予後治療の通院に付き添い、練習の合間にCDや音楽雑誌をプレゼントするなど
していましたが、今は学校で時たまお話しするくらいです。一部のお友達は私と上条君がお付き合いしているものと思っている
ようですが、そう言われるたびに私は否定していました。

5 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 14:06:30.02 ID:LlyhRvA90 [2/6]
 そんな中途半端な距離感ができてしまった中、上条君の復帰リサイタルの開催が決まり、私も招待されました。私はこの時も
せっかくの復帰リサイタルなのだからというという気持ちと、さやかさんを抜け駆けしたくないという気持ちの間で逡巡して
いましたが、上条君が私とさやかさん二人分の招待券を用意しているのを見て、『二人で』行くことを決めました。上条君は
「さやかは、僕の出るコンサートは欠かさず聴きに来てくれてたから、バカみたいだけど『チケットを用意すれば、また会える
かもしれない』って思ってさ……」と言っていました。
 私はその時『上条君が私の親友のさやかさんのことをこんなにも想ってくれている』と嬉しく思うと同時に、『これは、
勝ち目がないかもしれません』とちょっぴりさやかさんに妬けてしまいました。
 リサイタル当日は二人分のチケットをもぎってもらい、私の隣の席にさやかさんの分のチケットを置きました。さやかさんの
ご両親にもチケットをお渡しし、さやかさんが後から現れても会場に入れるようにしておきましたが、なぜか私は、私の隣の席に
さやかさんが現れてくれるような気がしていました。リサイタルが始まり、上条君が事故以前よりさらに上達した演奏で聴衆を
沸かせる中、私は何度も何度も隣の席に目をやり、さやかさんが来ていないか確かめましたが、結局閉演までその席が埋まる
ことはありませんでした。閉演後に楽屋を訪ねると、私と上条君は顔を見合わせ、二人して「やっぱり、来なかったかあ」と
苦笑しました。
 けれど、それからの私はチケットを二人分握りしめて上条君のコンサートを訪れるのがならいとなりました。今回来られなくても
次回なら。それがだめでもさらにまた次のコンサートなら。そうしていれば、いつかさやかさんが私の隣に現れてくれるような、
そんな気がして私は上条君のコンサートに通い続けました。

 そうして、私たちが三年生になって初めてのコンサート。その日のコンサートを聞きに行くために、私は前日まで睡眠時間を
削ってお稽古事や課題を片づけることに忙殺されていて、不覚にも会場に入って自分の席を探し当て、隣の席にチケットの
半券を置いたところですぐに眠り込んでしまいました。再び目を覚ました時には曲目の半分以上が終わっており、その上今まで
ステージの上で演奏中の上条君に寝顔を見られていたかと思うと穴があったら入りたい気持ちでプログラムに顔を埋めていた時。
「へえ~、仁美が居眠りするとこ、初めて見たかも」
 聞き慣れた懐かしいメゾソプラノが、隣の席から聞こえてきました。


「さやかさっ……!」
 思わず振り向いて声を上げた私の目の前に、さやかさんは前を向いたまま人差し指を突き出して無言で「静かに」と伝えて
きました。それでも、私の興奮は収まりません。私の隣の席に座って上条君の演奏に耳を傾けているのは、まぎれもなく
さやかさんでした。
 見滝原中の制服姿でまっすぐ前を向いたその顔は、一年前にいなくなってしまったときから全く変わっていないように
見えました。私がさやかさんを見つめ続けていると、ちらっと目だけをこちらに向け、ちょっとはにかんだように笑うその
仕草も、まさしく私の記憶の中のさやかさんそのものでした。
 私は、我知らず涙をこぼしていました。さやかさんに会えたら、聞きたいことがたくさんありました。どうして誰にも何も
言わずいなくなってしまったのか、いままでどこでどうしていたのか、上条君のことをなぜ放り出していってしまったのか、
私との勝負はどうなるのか。けれど、いざさやかさんを目の前にして、私は胸が詰まって何も言うことができませんでした。
 そんな私を見て、さやかさんは私の方に向き直り私の肩を抱えて抱きしめてくれました。優しい声音で「ごめんね、仁美」
と言うさやかさんの言葉を聞きながら、私はしばらく嗚咽を漏らし続けていました。

6 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 14:06:51.68 ID:LlyhRvA90 [3/6]
「ごめんなさい……お見苦しいところをお見せしましたわ」
 さやかさんの肩から顔を離して涙を拭った後、私は演奏の邪魔にならないようにささやくようにさやかさんに言いました。
「ううん。元はと言えば、あたしのせいなんだし。あとさ、そんなに声をひそめなくても大丈夫だよ。今ここにはあたしたち
しかいないし、あたしたちの声が恭介の邪魔になることもないから」
「え?」
 見回すと、ホールを埋め尽くしていたはずの聴衆が私たちを除いて一人もいなくなっています。ステージの上に目を向けると、
観客席の異変には気付きもせずに上条君が演奏を続けていました。私たちの話し声に気付いた様子もありません。その現実離れ
した情景に、かえって私は冷静になっていました。そもそも、突然さやかさんが現れたことからして現実離れしているのです。
落ち着いてきた私は、さやかさんに言いました。
「はあ……。さやかさんには、いっつも振り回されてばっかりですわ」
「およ? むしろあたしの方こそ、仁美お嬢様の突拍子もない行動に振り回されてばっかりだった気がするんだけどなー」
 私の予想通りの、普段私たちが交わしていた冗談めかした軽い口調でさやかさんが返します。まるで、一年前に時間が巻き戻った
かのようでした。
 二人してふふっ、と笑いあった後、意を決して私はさやかさんに尋ねました。
「さやかさん、今までいったいどこにいらしたんですの? ご家族の方もお友達もみんな心配なさっていますのに」
「うん……。それは、本当に悪いと思ってる。でもさ、別に何か事件に巻き込まれたとか、帰りたくても帰れないとか、
そういうんじゃないんだ。ただちょっと野暮用でさ……」
「一年以上もかかったら、野暮用とは言いませんわ。……説明しては、いただけませんの?」
 それには答えず、さやかさんはステージの方に目を向けました。上条君を見つめる、水色の瞳。その目には上条君への懐かしさや
愛おしさ、そして決して手の届かない場所にある何か大切な宝物をはるか遠くから見つめ続けているような透き通った悲しみが
湛えられていました。
 さやかさん、と再び声をかけようとした時、さやかさんが私の方に振り向きました。
「それよりさ、一年も経つのに、どうなってんのよ? 仁美は恭介と全然進んでないみたいじゃない」
 さやかさんの言葉に、私の中で無数の思いが渦巻きました。なぜそんなことを知っているのか、どこから私たちを見ていたのか、
そもそもそうさせたのはさやか本人ではないのか。私はどうにかそれらをまとめて言葉にしようとしましたが、今度も先に口を
開いたのはさやかさんでした。
「あたしっていう邪魔者が消えたんだからさ、恭介と好きなだけイチャイチャしちゃえばいいじゃない。恭介だって仁美の事
憎からず思ってるはずだしさ。あ、それともなに? もしかしてあたしに遠慮してたりするの? ばっかだねー、せっかく
不戦勝できたんだから、勝手にいなくなった人間の事なんて気にしなくていいのに」
 さやかさんの言葉に、私は急激に腹が立ってきました。突然失踪して一年余りも心配をかけ続けた挙句にこの言いざまは、
いくらさやかさんでも目に余ります。気にするなと言われてはいそうですかと言えたら苦労はありません。しかし、声を荒げて
そう詰って差し上げようと思って顔を上げた私は、私を見つめていたさやかさんの真剣な目に射すくめられたようになって
しまいました。
「さやかさん……」
「仁美。あんたはさ、恭介の事本気で好きなんだよね?」
 言わずもがなの問いに、私は反射的に頷きます。
「それならさ、恭介に向き合って、恭介とちゃんと付き合ってほしい。それで、恭介と二人で幸せになってほしい。まあ
こんなこと、あたしが言えた義理じゃないかもだけどさ……」
「けれど、それではさやかさんは……」
「恭介の事より、あたしのこと?」
 さやかさんの問いに、私はぎくりとなりました。親友と、好きな人。そのどちらかだけを選べと言われても、私には出来そうも
ありません。私の逡巡を見透かしたかのように、さやかさんが言葉を続けます。
「仁美の気持ちはさ、とっても嬉しいよ。抜け駆けしようと思えばいくらでもできるのに、あたしとはフェアでいたいんだよね?
あたしも恭介も、どっちも大事にしてくれてる。それは本当にありがたいことだと思ってる」
「……」
「でも、ずーっとこのままってわけにはいかないよね。いつかはどちらかを選ばなきゃいけない時が来るよ。不戦勝でも、
あたしに勝たなきゃいけない時が」
「さやかさん……」

7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 14:07:23.14 ID:LlyhRvA90 [4/6]
「勝負は、仁美の勝ちだよ。あたしはさ、いち抜けた。まあ別に大した事情じゃないんだけど、ちょっと仁美との勝負を続けて
られなくなっちゃったからさ」
 まるで世間話をするかのような軽い口調でさやかさんは話し続けます。私にはそれが、さやかさんがこの場が暗くならない
ように、後で私が気に病んだりしないで済むように気遣ってくださっているように思えました。
「だからさ、あたしに二人を祝福させてよ。恭介と、仁美を。仁美になら、安心して恭介を任せられるから。仁美以外の
誰か他の人間が恭介と付き合ってるとこなんて、あたし見たくない」
 そう言われても、素直にはいとは言えない私がいました。さやかさんが、自分を犠牲にして私に上条君を譲ろうとしている、
そんな思いが拭い切れなかったからです。
「でも、でも……っ!」
 抗弁しようとする私の前に再びさやかさんが人差し指を突き出しました。ステージを振り向くと、今まさに上条君の演奏が
曲のクライマックスを迎えていました。聞く者すべての魂を揺さぶるような旋律が私の心をとらえ、全身全霊を上条君の演奏に
向けさせようとします。私は知らず知らず上条君の演奏の世界に引き込まれていました。
 そして、上条君のバイオリンが最後のパッセージを弾き終えた時、いつの間にか私たちの周囲の観客の姿が戻ってきており、
一斉にスタンディングオベーションをしていました。会場中から鳴り響く拍手の中、さやかさんも椅子に腰かけたまま大きな
拍手をしていました。
 その表情は人影にさえぎられてよく私からは見えません。しかし、次のさやかさんの言葉は、周り中で拍手の音がしている
のにもかかわらず私の耳にはっきりと聞こえてきました。
「じゃあね、仁美。あたしの言ったこと、忘れないでね」
 そうして席から立ち上がったさやかさんに、私は慌てて尋ねました。
「あのっ、今度はいつ、お会いできますの?」
 口に出してから、こんなことを聞くより力ずくでもさやかさんを引き留めておくのが先ではないかと思いましたが、なぜか
私は立ち上がることができませんでした。
 さやかさんはというと、ちょっと困ったような顔をしていました。そして、拍手の鳴りやまない観客席を静かに立ち去りながら
言いました。
「またすぐ、会えるよ」
 その言葉が嘘であることは、さやかさんの親友である私には痛いほどわかっていました。

 誰かに揺り起こされてまぶたを開くと、三々五々帰路についた聴衆を送り出した後の観客席はすでにまばらに人影を残す
のみになっていました。慌てて見回しても、居眠りをしていた私を揺り起こしてくれた老婦人が私のそばにいらしただけで、
さやかさんの姿はありません。
 老婦人にお礼を言って、私は席に座り直して考えました。あれは、私の隣の席に来てくださったさやかさんは、夢か幻だった
のでしょうか。思い返してみても、上条君の演奏を聴きながらさやかさんと二人きりでお話ししたなんて、とても現実とは
思えません。演奏中に居眠りをしてしまった私の無意識が作り出した産物だと考える方が、よほどまともです。けれど、私の
肩にはさやかさんの掌の感触が、私の耳にはさやかさんの声が、はっきりと残っていました。
 まだ夢から覚めないような心地でぼんやりとしていると、はっと気が付きました。信じてもらえるかどうかはわかりません。
けれど、このことを上条君にお話ししなければいけない。そう思って私は立ち上がりました。
 駈け出そうとする寸前、忘れものに気が付きました。私の隣の席に置いておいた、さやかさんの分のチケットの半券です。
私はいつもさやかさんの半券も私のものと一緒に持ち帰り、大切に保管していました。
 ところが、どこを探してもさやかさんの分の半券は、見つかりませんでした。

 上条君は、楽屋で私を待っていてくれました。
 そして、上条君の顔を見た途端、私がお話ししていたさやかさんは夢だったのではないかという私の疑念は、跡形もなく
消え去りました。上条君も、さやかさんの姿を見たのです。ステージの上から、私の隣にさやかさんがいるのを見たのです。
何も言わずとも、上条君の表情を見るだけで、そのことがわかりました。上条君はそれを私に確かめたくて、ずっと楽屋で
待っていてくれたのでしょう。
 私を目の前にすると、さも当たり前のことであるかのように、上条君は私に尋ねてきました。
「さやかは、なんて言ってたんだい?」
「はい……」
 私は、さやかさんの言葉を早く伝えたいような、伝えてしまうのがもったいないような、そんな心持ちがしていました。

                 *


8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 14:07:45.36 ID:LlyhRvA90 [5/6]
 まど界。魔法少女と、魔女のためだけの天国。
 現世の見滝原そっくりに作られたこの世界に、今まさに現世から戻ってきたさやかは降り立った。力なく二、三歩足を進め、
ふらっと倒れこみそうになる。そこを、誰かが抱きとめて支えた。
 抱きとめたのは、鹿目まどか。まど界の統治者にして魔法少女の神様。そして、さやかと仁美の親友。
「お帰り……さやかちゃん……。お疲れさま……」
「うん……まどか、本当にありがとね……」
 まどかの胸に頭を埋めたまま、さやかは消え入りそうな声で言った。本来、まど界に導かれた魔法少女や魔女は、転生して
新たな人生を歩む以外には二度と現世に関わることはできない。それを、さやかはまどかに無理を言って頼み込み、わずかな
時間だけ現世に行くことを許してもらったのだ。
 その理由は、ただ一つ。上条恭介を心から想っているが故だった。

 魔力を使い果たしてまど界に導かれた当時のさやかは、これで仁美との勝負に決着がついた形になり、仁美と恭介が付き合う
ものだと思っていた。しかし、意に反して二人は自分に遠慮してか交際を深めようとしない。まど界から現世の様子をのぞいて
いてそのことを知ったさやかは、仁美に直接発破をかけることを思い立ったのだった。
 仁美が恭介を想い、さやかを大切にしているのと同様、さやかも恭介を想い、仁美を大切にしていた。だからこそ、さやかは
二人には幸せになってほしかった。それが、さやかの願いだった。もちろん、さやかにとって最も幸せなのはさやか自身が恭介と
結ばれることだ。けれど、さやかは恭介が彼自身意識しないまま仁美に惹かれ始めていることに気が付いていた。
 自分が心から想う人が、心から想う人と結ばれること。想い人の最高の幸せを願って、さやかは仁美の後押しをした。

 さやかが、ゆっくりと膝を折り、地面に座り込む。それに合わせてまどかも膝をつき、より強くさやかを抱きしめた。
その胸は、すでにさやかの涙で濡れはじめていた。
「これで……よかったんだよね……? あたし、間違ってなんか、ないよね……?」
 さやかが、半分は自分に言い聞かせるかのように言葉を絞り出す。まどかはさやかの背をゆっくりと撫でて慰めながら頷いた。
その目にも、涙が光っていた。
「うん……。さやかちゃんは間違ってなんかないよ……とっても、立派だったよ……」
「立派なんかじゃないよ……今でも、すっごく悔しい……仁美の前でだけかっこつけて、本当は、本当は……」
「うん、うん……それでも、さやかちゃんがしたことは、とってもすごいことだよ……。さやかちゃんは、すごく、すごく
格好よかったよ……」
「ありがと……。ううっ……恭介……きょうすけえぇ…………。うっ、うあっ……うあああっ……!」
 さやかの嗚咽が大きくなる。まどかはさらに腕に力を込め、さやかのすべてを受け止めようとしていた。
 自分が想った人のために、自分の想いを隠して抑え込み、恋敵の背中を押す。さやかが選んだその重荷を、まどかは少しでも
分かち合わせてほしいと願っていた。

                 *


9 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/18(金) 14:08:04.21 ID:LlyhRvA90 [6/6]
「無事、終わったみたいね?」
「無事かどうかはわからないけどね、さやかはよくやりきったと思うよ」
「あら、エリー。さやかさんに随分入れ込んでるのね? 心を読んだの?」
「そんなんしてないよ。心を読まなくったって、さやかの気持ちは痛いほどわかる。エルザだってそうでしょ?」
「そうね……。自分がさやかさんの立場だったら、と思うと同じようにできるかはちょっと自信がないわ」
「まったく、さやかもバカだよ。わざわざ自分が辛い方向にばかり行こうとする……」
「まあまあ。そこはほら、これからは神様が支えてくださるから大丈夫でしょう。ずっとさやかさんを想い続けてきた神様
ですもの。すぐにとはいかないでしょうけど、さやかさんが落ち着かれたら……」
「ああ、その神様のことだけど、さやかに告白する気はないそうだよ」
「……ええ!? だって、さやかさんにお願いを聞いたのだって、それがうまくいけばさやかさんがフリーになるわけで……」
「『そんなつもりでさやかちゃんのお願いを聞いた訳じゃないよ』って言ってた。『さやかちゃんのことが好きだから、お願いを
聞いてあげたいの』って」
「尽くすだけ尽くして、見返りなんか求めていないということですか……。さやかさんを現世に送るために随分無理をされて
いたのに……」
「似たもの同士だよね、あの二人。他人のためなら、自分をいくら犠牲にしても構わないっていうかさ。そういうの、魔法少女
としちゃ辛いことばっかりだっていうのに」
「まあこの世界ならソウルジェムが濁ることはないから、それだけは安心ね……。でも神様、さやかさんに告白されないなんて……」
「神様の気持ち、さやかには絶対言わないでよ? 神様からも厳重に口止めされてるんだから」
「ええ、それはもちろん。けれど、それで本当にいいのかしら……。上条君を想い続けるさやかさんを、すぐそばで想い続ける
なんて……。結ばれることだけが恋愛じゃないとは思いますけど……」
「『恋の至極は、忍ぶ恋と見つけたり』。本当の意味はちょっと違うけど、そんな感じなのかもね。外野としちゃ、幸せになって
ほしいし、いろいろ言いたくもなるけど……」
「そうね……私たちに出来るのは、見守ることだけよね……」



某さやかちゃん漫画リスペクト。
>>1乙。

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最終更新:2012年05月21日 08:22
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