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380 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/11(金) 02:11:16.24 ID:PniffrGx0 [2/4]
曇り空の下を歩けば足音まで雨の香りが広がる。今にも降り出しそうな次の雨は…あまりにもあたしに似てた。
顔を上げた先にあるのは麗らかな春の匂いなのに、それにさえも嫌悪感しか感じられない。

だって……。あたしの身体には…別の命が宿っているんだから…。

[虚空からの手紙]

「まずいよさやかちゃん…。わたし達まだ中学生だよ? 子供を育てる責任持てないよ…。」
「―――っ!! 堕ろせって言うの!?」
あたしの怒声にまどかの身体が一瞬ビクりと強張る。
「あんた…あたしと遊んでただけなの? 愛してなかったの?信じてたのに…!
 中学生だから?そんなの関係無い!あたし達の愛はその程度だって言うの!?
 あたしはこの子を産んで育てる!あたし達の愛が本当だって事を証明して見せる!!」

………………………………………………♭♭♭………………………………………………

そう啖呵を切って走り出したのがつい数時間前。
あたしは感情のままに言い張ったに過ぎない事をすぐに自覚し後悔した。
そもそもこの状況えおどうすりゃいいのか、誰に相談すれば良いのかすら考えてなかったんだもの。

まどかと身体を重ね始めてから考えると、あたしは大体妊娠3~4ヶ月ってトコか…。
保健の授業で覚えてる限りだと、あと1ヶ月もすればお腹が大きくなるらしいけど。
ただ身体の変化そのものは、もう既に十分過ぎる程あたしの体調に現れていたんだ。
「―――…っ! …ぅ……ぉぇっ…!」
充ても無く街外れの道を歩いていたあたしは何とか道端まで身体を引き摺って嘔吐していた。
これが所謂"悪阻(つわり)"っていう症状なんだろう…。イライラした後とかが特に酷い。
いままで好きだった食べ物すら身体が受け付けやしなくて、どうしたあたしばかりがこんな目に遭わなきゃいけないんだって思う事もある。
けど結局は自業自得でしか無い。勿論遊び半分でまどかを受け入れた訳じゃないけど、原因はあたしにだってある。
イライラの向ける矛先が自分にしか無くて、正直どうすれば良いのか理解らなくなってた。
「…っ!ぅぇぇぇぇっ…! げほっ…! ………はぁっ…はぁっ……」
今日は喧嘩をしたからか特に悪阻が酷い。
とにかく身体を休めるくらいしか手立てが無くて、あたしは一先ず自宅へ戻る事にした。

………………………………………………♭♭♭………………………………………………

「―――………あれ…?」
あたしが目を醒ましたのは自室のベッドじゃなかった。
というか、家に帰る途中で目の前がブラックアウトしてった気がする。
でも頭や首の下は柔らかくて暖かくて、時折あたしの髪を撫でる小さな手があった。
「…さやかちゃん…。さっきはごめんね…。わたし…無責任に酷い事言っちゃって…。」
あたしの頭は数時間前に喧嘩別れしたばかりの親友、鹿目まどかの膝の上にあったんだ。
その瞳は悲しそうな、それでいて慈しむ様な眼差しであたしを見下ろしていた。
「…なんで…まどかが謝るのさ…。」
「だって…赤ちゃんが宿ったのはさやかちゃんの身体なのに…さやかちゃんにばかり責任押し付けて…。」
まどかの手があたしの頬にそっと触れると、思わず張り詰めていた心が緩んで涙が溢れた。
「さやかちゃん、一緒に病院行こ? それで…子供の事、ちゃんとパパとママに話そ?
 絶対さやかちゃん一人に押し付けたりしないから。さやかちゃんが産みたいなら、わたしも一緒に協力するよ。
 だって、わたしとさやかちゃんは愛し合ってるんでしょ…?」
「………まどか……ぅぅっ…! うああああっ…!」
涙が止まらない。あたしはただ、まどかと愛を確かめたかっただけなんだ。傍に居て欲しかったんだ…。
なのに後先考えずに事実ばっか強要して…。あたしって、ほんと馬鹿…。

………………………………………………♭♭♭………………………………………………

待ち合わせ場所の公園には既にまどかが待っていた。
あたしの顔が見えた途端に血相を変えて走り寄って来るまどか。
そりゃそうだ。あたしの頬には真っ赤な掌の痕があるんだから。
「……出て行けってさ…。もううちの家にはあんたなんかいらないって…。」

381 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/11(金) 02:13:02.41 ID:PniffrGx0 [3/4]
「―――そんな…!?」
この痕は母さんに思いっきり殴られた痕だ。世間一般で言う"勘当"って奴だろう。
中学生でこんなふしだらな娘への、ある意味正しい制裁なのかもしれない。
「…ははは…笑っちゃうよね…。この歳で妊娠なんてさ…馬鹿だよね、あたし…。救い様の無い馬鹿だよ…」
あたしはただ、苦し紛れに笑って誤魔化すくらいしか出来ない。
でもまどかの返す言葉は、こんな時でさえあたしに一筋の光を与えてくれるものだった。
「あ、あのねさやかちゃん! うちは…さやかちゃんさえいいなら、パパとママが協力してくれるって言ってたよ。」
「―――えっ…!?」
「もしさやかちゃんんがお家にいられないんだったら、うちで一緒に暮らしてもいいんだよ?
 子供が生まれたら、パパだってお手伝いしてくれるって約束してくれたの。」
あたしに差し伸べられた救いの手。こんな都合の良い話があっていいのだろうか…?
「だからお願い…。さやかちゃん、一緒に頑張ろ…?」

………………………………………………♭♭♭………………………………………………

「今日から…その…お世話になります…。」
「そんな畏(かしこ)まらくてもいいんだよ。気が滅入ってばかりじゃお腹の子にも悪いぞ。
 うちのまどかにだって責任はあるんだし、お互い様って奴だ。
 出来ちまったモンは今更無かった事になんてならないんだし、それよりはこれからどうするかを考えな。」
「さやかちゃん、悪阻が酷いからって何も食べないのは良くないよ。何か食べ易そうな食事を作るよ。」
「詢子さん…知久さん…ありがとうございます…!」

家族に見放され絶望しかけていたあたしは、びっくりする程暖かく鹿目家に受け入れられていた。
暫くして学校も休学(義務教育だから留年は無いらしい)し、今後の事を勉強したり病院に行ったりを繰り返し始めた。
お腹が大きくなる度にまどかは喜んだり戸惑ったりして、そんなまどかのころころ変わる表情を見るのもあたしの楽しみだ。
体調が良い時はたっくんの遊び相手をする事もあった。あたしのお腹からもこんな元気な子が産まれてくるのかな?
最初は恐怖でしか無かった妊娠という事実は、鹿目家に支えられながらいつしか希望に変わっていた。

女同士だと婚姻届が出せないから、あたしは鹿目家の養女になるって話になりそうだ。
結婚式とかで苗字をちゃんと変える為に、そういった戸籍上での手続きをすればあたしも晴れて家族の一員になれるらしい。
あたし達はまだ14歳だからもうちょっと先の話になるけどね。
幸せな未来を思い描きながら生活しているうちにいつしか悪阻も消えていた。


そんなある日、お腹に激痛が来たんだ。予定日にはまだ1ヶ月程早いけど…。
まどかがずっと手を握っててくれたからあたし、頑張れる気がした。

………………………………………………♭♭♭………………………………………………

あたし、頑張ってまどかの子を産むよ。半分気を失いそうになってたけど頑張ったんだよ。
まどかの励ます声と手の暖かさを頼りに、あたしは産まれて来る子供の為に必死だった。
『この子、女の子なんだってさ。名前何にする?』
『えーっとねぇ…わたしとさやかちゃんの名前を併せて"まやか"とかどうかな?』
『なんかちょっとエスニックな感じだね。じゃぁ"か"を外して"まや"辺りでいいんじゃない?』
『ううー…わたしってネーミングセンス悪いかなぁ…?』
そうだ、あの子は? 速く会いたいな。まどかと一緒に名前も考えたんだよ。

………。

………………。

…信じられなかった。いや違う、信じたくなかったんだ…。
詢子さん、知久さん…。何で…あたしに何も言ってくれないの…?
「さやかちゃぁんっ…!さやかちゃんが…生きてて良かったよぉっ…!!」
そんな!あの子は!? "まや"は…何処にいるの…?
あたしを抱きしめながら泣きじゃくるまどか。
傍には嗚咽を堪える詢子さんと、その背中を擦る知久さんがいた。

382 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/11(金) 02:15:11.00 ID:PniffrGx0 [4/4]
結論から言うと…母体であるあたしの身体がお産に耐えきれなかったのが原因だったらしい。
スタイルがいいとか成長早いとか言われた事はあったけど、所詮は中学2年生の身体だった。
生存率の低い未熟児と、命の危機に陥ったあたしの身体を天秤に掛けた結果の判断だと聞かされた。



ごめんね…産んであげなくて…。お腹の痛みが全然晴れないよ。
あの子はあたしと共に抉られながら、どんな声で啼いてだんだろうか…。

この世界を生きて行けずに輝く事も無く、母(あたし)に辿り着けずに堕ちて行ったあの子。
愛される事も、抱きしめられる事も知らないままで…。

消えた。あたしの胸の中で。
消した。あたしの所為で…愛される筈だったのに…。

「違うよぉ…。さやかちゃんの所為じゃないよ…!
 さやかちゃんが死んじゃうのが恐かったの…! だから…ごめんなさい…ごめんなさい…!」
「……まどか…あたし…愛してるから…。だから………」

あたしはまどかの手を強く握った。小さなまどかの手を、震えるあたしの手で精一杯握った。
「ずっと…傍にいてよ…まどかぁ…! …うわぁぁぁぁん…!!」
あたしは涙が枯れるくらい泣き続けた。
子供を産めなかった悲しみと、まどかへの心苦しさと、産んであげられなかった"まや"への離別れ…。
あと…生きてて良かったっていう、幽かな自己満足で自分を誤魔化した。
"まや"の為に、支えてくれたまどか達の為に出来る事は、あたし自身が生き続ける事だから。

………………………………………………♭♭♭………………………………………………

あれから随分と時間が経った。あたしも大分元気になって、無事卒業式にも間に合った。
仁美の手解きの甲斐もあって、高校も何とかまどかと一緒に通える事になった。
でも…街中で小さな子を見ると今でも思い出すんだ。あたしが産む筈だった赤ちゃんの事を。
その度にあたしの顔を見て、察したまどかは優しく抱きしめてくれる。
「さやかちゃん…ホントは…産んであげたかったんだよね…。」
「うん…。あたし…子供に身勝手な"さよなら"をしたんだ…。」
まどかは未だにあたしが子供を産めなかった事を気に掛けてくれている。
だから…高校を卒業したら、あたしからまどかにちゃんとお願いするつもりだ。
「大人になったらさ…今度こそちゃんと産みたいな。まどかの子。」
「さやかちゃんとなら…いいよ。」

[虚空からの手紙]

おしまい。

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最終更新:2012年05月22日 01:37
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