30-417

417 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 23:45:45.93 ID:2GIN1aW30 [2/3]
キスの日&ラブレターの日ということなので

「あれ? これ、なんだろ?」
 おうちに帰って教科書を鞄から取り出していると、鞄の中でかさっという音がしました。手を入れて取り出してみると、
それは封筒でした。表には『鹿目まどか様』と書いてありますが、裏を見ても差出人の名前は書いてありません。けれど、
その代わりにわたしの目を強く引き付けるものがありました。
 それは、封筒の口を閉じたハート形のシール。わたしにも、このシールの意味は分かりました。つまり、これはわたし宛ての
ラブレターなのです。
「えっ、ど、どうしよう!?」
『ラブレターをもらってみたい』と常日頃から言ってはいましたが、まさか本当にラブレターをもらえる日が来るとは
思いませんでした。あまりに思いがけない出来事に、わたしの心臓はばくばく言いだします。
「えーと、えーと、ああもう、どうしたらいいかわかんないよ!」
 ラブレターを持って部屋の中をぐるぐる歩き回るわたしの姿は、傍目にはかなり奇異に見えたことでしょう。けれど、
その時の私にはそんなことを気にしている余裕はありませんでした。
 わたしがこんなにも平常心を失っているのには、理由があります。生まれて初めてラブレターをもらったということが嬉しい
のもありますが、実はわたしはさやかちゃんとお付き合いをしているのです。もちろん、お互い友達同士でという意味ではありません。
 そのことはわたしとさやかちゃんだけの秘密で誰にも言っていないので、このラブレターの主もわたしが今フリーだと思って
告白してきてくれたのでしょう。けれど、わたしにはさやかちゃんがいるのでその気持ちに応えてあげることはできません。
せっかくわたしなんかに告白してくれたのに、わたしにとって初めてのラブレターなのに、ラブレターの主に対してそんな
悲しい結末になってしまうのがどうにも残念に感じられてしまって、仕方ありませんでした。
「どうすればいいのかな……。そ、そうだ! さやかちゃんに相談してみよう!」
 後から考えればトンデモな選択でしたが、その時のわたしにはそれが一番いいと思えました。さやかちゃんは、わたしが
困っているといつだって助けてくれました。さやかちゃんを頼って、間違いだったことはありません。……たぶん。
 わたしは携帯電話を取り出し、そらで言えるさやかちゃんの番号を押しました。呼び出し音1コール目で、さやかちゃんは
出てくれました。
「もしもし!? さやかちゃん!?」
「まどか? どうしたの?」
「あ、あのね、おおお落ち着いて、き、聞いてほしいんらけど、じゃなくてだけど!」
「まどかが落ち着いてよ。何があったの?」
「あのね、わたしね、ラブレターをもらったの!」
 沈黙。耳に当てた携帯電話からは、さやかちゃんの声は一切聞こえてきませんでした。続けて『これ、どうしたらいいかな!?』
とさやかちゃんに尋ねようとしていたわたしは、それで気が付きました。
 さやかちゃんは、わたしがラブレターをもらったことで、ショックを受けてしまったのです。もしかしたら、わたしが
さやかちゃんではなくラブレターの主の方を選んでしまうかもしれないと思ってしまったのです。けれど、わたしが好きなのは
さやかちゃんなのです。さやかちゃんを捨てて他の人と恋人同士になるなんて、絶対にありえません。そのことをちゃんと
さやかちゃんに伝えなきゃ!
「あのね、さやかちゃん! 大丈夫だから! わたしが好きなのはさやかちゃんだから、心配しないで! このラブレターだって、
読まずに捨てるし、わたしはずっとさやかちゃんの恋人でいるから!」
「……っ! ……まど、か……。……ふっ……くくっ……」
 携帯電話から、さやかちゃんの震えた声が聞こえてきました。もしかしたら、さやかちゃんはわたしがさやかちゃんの恋人で
なくなるかもしれないと不安で泣いていたのかもしれません。自分の恋人を泣かせてしまうなんて、我ながら自分の短慮に
情けなくなりました。
「さやかちゃん、泣かないで! わたしは」
「……ぷはははっ! もうだめ! 我慢できない! くくくっ、あははははっ! まどかったら、ほんとにもう!」
 わたしには、なにが起きたのか全く分かりませんでした。電話の向こうでは泣いていると思ったさやかちゃんが大笑いしているようです。
「あの、さやかちゃん大丈夫!? どうしたの、ねえったら!」
「ど、どうもしてない……ふふっ、あはははっ! まさかこうくるとは……ぷぷっ、さっすがまどかだわー……。あははははっ!」

418 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/05/23(水) 23:46:16.44 ID:2GIN1aW30 [3/3]
 わたしは急激に腹が立ってきました。どうやら、さやかちゃんはわたしがラブレターをもらったことが可笑しいようです。
確かに、日ごろ『ラブレターをもらってみたい』と言いながら、いざもらってみたら動揺してさやかちゃんに電話してしまうのだから、
それは笑われても仕方のないことかもしれません。けれど、わたしがラブレターの主を選んでしまうかもしれないとはつゆも思わず
おなかを抱えて笑っているさやかちゃんの声を聞いていると、なんだかバカにされているような気がしてきました。
「そ、そんなに笑っていていいの!? わたし、このラブレターくれた人と付き合っちゃうよ!? さやかちゃんの恋人じゃ
なくなっちゃうかもしれないんだよ!?」
「ふふふっ、それも、いいかもね? とにかく、封筒を開けて、ちゃんとラブレター読んであげなよ? その人がかわいそうじゃん」
「うー、もう知らない!」
 わたしは通話を切り、怒りに任せて携帯電話を放り出しました。さやかちゃんは、わたしがさやかちゃんではなくラブレターの主を
選ぶとは全く思っていないようです。確かにさやかちゃん以外の人と付き合いたいなんて夢にも思いませんけれど、ここまで
安心しきられてしまうと、逆に不安にさせてあげたくなります。いっそのこと、あてつけにラブレターの主に会ってみるくらいは
してみてもいいかもしれません。
 そう考えているうちに、わたしはだんだんその気になり、封筒を開いて便せんを取り出しました。封筒に書いていなくても、
中身には差出人の名前が書いてあるかもしれません。そう思いながら、わたしはラブレターに目を通し始めました。

                 *

「おっ、来た来た。遅かったじゃない、まどか?」
 公園のベンチにかけていたさやかちゃんが、わたしの姿を認めて手を振っています。その顔は、とても嬉しそうにニヤニヤしています。
わたしは、恥ずかしさに思わず顔を伏せながらさやかちゃんのもとに近づいていきました。
「ちゃんと読んであげた? ラブレター」
「よ、読んだよ……」
「まどかの返事は?」
「き、決まってるじゃない……」
「そう、よかった。あたしはてっきり、まどかがそのラブレターの主とくっついちゃうんじゃないかと気が気じゃなかったわー」
「ううー……」
 わたしの目の前でそうやって白々しくけらけらと笑うさやかちゃんが、とっても憎らしくなります。なぜなら、あのラブレターの主は、
さやかちゃんだったからです。つまりわたしは、ラブレターの送り主にラブレターをもらったことを相談してしまったのです。
「しっかしまどかには驚かされたよねー? まさかラブレターもらったこと自体に動揺してあたしに電話してくるなんて! てっきり
あたしは電話で別れを切り出されちゃうのかとびくびくしてたらさ、中身も読まずに『ラブレターもらっちゃったんだけどどうしよう!?』
だもんねー。いやー、あんなに笑ったの久しぶり! しかも『わたしはさやかちゃんの恋人でいるから!』って! ああもう、
まどか可笑しすぎだよー!」
 にまにま笑いながらわたしをからかうように上機嫌で話し続けるさやかちゃんに、わたしは何も言い返せませんでした。わたしの心は
たくさんの恥ずかしさとちょっぴりの怒りと、その二つよりはるかにおっきな嬉しさでいっぱいになっていたからです。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、こんなことしたの……?」
「それはラブレターの中に書いたじゃない。あたし、まどかにちゃんと『付き合ってください』って言ってないから、ちゃんと
言いたかったんだって。それで、まどかがOKなら、昔よく遊んだこの公園に来てあたしにキスしてほしいって」
 さやかちゃんは、隣にいるわたしの方を見ずに正面を向いて話していました。夕日に照らされたその顔は、心なしか夕日の色よりも
赤いような気がしました。わたしはそれまで、笑われた挙句にさやかちゃんの思惑通りになるのがとっても癪で、意地でもキスして
あげるもんか、と思っていました。けれど、さやかちゃんの表情を見たとき、わたしの中の意地を張っていた気持ちが消えて、
わたしはさやかちゃんに対してとても素直な気持ちになっていました。
「さやかちゃん」
「なに? まど」
 振り向いたさやかちゃんの唇をふさいで、わたしはいつまでもずっとこうしていたいな、と思いました。

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最終更新:2012年05月31日 12:55
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