「こんな身体で抱き締めてなんて言えない。キスしてなんて言えないよ…」
ベットの中で目を瞑ると、さっきのさやかちゃんの顔が浮かぶ。
悲痛でこっちも泣きそうになってしまう……いや、もう泣いていた。
さやかちゃんの気持ち、好きな人に何も伝えられないその気持ちを、私は痛いほどわかっていた。
なぜなら私も好意を抱いている人がいるから。
そう、それはさやかちゃんだ。
こんな自分と一緒にいてくれて、いつも守ってくれて、まあたまには失敗することもあるけど、
それでもめげずに、前向きで、やさしくて、それにそれに……いっぱい、良いところがある。
そんなさやかちゃんがあんな顔をして、泣いて、弱さを見せるなんて。
胸がいたい。締め付けられる。何も出来ない自分が腹立たしい。
いっそう私の気持ちを打ち明けたい。でも、それができるはずもない。
確実に重荷になるのはわかりきっていた。
そう、私もさやかちゃんと似たような立場なのだ。
だから泣くしかない。それが現状を変える力を持っているわけでもないけれど、そうするしかなかった。
いや、一つだけ打開策はあった。
「ねえ、キュゥべえいる?」
そう、契約すればいい。それで願うのだ……そうすれば……
「なんだい」
もしかしたら、怒られるかもしれない。
「私契約したい」
……それでもいい。
「君の願いは?」
だから私は願った。
「さやかちゃんを幸せにさせて」
「まどかーおはよー」
「おはよ、さやかちゃん」
いつもの通学路、何も変わらない風景。
二人は横に並び話しながら学校へ向かう。それが長い間続く習慣だった。
さやかちゃんは元にもどり、魔法少女のことは覚えていない。そう、望んでいた日常が帰ってきた。
だけどゆっくりと全てが変わり始めていた。
もうすぐ学校だというところでさやかちゃんは立ち止まり、少しだけ声のトーンを落として私の方を向いた。
「ねえ、まどか。あたし決めたんだ」
「うん?さやかちゃん、急にどうかしたの」
私も心配になって立ち止まり、さやかちゃんの顔を見ると、真剣な表情をしていた。
「あのね、今日、恭介にね、告白ってのをしようと思うんだ……」
「そうなんだ」
そう変化は始まっていたんだ。驚くことは無い。
「でも、大丈夫かな……なんてね。だって断られたらとか思うと……」
さやかちゃんが心配そうにこちらを見つめていた。
だから、私は微笑んでさやかちゃんに近づいた。
「大丈夫!さやかちゃんならきっと上手く行くよ」
そう、上手く行くんだ。絶対に。
「そ、そうかなあ」
「そうだよ。だから自信を持って!」
少しだけさやかちゃんは困った顔をしたけど、私はさっきよりももっと明るく答えた。
それを見てさやかちゃんはさっきとはうってかわって笑顔で答えた。
「ありがとう、まどか」
そう、私はこの笑顔を見たかったんだ。
それからさやかちゃんは上条君と付き合うことになった。
告白が成功すると、いの一番に教えてくれた。
その時の喜びようを今でも思い出す。
本当に嬉しそうで、今までに無いほど笑顔で私に抱きついて、ありがとうって言ってくれたんだ。
私もとっても嬉しかった。
でも、本当に笑顔が見たかったの?
本当だよ。
じゃあ嬉しかったんだよね?
うん。
本当に?
……
何か抑えてない?
……
複雑な気分。
さやかちゃんの幸せを見ると私も幸せになれるのに、心の奥底からなんでそこに私がいないんだって声が聞こえる。
そして胸が痛くなる。切なくなる。泣きたくなる。死にたくなる。
何で私を選んでくれなかったんだろう。何で私を見てくれないんだろう。
誰よりも、誰よりも、さやかちゃんが好きで、愛してて、身を捧げて、全てを犠牲にして、
でも見てもらえなくて、感じてもらえなくて、好きっていってもらえなくて、抱きしめてもくれなくて、
毎日、毎日、一歩ずつ、一歩ずつ、どんどん離れていく。
でも、それが契約なんだ。私はそれを知っていた。でも、さやかちゃんに幸せになって欲しいから契約した。
私が苦しめば苦しむほど、さやかちゃんは幸せになる。それだけのこと。
だったら、私が全部背負い込めばいい。
伝わらなくってもいい。ただ、彼女が笑顔だったら。
だからさやかちゃん、幸せになってね。私がんばるから。
……好きな人に幸せになってもらうってこんなに苦しかったんだね。
最近は泣かなくなった。もう迷いなんてないから。
魔女狩りとさやかちゃんと上条君が付き合うのが重なったためか、さやかちゃんとは疎遠になりはじめた。
たぶんこのまま関係が自然消滅するかもしれない。
それでもさやかちゃんが幸せになれるのなら、それでよかった。
高校、大学と月日は流れ、その都度、私とさやかちゃんとの関係は薄くなっていった。
いや、自分から希薄になるようにしたんだ。理由は?そうだなあ、魔法少女だからかな?
近くで見られたさやかちゃんの笑顔は、そのうち遠くで眺めるしかできなくなっていた。
それでも楽しそうなさやかちゃんを見る度に、私も嬉しくなった。
だけどもう、隣にいるのは私ではなかった。
そうだよね。もう私の体はあんなのだから。近くにいちゃいけないんだよね……
そして契約が正しく履行されているのなら、私がさやかちゃんの近くにいないことが幸せだと認められていることになる。
もしさやかちゃんの幸せに、私と一緒にいることが含まれているのなら、私は隣にいられたのだから。
分かっていたことだけど、認めたくは無かった。
私は久しぶりに泣いた。
大学を出てからさやかちゃんと会うこともなくなって、それでもこの世界を守っていた。
守る理由もないのに……だけど唯一のさやかちゃんとのつながりを感じられる行為。
そんなある日、さやかちゃんから手紙が来た。
内容は結婚式の招待状。もちろん相手は上条君だ。
でも躊躇無く欠席のほうに丸をつけて送り返した。
本当は行きたかった。近くでさやかちゃんの最高の笑顔を見たかった。
でも、あそこには私の居場所がないんだ……
「どうしたんだい、まどか。今日は休みだって言ってたのに」
キュゥべえの声を後ろに、私は走っていた。
どこに?
さやかちゃんの結婚式場に。
もうとっくに式が始まった時間なのだけど、今更になってさやかちゃんの顔が見たくなったんだ。
途中から変身して、ビルの合間を乗り越えて、教会のすぐ側の大きな建物の上に降り立った。
魔法少女の力か、ここからでも良く見えるはず。
現に教会の前にいる人だかりでもどんな人がいるかはっきりわかる。
ほら、あそこには仁美ちゃんがいる。
他にも私の知っている顔が沢山いた。
そしてしばらくすると、隣に上条君が連れ添って、さやかちゃんが教会から出てきたのだ。
さやかちゃんの笑顔は、今まで見たことも無いくらい眩しくて、そして美しかった。
やっと私の願いが叶ったはずなのに、胸は痛いくらい締め付けられ、呼吸もなんだか苦しくなってきちゃった。
おかしいよね。私の望む最高の笑顔が見れたのに。
おかしいよね。一番好きな人があんなにも嬉しそうなのに。
私だって嬉しいはずだよね。そうだと言ってよ。そうだって認めてよ。
なのに体は正直で、顔からは出た液体はコンクリートの床を暗い色で変色させる。
痛みは消えず、耐えられないほどになってきた。
……前にキュゥべえが言ってたよね。魔法少女なら感覚を消せるって。
本当だ、痛くない。苦しくない。その気になればなんでも消せるんだね。便利だよね。
あはははって思わず笑っちゃった。
でもね、体はやっぱり嘘はつけないみたい。
だって、足元の染みは今も大きく広がっているのだから……
今日も私は魔女を狩る。さやかちゃんの幸せな世界を守るために。
それがもし私の存在が忘れ去られたとしても続く仕事だ。
最終更新:2011年08月18日 17:35