938 名前:はじめてのおんがく 1/1[sage] 投稿日:2012/10/05(金) 23:19:58.34 ID:9FB886EP0 [2/2]
>>929
まどかとさやかでコンサート……こんな感じかな?
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「ねぇ、さやかちゃん」
学校帰り、いつも通りサンドイッチを食べて帰ろうとしてたところで、まどかが一旦話を止めてから、わざわざあたしの名前を呼んだ。
「どしたの? あらたまって」
返答代わりにまどかが差し出したチケットが、何となく言いたいことを教えてくれた。
「クラシックのコンサート?」
会場は近くのコンサートホール。全体的にちょっと小さい感じだけど、結構評判が良いホールらしくて、ちょくちょく結構本格的なオーケストラ楽団が来たりする。
「ママが仕事場で二枚もらってきたんだけど、ママはその日は遅くまで仕事で、パパもタツヤがいるから行けなくって……さやかちゃん、詳しいでしょ?」
確かにまどかよりは詳しいし、コンサートに行ったこともあるけど、隣で解説しながら聞く訳にもいかないし……と思いながらチケットに書かれた演目を見る。
ベートーヴェンの交響曲第5番と第8番。
「んー……この二曲ならよく知らなくてもあんまり退屈しないで聞けるんじゃないかな?」「そうなのかな……」
まどかはいまいち不安そう。
まあ、「クラシックのコンサートに行く」なんて思っちゃうと、肩肘も張っちゃうよね。
まどかは「最後まで聞かなきゃ」とか「よく知らないから予習しなきゃ」とか、いろいろ考えてるんだと思う。
「お金自分で払ったわけじゃないんだし大丈夫だって。聞きながら寝ちゃう人も、結構いるんだから」
「詳しい人間」らしく経験則を語ってみながら、まどかの手からチケットを受け取ったあたし。
「せっかくなんだから、一度はチャレンジしてみても良いんじゃない?」
と、背中を押してみる。
「うーん……がんばってみようかな」
「そんなに難しいもんじゃないよ? 誰かが見てるわけじゃないんだし――」
やっぱり固くなってるまどかに、あたしは自信を持って言う。
「まずは聞いてみて、興味がわいたら調べたり、勉強したりってがんばれば良いよ」
当日、約束通りの時間に駅前に来たまどかは、キッと気合いの入った顔で……やっぱり緊張してる。
「ほらほら。そんなんじゃ楽しめる物も楽しめないよ?」
「そうかな……」
一緒に歩くまどかは今度は眉を落として、不安そうな顔。
「どうせ会場に着いたら音を聞くだけなんだし、気合いで耳が良くなるわけでもないでしょ?」
「そうなのかな……?」
結局ホールの椅子に座っても、まどかは背筋を思いっきり伸ばして、なんだかテストでも受けるみたいな調子だった。
「まあ、仕方ないか……」
まどかってこういうときはホント真面目で、そこがまたかわいいんだけどね。
演奏が始まってすぐ、まどかの顔が明るくなった。
ベートーヴェンの交響曲第5番は、「運命」って言えば誰でも第一楽章の第一主題を「じゃじゃじゃじゃーん」って口ずさめるくらい有名だから、「知ってる曲だ」って思ったんだと思う。
さっきまでのガッチガチさもどこへやら。
曲に引き込まれてるのがわかる。
こうなったら聞き手の勝ち。
いろんな技法や趣向も、演奏者の練習や準備も、こうなるためにあるんだから。
七時から始まったコンサートは、九時前にはお開き。
あんまり遅くなったら危ないし、いくら引き込まれても、慣れない場に長くいるととその分疲れちゃうし、中学生二人で行くにはちょうど良いミニコンサートだったなー。
「……どうだった?」
帰り道、まどかにちょっと感想を聞いてみた。
「なんだか変な言い方かもしれないんだけど、聞いててすっごくドキドキしちゃったよ」
思った以上に楽しかったみたい。
「第5番の最後の方なんか、ぐーって盛り上がるよね?」
「主題の使い方」とか「形式の利用の仕方がどうこう」とか「構成におけるなんちゃら」とか、難しい本にはいろいろ書いてあるけど、そういうことは後回し。
「最初の曲だよね? そう思うんだけど……なんて言うのかな、ああ言うのって」
「明るくて力強いし、その前にちょっと静かに落ち着くから――」
正直、人に説明できるほど知ってるわけじゃないけど。
「そうなんだ。やっぱりさやかちゃんと一緒に来て良かった!」
こうやって話が膨らむと、来て良かったって思う。
「まあ、前に読んだ本の受け売りなんだけどね」
「ねぇ、その本、今度貸してもらえないかな?」
「いいよ? それならCDもあると確認できるから、一緒に明日学校に持ってくるね」
まどかとの新しい話題が増えそうで、あたしにはすごい楽しいコンサートだった。
最終更新:2012年10月13日 09:49