242 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/10/28(日) 01:09:40.60 ID:xodNGxx30 [1/2]
117で触発されて少し書いてみました。
それはある日の学校からの帰り道。
ゲームセンターでの時間を満喫した後、まどかとさやかは意外な人物に出くわした。
「ん? あれって仁美じゃん?」
「仁美ちゃん…? 川の所で何か見てるのかな?」
コンクリートブロックが敷き詰められた河川敷の斜面。
そこにはいたのは、今日は稽古事があるからと先に帰宅した筈の仁美だった。
制服姿のままで手には鞄。どうやら学校帰りのままで何か遠くを見つめている様だった。
「おーい!ひっとみ~!」
「―――っ!? さやかさん!?それにまどかさんも…。」
「こんな時間に珍しいね。今日は仁美ちゃんお稽古じゃなかったの?」
突然現れた友人二人に驚いた仁美は、途端に塞ぎ込む様に俯いてしまう。
「……あの…その…。」
仁美が口篭るなど、お淑やかでしっかりした彼女にしては珍しい光景である。
ただ事ではないと感じたさやか達は場所を変え、喫茶店で話を聞く事にした。
[心の居場所]
「はあああ!?恭介と離別-わか-れたぁ~!?」
「ぶうーっ!!」
「さ、さやかさん!声が大きいですわ!」
女子中学生三名が座る席で一際大きな声が響く。まどかに至ってはジュースを吹き出してしまった
仁美は数ヶ月前にさやかとの勝負の結果上条恭介と付き合い始めたのだが、どうやら順風満帆とは行かなかったらしい。
「やっぱり恭介君はヴァイオリンが大事だそうで、今は女性とお付き合いは遠慮したい…との事ですわ…。」
「恭介の奴~! よりにもよって仁美まで振るとはどんだけ音楽馬鹿なのよ…。」
「でも…ヴァイオリン一筋なんて上条君らしいかもしれないよ。」
「わたくし、本当は今日ピアノのお稽古だったのですが……もう音楽なんて…続ける自信が無くて…。」
仁美は手で顔を伏せて肩を震わせ始めてしまった。必死に涙を堪えている様だ。
仁美がピアノ、恭介がヴァイオリン、二人が一緒に演奏する場面をさやかは何度か見て来た。
離別れた相手と分かち合う筈だったもう音楽にはもう触れたくない…その気持ちはさやかにも共感出来るものがあった。
「………。そうだ仁美。ちょっと気晴らしにあたしが付き合ってあげようか?」
「さ、さやかちゃん!?仁美ちゃんのガールフレンドになるの!?」
「まぁ。さやかさんのお気持ちは嬉しいのですが…。」
「ちっがーう!! そういうお付き合いじゃないっての!」
唐突にさやかが"付き合おう"等と言うものだからまどかと仁美は思いっきり誤解したらしい。
「あたし小さい頃に恭介からヴァイオリン教えて貰っててさー、実は今でもちょこちょこ続けてるんだよね。
ちゃんと先生について習ってる訳じゃないから素人同然なんだけど。
気分変えてちょっとあたしと一緒にやってみない?」
デュエットの誘い、それはさやかなりの気遣いである。
目の前で凹んでいる友人を少しでも元気付けてあげたい、たったそれだけの考えだった。
………………♭♭♭………………
―志筑邸―
仁美の自宅に着いは仁美はまず、ピアノのお稽古を勝手にサボった事を父に謝っていた。
父は箱入り娘が珍しく親の意向に反した事に大層驚いていたが、同時に娘が自分の意思を向けてくれた事が嬉しくもあった様だ。
友人二人を招いた音楽室で仁美が持ち出した楽譜はエルガー、愛の挨拶だった。
始めて合わせるとは思えない程息のピッタリな、仁美のピアノとさやかのヴァイオリン。
さやかはぎこちないながらもそれを自覚しているのか、テンポは安定感のある仁美に任せて弓を動かす。
「ふふふ。さやかさん意外とお上手ですわね。弾き慣れればもっと素晴らしい演奏になりますわ。」
「いやー…あいつに比べたら取るに足らないけど、気晴らしにはなったでしょ?」
「仁美ちゃんとっても楽しそうな顔だったよー?」
まどかの言う通り、恭介の時とはまた違う、自然体に音楽を楽しむ仁美の姿があった。
それは友人でもある事への安心感からだろうか。
「それではさやかさん、あの…宜しければまたわたくしとご一緒にお願いできますか?」
「へ? あたしなんかで良かったらいいけど…。」
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
次の日仁美は教室に着くと、早速さやかに数枚の紙切れを手渡していた。
自分のピアノと合わせる為のヴァイオリンの楽譜である。
「おおーっ! チャイコフスキーにドビュッシーかぁ~! あたしの好きそうなの狙って選んだなぁ?」
「うふふ。さやかさんのご趣味は大体理解しているつもりですのよ?」
「おっし!ちょっと気合入れて練習しとくわ!」
「さやかちゃん楽しそうだね?」
「ん? まぁ恭介と離れてから真面目にヴァイオリンやるの久し振りだし。
やっぱ一緒に演奏する相手がいると世界が変わるっていうのかな。」
とても楽しそうなさやかの表情。それを見ているのは毎日の筈なのに、まどかは何処となく疎外感を感じていた。
「(ちょっと…淋しいな…。)」
まどかの笑顔は少しだけ悲しそうな笑みだった。
………………♭♭♭………………
「さやかちゃん、その曲アヴェ・マリアだよね?」
「そうそう! 流石にこれはまどかも知ってるよね。」
「ふふっ♪ アヴェ・マリアをさやかさんと演奏出来る日が来るなるなんて思いませんでしたわ。」
今日も学校帰りに志筑邸へ立ち寄り、さやかは仁美と共にアンサンブルを愉しむ。
観客はまどか一人。しかし二人にとっては日々の練習さえも楽しさに変えてくれるとても充実した時間だ。
そうしているうちに今日は仁美の父が音楽室に姿を現した。
中学以来の付き合いであるまどかとさやかはすっかり顔馴染みである。
「いつもありがとうさやか君。
娘がピアノ辞めたいなんて言い出した時は驚いたが 君のお陰で立ち直ってくれて良かったよ。」
「いやぁー、あたしはただ友達の為に出来る事ってこのくらしか思い付かなくて…。」
「今度知人達の間でミニコンサートがあるんだが、是非さやか君も仁美と一緒に出てくれないだろうか?」
「へ?あたしなんかでいいんすか!? ってかあたし…全然素人なんですけど…?」
「私はそうでもないと思うがね? これでも若い頃はドイツの楽団にいたんだ。それなりに耳は達者なつもりだよ。」
「うへえっ!? あ、ああああたしなんかで良かったら頑張ってみますー!」
「ははは、何も肩肘張る必要は無いぞ。いつも通りの君達の演奏でいいんだ。」
和気藹々と話す仁美の父とさやか。それを仁美は嬉しそうに、まどかは少し淋し気に見ていた。
さやか自身、こういった期待を一身に受けるのは人生で初めてかもしれない。
仁美の父と話し終えると、何やら張り切った様に仁美とまどかの元へ歩み寄る。
「仁美ーっ!もうひと練習しようよ!」
「はい! さやかさん、頑張りましょうね!」
そして仁美は笑顔でさやかの手を取った。さやかの顔も応じて笑顔に包まれる。
「(あっ…!)」
元気な王子様とお淑やかなお姫様…唯の親愛の握手なのにまどかの目にはそんな風に映ってしまう。
仁美の傍から上条恭介がいなくなり、代わりにさやかがそこにいる。だとしたら自分は…?
そんな嫌な考えがまどかの思考回路を徐々に支配し始めていた。
「さやかちゃん、仁美ちゃん。もう少し時間掛かりそうだからわたし先に帰るね。」
「は???」
この場の空気が居た堪れなくて一刻も早く立ち去りたかった。
平凡で何の取り得も無い自分なんて必要無い気がした。
「どしたのまどか? 何かあった?」
「…何でも…ないよ…。」
それでも心配してくれる心優しいさやか。その優しさはまどかの胸に刃となって突き刺さるばかりだ。
「あんたねぇ…そんな悲しそうな顔で何でもないなんて嘘ばればれじゃん。」
「まどかさん、お身体が優れませんのでしたら家の者にご自宅まで送らせますわ。」
「………。」
仁美は何も悪くなどない。まどかはそう自分に言い聞かせていた。
それなのに自分の中で必死に押し込んでいた言葉は、本人の意思とは無関係に込み上げて来る。
「…仁美ちゃん……お願い……。さやかちゃんを…取らないで…。」
「えっ…!?」
「まどか? 何言ってんの…?」
言われた二人も言葉の意味が理解らなかった。思わず本心を告げてしまったまどかはハッとして我に返る。
「―――!!あっ!ち、違うの!急に変な事言ってごめんっ!」
返事を待つ事もなくまどかは背を向けて逃げる様に走り出していた。
………………♭♭♭………………
帰り道。夕陽はすっかり落ちてしまい、影と闇の境界線は殆ど消え掛けていた。
まどかの抱いた淡い恋心は儚くもまた散ってしまったのだろうか? 今度は友達も恋人も奪い去って。
「(さやかちゃんとも仁美ちゃんとも仲良くしたいのに、わたし…どうして応援してあげられないのかな…。
お友達がとっても仲良しさんで、一緒に楽器を演奏出来るなんて凄い事なのに…。)」
音楽という二人の世界に割って入る場所なんて何処にも無かった。
「(わたし何も出来ない…見てる事しか出来ないよぉ…。)」
もっとさやかの事を理解ってあげたら良かった。
もっと早くからさやかの趣味を一緒に歩めば良かった。
後悔ばかりが小さな涙になって、情けないくらいポロポロと溢れ落ちてゆく。
「(やっぱりわたし嫌な子だ…。さやかちゃんの一番じゃなきゃ満足出来ない嫌な子なんだ…。)」
心細かった時に出会ったさやかという存在。今もまどかの心の大部分はさやかで埋まっていてどうにもならなかった。
自分を責める事しか出来なくて…でもやっぱりあの人はまどかの所に駆け付けてしまう。
今は泣き顔さえも見られたくなかったのに。
「まどかっ!」
後ろから抱かれる温もりまどかの大好きな女の子の香り。
「ごめんねまどか。淋しいって気付いてあげられなくて。」
「…ぅぅっ…さやか…ちゃぁん…!」グスッ
自分がどんなに嫌な子でもさやかは必ず傍にいてくれる。その気持ちが痛い程嬉しかった。
「ごめんね…最近練習ばっかでまどかの事そっちのけだったかも…。でもあたしの一番はまどかだよ。
勿論仁美だって大切な友達だけど、まどかはあたしの嫁だから…友達以上に…その…何て言うんだっけ…。」
「わたし…嫌な子なんだよ…。さやかちゃんが一番じゃなきゃ、やっぱり嫌だよぉ…。」
「まどかさん、わたくしからもごめんなさい。」
「…ひ…とみちゃん…?」
「恭介君がいなくなった淋しさをさやかさんで埋めようなんて…心の何処から考えていたのかもしれません。」
さやかと共に仁美も心配して来てくれたのに。嫉妬なんてした自分が恥ずかしくなる。
「わたくしはお二人の仲を存じ上げておりますわ。ですから、さやかさんを奪おうなんて誤解ですのよ。
どうかそれだけは、友人としてそれだけは信じていただけないでしょうか…?」
仁美は一切の曇りの無い瞳で、向き直ったまどかに対して真摯に語る。
「で、でもでも…さやかちゃんはやっぱり仁美ちゃんと一緒に演奏しなきゃ…駄目だよ…。」
「勿論練習は手を抜かずにやるよ!でももう二度とまどかに寂しい思いはさせない。
そりゃぁ前よりちょっと遊ぶ時間は減るかもしんないけど、練習もまどかが嫌じゃなきゃ出来るだけ付き合って貰ってさ。」
「まどかさん。寧ろわたくしはお二人が上手く行く様に少しでも助力させていただきたいのです。」
「…ぇぅぅぅ…。」
再びまどかの眼から涙の粒が零れてしまう。でも今度は悲しみの涙とは無縁の雫。
こんなにも自分を大切に思ってくれる人が傍にいるのだから。
「ごめんなさい、我侭な子で…。でも、ありがとうさやかちゃん、ありがとう仁美ちゃん。」
「よーしよし!まどかはやっぱりいい子だなぁ~♪」ギュッ
勇気を出してごめんなさいとありがとうを口にしたまどかにご褒美とばかりにさやかは抱きしめた。
「えへへ…さやかちゃんだーい好きっ!」
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
時を改めてここは洋服の仕立て屋さん。
志筑家お得意さんのこのお店に、仁美はまどかとさやかを連れて来店していた。
「ねぇ仁美ぃ~。あたしやっぱスカートじゃなきゃ駄目…?」
「当然ですわ。何と言ってもさやかさんは三人の中で一番目立つポジションですのよ♪」
「ううっ…。」
水色のロングドレスを身に纏い不安そうなさやか。
中学生になってパーティードレスの試着なんてほぼ始めてなのだ。
「仁美ちゃん、わたし"譜めくり"なのにこんなの着ちゃってもいいのかなぁ…?」
「まどかさんも可愛いですわ♪ 譜めくりだってとても大切なお仕事ですのよ。」
一方でまどかはピンク色で丈の短いドレス、仁美はグリーンでふわりとした丈の長いドレスだ。
あれから仁美は父に頼んでまどかに譜めくりを任せる事になった。
ヴァイオリンはともかく、常に伴奏のピアノ奏者は自分で楽譜をめくる暇がなかなか無いのだ。
「ううっ…このカッコで人前に出るのかぁ…。」
「わぁー!さやかちゃん綺麗~!やっぱり美人さんだよぉ♪」
「えっ? そ、そうかな…///」
まどかに褒められるとてへへと嬉しそうに頬を染めて頭を掻くさやか。
大切な人に褒められると自分が今まで抱えていたコンプレックスも徐々に薄れて来る。
「ふふっ。まどかさんに嬉しいお言葉を頂くとさやかさんもイチコロですのね♪」
「イチコロ言うなぁ~!」
認めたくはなかったがある意味その通りなので反論は諦めておく。さやかは照れ隠しに手を振り上げて抗議してみたり。
そんなさやかの様子を見てまどかはとても幸せだった。何しろ自分を友達以上の存在として思ってくれているのだから。
「ねぇさやかちゃん。わたし高校に入ったら吹奏楽部入るよ!」
「そりゃぁまたいきなり何でよ?」
「だって、わたしもさやかちゃんと仁美ちゃんと一緒に楽器やりたいんだもん。
確かサックスとかなら大きくなってから習う人もいるんだよね?」
「まどかさん。管楽器は常に吹き続ける楽器ですから基礎体力作りが欠かせませんのよ?
運動部の基礎練習に近いくらい頑張らなければ演奏中に倒れてしまいますわ。」
「うっ…運動部…。」
運動部と聞いて体力の無いまどかはちょっと顔引き攣らせる。
音楽=華やかなイメージが先行するが、やはり現実は甘くはないという事だろう。
「心配すんなって。まどかが入るんならあたしも一緒に入るよ。一緒ならしんどくても頑張れるっしょ?」
「うん。さやかちゃんが一緒なら…平気かな。」
「それでは明日から少しづつ体力作りをしましょうか。早朝にランニング程度であればお付き合い致しますわ。」
「ふぇっ?明日から~!?」
「まどかは一日でも早くあたし等と一緒に演奏したいんでしょ? ついでに楽器の練習も早めに始めちゃおうぜ?」
「うん!わたし頑張るよ!」
「あらあら。"愛あれば茨の道もなんのその"ですわね♪」
まどかは苦手な事であっても最愛の人と一緒なら乗り越えられるらしい。
こうして小さなお姫様はようやく自分という新しい扉を見付けたのだった。
いつの日かさやか、仁美と共に音楽という舞台に立つ事を夢見て。
[心の居場所]
おしまい。
最終更新:2012年11月08日 08:17