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105 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/11/07(水) 03:26:08.34 ID:8gotVBlO0
学園祭のお話(前編)です。時間が無いのでとりあえず半分程だけ投下させていただきます。
読んで誤解される方もいらっしゃるかもしれませんがこれはあくまで「そういう役」です!(汗
変な場所で切っちゃったのであれですが、くれぐれも誤解なさらぬ様お願い致します。


学園祭の時期が迫る二ヶ月程前の事。三年生であるまどか達にとって中学最後の学園祭だ。
クラスで話し合った結果全員で演劇をやる事になったのだが、朝一番からクラス一元気な女子の声が教室に響いていた。

「はあああっ!? あたしがヒロイン役でお姫様ぁ~!?」
「さやかちゃん昨日お休みしてたでしょ? ホームルームの投票で決まっちゃったの。」
「立候補が無かったからアンケートで推薦取ってみたんだけど…。そうしたら男子の殆どが悪戯で貴女に投票したみたいで…。」

まどかの後に続いてクラス委員のほむらがさやかに経緯を説明&申し訳なさそうに謝る。
ちなみにクラスは持ち上がりで今年も顔馴染みのメンバーだ。
三年目もさやかに対する男子からの目線はあまり変わっていないらしい。

「いや…別にほむらが悪い訳じゃないし…。」
「さやかさん、頑張ってくださいな。」

友人の一人である仁美も困惑顔ながら友人へ激励の言葉を送る。
どうやら中学最後の学園祭はさやかにとって荷の重い舞台になりそうだ…。



[戦場の花嫁(前編)]



「頑張れよ美樹~!男らしいお姫様期待してるぞー!」
「うっさ~い!馬鹿にすんなー!!」

朝のホームルーム前。さやかは早速男子数人と言い合っていた。
恐らくは彼等もさやかに集団投票した連中の一部であろう。
また、男子生徒の中にはすっかり健全な身体を取り戻した"彼"の姿もあった。

「あっ…恭介…。あのさ、あたしっ…!」
「うん。さやかならきっとかっこいいお姫様になれるよ。」
「んなっ…!?」

曇りの無い笑顔から紡がれるその言葉にさやかは絶句した。
勿論上条恭介は他の男子の様な悪気は一切無く、目の前のさやかに向けてニコニコと笑みを絶やさない。
恭介に悪乗りした他の男子はさやかへのちょっかいと怒声を面白がりながら一目散に逃げてゆく。
さやかは廊下で5分程ぎゃーぎゃーと大声で怒鳴った後で教室に戻って来た。

「ちっくしょー…男子の奴等ぁ!」
「でも一応ヒロイン役にも配慮はあるわ。
 今回の王子役はヒロイン役の人が指名出来る事になってるのよ。」

メインヒロイン=自ずと王子様役とのキスシーンが存在する訳で。
救済処置としてキスのお相手を決める権利はお姫様役に与えられているのだ。

「さやかちゃん…。これって…その…上条君にお願いするチャンスじゃないかな…?」

まどかは上目遣いで躊躇いがちに進言する。まどかにとってさやかは初恋の人ではあるが同時に大親友だ。
中学最後の大イベントを前に、自分の本心はぐっと押し込めてさやかの気持ちを尊重してあげたかった。

「指名ねぇ…。はぁ……。」

しかし上条の名を耳にしてもさやかの反応はあまりパッとしない。
机に頬杖を付いたまま大きく溜息を吐くだけだった。


………♭♭♭………

放課後の誰もいない屋上。独り黄昏るさやかの髪は夕陽色に染まっていた。
心配して駆け付けたまどかだったが、鉄格子をバックに振り向いたさやかの表情は何処か冴えない様子だ。

「ねぇさやかちゃん、上条君おっけーしてくれた?」
「………恭介は…別にいいや…。あたしやっぱほむらに頼んでヒロイン降ろさせて貰うよ。」

何故だろうか。ずっと憧れていた彼の名を挙げられたというのに、そこには驚く程冷めている自分がいた。
正直ショックだった。別に"かっこいいお姫様"と言われた事に傷付いたのではない。
今もまだ恭介は自分を唯の女子生徒ではなく"一人の女の子"として認識してくれていない事がはっきり理解ったからだ。

「そんなの駄目だよぉ。さやかちゃんならきっと可愛いお姫様になれるのに…。」
「あたし…可愛くなんて…なれないよ…。図体と声ばっかデカくて、女らしさの欠片も無いんだから…。」

薄っすらと自嘲的な笑みを浮かべるさやか。差し込む逆光の所為もあってその顔はとても儚な気に見える。
しかしその憂いを断ち切ったのは、一途なまでにさやかに心を向ける目の前のまどかだった。

「そんな事無いよっ!わたしずっとさやかちゃんを見てたから理解るよ!!」
「まどか…?!」
「さやかちゃんがお料理の練習してるの知ってるし、上条君から習ったヴァイオリンだって続けてるでしょ!
 それはさやかちゃんが女の子らしくなりたいからじゃないのかな?」

自分の胸に手を当ててまどかは力の限り叫ぶ。さやかは小さな親友の突然の剣幕に面食らっていた。
普段はどちらかと言うと気弱で華奢なまどかは、時として母譲りの芯の強さを見せる事がある。

「あっ…! その…急に大きな声出してごめんなさい…。
 でもわたし、他にもさやかちゃんの女の子らしい所たくさん知ってるよ。
 さやかちゃんスタイルだっていいし、ホントは可愛い服とかも好きだけど、さやかちゃんは自信が無いから着ないだけでしょ…?」
「………。」

さやかは一途に弁を振るうまどかを否定する気にはなれなかった。
むしろまどかに女の子らしいと言って貰えるだけで胸に仄かな暖かさを感じられるのだ。
そして返事の代わりにさやかはあるお願いをする事にする。

「ねぇまどか。王子様役なんだけど、まどかにお願い出来ないかな?」
「―――ふええええっ!!??」

………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………

―次の日―

後日、朝のホームルーム前。さやかは指名相手の王子様役をクラス委員のほむらに伝えていた。
さやかが恭介を想っていたのは仲間内のほむらも良く知っているのだが…。

「貴女達の仲だし別に止めはしないけど…。彼(恭介)には頼まなくていいの?」
「いいの。あたしがクラス全員の中からまどかを選んだんだ。後悔なんて無いよ。」
「ねぇさやかちゃん…。ホントにわたしで良かったの…?」
「あのねぇ…言っとくけどあたし、真面目によーく考えてからあんたにお願いしたんだからね?」
「えへへ…嬉しいなっ♪ 演劇頑張ろうね!」
「おう!」

さやかはパシン!と息ぴったりにまどかと手の平を合わせた。
すっかりいつものさやからしいテンションに戻っていて男子顔負けに気合ばっちりだ。

配役について他の生徒達へは朝のホームルーム終了後に発表される。

「………という訳で全員の配役が決定しました。以上。」
「美樹の相手鹿目かよ~!」
「女子じゃつまんねーぞ!」
「男子文句言わないの!」
「まどっち王子様頑張ってね♪」

ほむらは耳に小指を挿しながら、一部男子の不満を無視してさっさと話を進めてゆく。
一方で女子からはまどかを後押しする声も少なくない。可愛らしい王子様というのも意外に好評なのかもしれない。

「えへへへ…(さやかちゃんのお相手に選ばれるなんて夢みたいだよぉ…。)」ホワワン

みんなの前で王子様役を告げられたまどかは頬に手を当てて喜色満面と言った様子だ。
その日のまどかは何を言われてもずっと笑顔が溢れて止まらなかったそうな。


………♭♭♭……

さて、その日の放課後から早速演劇の練習が開始される。
劇の内容は演劇部のクラスメイトが考案したオリジナルストーリーだ。

「あら? わたくし含めメインキャストが殆ど女子にばかりですのね。」
「そういやそうだね。…あたしちょっと自信無くなって来たなぁ…。」

出番の多い役には美人と評判のほむら&仁美、ストレートに可愛い系少女のまどか。
女性らしさに自信の無いとコンプレックス気味のさやかとしてはやや片身の狭い思いだ。

「さやかちゃんならきっと大丈夫だよ。」
「ん…? ありがとまどか。」

まどかの些細な気遣いにさやかは頭を撫で撫でしてのお礼で返す。
とりあえず初日はあらすじを確認しながら誰が何処でどう配置されるのかを細かく決める。
話の都合上モブも含めてほぼ全員稼動、証明係等の一部を除いて掛け持ちもありというハードな内容だ。

「中沢はいいなあ…。お前ソロで役貰えるシーンあるんだろ?」
「でも俺すぐ暁美さんに殺されるんだけどね…。」シクシク
「馬鹿野郎!クールビューティーな暁美さんに殺られるなんてご褒美だろ!」

男子達の会話の中、どうやらこの演劇でも中沢は可愛そうな役回りらしい。
各々がそれぞれの役を分担し、練習の中で一喜一憂しながら一つの舞台として完成してゆくのだ。


………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………


放課後の練習が終わった後、さやか自らの志願によりまどか達と志筑邸で特訓する事になった。
自分が女らしさに欠けていると自覚しているさやかは、まどかの励ましもあってそれを克服したいと考えたのだ。
ちなみに練習には同じくメインキャストで競演部分のあるまどかとほむらも一緒だ。

「こーんな感じかな? うふっ♪(はぁと)」ウインク
「えーっと…少しオーバーですわね…。」

勢いに任せてぶりっ子みたく自分なりにポーズを決めてみるさやか。
可愛くない訳ではないのだが何処となく不自然さは否めない。

「うーん…もうちょっと自然な感じにならないかしら?」
「(デレー)…えへへ、さやかちゃん可愛いよぉ♪」
「まどか、気をしっかり…。」

評価以前にまどかだけはどんなさやかでも違和感無く受け入れてしまう様だ。

壁一面に鏡が張られている部屋で、さやかは歩き方とか仕草を徹底指導して貰う。
しかも美人系のキャラが立っている仁美とほむらが付いているのだからなかなか心強いものだ。

「それにしてもさやかが自分から特訓しようだなんて随分本気なのね。」
「まぁね。あたし絶対女の子らしいお姫様になってやるんだから。」
「それは男子達を見返したいからですの?」
「でもさやかちゃん、それなら上条君にちゃんとお願いすれば良かったんじゃ…。」
「違うよ、男子や恭介の為じゃないんだ。これはあたし自身の為だから。」

配役を告げられたあの日、憧れの彼には一時冷めていたというのに、さやかの視線は迷いを吹っ切り遥か先を目指していた。


………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………


時を改めて志筑邸。そのうちさやかだけでなくまどかも学校以外で個別練習を始める事になった。
運動が苦手なのにも関わらず、竹刀片手に仁美に剣道の基礎らしきものを仕込まれているのだ。

「まどか、仁美、お疲れー。そっちはなんか剣道みたいに本格的だねぇ。」
「まどかさんとは競演するシーンがありますので、剣術の動きをある程度覚えていただくつもりですのよ。」
「わたしもさやかちゃんに負けない様に王子様役頑張るよ!」
「何でもまどかさんは"理想のさやかさんの真似"をする事で王子役になりきれるそうですわ。」
「あたしの…真似…?」

小柄で華奢なまどかが王子様役となるとこちらも荷が重そうだが、案外練習経過は順調らしい。
演じる方法を聞いて頭上に?マークを浮かべるさやか。するとまどかは真っ赤になって慌て始める。

「あううう!仁美ちゃんそれ言わないでぇー!」
「まどかがさやかの真似をね…。フフッ、何となくどういうのか想像出来るわ。」クスクス
「へ? ねぇほむら、それどういう意味なのよ?」

まどかの"理想のさやかちゃん像"とはまさに"王子様"の如くかっこよく振舞う事だろう。
普段自分を守ってくれる頼り甲斐のある存在であるさやかの、ボーイッシュな一面だけを形にしたものだ。
まどか自身がさやかになったつもりでやれば、そこには小さくて可愛らしい王子様の完成である。

………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………

それから一ヶ月以上が経ち、放課後の練習もかなり本腰の入ったものとなっていた。
最初は不安視されていたメインキャストのお姫さやかと王子さまどかももうすっかり絵になって来た。

「おい、美樹の奴本気で姫やるつもりだぜ…。」
「あれホントに美樹か? なんかうちのクラスに美少女がもう一人増えたみたいだよ。」

女の子らしく腰を落としてスカートを摘む仕草、膝を着き王子の手の甲に唇を落とす姿、
愛する人の無事を祈る表情、そのどれもに誰の目にもはっきりと"女の子"だという説得力がある。
揶揄目的で遠巻きに見ていた男子達はさやかの豹変振りに驚きを隠せなかった。

「みんなお疲れ様ー!今日はここまでよー!」
『ありがとうございましたー!』『お疲れー!』



今日は放課後の練習後に仁美とまどかは別の用事があるらしく、さやかは珍しくほむらと二人で下校していた。

「正直貴女がここまでヒロイン役をこなせるとは思ってなかったわ。」
「まぁなんつーか…やっぱ大切に想える人がいるからここまでやれたのかな。」

照れ隠しにニシシと笑いぶっきらぼうにしてみせるさやか。
ほむらはその横顔を見ながらさやかの心の内を見透かした様に続ける。

「貴女の答えが誰に向けられたものであれ、後悔しない様にちゃんと伝えてあげてね。」
「ははは…もしかしてほむほむにはもうバレてる?」
「当然よ。伊達に一年以上バカップルのイチャイチャ振りを見て来た訳ではないわ。
 それじゃ、ここでお別れね。本番まであと少しだから頑張りましょう。」

ほむらは背中越しに顔だけを向けて満足そうに微笑む。
さやかも会釈で返すと、殆ど見えなくなった夕陽を背にそれぞれの自宅へと向かった。

………………♭♭♭………………

その夜さやかは、就寝前に自室のベッドサイドに立て掛けてある写真立てを見つめていた。
水色のライトに照らされたその中に納められているのは、中学校の入学式のまどかとのツーショットである。

―後悔しない様にちゃんと伝えてあげてね―

今日別れる前にほむらが口にした言葉。何に期待されているのかをさやかは十分自覚していた。
あの頃冗談で"嫁にする"等と言っていたが、今となってはあながち嘘でもないのかもしれない。
本当にさやかを"可愛い"、"女の子らしい"と認めてくれる優しいまどか。
誰よりも自分を認めてくれるまどかが、いつしか本当にいとおしいと感じる様になっていた。

「(あたし…どうにかなっちゃったのかな…へへっ…。)」

笑いながら写真の中の幼い彼女を指で軽くつついてみたり。
幾らかは戸惑いもありながら、それ以上に胸の奥から温かさが込み上げて来る。
この二ヶ月近く、同じ舞台に向けての練習で、想いは鮮明にさやかの中に芽生えていたのだ。

今晩はこの写真を胸に抱いて眠りに就く事にした。


………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………


見滝原中学の学園祭当日、朝から人込みの最中に別の学校の制服を着た女子が二人。
周囲の生徒と比べると幾分か大人びた雰囲気なのは彼女達が高校生だからだ。

「見滝原中かー、まだ一年振りだってのにすっげぇ懐かい気がするなー!」
「あらあら。佐倉さんが居たのは一年だけでしょ?」
「いいじゃんか。アタシだって一応ここのOGなんだぞ。」

去年までの在校生である巴マミと佐倉杏子が学園祭に遊びに来ていたのだ。
同じ制服を着ているという事は同じ高校に進学したのだろう。
二人は卒業した学校の敷地内を懐かしみながら、時折顔馴染みの後輩に挨拶をしたりする。

「そういえば13時から鹿目さん達のクラスが演劇をするそうよ。」
「なあマミ、パンフレットだと"戦場の花嫁"ってタイトルらしいけどどんな話なんだ?」
「うーん…聞いた事が無いからオリジナルのお話じゃなしかしら。」
「へぇー、そうなのか。唯なぁ…アイツ等に話聞いたけどまどかが王子でさやかが姫なんだよなぁ…。普通逆だろ?」
「うふふ、いつもと逆の二人なんて何だか新鮮ね。それじゃそろそろ私達も講堂へ行きましょう。」

講堂では出し物やグループ演奏が順番に行われている。まどか達のクラスが行う演劇もその一つだ。
マミと杏子が訪れたのはタイミング良く舞台のセットが入れ替わっている所だった。

「おおー、いいタイミングじゃん。これから始まるぞ。」
「佐倉さん、ポップコーン食べる?」
「ああ、アタシはわりいけどこれ買ったんだ。これ食い終わったら貰うよ。」

マミは露店で購入したポップコーンを、杏子はペロペロキャンディー片手に舞台の幕が上がるのを待つ。

(ビーーーー)

講堂に響くブザーの音。客席は殆ど空席も見られず満員状態だ。
幕が上がってまず最初に見えたのは、白いレースのカーテンとお姫様ベッドの背景だった。



<~戦場の花嫁~>

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カナメ王国のクリームヒルト王子は、オクタヴィア姫との結婚式を目前に控えていました。
しかし直前にシヅキ帝国のクラリッサ皇帝から突然の宣戦布告。
幸福に包まれる筈だったカナメ王国のミキ城は、瞬く間に戦乱の渦へと巻き込まれてゆくのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

家具やベッド、スタンドライトの様子からここが姫の寝室である事が伺える。
水色のお姫様の衣装に身を包んだオクタヴィア姫こと美樹さやか。
白と金の王子様衣装に桃色のマントを羽織ったクリームヒルト王子こと鹿目まどか。
背の高いオクタヴィアは椅子に座り、それをクリームヒルトがマントで包み込んで寄り添っている。

オクタヴィア姫(美樹さやか)
『クリームヒルト様。この時はいつまで続くのでしょうか?
 今夜だけは明日の事など全てお忘れになってください。私は唯、貴方のお傍にいたいのです…。』
クリームヒルト王子(鹿目まどか)
『済まないオクタヴィア。わたしとて病気の父に代わり一国を担う身なのだよ。』

上目遣いに縋り付く姫を、王子は優しくあやす様に頭を撫でてる。
普段のまどかとさやかとまるっきり反対にした感じの風景だ。

オクタヴィア姫
『ですが王子…本気で帝国と剣を交えるおつもりなのですか?
 相手は三つの隣国を容易く滅ぼしたあの暴君クラリッサ皇帝です。
 忠誠の誓いに私でも差し出せば、皇帝もこの国を滅ぼすとまでは言わないでしょう…。』
クリームヒルト王子
『オクタヴィア、気持ちは嬉しいよ。でも相手が強大な帝国であっても、それが例え結果の見える戦いであっても…
 わたしは貴女を決して皇帝に渡すつもりは無い。だから行くよ。』

王子は姫を包んでいたマントを自分の下に戻し、舞台の横に向き直りゆっくりと歩き出す。
そこは部屋の出口。姫も後に付いて共に部屋を出ると、舞台背景は玉座のある王の間へと入れ替わった。

玉座の周囲に現れた王子と姫。周囲には側近の兵士が数名と姫の侍女が並ぶ。

兵士(男子生徒)
『王子。間も無く出撃の準備が整います。』

まず長槍を床に立てた銀の甲冑姿の兵士の一人が王子に声を掛ける。

クリームヒルト王子
『では行くか…。リリィ、オクタヴィアの事は頼んだよ。」
侍女リリィ(暁美ほむら)
「はい。姫様は私が命に代えても。」

オクタヴィア姫とはまた違った白いドレスの女性が深々と王子に頭を下げる。
黒髪の暁美ほむらが演じるのはオクタヴィア姫に仕える侍女の役。
姫と比べるとやや落ち着いた衣装だが、それでも彼女が高貴なる身分であると見て取れる。

クリームヒルト王子
『オクタヴィア。必ず貴女を迎えに戻るから。』
オクタヴィア姫
『クリームヒルト様…!』

出陣前に愛する姫と交わす最後の言葉。
姫は王子を引き止めたい一心であったが、それを必死に堪えようと悲し気な表情を見せる。
察した王子が右手を差し出すと、姫は片膝を着き王子の手の甲に唇を落とした。
オオクタヴィアの麗しい仕草に客席からは幾らか「きゃあー」等と声が挙がっていた。

やがて舞台は暗転しナレーションが入る。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
間近に迫ったシヅキ帝国の侵略を、懸命に退けようと戦うカナメ王国の戦士達。
しかし相手は三つの国を手中に収めたクラリッサ皇帝率いる強大な帝国。
三日も持たないうちにカナメ王国のミキ城もクラリッサ皇帝の占領下に置かれてしまうのでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

帝国近衛兵(男子生徒)
『道を開けよー。皇帝陛下の前で在らせられるぞー!』

場面は先程と同じく玉座のある王の間。
城に残された姫や側近達の下へ、皇帝率いる帝国軍の連中が歩み寄る。
明るい彩色の衣装を着た王国の人達とは対照的に、帝国の兵士は見て判断し易い黒や紺色の衣装だ。
中でも仁美演じるクラリッサ皇帝は漆黒の鎧に赤いマントを纏っており、いかにも悪役といった感じである。

クラリッサ皇帝(志筑仁美)
『お初にお目に掛かります、オクタヴィア姫。噂通りとてもお美しい方ですね。』
オクタヴィア姫
『始めまして、クラリッサ陛下。皇帝陛下自らこのお城にお越し下さるとは光栄です。』

さやか演じるオクタヴィア姫はスカートの裾をつまんでおじぎをする。
皇帝は城を攻め落とした侵略者であるが、立場上は彼を新たな城の主として歓迎しなければならない。
皇帝に続いて数名の帝国兵や将が王の間に現れる。
その中でも二名の男子生徒演じる側近と思わしき人物が、黒地に金と紫の意匠という姿で存在感を醸し出していた。

クラリッサ皇帝
『ホルガー、ツェントラール。城の連中に結婚式の準備をさせなさい。』
近衛兵ホルガー(上条恭介)
『ハッ!』
近衛兵ツェントラール(中沢)
『陛下の仰せのままに。』

名を呼ばれたのは上条と中沢演じる先程の側近だ。
黒衣の男達は王の間の奥へと消えて行き、彼等に続いて他の帝国兵士達もこの王の間を去ってゆく。
皇帝の有無を言わせぬ突然の暴挙に驚いたのはオクタヴィア姫だ。

オクタヴィア姫
『クラリッサ陛下!? 一体何を…。』
クラリッサ皇帝
『フフフ…姫よ、何故わたくしが隣国を滅ぼしてまでこの城に攻め入ったかお理解りか?
 全ては貴女を手に入れる為ですよ、オクタヴィア。』

皇帝はこの物語における悪役である。しかし屈強な男が演じる悪役とはまた違ったタイプだ
整った容姿とお嬢様独特の気品、そして丁寧な物腰が逆に独特の威圧感を周囲に感じさせる。

『ですが陛下、私の婚約者はクリームヒルト王子唯一人です。』
クラリッサ皇帝
『おやおや。まだ敗者に未練をお持ちなのですか? せっかく貴女達を生かし支配下に置いて差し上げたというのに。」
オクタヴィア姫
『貴女が幾ら私を押し込めようともそこに愛はありません!』

さやか演じるオクタヴィア姫は強気ながらも気高さを失わず言い放つ。
一方の仁美演じるクラリッサ皇帝は姫の威圧等気にも留めず奔放なままに続ける。

クラリッサ皇帝
『傲慢だとおっしゃるか? フフフ…わたくしは三つ…いえ、四つの国を滅ぼした暴君ですよ?
 少々強引ですが、婚姻さえ成れば貴女の気も変わるでしょう。いえ、わたくしが変えてみせますよ!』
オクタヴィア姫
『そ、そんな…!』
クラリッサ皇帝
『オクタヴィアよ、誇りも理想も全て棄て、我が妻となりなさい。ははははは!!』

絶望に膝から崩れ落ちる姫。講堂内に響く皇帝の高笑いの中で舞台は暗転した。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
例え母国を支配されようとも、オクタヴィア姫は王子への想いを捨てきる事は出来ません。
皇帝との強引な挙式を前に姫は最後の夢を見るのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

オクタヴィアとクリームヒルトが手を繋ぎ寄り添っている。
ここは城周辺の森であろうか。鬱蒼とした木々ではなく切り開かれた風景だ。
しかし舞台全体にブラウンの証明があてがわれており、登場人物含めて彩度の低いセピア一色となる。

オクタヴィア姫
『クリームヒルト様。この場所を覚えていらっしゃいますか?』
クリームヒルト王子
『ああ、忘れる筈もない。あの頃のわたしは小さく身体も弱かったからね。
 この小径で転び、独り泣いていたわたしに手を差し伸べてくださった女性の事を思い出すよ。』

王子は姫を見上げて頬を手でそっと撫でる。背の高い姫は顔を王子の肩へ落とし二人の髪が重なり合った。
水色の髪とピンクの髪は対照的でこそあるものの、不思議と鮮やかに混じり合って見える。

クリームヒルト王子
『オクタヴィア、君のお陰でわたしは人を守る事の大切さを知ったんだ。
 いつかは一国の主としてオクタヴィア…貴女を守れる王になりたい。』
オクタヴィア姫
『クリームヒルト様…。私も貴女に相応しい、貴女を支えられる姫でありたい…。』

一度軽く距離を離してから、改めて二人はゆっくりと重なる。
しかしすぐにこの場面は暗転してしまうのだった。



スポットライトにより舞台の中央付近だけが映し出される。
そこは物語冒頭と同じ景色、姫の自室だった。
時間帯も同じく夜だと言うのに、窓から見える景色は何処か妖しさを感じさせる。

姫の儚い夢は終わり冷たい現実へと連れ戻されたのだった。

オクタヴィア姫
『………夢……だったの…?』

姫はそろそろとベッドから下り歩き出す。すると自室には別の人物の姿が既にあった。
ドレス姿の女性、オクタヴィア姫の侍女リリィである。

侍女リリィ
『姫様…独りでは心細いと思いまして、失礼ならがお傍におりました。
 こんなお時間に出歩いてはなりません。』
オクタヴィア姫
『リリィ…。眠れないの、私…。』
侍女リリィ
『王子の夢…ですか?』
オクタヴィア姫
『ええ。あれからここ数日、同じ夢ばかり…。ねぇリリィ。泣いてもいい…?』
侍女リリィ
『私の前で良ければ幾らでも。』

侍女は感情を露にこそしないもの、幽かに優しく包み込む様に微笑む。
彼女は憔悴しきった姫にとって唯一残された心の支えなのだ。

窓から見えるのは早く動く紫の雲と赤い光を放つ月。
差し込む月の光に照らされながら、姫は嗚咽を堪えられず侍女の肩で涙した。




―うわあーっ!! 大変だぁーっ!!―


夢に堕ちる事の許される最後の夜に、静寂を破る男性の声が響き渡る。

オクタヴィア姫
『何…? 兵の声…???』
侍女リリィ
『姫様、私達も参りましょう。』

空中回廊にも似た廊下を通り抜けて城の中心、王の間へと向かう二人。
そこには既に皇帝含めて城内の帝国兵達や住人が多数集まっていた。

近衛兵ツェントラール
『へ、陛下ぁ!大変です!』
クラリッサ皇帝
『どうしましたツェントラール? こんな夜中に騒がしいですよ。』
近衛兵ツェントラール
『王国軍の残党が攻めて来ました!夜の闇に紛れての奇襲です!』
近衛兵ホルガー
『まだ未確認ですが、どうやら王子の姿も生き残りの中にある様です。如何致しましょうか、陛下。』

王子が生きている、近衛兵の一言により王の間は途端にざわめき始める。
いきなりの朗報に喜びどころか混乱するオクタヴィアと落ち着かせようとするリリィ。
しかし皇帝は姫達の淡い期待すらも嘲笑うかの様に告げるのだった。

クラリッサ皇帝
『よろしい。王子が生きているというのなら尚更良い機会です。
 オクタヴィアよ。貴女の未練を断ち切る為、姫の御前に王子の首を必ずやお持ち致しましょう。』
オクタヴィア姫
『―――!? なっ…そ、そんな…クリームヒルト様を…?!』

皇帝は王子の死を証明する事によって姫の希望を完全に奪い去ろうと言うのだ。

クラリッサ皇帝
『降り掛かる火の粉は払わねばなりませんからね。貴女の歓喜の悲鳴、楽しみにしていますよ、姫。
 うふふふっ…ふふふふふっ…あははははははっ!!』

間も無くこのミキ城周辺は戦乱の渦に飲み込まれるだろう。
皇帝と兵達は戦場に向かう為にこの場を去り、舞台中央には姫と侍女だけが残された。

オクタヴィア姫
『どうしようリリィ! 私何も出来ないわ…このままじゃクリームヒルト様が…。』
侍女リリィ
『………。姫様。行きましょう、王子の下へ。』

黒髪の侍女は静かに決意を込めた声で言う。
錯乱しかけた姫を落ち着かせる強い意志のこもった声で。

オクタヴィア姫
『えっ…? 何を言ってるの…?』
侍女リリィ
『どの道このまま黙っていれば皇帝の思う壺です。
 ならば今こそ混乱に乗じてここを抜け出し、王子の待つ戦場へと向かうのです。」
オクタヴィア姫
『でも、どうやって…。』
侍女リリィ
『お忘れですか姫様? 私は貴女の侍女であると同時に…』

リリィはいきなりドレスをたくし上げ始めた。するとそこからある物を取り出す。
(シャキン!)
鞘ごと一振りの剣を取り出したのだ。
そして刃を抜き侍女とは思えぬ動きで剣士らしく構えてみせる。

侍女リリィ
『姫様の守護者でもあるのですから。
 貴女が危険な場所へ向かわれるのであれば、守り抜くのが臣下の勤め。』

華奢な女性故に一級の将軍等には及ばないだろうが、それでもリリィは姫の護衛として剣の心得を持つ。
下手な兵士より断然頼りになるだろう。少なくともこの城内を知り尽くした彼女なら。

侍女リリィ
『この私が命に代えても必ずや貴女を王子の下へお送りしましょう。』

リリィは剣を腰に携えると姫に向き直り、自信に満ちた顔で微笑むのだった。


戦場の花嫁(前編)

続きます。
後編は土日辺りで投下できるかなぁ~…と思います。

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最終更新:2012年11月08日 08:38
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