492 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/11/11(日) 22:32:40.04 ID:V/vc4g4U0 [3/3]
学園祭のお話(後編)を投下させていただきます。
前編とサイズがものっそ違う上に読み返しもしてないので箇所箇所酷いかもしれません。
どうかご容赦くださいませ…。
[戦場の花嫁(後編)]
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クリームヒルト王子率いる王国残党軍の奇襲攻撃。闇夜の中で再び戦いが始まるのです。
果たしてオクタヴィア姫は無事クリームヒルト王子の下へ辿り着けるのでしょうか?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
王の間を抜けるとそこは広大な敷地を有する中庭を囲う空中廊下。
周囲を覆う城の塔と城壁は高く聳え立つものの、あまりの広さに見下ろす中庭自体は小さな町にも見える。
この景色が昼間であれば、王族の優雅な住まいに人類の多くが憧れたであろう。
しかし今は生憎夜。
月下の空中廊下は禍々しい紫の空に覆われ、雲は速く月は紅い。
優雅とは程遠く、寧ろ不気味な空の様子が戦乱の地を予見しているかの様だ。
侍女リリィ
『姫様、何故ウェディングドレスを? これから切り抜ける険しい道程は無傷では済みませんよ。』
オクタヴィア姫
『それは勿論承知の上よ。例え襤褸切れになろうとも、私はこのドレスを王子に見せたいの。』
侍女リリィ
『フッ…良い覚悟です。お転婆な姫でこそ守り甲斐があるというものですよ。』
これから戦場へ赴こうとは思えぬ、煌くドレス身を包むのオクタヴィア。
本当ならクリームヒルト王子の為に用意したこのドレスを、戦場へ持ち込んででも彼への愛を証明したかった。
壁が交互にあったり無かったりを繰り返す吹き曝しの廊下。
場所の構造を熟知している侍女にこの見晴らしは有利だ。曲がり角に配置されている帝国兵の姿を発見した。
兵士(女子生徒)
『はぁ~…暇だなぁ~…。こんな事なら私も先陣に加えて貰えば良かったよ。』
兵士(男子生徒)
『文句言うなよ。うちの皇帝陛下は羽振りがいいんだぜ? 待機組みの俺等だって給料同じなんだから。』
全ての帝国兵が戦場に駆り出された訳ではないらしい。
暇を持て余し雑談に興じる二人の兵は一切の警戒心を欠いていた。
オクタヴィア姫
『(大変よリリィ!哨戒中の兵がいるわ!)』
侍女リリィ
『(姫様はここでお待ちを。)』
ドレス姿にも関わらず足音も衣擦れの音も生じさせず、黒髪の侍女は暗殺者の如く兵との距離を近付ける。
そして3~4メートル程度まで近付いた時、不意に「トン」と何かの物音がした。
兵士(女子生徒)
『ん? 何の音…―――ぐっ…?!』
兵士(男子生徒)
『おい!どうし―――がはっ…!!』
音に気付いた時には既に侍女の剣が息の根を止めていた。刺殺された兵は人形の様にその場にドサッと崩れ落ちる。
客席からは「暁美さんかっこいい~!」との声がチラホラ。王子、姫、皇帝に続く美味しい役所かもしれない。
侍女リリィ
『(姫様!こちらへ!)』
道を切り開くと侍女は急いで姫の手を取りこの場を駆け抜ける。戦闘開始直後と言えどもこの城は敵の占領下だ。
いつ敵兵と接触するか理解らない以上は先を急ぐに越した事はないのだ。
廊下を幾度も渡り、各所で出くわした帝国兵を侍女が対処しつつ、だいぶ下の方まで降りて来た。
城の裏口まであと数階という辺りで姫と侍女は遂に兵達に発見されてしまう。
近衛兵ホルガー
『そこまでです姫! お姿がお見えになりませんのでどちらに行かれたのかと。』
侍女リリィ
『チッ…!(皇帝め、厄介そうな近衛を残していたのね…。)』
近衛兵ホルガー
『オクタヴィア姫よ、どうか使い(侍女)に剣を収めさせお部屋にお戻り下さい。』
上条演じる近衛兵のホルガーを含めて五人の兵が道を塞いでいる。侍女は思わず舌打ちしていた。
しかし二人には一国の猶予も許されない。こうしている間にもホルガー達の様に追っ手が迫っている。
侍女は降伏どころか果敢にも兵士の一人に斬り掛かったのだ。
侍女リリィ
『はあぁッ!!』
兵士(男子生徒)
『ぐあっ!!』
侍女リリィ
『姫様!兵の相手は私に任せて先をお急ぎください!』
近衛兵ホルガー
『貴様ッ…! 女如きが邪魔をするなぁッ!!』
強引に道を抉じ開けて姫を廊下の先へと進ませる。たった一人の女で五人の兵を相手にしようと言うのか。
ホルガーが姫を逃がすまいとするが、そこに更に侍女が剣を構えて立ちはだかる。
オクタヴィア姫
『リリィ…ごめんなさいっ!!』
兵士(女子生徒)
『マズい!姫に逃げられる!』
侍女リリィ
『貴女達の相手は私だ! 姫様に手出しはさせない!!』
オクタヴィアは一度だけ振り返った後、辛そうな眼差しを棄てて駆け出した。
黒髪の侍女は華奢な腕とドレス姿に似合わぬ剣捌きで、たった一人でこの場を預かるのだった。
場面は変わり、月下の戦場へ。
暗い大地には灯りの列が幾つか横に並びミキ城へと伸びている。
クリームヒルト王子
『やはり皇帝陛下はすぐに軍を立て直して来たか…。
皆の者!地の利はこちらにある!わたし達の城と姫を取り戻すのだー!!』
(わああああああああああああああああ!!)
舞台の左端から銀色の鎧の王国兵達現れ、武器を手に次々と舞台右側の城門へと走って行く。
裏方を除いてクラスの実働人数は30弱。男子と女子が半々くらいで混ざっている。
王子含め半分の15人だけだと物足りないので、帝国兵を演じた生徒も衣装を王国兵の物に変えてこれに参加しているのだ。
すぐに場面は戻り、再び城内の廊下。
地上の出口付近となった為に背景の月は小さく遠いものとなっている。
オクタヴィア姫
『はぁっ…はぁっ…はぁっ…!』
ここまで懸命に走っていたのかオクタヴィアは肩で息をしていた。
それでも足を止めず壁に手を着きながら一歩一歩進み続けている。
『おやおや、こんな場所までおいでですかお姫様。』
オクタヴィア姫
『―――…っ!!』
この状況で無常にも新手の出現だった。
暗がりから現れた兵、中沢演じる近衛が剣を構えてオクタヴィアへと歩み寄る。
近衛兵ツェントラール
『申し訳ございませんがここまでですよ、オクタヴィア姫。いやしかし、今ここには貴女の護衛も皇帝陛下もいない。
…という事は、俺が頂いちゃってもいい訳ですよね~。』
オクタヴィア姫
『なっ…!?』
ツェントラール(中沢から取ってドイツ語で"中"の意)は丸腰の姫をじりじりと追い詰めてゆく。
恐怖に顔を引き攣らせた姫は壁と背中合わせ。中沢に剣を突き付けられ身動きが出来なくなっていた。
ツェントラール
『へっへっへ…こんな所で花嫁さんをいただけるなんて幸せだな~♪』
オクタヴィア姫
『ひっ…!』
―それには及ばないわ―
(ズガッ!)
ツェントラール
『ぐあっ……な…?!!!』
姫を襲おうとしたツェントラールの背中に剣が突き立てられていた。
恐る恐る振り返ると、そこにいたのは先程姫を逃がして奮闘していた筈の侍女であった。
侍女リリィ
『貴男程度が姫様に触れるなど…穢るわしいっ…!』ズバァッ
ツェントラール
『ぎゃああああああっ…!』
怒りの言葉と共に突き立てた剣を袈裟懸けに斬り払う。
ツェントラールは悲鳴を上げてその場に倒れ込み動かなくなった。
侍女リリィ
『ハァ…ハァ…くっ…姫様…。』
オクタヴィア姫
『リリィ!良かった!無事だったのね…―――っ!?』
頼りにしていた侍女の到着を喜びたかったオクタヴィアだが、その喜びは途端に悲しみへと変わる。
気品を帯びていたリリィの白いいドレスは不規則に真っ赤に染まっていたからだ。
しかもこの夥しい量の血痕は帰り血のみによるものとは到底思えかった。
オクタヴィア姫
『リリィ!? その怪我は…いけないわ!すぐ手当てを!』
侍女リリィ
『…いえ…私は……結構…です…もう…遅い…。』
途端にガクンと膝を突くリリィ。
本来率先して戦う立場ではない彼女は五人の兵を打ち倒したものの、自身も重症を負っていたのだ。
ウェディングドレスの布地を破って包帯にしようとする姫を制してリリィは続ける。
侍女リリィ
『…それより…王子が…この先…で…。』
オクタヴィア姫
『駄目よリリィ!しっかりして!』
侍女リリィ
『…貴女に…仕えられ…て…ホント…に…良かった…………』
消えそうな笑みを必死に浮かべて姫を安心させようとするリリィ。
オクタヴィア姫は演劇にも関わらず本当に涙を流していた。
オクタヴィア姫
『嫌ああああああっ! …ぅぅっ…リリィ…。』
オクタヴィアは涙の粒を零しながら血塗れの侍女をそっと壁にもたれ掛けさせる。
微笑んだままの亡骸の前で十字を切ってから姫は戦場への出口へと走り出した。
オクタヴィア姫
『リリィ…ごめんね…ごめんね…。』
舞台は暗転しいよいよ直接戦いの舞台へ。
城門内ではクリームヒルト王子率いるカナメ王国軍と、クラリッサ皇帝率いるシヅキ帝国軍が相対していた。
クラリッサ皇帝
『王子よ、よくぞここまで来ましたね。その度胸に免じてわたくし自らがお相手いたしましょう。』
クリームヒルト王子
『この城には民との大切な思い出が、そしてわたしの愛する姫がいる。貴女を玉座から引き摺り下ろさせていただく!』
クラリッサ皇帝
『フッ…玉座ですか。この城の姫君をわたしに譲ると誓うなら、城から手を引いて差し上げてもよろしいのですが?』
クリームヒルト王子
『それは出来ない! オクタヴィア共に掛け替えの無い時を過ごした人。わたしが全てを捧げて守るべき姫だ!』
舞台左側に王国軍、右側には帝国軍の兵が立ち並ぶ。
ちなみにそれぞれ15人程度でクラス総動員での一番大きな場面だ。
前のシーンで退場した中沢、上条ほむら等も一般兵役の服装で(ほむらは髪を束ねて)ちゃっかり混ざっていたり。
一触即発で今にも戦闘開始のその時、城の裏口から戦場へ辿り着いた姫が叫ぶ。
オクタヴィア姫
『クリームヒルト様!!』
この戦場には似つかわしくないウェディングドレス姿の姫。
些か擦たり汚れてたりしてはいるが、オクタヴィア姫の決意共々気高さは健在だった。
戦場に乱入した姫は迷う事なく王子へと駆け寄る。
クリームヒルト王子
『何故ここへ!? それにそのドレスは…!』
オクタヴィア姫
『このドレスは王子との式の為に仕立てたものです。本当は戦場ではなく礼拝堂でお見せしたかったのですが…。』
王子は姫を自分の影へと片手で抱き寄せる。
と言っても姫の方が長身である為、背中に隠れさせた程度だが。
クラリッサ皇帝
『オクタヴィアよ、わざわざ貴女から出向いてくださるとは光栄ですね。
王子。愛しの姫がいらっしゃった以上決闘で決着を着けるしか無いでしょう。』
オクタヴィア姫
『いけません王子! 私を人質に取るのです! そうすれば皇帝も…』
クリームヒルト王子
『いいえ、姫。貴女を守れずしてわたしに王の資格は無いよ。わたしは必ず皇帝に打ち勝ってみせる。
世界中の誰よりオクタヴィアを愛している。だから…今は下がってくれないか?』
オクタヴィア姫
『クリームヒルト様…。』
王子に諌められて姫は一度身を引いた。
クリームヒルトはオクタヴィアの夫である以前に一国の王子である事を選んだのだ。
王子は皇帝に向き直り剣を構えると、皇帝も応じて剣を構える。
クラリッサ皇帝
『では…行きますよ! はあああっ!!』
クリームヒルト王子
『やああああっ!!』
王子と皇帝の剣による金属音を合図に、それぞれ相対する兵達も剣を交え戦いが始まる。
傍らで王子の勝利を祈るオクタヴィアを覗いてクラスメイトほぼ全員参加。
舞台一杯に男女入り乱れて剣を打ち合う様は正に戦場そのものだ。
クリームヒルトを演じるまどかが剣道の基礎を学んだのはこの決戦の場面の為だ。
クリーヒルト王子は華麗にマントを翻しながらクラリッサ皇帝の剣を避わして反撃に出る。
一方のクラリッサ皇帝も漆黒の鎧に恥じぬ身のこなしで王子の剣を力強く弾き返す。
一般兵達は基本的に片手に剣または槍、片手に盾というスタイルだが王子と皇帝は両手で扱う大剣だ。
王子と皇帝の戦いは、他の兵とは違い剣がぶつかるだけでもかなりの迫力がある。
この舞台において姫だけでなく観客すらも彼女達の剣の死闘に見入っていた。
クリームヒルト王子
『これでトドメだああっ!!』
クラリッサ皇帝
『甘いですよ! たあああっ!!』
戦況は拮抗したまま金属音は不規則に繰り返し続け数分が過ぎてゆく。
永遠に続くかに見えた決闘だが、一対一の相手を倒した帝国兵の一人が不意に王子に斬り掛かったのだ。
帝国兵(男子生徒実は中沢)
『王子覚悟ぉっ!!』
クリームヒルト王子
『うあっ! このおっ…!!』
これは戦争だ。故に一対一のルールを厳守せよとのルール等無い。
不意打ちで手傷を追ったものの王子はすぐに敵を退けた。
しかし続いて容赦無く皇帝の剣が降り注ぎ王子は徐々に押されてゆく。
互角だった力関係が一度傾き始めると、皇帝はこの機会を逃すものかと力強く大剣を振り翳した。
怪我をした片腕を庇いながら後退する王子。幾度か皇帝が剣を大振りし、遂に王子は剣を手から失ったのだ。
クラリッサ皇帝
『これまでです!クリームヒルト!!』
クリームヒルト王子
『くっ…―――!!!??』
(ザシュッ)
剣が何かを斬り裂く音。だが飛び散る鮮血は王子の物ではなかった。
白いドレスが…ドレスから覗く華奢な姫の二の腕が…王子の盾となるべき立ちはだかっていたのだ。
目を見開き動けない王子。鮮血が舞台中央で飛び散り、思わず客席から悲鳴が上がる。
クラリッサ皇帝
『―――なっ…!? 馬鹿な…わたくしはっ…!!!!???』
激しく動揺する皇帝。それは愛する姫に身を庇われた王子も同じであった。
その直後純白のウェディングドレスは一瞬の間に鮮血に染まってゆく。
ドレスに仕込まれた塗料は祝福に彩られた純白を、見る影も無く朱に変えてしまった。
クリームヒルト王子
『オ…オクタヴィアぁぁぁぁーっ!!』
崩れ落ちるオクタヴィアを受け止める王子。戦いの最中など関係無い。
互いに守りたいという意思が、もう一度時を歩みたいという願いの結果が…
王子にとって最も大切なものが、皮肉にも自分を守る為に盾となって散ってしまったのだ。
クリームヒルト王子
『…あ……あああああああ……ううううっ…!』
クラリッサ皇帝
『馬鹿な…わたくしは…取り返しのつかない事を…。』
皇帝も王子もその場に膝を着いて戦意を失う。決闘の理由を失った以上は続ける価値も無い。
また主達の動向に何事かと全ての兵達が戦いを止めていた。
クリームヒルト王子
『オクタヴィア!どうして…どうしてわたしを…!』
オクタヴィア姫
『……貴男のいない……世界なんて私は……嫌です…から…。』
震える声で精一杯の回答だった。
本当に演技なのかと聞き違える様なオクタヴィアの声は、首の小さなマイクを通して会場全体にはっきりと伝わる。
クラリッサ皇帝
『…もうその傷では姫は助からないでしょう。』
意気消沈した肯定は先程までの余裕も威圧感も失せ、冷めた表情で言葉を紡いだ。
クリームヒルト王子
『この城を放棄する…。全軍は北へ脱出せよ…。』
王国兵(女子生徒)
『はっ!』
真っ赤に染まったオクタヴィアをお姫様抱っこで持ち上げ、王子は兵と共に敵に背を向けて歩き出す。
しかし皇帝はもうそれを止める事などしなかった。
クラリッサ皇帝
『わたくしはこの国への興味も失せました。住人を追い出した後、城を焼き払ってしまいなさい。』
帝国兵(男子生徒)
『陛下。王子他、敵が逃げますがよろしいので?』
クラリッサ皇帝
『もうこの国から奪える物も無いでしょう。見逃して差し上げなさい…。』
帝国兵(男子生徒)
『ハッ!おうせのままに!』
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皇帝は暴君でこそありますが、抗う意思の無い者は斬るに値しないと見定める人でもありました。
こうしてたった一人の姫を巡る戦いは、最悪の結末を経て終わりを告げたのです。
勝者など誰もおらず、多くの者が何の為に戦ったのか、その意味さえ誰にも理解りません。
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ここは王国の北にある泉。背走する中で辿り着いた場所。
死に際の姫をほとりへ横たえて、身も心も尽き果てた王子は姫へ語りかける。
クリームヒルト王子
『オクタヴィア…まだわたしの声が聴こえますか…?』
オクタヴィア姫
『……はい…。』
慈しむ様に姫の頬を撫でる王子。撫でた指先も未だ新しい姫の血で紅く濡れてしまう。
クリームヒルト王子
『わたしは国を失い、これから貴女も失ってしまうでしょう…。貴女が居ないだけでこんなにも…わたしは弱い…。』
王子は涙を流し横たわる姫を抱き寄せた。しかし姫は首を横に振る。
オクタヴィア姫
『…いいえ…貴女は…最後まで…私の…王子でした…。』
クリームヒルト王子
『ありがとう、そしてごめんよオクタヴィア…。わたしは最期まで貴女の姫で居たい。
それに姫を一人で行かせるなどわたしには出来ないから…。』
王子は剣を鞘から取り出し、自らの胴を刺し抜いた。最早痛みを知る事もないその身体は姫へ覆い被さる。
クリームヒルト王子
『愛してるよ、オクタヴィア…。』
オクタヴィア姫
『…私も愛しています…クリームヒルト様……ずっと…一緒ですから…。』
姫は最期の力を振り絞り左手を王子の頬へ。震える指で頬をなぞった。
僅かな力で王子の背を抱き寄せて唇を重ねたのだ。客席から「きゃあー!」と女性の悲鳴が聞こえる。
何しろこれが演技等ではないく本当のキスだからだ。
唇を重ねる風に見せるだけの予定だったのに、姫自らの意思で王子の唇を強く奪ったまま舞台の幕が降りるのを待った。
………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………
『馬鹿野郎~っ!なんでどっちも死んじまうんだぁ~! ぅぅぅぅぅ…命あってこその愛じゃねーか…!』
『落ち着いて佐倉さん…。』ナデナデ
舞台の最前列で演劇を見ていた二人、杏子は思いっきり泣き出していた。
妹をあやす様にマミは自分の胸元に杏子を抱き寄せる。
また他の観客からもすすり泣く声だったり、「王子様かっこ良かったよねー」とか「お姫様の演技凄かったなー」等等の声が。
まどか達のクラスの演劇はなかなか好評だったらしい。反応は喜ぶ者と悲しむ者で真っ二つに分かれそうだが。
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(ぼーっ)
舞台終了後、ヒロイン役を終えたさやかは楽屋で椅子に座ったまま放心状態だった。
大役を成し遂げ緊張の糸が切れた事と、最後の最期にあんな事をやってのけてしまったからだ。
本当ならまどかにキスだなんて…直接キスなんて無い筈だったのに何故あんな事を…。
「さやかちゃーん! えへへ、本当にキスしちゃったね♪」
「―――っ!? う…うわ…うわああああああ! ご、ごめんまどか!あれはつい勢いで…。」
左右の手をバタつかせた後大慌てで拝み倒しで弁明するさやか。
でもそれすらもまどかにとっては嬉しかった。にこにこと笑みを浮かべたままでさやかに制服を手渡す。
「さやかちゃん、そろそろ着替えようよ。お姫様の服真っ赤になっちゃってるから。」
「へ? あ、うん…そだね…。」
思えば最初はコンプレックスにより着るのも恥ずかしかったウェディングレス。
演劇上の都合で真っ赤に汚してしまったのが、今では少し名残惜しく感じてしまう。
着替えを終えて更衣室から出ると、楽屋には既に多くのクラスメイトが待っていた。
「凄かったねさーやん! 最初から最後まで超お姫様だったよー!」
「まどっちとのツーショット最高だったねー! このバカップルめー!」
「ちょっ!/// あはははは…あんがとみんな。」
女子友達に褒められ茶化されて、さやかは頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。
自分の行いがちょっぴり恥じらいを生んでまだ当分その余韻は消えそうにない。
すると今度は男子生徒の中の一人、さやかの旧知の仲である彼が労いの言葉を掛ける。
「お疲れ様さやか。」
「あっ…恭介…。うん、恭介もお疲れ。」
「今日のさやか、本当に綺麗だったよ。とっても女の子らしくて正直驚いたな。
良かったらこれから僕と一緒に学園祭巡りに行かないかい?」
中学生になって始めて上条恭介の方から声を掛けてくれた。
彼が怪我をした時も、さやかが密かにずっとアプローチを続けていた彼がそこにいる。
今やっと自分を"女の子"として認めてくれたのだ。しかし…さやかの心は既に別の方角へ向いていた。
「ごめん恭介! あたしもう先約があるからさ。」
「………えっ???」
恭介自身、それなりにイケメン美男子で通っている自覚はあったのだ。
幼馴染のさやかにはてっきりOKを貰えると思い切っていた恭介は口をあんぐりと開けたまま固まる。
「まーどかっ! 模擬店回ろうぜー!」
「ふえっ!? あ、あのさやかちゃん…でも上条君が…。」
「あのねぇ…あたしが何であんたを王子様役に選んだか理解んないの?」
「ええっ…!??」
さやかは腰に手を当てて呆れた眼差しをまどかに向けていた。
同時にさやかから放たれた妙な緊迫感が突き刺さり、まどかはオロオロと戸惑ってしまう。
クラスメイトほぼ全員が見ている中で、さやかは今しか無いと強く決心していたのだ。
「あたし…まどかに勇気を貰ったから最後までお姫様役頑張れたんだよ。
配役が決まる前の日にあんたが言ってくれた事覚えてる?」
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そんな事無いよっ!わたしずっとさやかちゃんを見てたから理解るよ!!
さやかちゃんがお料理の練習してるの知ってるし、上条君から習ったヴァイオリンだって続けてるでしょ!
それはさやかちゃんが女の子らしくなりたいからじゃないのかな?
でもわたし、他にもさやかちゃんの女の子らしい所たくさん知ってるよ。
さやかちゃんスタイルだっていいし、ホントは可愛い服とかも好きだけど、さやかちゃんは自信が無いから着ないだけでしょ…?
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「一緒に劇の練習して、王子様とお姫様として触れ合ってね、あたし気付いたんだ…。」
あれから夜眠る度にさやかの脳内ではまどかの言葉がずっと離れなかった。
王子様の姿格好をしたまどかにキスをする事も、躊躇いなど一切無くごく自然な行動だった。
だからこそ今ここで愛を証明したいと思った。顔馴染みのクラスメイト達に蔑まれても構わないから。
「あたし、まどかが好き。誰よりもあたしをずっと見ててくれたまどかが好き。」
「さ、さやかちゃん…?」
楽屋に響くさやかの告白に全員が聞き入っていた。
「気が付いたらさ…あたし本気であんたに恋しちゃってた。
女の子が女の子に言うのって変だけど…あたしと付き合ってください!
勿論友達じゃなくてそのっ…す、"好きな人"としてっ!!」
この場の誰も物音一つ立てず静寂が楽屋を支配する。
誰しもがまどかの返答を期待するのだが、当のまどかは顔を真っ赤にして混乱していた。
まどかは小さな頃からさやかに淡い恋心を抱いていたが、恭介という存在がある事で自分の想いは胸の奥に仕舞い込んでいた。
それがこの場で恭介を差し置いて、しかも同性である自分に想いが向けられたというのだから。
「(ふえええええ…嬉しいよぉ…! 夢みたいだけど、こ、ここここここれってホントに…!?)」
頭の中で嬉しさと戸惑いが渦を巻き、どうしていいのか理解らない。
するとまどかの肩をポンと叩いたのは友達の一人であるほむらだった。
軽くウインクして"しっかりしなさい"との意思を伝えると、まどかは我を取り戻してさやかに向き直る。
「わ、わたしも…さやかちゃんが好き! だーい好きだよっ!」ギュッ
「おおおおー!!」「ヒューヒュー!!」「まどっちおめでとー!」
(パチパチパチパチパチパチ)
楽屋中で拍手喝采に黄色い声がパーティー会場の如く溢れ帰る。
クラス全員の前という余りにも思い切った告白だった事もあり、誰一人として揶揄する者はいなかった。
寧ろショックを隠しきれなかったのが先に玉砕した恭介だったという。
「嘘だぁ…さやかが…鹿目さんに…。」アゼーン
「当然の結果よ。"かっこいいお姫様"じゃなく先に自分から"女の子"として認めてあげたまどかの勝ちね。」
「ううっ…トホホ…。」ズーン
ほむらはまどかの勝利を我が事の様に勝ち誇った顔をしていた。
演劇を通してまで一番大切に思っていた人の、恋の成就を後押しした甲斐があったと言うものだ。
すると今度はこの場の勢いに任せて中沢がほむらに突撃する。
「暁美さん!俺ずっと貴女の事が好きでした!付き合ってくださ(ry
「ごめんなさい。」
「(ガーン!!!!) 超即答かよぉ~!! ぶやおわぁぁぁぁん!!!」ダダッ
「あはははははは!」「知ってた。」「中沢君ドンマイ~!」
ご愁傷様。最後まで言い切る直前に半眼のほむらに一蹴されてしまいましたとさ。
中沢は一秒と経たずに部屋の隅っこで丸くなった。
「まどかさん!さやかさん!おめでとうございます! ああ…やはりお二人の愛は本物でしたのね~♪」
「仁美もほむらもありがとね。」
友達の一人、仁美もうっとりとした笑顔でに二人の愛を祝福する。
日頃から間近でイチャイチャを見続けていて、とっくの昔にまどかの気持ちには気付いていたのだろう。
「それにしても彼の目の前で良く決心が付いたわね? ちょっと驚いたわ。」
「やっぱあたし、自分を一番見てくれる子に惚れちゃってたみたいだわ。それよりあんたは良かったの…?」
「私はまどかの幸せを守りたいから、貴女の友達としてもお願いするわ。これからもずっとそばにいてあげてね?」
「そりゃ勿論だよ。何ってったってまどかはあたしの嫁なんだから。」
正直な感想を述べるほむら。彼女もさやかとまどかを後押ししてくれた味方の一人だ。
さやかの気持ちがちゃんとまどかに向いていて良かったと、心からそう思っていた。
「さやかさんがまどかさんをお嫁さんにする…去年の今頃はまだ冗談でしたのに、今のお二人と来たら…うふふふふ♪」
「仁美ちゃん、なんかちょっと恐いよぉ…。」
「ほら、バカップルはさっさと模擬店でも周って来たら?」
「おーし!行くぞまどかー!」
「わーい!さやかちゃん待ってぇ~!」
仁美とほむらに見送られ、クラス一番のバカップルは楽屋を後にした。
「くっくっく。女の子に取られるとはザマぁ無いな上条。」
「う、うるさいよ!」
「上条、俺がいるよ。失恋した者同士仲良くしよう!」
「僕はノンケだああああ~!!」ガァーッ
こっちはこっちで別の友情が芽生えた様だ。勿論悪ノリする中沢もノン気だと思われるが…。
それでも男子達はめげず、彼女だとかは関係無しにほむらに誘いを掛ける。
「暁美さ~ん、俺と模擬店行きませんか?」
「いやここは僕と…。」
「いやいや俺がエスコートしますよ!」
「…っ!」ゾワッ
男性の興味ほぼゼロ(?)のほむらは手を取るどころか背筋に嫌な汗が湧き上がるばかりだ。
顔色を悪くするほむらに救いの手を差し伸べたのは友達の仁美だった。
「ほむらさん。わたくしとご一緒願えませんか?」
「!! そうね!私は仁美と周るわ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと志筑さーん!?」
何と同じ女子がほむらをあっさり連れて行ってしまった。しかも相手は次辺りに声を掛けられそうだった仁美だ。
ノリノリで腕を組んで楽屋を後にする仁美。彼女がガチなのかノン気なのかは定かではないが…。
残された男子達は唯々涙を呑むばかりだった。
………………………………………………………♭♭♭………………………………………………………
「ブルーベリーとピーチ生クリームでお願いしまーす!」
「はいまいどありー! あっ、君等演劇の王子様とお姫様だろ? 100円まけとくよ!」
「うっ…ありがとごぜぇます…。」
まずは開いたクレープ屋に立ち寄りトッピングをお願いする。
二人は真っ先に甘い物で腹ごしらえをする事になった。
「良かったねさやかちゃん。わたし達学校で有名人だよー!」
「うわあああ…やっぱ目立ってたのかなー…。けどまぁ…まどかと一緒だっしいいかな。」
「えへへ♪」
盛大な劇をやったのでしっかり顔を覚えられていた様でやっぱり恥ずかしい。
でもまどかと顔を見合わせて微笑めば恥ずかしさも暖かさに変わっる。
「さやかちゃん、こっちのイチゴバナナ食べる?」
「おっ、今日はまどかの方から積極的だねぇ。んじゃお言葉に甘えて…。」
しかしまどかはクレープを直接差し出さない。自分で一度口に含んでからさやかに顔を寄せる。
「うおっ!?(これは口移しって奴かー!?) お、おーし…!」
周囲の目もあるが、講堂の舞台で思いっきりキスした事を思えばどうという事はない。
意を決して唇を重ねると、まどかの口から少し暖かくなったクレープ生地とフルーツが流し込まれる。
「んむぅっ…!? んふっ…。」
まどかの唾液と生クリームが混ざったそれは、今まで食べたどのクレープよりどのケーキよりも甘く感じられた。
過去に遊びで軽くキスをした事はある。しかしまどかの唾液がこれ程甘いとは思わなかった。
さやかはクレープを受け取ると、じゅるりと音を立てて一滴でも多くまどかの唾液を貪ってから口を離した。
「えへ…どうだった…かな…?」
「…甘い…。まどかの味、凄く甘いよ…。」
「わわわ!わたしの味がどうかじゃないよぉー!」
真っ赤になって慌てふためくまどか。さやかはうっとりした女の子顔をしていた。
それは演劇で見せたお姫様の表情に限りなく近かったかもしれない。
「ねぇまどか。あたしのも食べたいと思わない?」
「ふえっ!?」
まどかの返答を待たずさやかは自分のクレープを口に含み、まどかへ近付ける。
恋という感情が、好きだという感情がさやかの羞恥心も躊躇いも完全に掻き消してしまうのだ。
小さく開いたまどかの口に、さやかは無意識に唾液を多めに含ませて送り込んだ。
「んちゅっ…あむぅ…。」
まどかはさやかのそれを喜んで受け取った。
同時に差し出された舌を、生クリームの味が消えても自身の舌で絡め取り味わい続ける。
新しい遊びを見付けた二人は、クレープの甘さを相手の甘さにトッピングして何度も繰り返した。
「とっても甘いね、さやかちゃん。」
「へへ…あたし、まどかの味がこんなに甘いなんて思わなかったよ。」
「さやかちゃんこそとっても甘くって、女の子の味がしたよ。」
不器用過ぎて今まで踏み出せなかった反動であろうか。
たった今恋人同士になったというのに、唾液の交換とは早くも手練れのバカップル顔負けだ。
そのイチャイチャっぷりは不意に一つのシャッター音によって中断されてしまう。
(パシャッ)
「ふええっっ?!」「のわあっ!?」
慌てて身体を放すまどかとさやかだが時既に遅し。
シャッター音の主が持つカメラからはしっかり収められたベストショットが写真となって出て来た。
「へっへっへ、いいのが撮れたぞ~♪ オマエ等、今日は凄ぇ劇見せて貰ったよ!」
「鹿目さん美樹さん、久し振り。貴女達は相変わらず仲良しなのね♪」
カメラ片手に現れたのは卒業生の佐倉杏子と同じく巴マミ。
まどか達の演劇を堪能した後、模擬店の中から二人を探していたのだ。
「マミさん杏子ちゃんこんにちわ。演劇見てくれたんですね、ありがとうございます!」
「あー、そのぉ…あたしの役はツッコまないでくださいお願いします。」
「いやぁ~、あまりにいい雰囲気で話し掛けられなくてなー。」
「うふふ、演劇のお姫様と王子様素晴らしかったわ。美樹さんってば随分と大胆ね。」
どうやら演劇に続いてクレープ口移しの一部始終も見られていたらしい。
「あ、あれはまどかが物欲しそうにしたから…。」
「むぅー。うっとりした顔で誘ったのはさやかちゃんでしょ!?」
言い合う二人だがどう見てもバカップルの痴話喧嘩にしか見えない。
一途なまどかの気持ちがさやかに届いたのも事実であるし、
女の子から女性として成長してゆくさやかにまどかが惹かれたのも事実だ。
「あんましバカップルの邪魔しちゃ悪いしアタシ等はそろそろ退散するかね。」
「それじゃ二人共仲良くね。今日はごちそう様で・し・た♪」
悪戯っぽい笑みを残して先輩二人は立ち去るのだった。
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一方こちらは模擬店の喫茶店でのんびりと過ごす仁美とほむら。
仁美はほむらを助けるつもりで誘ったのだが、普段友達として過ごしている事もあって打ち解けている。
「ほむらさん、色気の無いデートでごめんなさいね。」
「いいえ。一緒に行動するなら信頼出来る相手の方が落ち着くわ。
それに仁美は煩わしい人でもないし、私は貴女の様な落ち着いた人が好きよ。」
"好きよ"、その反応に仁美お嬢様の百合センサーがピクりと反応する。
何気に自分に向けられたのは始めてだったり。勿論仁美の勘違いと思われるのだが…。
「あら? ほむらさん、それはもしかして…。わたくしにご好意を!?
お気持ちは嬉しいのですがいけませんわぁ…!」
「ぶふぅっ!! …げほっ、げほっ…。」
ほむらは思いっきりコーヒーを吹き出してしまった。器官に入ったらしく幾度か噎せ返る。
仁美は頬に手を当てて悩まし気に顔を横に振って葛藤していた。
「い、いいえ! 勘違いしないで仁美! 別にそういう意味の好きではなくて…。」
「ハッ! ほむらさんティッシュティッシュ! 制服が染みになりますわよ!」
仁美は急いで店で濡れタオルを借り、1/4に畳んだそれで軽くほむらの制服をぽんぽんと叩いている。
するとコーヒーの色が染み込んだ場所が徐々に綺麗な白を取り戻してゆくのだ。
「ふぅ、これでそれ程酷い染みにはならない筈ですわ。」
「あ、ありがとう…。普段はほわほわしてるお嬢様だけど、やっぱりこういう所は器が違うのね。」
"普段は~"からはほむらが独り言で呟いたつもりの言葉だ。
しかし気の緩みからかモロに口に出してしまっており、それを聞いた仁美の目が再び輝く。
「まあ! やっぱりほむらさんはわたくしにご好意を…!」
「ええっ!? ち、違うのよ! 今のは私の独り言で…!」
お淑やかでいてちょっと天然な仁美と、冷静でいて実は結構不器用なほむら。
この二人も案外好相性なのかもしれない。
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文化祭には模擬店以外にも演劇等、生徒が開いた幾つかの催し物がある。
この○×クイズもその一つで参加者の人数に制限は特に無い。
『マツタケには毒がある。○か×か?』
中央にラインが引かれていて、それを境に参加者が○か×かを選択して二択で分かれる。
正解か不正解かがはっきりと判別出来る為、進行のとても簡単なゲームである。
「どうしようさやかちゃん…?」
「あたしはずっとまどかと一緒だよ!」
多くの学内や他校の生徒や一般客がそれぞれ分かれてゆく中、まどかとさやかは逸れぬ様にとがっしりと手を掴んだままだ。
どちからの回答に合わせて出来る所まで進んでゆくという考えであろう。
ちなみに回答者が多い方が必ず正解とは限らない。二人が選んだのは×で、幸い正解として残る事が出来た。
『メジャーリーガー、イチロー選手の血液型はB型である。○か×か?』
「(これはあたし知ってる!Bだから○に行くよ!)」
「(うん!)」
次の問題はスポーツにもそこそこ詳しいさやかが正解知っていて難なく突破。
すると同じ正解組みには演劇で共に舞台に立った仁美とほむらが居た。
「あら奇遇ね、貴女達も残っているなんて。」
「わーい、仁美ちゃんとほむらちゃんも一緒だー!」
「わたくしはほむらさんと一緒に動いておりますがまどかさん達も…?」
「そりゃぁ当然っしょ! 嫁と離れる訳じゃいじゃん。」
「ふふっ。貴女達らしいわ。」
しかし進むにつれて殆ど誰も知らない様な問題もちょくちょく混ざるのがこのゲームの醍醐味だ。
正解は常に1/2であり、生き残る為に時には運も必要なのである。
『神様が未契約の一般人を連れ去るゲームがある。○か×か?』
「ええー!何だよそれー!」
「(さやかちゃん!これは○だよっ!)」
「(そうなの…? まぁいいや。まどかと一緒なら後悔なんてある訳ないよ!)」
まどかは何となく"勘"だけで正解を当ててしまった…。
その後も二人は幸運と絆(?)で何とか生き残り、五人残っていた後の問題で正解したのは二人だけ…。
『さぁー、残るは二人となりましたが…』
(チリーンチリーン!)
『おおっとここでベルが鳴りました!
ここでどちらか一人でも正解すれば最後の問題となり、景品をお持ち帰りいただきます!
但し二人共不正解ならクイズはもう一度全員参加でやり直し!さぁ~、頑張ってください!』
「(ふえええっ!?)」
「(うわっ…なんかまーた目立ちそうな展開に…。)」
演劇の舞台を乗り越えたというのに、再び二人は多くの生徒の視線が集まる場所に残ってしまった。
脱落者(=他の参加者全員)の敗者復活も賭かっている為にその注目は半端ではない。
『起動戦士ガンダムに登場するモビルアーマー、ジオングの全高は23mである。○か×か?』
「さやかちゃん!前にマミさんがゲームセンターで使ってたよね!?」
「そうだっけ!? そんな気もするけど…つーかジオングってMAだけど22m級だっけ…? おーし!○だ!」
最後の問題になるかもしれない、にも関わらず二人は一度も手を離す事なく同じ○のスペースへと移動する。
『お二人共同じでよろしいですか? ×だと最初からやり直しですよー?』
「やばい…自信無くなってきた…。」
「大丈夫だよさやかちゃん。わたしさやかちゃんを怨んだりしないから。」
司会の放送部女子生徒が煽る中でさやかはうろたえる。
しかしまどかはあとかも演劇の時の様にさやかを支えようと優しく宥める。
………
『正解~!お二人共おめでとうございま~す!!』
(わぁ~!)(パチパチパチ!)(おめでとー!)
野外のイベントかつ大音量のスピーカー、かつ講堂よりも広いので、演劇の時異常の拍手と歓声が降り注ぐ。
「さやかちゃんやったぁー! え~い♪」グイッ
「のわぁっ?!」
するとまどかは歓喜の余りさやかの背中に手を回して足を掴み、お姫様抱っこでさやかを持ち上げたのだ。
身長差は相変わらずなのに演劇の配役がそのまま続いているみたいに。
「きゃあああああ!何て事すんのよー!」
大勢の真っ只中で抱っこされたさやかは耳まで真っ赤になり、まどかの胸元に顔を埋めていた。
剣道の稽古で少し筋力を鍛えたまどかが、長身のさやかを持ち上げるのはそれ程苦でもないらしい。
『では早速感想をお伺いしましょー。
そういえばお二人は演劇でメインキャストを演じられてましたね。私も見ましたよー。』
テンション絶好調のまどかはマイクと渡されると開口一番…
「さやかちゃんはわたしのお姫様です!!」
「うわあああああ! あ、あああああたしは…まどかが好きだぁー! 愛してるぞぉーっ!!」
クイズの感想などそっちのけで公開告白同然のまどか。
それに釣られて何を答えて良いが理解らず、さやかが形振り構わず紡ぎだした言葉がこれだった。
「凄ぇなアイツ等…。もうバカップルってレベルじゃねぇよ…。」ポカーン
「友情が昇華した愛情って素晴らしいわ…。ね、佐倉さん?」チラッ
「ん…? な、何だよマミ!」
杏子の方にチラりと視線を向けるマミ。すると杏子は慌てて目を逸らすのだった。
「キマシタワー!キテマスワー! まどかさん、さやかさん…ああ…なんて至福なのでしょう…!」
「お、落ち着いて仁美!恥ずかしいからみんなの前で変な回転しないで~!」
こちらのお嬢様は高ぶり過ぎでくるくると回転しながら、それをほむらが必死に制止しようと試みていた。
こうしてまどかとさやかはこの学園祭においてある意味伝説のバカップルとして見滝原中学の歴史に名を刻む事となったのだ。
尤もそれが女性同士であるという事実は、この後において些細なロマンの結晶である。(意味不明)
[戦場の花嫁(後編)]
おしまい。
最終更新:2012年11月12日 08:36