47-7

7 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 01:54:36.50 ID:kdM0IaInP [1/3]
 まだ肌寒くもあるけれど、少しずつ春の陽気が感じられるようになってきた通学路を、さやかちゃんは軽やかに
歩きます。先に立つさやかちゃんは決して速足で歩いてはいないのに、わたしはどんなに急いでも付いていくのが
精一杯で、時折小走りにならなければ引き離されてしまうほどです。振り向いてわたしの様子に気付いたさやかちゃんが
苦笑して立ち止まってくれます。
「ごめんごめん。またまどか置いてっちゃった。大丈夫?」
「う、うん」
 わたしの頭上のはるか上からさやかちゃんの手が降りてきて、わたしの頭を撫でてくれます。わたしのよく知っている、
それでいて今なお慣れないその手の感触は、わたしをとても安心させてくれると同時に、とても不安にもさせてくれます。
なぜなら、それはさやかちゃんがわたしから離れていってしまうことを暗示してもいたから。
 わたしたちは今、中学三年生。もうすぐ見滝原中学からは卒業です。わたしは県立高校への進学が決まっていて、
仁美ちゃんやクラスメイトも多くがその高校に進学します。けれど、けれど。さやかちゃんは県外のスポーツでの
活躍が有名な全寮制の高校へ進学してしまうのです。
 もともとクラスでも背の高い方だったさやかちゃんは、中学二年から今に至るまでさらに身長が伸び、今では
170㎝近くあります。そして背が伸びるのに比例するように長距離走のタイムを縮め、中学三年で初めて出たジュニアの
大会でなんと優勝してしまったさやかちゃんは、スポーツ推薦で件の高校に進学できることになったのです。その高校は
特に陸上競技の伝統が古く、全国から学生が集まってきます。そんな有名校に、それもスポーツ推薦で入れることに
なったと決まったときは、学校中が大騒ぎでした。わたし一人を除いて。
 わたしがさやかちゃんのことを素直に喜べないのは、もちろん今までのようにさやかちゃんに会えなくなるという
こともあります。けれど、そんなことよりもっとわたしの心を苦しめるのは、「さやかちゃんに置いていかれちゃう」
という恐怖心でした。
 もうすぐ高校生になるというのに、何のとりえもなくて自分に自信が持てないわたしに対して、さやかちゃんは
どんどん先に進んでいってしまうような気がしてます。さやかちゃんは、大会に出ると決まってからは毎日走り込みや
筋トレをして、自分を鍛え上げていました。大会では苦しい中ずっと他の選手と競り合いながら、見事に優勝を勝ち取り
ました。勉強はやっぱり苦手なようだけれど、それでもスポーツ推薦で進学するにあたって必要最低限の学力は身につけ、
今は寮で一人暮らしをするのに必要な準備を着々と進めています。
 それに対してわたしは、力を振り絞って進んでいくさやかちゃんの背中を見ていることしかできませんでした。
一時はさやかちゃんの走り込みに付き合ってタオルや飲み物を用意してあげたりもしていましたが、さやかちゃんの
ペースにわたしがついていくことができず、結局わたしの自己満足に過ぎないのではないかと思えて、途中から行くのを
やめてしまいました。大会の時も、沿道から走っているさやかちゃんに声援を送りましたが、他の人の声にかき消されて
聞こえなかったのか、さやかちゃんは振り返りもせずに風のように走り去って行ってしまいました。さやかちゃんは
もうすでに簡単な料理なら作れるようになったそうですが、わたしはいまだにパパのお手伝いすら満足にできません。
「まーどかさーん? もしもーし?」
「ひゃっ、ああ、ごめんねさやかちゃん……」
 そんな考えに沈んでいたわたしのほっぺたを、さやかちゃんがつつきます。昔はわたしと同じ高さにあった
さやかちゃんの顔は、もはやわたしがいくら背伸びしても届かない高さにあります。ぴったり同じ大きさだった手も、
今ではさやかちゃんの方がずいぶん大きくなっています。手足もすらりと伸びて力がつき、わたしはさやかちゃんに
軽々と持ち上げられてしまうことだってあります。お膝に乗せてもらっても、さやかちゃんにちょっと屈んで
もらわなければ内緒話の耳打ちもできません。
「まどか? なんか、悩み事でもあるの?」
「ううん……そうじゃないの……」
 わたしの様子から何かを感じ取ったさやかちゃんが、わたしの顔の近くまで腰をかがめて訊いてくれます。
わたしはさやかちゃんのそんな仕草に矛盾した感情を覚えます。さやかちゃんがわたしを気遣ってくれ、同じ
目線で話を聞いてくれようとすることへの喜び。さやかちゃんと対等になれず、いちいちさやかちゃんにいらぬ
気遣いをさせ、合わせてもらっている自分への嫌悪。こんな感情、さやかちゃんに言うわけにはいきません。
言ってもどうしようもありません。

8 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2012/12/02(日) 01:55:50.19 ID:kdM0IaInP [2/3]
「ならいいけど。ほら、行こうよ」
「あっ、さやかちゃん……」
 待って、という一言をわたしは飲み込みます。これ以上さやかちゃんの足を引っ張りたくないと思ったからです。
けれど、その間にもさやかちゃんはどんどん先に進んでいってしまいます。急いで追いつかなきゃと走り出そうと
しても、わたしの足は地面に縫い付けられてしまったかのように動きません。
 さやかちゃんの背中が、どんどん小さくなります。待って、さやかちゃんと呼び止めようにも、もはや声すら
出なくなってしまいました。思わず視界がにじみます。これは、罰なのでしょうか。さやかちゃんに迷惑をかける
ばかりで、さやかちゃんを羨むばかりで、なにもできない、なにもしないわたしへの。
 とうとうさやかちゃんの影が遠く見えなくなってしまった時、もうおしまいなんだ、さやかちゃんと一生
会えないんだと思い知ったわたしは、その場に膝をついて泣き出していました。

          ×          ×          ×

「という夢を見たの」
「えっ、今の夢の話?」
「そうだよ。さやかちゃん、わたしを置いていっちゃうんだね……」
「うーん、いやそれは悪かったと思うけど、正直まどかの夢の中のあたしにまで責任は持てないというか……」
「やっぱり、さやかちゃんどこか遠くに行っちゃうの……? わたしがダメな子だから……」
「いやいやいや、そんなことしないって! 絶対に!」
「本当?」
「ほんとほんと! ていうか、まどかの夢の中に出てきたあたしは偽物だね!」
「そうなの?」
「そうだよ! だいたいなに? まどかに声かけられて振り向きもしなかったなんて! あたしがまどかの声を
 聞き逃すわけないじゃん!」
「うん……」
「走り込みのときだってさ、まどかがついてけないくらいなら走り込みしないよ。それに一人暮らしの準備が万全で
 料理もできるあたしなんて、もうどこの完璧超人ですかって話よ!」
「そうかな……」
「それに! まどかを寂しがらせるくらいなら、あたし身長伸びたりなんかしない! これ以上1㎜も伸びたりしない
 って約束するからさ、安心してよ」
「ふふっ、さやかちゃんったら、そんなことわかるわけないのに……」
「いーや、まどか、あんたまだこのさやかちゃんをみくびっとるね? さやかちゃんはまどかのためなら空だって
 飛べるんですよー!」
「うん、ありがとう……。でも、さやかちゃん。こんな話してから言うのもなんだけど、さやかちゃんは、いつでも
 行きたいところに行っていいんだよ? わたしのことなんか気にしないで」
「やだ」
「えっ?」
「あたしは、まどかを置いて自分一人でどっか行きたくなんてないよ。まどかを寂しがらせてまで、行かなきゃいけないところなんてない」
「でも、もったいないよ。せっかく推薦とか取れたなら、さやかちゃんは自分のことを一番に考えて……」
「それでもね、まどかを泣かせることなんて、あたしはしたくない。もしどっか行くのなら、絶対まどかも一緒だよ」
「えっ、わたしも?」
「そう! まどかがあたしについていけないって言うなら、あたしがまどかを引っ張る。走れないなら、おぶっていく。
 まどかと一緒ならさ、どんなことでも楽しいし、あたし一人よりもずっと遠くまで行けると思う」
「そんなこと、ないよ。わたしなんか何の役に立たないし……」
「そんなことないって! まどかがいてくれるだけであたしは心強いし、何か成し遂げてもまどかにそれを喜んで
 もらわなきゃ意味がない! ずっと、あたしのそばにいてよ、まどか」
「……うん。ありがとう、さやかちゃん……」
「んーん。こちらこそだよ、まどか……」
「……お取込み中失礼いたしますけれど、さやかさん?」
「なに、仁美? あ、もしかして今のあたしたちの話聞いてた? 恥ずかしいなあ、もう」
「ええ、聞いているには聞いておりましたが……その」
「なあに、仁美ちゃん?」
「……お二人とも、今が授業中であることはご記憶でしたか?」
「えっ」
「えっ」
ザワザワ スゲエナ ガチコクハクジャン ジュギョウチュウニイチャツクナヨー キマシタワー マータアノフタリハ サオトメセンセイガスゴイカオシテル マッタクドコマデオロカナノ
「もしかして……」
「みんな聞いてた……?」
「……ええ」
 顔を真っ赤にしたわたしたちが揃って教室を飛び出して>>1乙。

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最終更新:2012年12月18日 01:17
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