28 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2013/12/08(日) 02:12:54.22 ID:/0uk9fX80 [1/16]
今回も新スレ用にお話を投下させていただこうと思ってましたが容量が大きいのでロダです。
シリアス系かつ結構長ったらしいのでお時間に余裕のある時にお読みください。
過去設定についてはほぼ小説版ですが全員生存してます。終盤ごっちゃになってますがご想像にお任せしますって事で…。
[夢ノ世界ノ堕トシ物]
ある休日の事。
今日は学校が無いので五人一緒に魔女退治へ向かう予定だったのだが、生憎さやかだけが現れなかった。
その後魔女退治を終えマミ宅でのお茶会がお開きになっても、さやかから特にこれと言った連絡は無いままだ。
「どーだい? まだ反応無しか?」
「うん、全然駄目みたい…。」
「まどかの電話にも出ないなんて、一体どれだけ爆睡してるのかしら。」
朝からまどかが定期的にメールや電話を掛けてみたりするのだが未だ反応は無い。
普段のさやかなら都合が付かないのであれば、付き合いの長いまどかにくらいは一報入れるだろう。
「美樹さんってばまだ寝てるの?」
「うーん、そうみたいです…。さやかちゃん、今日ご両親がお留守だからってちょっとだらけ過ぎだよぉ…。」
まどかが携帯を諦めてさやかの自宅にも直接連絡を入れてみたがやはり反応は無い。
メールすら返って来ない事に対するまどかの不満は正しいものであったが、それにしては少し気掛かりな点があった。
「…なぁまどか。さやかが幾らお馬鹿だからって、そこまでぐーたらな奴じゃないだろ?」
「私もそう思うわ。彼女の事だから、大方私達に心配を掛けたくないのかもしれないし。」
「あっ!そうかも…。うん!きっとそうだよね!」
要するに杏子&ほむらの見解は、風邪等の病気を悟られて仲間に心配を掛けたくないという事だ。
まどかはさやかに心の中で「さやかちゃん…気付かなくてごめん…。」とこっそりと謝っていた。
「美樹さん、もしかしたら寝込んでるかもしれないわね。みんなでお見舞いに行きましょう。」
「ついでに何か食いモンでも買って行ってやろうぜ。まどかならアイツの好きそうな物知ってるよな?」
年長者二人の提案を受け、これからデパートを経由して美樹家へとお見舞いに向かう事になった。
時刻は夕焼け目前の空。そろそろ陽が傾き始める頃合だ。
[夢ノ世界ノ堕トシ物]
(ピンポーン)
まどかの所持する合鍵のお陰でマンションの美樹家へすんなりお邪魔する事に成功した。
合鍵を渡されている辺り、さやかの両親からまどかへの信頼の深さが伺える。
「さーやっかちゃん! …ねぇ、さやかちゃんってばぁ…。」
さやかの自室に飛び込むや否や、まどかは早速主を揺すり起こそうとする。
しかしもう夕方だと言うのに、さやかは反応一つ見せず未だすぅすぅと寝息を立てている。
「ねぇ鹿目さん。ちょっと様子がおかしくない?」
「ふぇ?どういう事ですか…?」
四人がドカドカと部屋に押し入ったと言うのにさやかが微動だにしないのは妙である。
仮にさやかが昨日夜更かしをしていたとしても、この時間帯まで爆発睡しっ放しなのは変だ。
もしかするとふざけて寝た振りを続けているのだろうか?
しかし今更そんなくだらない事をする理由もこれと言って思い当たらない。
「起きないわねー。」ツンツン
「おいほむら、何処触ってんだよ…。」
「美樹さん…ちょっと苦しそうな寝顔ね…。」
「…ねぇさやかちゃん…ホントにどうしちゃったの…?」
まどかが不安そうにさやかの頬に手を触れてみると気持ち冷たい感じがした。
尚もさやかは反応無く眠ったまま。耳を澄ますと時折何かうわ言のように唸っている。
だが彼女の言葉は不鮮明で、何を喋っているか聞き取る事は難しい。
「―――おいッ!魔女の気配がするぞ!」
「「「!!!!」」」
杏子の声に魔法少女達は慌ててソウルジェムを身構えた。
同時にこの部屋の空気が一気に緊張感に包まれる。
もし自室の中で魔女結界が出現したりすれば真っ先に異変に気付いている筈なのだが…。
「でも結界なんて見当たらないわ。ソウルジェムは幽かに反応してるみたいだけど…。」
訝しげに自分のソウルジェムを見つめるほむら。
周囲を見渡しても結界らしい現象は見られないが、それでも言われてみれば確かに魔女の反応らしきものは全員が僅かながら感じていた。
「ねぇみんな、ちょっと待って。」
ふとマミは何かに気付いた様子で、自らのソウルジェムを横たわるさやかの胴の上に置いた。
すると、どういう訳かはっきりとそれは反応を示すのだ。
「なんだよこれ!? 魔女の結界がさやかの中にあるって事か???」
「でも、魔女が魔法少女の身体の中に結界を張るなんて聞いた事が無いわよ!
ましてやさやかは自己再生能力に長けた魔法少女だし、そう簡単に肉体が蝕まれるなんて…。」
まどかがベッドの傍からさやかの青いソウルジェムを持ち出すも、その輝きが特に濁っている様子は無い。
さやかのそれを手にしたまどかは、自信の無い様子ながらもボソりと呟いた。
「…さやかちゃんの…心の中…とか…。
さやかちゃんが目を醒まさないのは…心が魔女に乗っ取られてたり…するから…なのかな…?」
顔を見合わせるマミ、杏子、ほむらの三人。一応さやかの首筋を確認するが魔女の口付けは無い。
そんな魔女が存在する話を聞いた事は無いが、しかし存在しないという確証も無い。
現状で打開策も見付からない今、魔法少女達はまどかの推測に賭けてみる事にした。
「いいみんな? 四人同時に自分のソウルジェムを美樹さんのジェムに触れて祈りを込めるのよ!」
さやかの青いソウルジェムを床に置き、それを中心に四人が自分のソウルジェムを東西南北に触れさせる。
魔法少女にとっても他人の心の中に入り込むなどそうそう前例は無い事だ。
それでも、さやかの心の中にいるかもしれない魔女を認識する為にはそうしてみるくらいしか方法は無いのだから。
「「「「―――せーの!!」」」」
一斉に四色のソウルジェムが輝くと、その瞬間…四人は糸の切れた人形の様にパタりと倒れてしまった。
部屋には少女達の小さな寝息と壁掛け時計の秒針が音を刻むばかりだ。
彼女達の意識の行き着く先は果たして…。
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
―夢の世界/迷宮のフロア―
『鹿目さん!』『まどか!』『おい!しっかりしろよ!』
「……うーん…あ、あれぇ…?」
ゆさゆさと身体を揺すられてまどかは漸く目を醒ます。
意識を取り戻した時には既に他の魔法少女三人が揃っていてまどかはすぐに安堵した。
周囲を見渡すと、ここが先程まで居たさやかの自室でない事はすぐに理解った。
「良かった、これで全員無事ね。」
「ここ…何処なの…? さやかちゃんの心の…中…???」
ここがさやかの心の中なのか魔女結界なのかは誰にも判断出来ない。
周囲は背景一面に大小様々な歯車が止まったままで、無数に重なり合った不思議な空間だ。
床は西洋のお城の様な通路が続いていて、所々に扉が設置され、それを行き止まりとして完全に途絶えているというもの。
しかも通路は迷路状に広がっているものだから見ているだけでも迷ってしまいそうだ。
「ここが魔女の結界なのかどーかは理解んねぇな。部屋って言うか、見渡す限り迷路みたいだが…。」
「じっとしても仕方ないわ。とりあえず進んでみましょう。」
マミを先頭にして魔女の結界と思わしき"迷路"を進んで行く四人。
普通の魔女結界なら二手にでも分かれて進むものだが、ここは全く持って未知の世界だけに今回は固まって行動する事にした。
「ねぇ、ちょっと待って…。この下っていうか…通路の端というか…溝って言うべきなのかしら…。」
やや動揺しながら言うほむらに三人は振り向いて足を止める。
ここは迷路のような謎な空間だが、どうやらこの通路に"壁"という概念は無いらしい。
人間二人が通れる迷路状の床を外れるとそこは底の全く見えない谷底である。
このフロアの背景として無数の停止した歯車が見えるが、ほむらが通路の壁に当たる場所に手を伸ばしてみても特に何も触れられはしなかった。
「これ…下に落ちたら死ぬんじゃない…?」
「…で、何だよマミ? ここで死んだら…アタシ等どうなるんだ…?」
四人はソウルジェムを通じてさやかの心の中、夢の中らしき場所にいる。
=身体から魂だけが乖離れてこの空間にある状態なのである。
「たぶん…一生眠ったままになるんじゃないかしら…。」
マミの言葉に三人は背筋が寒くなった。
「………。みんな生きて帰ろうな…。」
「さやかちゃんの心の中にずっといられるなら…」
「馬鹿な事言わないでまどか! 生きて添い遂げなきゃ意味無いでしょ!」
四人はとりあえず足を踏み外さないよう慎重に歩きつつ、手近な扉を開けて先に進んでみる事にした。
開いた扉は外から見ると虚空の中に存在するように見えるが、中には別の空間と思わしき小部屋が広がっている。
また、先程までの迷路状の通路と違って小部屋の中にはちゃんと壁もあるらしい場所だ。
最初に入った部屋はレッスン室のような場所で、現実の年齢くらいの上条恭介が一人でヴァイオリンを弾いていた。
「えっ? どうして上条君がここに…???」
「まぁアイツの心の中だからそうだろうな。」
「ここに入る前に見えたたくさんの歯車は、美樹さんの心の迷いとかそういうのかもしれないわ。」
「それにしても、やっぱりこういうのには憧れの人が出て来るものなのね…。」
そう呟きながら上条に触れてみようとするほむらだが、擦り抜けるだけで上条自身には触れられない。
「えっ…!?」
「わわっ! この上条君、幽霊!?」
それ以前にこの恭介は、まどか達が部屋に入った事にすらも全く気付いていないらしい。
よく見ると彼の身体は幽かに薄っすらと透き通っている。
幽霊もとい夢の世界の幻からは、外界から訪れたまどか達は認識出来ないのかもしれない。
「それにしてもよく出来てるわね。ヴァイオリンも本物に見え…―――」
ほむらに続いてマミも演奏する彼のヴァイオリンに近付きしげしげと眺め始めた。
だが、暫くすると上条恭介の幻影はすぅっと消えて…
音符の形をした使い魔数体と、ヴァイオリンの面影を残した大きめの使い魔に変貌して襲って来た!
この使い魔は幻ではない!
「―――危ねえマミッ!!」
咄嗟に魔法少女へと変身した杏子が真っ先に槍で使い魔を食い止めた。
直後に一歩遅れて変身した三人によって使い魔達は難無く殲滅されたのだった。
「びっくりしたよぉ~…。さやかちゃんの心の中の上条君が襲って来るなんて…。」
「今のはれっきとした使い魔よ。確かにさやかの心の中かもしれないけど、ここはやっぱり魔女の結界ね。」
「その魔女が…美樹さんの夢の中に結界を張って支配してる、って考えるのが妥当かしら。」
「そんな! さやかちゃんの心の中を支配するなんて…そんなのあんまりだよ…。」
マミとほむらの推測を真に受けたまどかは、悲痛な顔で今にも泣き崩れそうだった。
「おいまどか、凹んでる場合じゃないだろ。アタシらはさやかを助ける為にこうして心の中に入ったんじゃねぇか。」
「う、うん…そうだよね。さやかちゃんの目を醒ましてあげなきゃ。ありがとう杏子ちゃん。」
杏子に激励されてまどかは目的を思い出しマイナス思考を振り払った。
これから四人が協力し合って、この夢の中の何処かに隠れている魔女を探し出さなければならないのだから。
出口の扉を開けた時、同時に「カチッ」と何かのスイッチが入る音がした。
扉を抜けるとそこは再び似通った通路。壁の無い迷路が続く場所に出た。
但しさっきと違うのは、停止していた背景の無数の歯車がどれも動き出している点だ。
しかし四人はすぐに、動き出したのが歯車だけではない事に気付かされる。
「歯車が動いてる…? ―――!! みんな気を付けて!使い魔が飛んで来るわ!」
「何ぃッ!? こんな狭い通路で冗談じゃねぇよ!」
宙にはバクに似た使い魔やら、オルゴール箱のような使い魔が多数飛び掛かって来た。
特に「一歩間違えば谷底落下」という足場の限られる場所で、近接武器の杏子にとってはたまったものではない。
「私達が射ち落とすから佐倉さんは通路上の使い魔をお願い!」
「すまねぇ!頼むよ!」
ここは遠レンジを得意とするまどか、マミ、ほむらの出番だ。
飛来する使い魔達は三人の一斉掃射で次々と撃破されてゆく。
「杏子!何処でもいいから扉の通路を確保して!」
「んな事言ったって…! よし!とりあえずこの扉に逃げ込むぞ!」
使い魔はワラワラと無数に現れるので、立ち止まって応戦するだけでは埒が明かない。
何とか通路を掻き分けながら次の部屋に辿り着くと四人は急いでバタンと扉を閉じた。
これでとりあえず使い魔の襲撃は避けられそうだ。
四人が次に入り込んだ扉の部屋からは、ヴァイオリンではなくピアノの音が響いていた。
しかもそのピアノの主はさやかであった。
「さやかちゃん!! …って、心の中だから気付かないんだよね…。」
思わずさやかに抱き付こうとしたまどかだが、幻影の彼女には触れられない事を思い出した。
この小部屋にはピアノがあり、当のさやかが一人で演奏し続けている。
「なぁまどか。さやかってピアノ弾けんの???」
「うーん…わたしはさやかちゃんが弾いてるの見た事は無いけど…。
あっ、でもお家の隅っこのお部屋にピアノはあった気がするよ。」
さやかがクラシックを好むのは知っていたが、ピアノの素養があるというのはまどかも知らなかった。
まどかにさえ積極的に見せないのには何か理由があるとも考えられる。
「それにしても随分と悲しい曲なのね…。素人の私にも理解るわ…。」
「ええ。凄く美しくて悲しい音…。これが美樹さんの心の音楽なの…?」
悲しい音と同じく幻影のさやかも憂いを帯びた表情で音色を奏でている。
一応触れようとしてみてもさやかは来客に気付かない。恐らく上条の時と同じなのだろう。
(ジャーン!!)
※アニメやドラマでショックの時に使う効果音
「ひっ!?」「「きゃぁっ!?」」「うをっ!?」
悲しい旋律は急に唐突に止み、さやかは両手で鍵盤をめ一杯叩いていた。
いきなり大音量で不協和音が飛び出したものだから四人は驚かずにはいられなかった。
―…ぅぅっ…うああああんっ…!!―
演奏を止めたさやかは一叩きしたかと思うと何故か伏せて泣き出してしまっていた。
悲しみが狂気の一瞬に変わった後、まどかが声を掛けようとした瞬間にさやかの幻影は消え去った。
ピアノはみるみる醜悪な使い魔へと変貌し、慌てふためくまどかを喰らおうと襲い掛かる。
「わわわっ! さやかちゃんごめんねっ!!」
(ズババババ!)
まどかは使い魔の牙を弓で受け止めつつ、光の矢を乱射して滅多刺しにした。
目の前の敵はとっくにさやかの形を留めていなかったが、余りに一方的だったので何となく罪悪感を感じていた。
先程までと同じようにもう一度壁の無い通路と扉を抜けると、次に出たのは小さめの劇場らしき場所だ。
舞台では演奏会が行われており、ヴァイオリンを演奏する上条恭介とピアノを演奏する志筑仁美の姿があった。
「仁美ちゃんと上条くんだ…。」
「仁美がピアノを弾いてるのは私も知ってるわ。」
「へぇー。けど今よりちょいとガキっぽい感じかな。」
「二人共小学校六年生くらいに見えるわね。」
客席の後方から入場した四人は通路脇を通ってもう少し舞台へ近付いてみる事にした。
同年代の少年少女や母親と思わしき人で客席は何処も一杯だ。
そんな中、まどかはある人物に目を奪われて立ち止まる。
「おいまどか、どうした?」
「………。あれ…さやかちゃん…?」
舞台に目を向ける観客の中で唯一人、客席の端の方で俯いている女の子が居る。
青い髪にヘアピンの頭は間違い無く小学六年生くらいのさやかである。
その手には丸められた楽譜と思われる紙切れが強く握られていた。
「鹿目さん?」
「まどか?」
「あ、うん、ちょっとこのさやかちゃんが気になって…。」
現在より少し幼いさやかは目に涙を浮かべていた。
ピアノの仁美とヴァイオリンの恭介という華やかな演奏会の中で、唯一人悲しみにくれるさやか。
涙に濡れる手の中の楽譜が何を意味するのか? 見つめるまどかは何となく察していた。
(パチパチパチ…)
演奏が一曲終わると客席は溢れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
さやかも気が付いたのか涙に濡れた顔を上げた。だが…
(グオオオオオオオ!)
彼女の目に入ったのはこの世の物とは思えない無数の怪物達だ…。
そう、観客達全てが使い魔へと姿を変えたのだ!
「そういう事…! なら容赦はしないわ!!」
真っ先に敵陣のど真ん中へ手榴弾をぶっ放すほむら。
大量の使い魔が密集した状態なら効き目は抜群だ、結構な数が吹き飛んだ。
彼女の爆発に続いて他の三人も一気に敵を殲滅に掛かる。
『な、何これ…!? 恐いよぉ…。』
「さやかちゃん!??」
しかし心の中で遭遇した"この"さやかは幻ではなかった。使い魔とも違うらしい。
まどかの声に反応したのか、振り向いて弱々しい声で助けを請うのだ。
『お姉さん…助けて…!』
「さやかちゃん!わたしが見えるの!?」
「何だかよく理解んねえけど…まどか!"その"さやか連れて離れてろ!」
「鹿目さん!こっちは私達に任せなさい!」
「はい!お願いします!」
まどかはさやかを戦闘に巻き込まない為に彼女を連れてホールの端に退避した。
観客の使い魔をほぼ殲滅した頃、今度は舞台上に出現したボスっぽい男女の人型の使い魔が三人に襲い掛かる。
恐らく志筑仁美と上条恭介の姿に化けていた魔物であろう。
ヴァイオリンの弓とピアノが奏でる音符魔法攻撃の連携を仕掛けて来る。
「こっちだって負けるものですか! 佐倉さん!暁美さん!お願い!」
こちらもコンビネーションで負ける筈がなく、マミがリボンで人型の使い魔の演奏を封じた。
その直後に杏子の槍と日本刀を取り出したほむらの一撃でトドメを差すのだった。
だがこれで周囲の景色が全て晴れた様子でもなかった。
今の敵は魔女本体ではなくやはり使い魔の一部に過ぎなかったのだろう。
「さやかちゃん、もう大丈夫だよ。」
『お姉さん達…ありがとう…。』
まだ目に少し残った涙を拭いながら、使い魔とは違うさやかはすぅっと消えてしまった…。
「今の美樹さんは私達を認識していたみたいね。」
「さっき襲って来た"幻"の使い魔共とは違うって事か?」
「まさか…今のは"本物"のさやかの心だと言うの…?」
静まったホールに残された四人の魔法少女はひと段落付いたものの、まだこの迷宮の謎は解けそうにない。
次の場所へ進むべく東側前方のドアを開けると、四人の視界はゆらゆらと暗転してゆくのだった。
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
―夢の世界/通学路フロア―
「ん…? 何処だここ…???」
気が付くと四人は住宅地付近の広い路地に居た。
杏子だけでなく全員頭の上にたくさんの?マークを浮かべながら辺りをキョロキョロと見渡す。
夢の中で忽然と場面が切り変わってしまったみたいだ。
「ここ…たぶん見滝原よね…?」
「はい、たぶん…。でも小学校の頃かなぁ。まだあそこに駄菓子屋さんがあるから…。」
見滝原出身のマミと小学五年生から引っ越して来たまどかにとっては見覚えのある場所だった。
しかしさやかの心の中で訪れたこの日は、どんよりとして曇り空に覆われていてあまり気持ちの良い光景ではない。
「何だよこれ? きったないなぁ…ゴミ散らかってんじゃん。」
「壁は落書きだらけね。小さい頃の見滝原ってこんなに酷かったかしら…。」
周囲にはゴミが散乱し、路地の壁はスプレーで殴り書かれた落書きが多数見受けられる。
少なくとも、まどかとマミの記憶の中ではこんな状態ではなかったそうな。
「ねぇまどか。この場所ってさやかの記憶の中なのよね?」
「うん…たぶん…。細かい所がちょっと変な気もするけど…。」
「例えばどんな?」
この場の状況に対して意味深に訊ねるほむら。
ここがさやかの心の中の世界であり、記憶を再現したものだとしては気になる点が幾つかあった。
「ここは学校の通学路だけど、こんなに汚くなかったと思うし…。
それにさっきの音楽の部屋で、仁美ちゃんと出会ったのは中学に入ってからだし、
そもそも上条君と三角関係になったのも今年、二年生のお話なんだけど…。」
「そう…何となくこの結果が何なのか見当が付いてきたわ。」
「どういう事なの暁美さん?」
ほむらはまどかの答えで何かの確証を得たらしい。
真剣な眼差しで魔女に関する自分なりの推測を仲間に告げる。
「ここは恐らくさやかの心…むしろ夢の中の世界なのだろうけど、魔女に侵食されているんじゃないかしら。
巣食った相手の見る夢を蝕んで、少しずつ悪い方に、ネガティブな世界に変えてゆく魔女だとしたら…。」
「美樹さんの夢の中そのものを結界に作り変えてるとでも言うの?」
「じゃぁ早めに本体を見つけ出さないとさやかが危ないって訳か。」
「さやかちゃん、待っててね。必ず心の中の貴女に会いに行くから…。」
まどか達四人が通学路を進んで行くと相変わらず汚い路地が続く。
所々ランドセルを背負った子供の姿も見られ、その中には見覚えのあるピンクと水色の髪の子も居た。
それは前のエリアのホールで出会った出会ったさやかよりもまた少し幼い頃の姿。
出会ったばかりの頃、小学校5年生思われる二人だった。
『まどかをいじめるなぁぁ!!』
さやかの怒声が路地に響く。傍にはしゃがみ込む幼いまどか、周囲にはいじめっ子らしき男の子が四人。
流石に小学生の喧嘩に介入するのはマズいと思ってまどか達はひとまず様子を見る事にしたのだが…。
『やめて!やめて!さやかちゃんに酷い事しないでぇ!』
男女の力の差というよりは4対1ではとても歯が立たない。
間も無くさやかは蹲ってしまい、男の子達は一方的にさやかを袋叩きにし始めたのだ。
抗う力の無いまどかは泣き叫ぶが、その訴えが意味を成す事はないだろう。
「―――糞餓鬼共ッ! ふざけんなッ!!」
(バキッ!)(ドゴッ!)
杏子は言葉で喧嘩を止めるより本能的に手が出てしまっていた。
つい先程ほむらの告げた"巣食った相手の見る夢を蝕む魔女"という言葉が頭を過ぎったのだ。
魔法少女が本気で殴った少年達は二~三人、軽く吹き飛んで行く。
「ちょ、ちょっと佐倉さん!?」
「いえ…巴さん!様子が変よ!」
すると攻撃された少年達は外的の介入に対してすぐさま本性を現した。
四人の少年は四つの悪魔のような使い魔へと姿を変えて魔法少女達へ襲い掛かる。
「さやかちゃんはいじめさせないよっ!」
「使い魔なら手加減いらないね! 本気でブッ潰すッ!」
「人の大事な過去を書き換えるつもりなら…容赦はしないわ!」
「可愛い後輩達の思い出は守らなきゃ!」
しかし頭数が揃っているならまどか達の敵ではない。本気になった四人は四匹の悪魔を容易く薙ぎ払った。
「二人共、もう大丈夫だよ。怪我は無い?」
『ありがとう、おねえさんたち…。』
幼いまどかは駆け寄った未来のまどか達にお礼を言う。
それからボロボロになった幼いさやかの怪我を治してあげた。
『……あたし…何も出来なかった…。』
窮地を救って貰ったものの、守ろうとしたまどかの為に何も出来なかった幼い日のさやかは酷く傷心していた。
「何処かに居る魔女がさやかの思い出を書き換えて、絶望に落とそうとしているのね…。」
「そのくらいで凹むなよ。悔しいって思うなら、もっと強くなってお友達を守ってやりな。」
幼いさやかの頭に手を置いて優しく宥めてやる杏子。するとさやかは涙目ながらも顔を上げた。
『うん…ありがとう"お兄さん"。』
「んなっ! お・に・い・さんだぁ~!?」
やや釣り目と八重歯に幼いさやかは杏子を男の子だと思ったのだろう。
思いも寄らない反応に杏子は不敵な笑みを浮かべる。
「フフフフ…手前のスイッチは何処だ。電源を切ってやろう。」
「落ち着いて佐倉さん!」
流石に小学生時代の仲間に本気で怒る訳にもいかない訳で…。杏子はマミに宥められて何とか落ち着いていた。
とりあえずこのエリアのさやかは無事救う事が出来たのかもしれない。
まどか達全員が女の子だよと説明しつつ談笑している内に、四人の視界はゆらゆらと揺れて再び暗転してゆくのだった。
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
―夢の世界/迷いの森フロア―
ここは深い霧と樹々に覆われた、周囲の視界がかなり不鮮明な世界。
樹海のような湿気と薄暗さの所為か、いさかか息苦しさすら感じてしまう。
気が付いたまどか達は真っ先に四人全員の無事を確認していた。
「ここは…何処なのかしら…? 見滝原にこんな森はなかった筈だけど…。」
「まどかは心当たりがないの? 二人で遊びに出掛けた場所とか。」
「うーん…これじゃ曇っててよく理解らないよぉ…。」
「公園…な訳がないか…。こんなに樹に覆われてはないもんな。」
ここがさやかの見ている夢の一部である可能性は高いのだが、付き合いの長いまどかでも見当の付かない世界らしい。
しかし静かに耳を澄ましていると誰かの声が聴こえた。とりあえずはその方角へ足を進めてみる事にする。
『………かな…。最近付き合い悪くてさー…。』
「さやかちゃんの声だ! お話してるのは………仁美ちゃん…???」
視界は相変わらず霧に覆われていてよろしくないが、四人はさやかと仁美が会話している所に遭遇した。
どうやら何かに思い悩むさやかの相談に仁美が乗っているらしい。
近付いたまどか達には気付いていないのか、それとも認識していないのか定かではないが。
『気にし過ぎですわさやかさん。まどかさんとの仲は、わたくしが一番存じ上げておりますもの。』
『でもさ…なんかあたしだけ除け者にして転校生と先輩と一緒なんだ…。
あたしなんか居ても居なくても同じなんじゃないのかな…。』
時間軸的には現在の二人と殆ど同じ、中学二年くらいだと思われる。
しかしさやかは孤独感に悩まされているらしく、気に病む彼女を仁美が励まそうとしているのだろう。
「(これは…魔法少女になっていない世界のさやかね…。)」
「(美樹さんがそんな事を思っていたなんて…。)」
「(そういやアイツが一番最後に契約したんだったな…。)」
「(さやかちゃん…除け者になんてしたくなかったのに…。)」
『そんな事はありませんわ!』
『仁美…?』
『わたくしが協力致します。まどかさんにさやかさんが一番だと言う事を教えて差し上げましょう!』
『う、うん…でもどうやって…?』
『うふふ♪ わたくしに考えがありますの。さあ!膳は急げですわ!』
『おわっ!? 待ってよ仁美ー!』
仁美は笑顔でさやかを引っ張って霧の奥へと駆け出してしまった。
ここは視界不明瞭な場所。まどかは二人を見失わまいと、慌てて後を追って走り出した。
「あっ! さやかちゃんが行っちゃうよ!」
「お、おい待てよまどか! 逸れちまうぞ!」
「急いで追い掛けましょう!」
「みんな待ってぇ~! 暁美さん手を繋いで………」
先行したまどかと杏子、そして一足出遅れたマミは慌てて手を伸ばしたものの霧の中で見事に逸れてしまう。
まどか&杏子、ほむら&マミ…まるで意図的に分断されたかのように別組みの足跡は全く掴めなかった。
「さやかちゃん! さやかちゃん何処なの~!?」
「待てってばまどか! マミ達置いて来ちまったぞ!」
「ふえっ!?」
杏子に怒られて我に返るまどか。ふと見渡すとマミとほむらの姿がない。
霧の中で四人バラバラという最悪の事態こそ防げはしたが、これ以上分断されるのは好ましくない。
「…ったく、アンタはさやかが居ないと危っかしくてしょうがないよ。」
「えへへ♪そうかな?」
「褒めてないっつーの! これ以上バラけたらアタシ等永遠にこの世界で迷子になっちまうよ。」
「ぁぅ…うん、そうだね…。」
まどかは頭を掻きながらティヒヒと反省のご様子。
とりあえずははぐれないように手を繋いでこの霧の森を進んでゆくしか方法はない。
ひたすら同じ方向に進んでいると何やら金属音と少女の掛け声が聞こえる。
「何だ? 誰かこの森で戦ってるのか…?」
「あれって…もしかしてさやかちゃん…!?」
遠くぼんやりと見えるのは青と白の衣装に身を包んだ剣士が何かと戦っている姿である。
敵側の姿はここからだとよく見えないが恐らくは使い魔であろう。
四方を取り囲まれているさやかは明らかに劣勢だった。
「アイツ苦戦してるな。助けるぞまどか!」
「うん!」
杏子とまどかの奇襲により取り囲む使い魔は数秒で片付けた。
さやかはどんな時間軸であろうと、杏子はともかくまどかとは絶対に面識がある筈だ。
しかし救援に現れた二人を見たさやかは浮かない表情だった。
「ありがとうまどか…それに…。」
「佐倉杏子だ。見ての通りまどかとは魔法少女仲間さ。」
さやかの様子から察するに杏子とは出会っていなかったのだろう。
しかし杏子が柔軟に対応したにも関わらず、さやかの口からは意外な言葉が出たのだ。
「そっか、まどかはもうあたしが居なくても大丈夫だよね…。」
「ふえっ!?」
「あたしなんかよりさ、ずっと頼りになる仲間に出会えたんでしょ…?」
「はぁ!? お前何言って…」
杏子が問い質す前にさやかの姿はすうっと霧のように消えてゆく…。
まどかが手を取ろうとしても擦り抜けるばかりだった。
「ね、ねえ杏子ちゃん…。これってバッドエンドなのかなぁ…?」
「うっ、どうなんだ…。だ、大丈夫! あっちはリーダーのマミと頭いいほむらだし何とかしてくれるさ!」
杏子はここでさやかならどうするだろうかと考え、とりあえずまどかを心配させない事を最優先とした。
手掛かりを完全に見失ってしまった以上は助けを待つしかないのだが…。
時を同じくしてこちらは別組みに分断されたマミとほむら。
この霧の中どうするかを相談していると突然殺気と共に何かが斬り掛かって来た。
『うあああああっ! まどかはあたしが守るッ!!』
「―――!????」
(ガキン!)
両手持ちで振り下ろされた刃を、マミは咄嗟にマスケット銃の銃身で受け止めていた。
刃の所持者は美樹さやか。しかしマミやほむらに向けられた視線は何故か敵意そのものだった。
「ちょ、ちょっと美樹さん!?」
「貴女さやかでしょ! いきなり巴さんを攻撃するなんて…」
今度は間髪居れず剣先をほむらに向けて突撃攻撃が繰り出された。
状況が飲み込めないほむらは時間停止する余裕もなく盾で剣を受け止めるのが精一杯だ。
さやかを正気に戻す前にとりあえず動きを止めなければこちらが殺されてしまう!
(シュルルルル…)
マミのリボンで拘束するのが一番手っ取り早い。
四肢の動きを封じられたさやかは怒りの視線をマミに投げ付けていた。
「どうしたの美樹さん?私達が理解らないの? 仲間の巴マミと暁美ほむらさんよ!」
「私はともかく巴さんは一緒に戦った仲間でしょ? 一体どうしたって言うのよ!」
『あんた等がまどかを…まどかを傷付ける奴は許さないっ!』
マミとほむらの言葉は全く届いていない。さやかは二人を魔法少女どころか魔女か何かの敵と認識してすらいる。
(ジャキン!)(シュパァ!)
しかも背後に剣を作り出して射出、拘束していたマミのリボンを自ら斬り払ったのだ。
「なっ!? 自分で脱出を…!」
「美樹さんには私達が敵に見えてるの!?」
(ガキン!)
自由を取り戻したさやかは再びマミとほむらに本気で斬り掛かる。
二刀流に加えて剣の召喚&射出による波状攻撃。本気で二人を殺そうとしていた。
もうこうなっては埒が明かない。マミに攻撃している間にほむらは止むを得ず足を銃で数発射抜くのだった。
(ドン!ドン!)
『―――ぐあぅっ…!』
「クッ…ごめんなさい巴さん…。」
「はぁっ…はぁっ…いいえ…妥当な判断よ…。」
マミが殺られる一歩手前の所でさやかは地に伏した。
だがそれでも彼女の殺意と闘志は全く失われていなかった。
『…マドカヲ…オマエラガァァァァ…!』
「くっ…!」チャキッ
銃を構えたままのほむら。さやかの夢の中というこの状況がトリガーを引く事を躊躇らわせる。
マミもいつでもリボンでさやかを捕縛出来るように身構える。
その時…何処からか意外な人物の声が届くのだった。
『迷わないで暁美さん! そいつはさやかの心の闇から生まれた使い魔だ!』
「「―――!???」」
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
「…貴男…上条君…?」
さやかの姿をした使い魔を処理した直後、マミとほむらの前に現れたのは何と上条恭介だった。
ここはさやかの夢の中。しかし幻の筈のこの恭介は二人と会話出来るようだ。
「正確には違うよ。僕はさやかの記憶から作り出された上条恭介の模造品なんだ。
その証拠に今でも現実では有り得ない状況だろう? だって目の前に魔法少女が現れたというのに驚きもしないんだから。」
全く持ってその通りである。この上条恭介は使い魔の事も認識していたのだから。
「上条君は私達が美樹さんを助ける為にここに来た事も知っているの?」
「四人一緒に現れたのだからそうだとは思っていたよ。僕も誰からさやかを助けてくれるのを待っていたしね。」
「ねえ、上条君は魔女の結界に侵食されていないみたいだけど…?」
「僕は既にさやかの思い出から切り離されてしまっているからね。魔女も僕の事を認識していないみたいなんだ。」
「えっ…!?」
「っと。詳しい事を話す前に鹿目さん、佐倉さんと合流した方が良さそうだ。このままじゃ霧の中で距離が離れるばかりだからね。
暁美さん。時間停止魔法をお願い出来るかな。」
上条恭介に導かれ、今まで霧の中で迷っていたのが嘘のようにあっさりと合流出来てしまった。
「それじゃぁ…ここに居る上条君はさやかちゃんから切り離されちゃったの…?」
『現実世界の僕がさやかと結ばれる事はなかったからね。それはさやか自信が一番理解ってる事なんじゃないかな…。』
「アンタそんな抜け抜けと…。いや、思い出に逃げたいって気持ちは理解らなくもないか…。」
『だからもうすぐ僕は消える。さやかが夢の世界で"都合のいいように作り出した"この僕はね。
別にさやかの記憶から僕そのものが消える訳じゃないんだよ。ただ、思い出の一部に戻るだけだ。』
少し寂しそうな顔を見せる恭介。
彼の消滅は、夢を見た少女が自分の中だけの理想に逃げず、現実の辛さに向き合う事を選んだ結果であろう。
『けど、僕が消える前に君達が来てくれた。僕は魔法少女の事を知っていても何も出来かったから…。
だから鹿目さん…君にお願いがあるんだ。』
恭介からまどかに「チャリン」と十字型の鈍い金属が手渡される。
「これって何かの鍵かな…?」
『たぶんそうだと思う。この世界を彷徨っているうちに拾ったんだ。
これが何かのか、さやかは心の中の僕にさえ頑なに教えてはくれなかったからね。
さやかが目を醒ましたらこれを鹿目さんから渡して欲しい。』
恭介がまどかに渡したのは、自分に代わって新たにさやかの心の鍵となって欲しいと願ったからかもしれない。
『…こっちでも現実でも無責任な奴でごめんね。
魔女の本体はもう少しだよ。僕が正しい扉を教えるから。』
恭介が道標となり四人を導く。霧に包まれた森はやがて開けた泉へとたどり着いた。
「この森…思い出したよ。ここね、確かさやかちゃんと初めて街の外を探検した時に歩いた森なの。
あの時はこんなに霧が掛かってなかったと思うけど…。」
『さやかの心が強く残っている場所なのかもしれないね。
でもさっき君達が出会ったさやかとは時間が全然違うし、夢の中がどれもかなりぐちゃぐちゃになってしまってるみたいだ。』
「さやかはね、きっと自分がまどかを守ってあげたいと心の何処から思ってるのよ。」
『それは同感だね。小さい頃からさやかをよく見ていたけど、ちょっと鹿目さんが羨ましかったかな。』
「アイツ普段強がってるけど結構繊細な奴だからな。もうちょっと気遣ってやって欲しかったよ。」
『ははは…その通りだね。これは夢の中の僕がしてあげられる最後のお詫びかな…。』
「でも上条君、美樹さんが音楽を通して貴男に貰ったものも多いわ。鹿目さんならきっとそれを見付けてあげられる筈よ。」
『そうか…僕との時間が少しでもさやかの未来に繋がれば僕も嬉しいよ。』
「さやかちゃんはわたしの心の日溜りだから。あったかくて、広くて優しくて…。」
『鹿目さんは僕の知らないさやかをたくさん知ってるんだね。現実に戻ったらさやかをよろしくね…。』
恭介が魔法少女達に道を譲ると、霧掛かった泉が巨大な扉となって最後のエリアへと繋がるのだった。
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
―夢の世界/雨の駅フロア―
「ここは……駅…?」
雨の日の夜、あの日救えなかった人と最後の離別をした場所。
まどかは結局魔法少女になる事によって彼女を救った。
でも本当は奇跡に頼らずに手を差し伸べてあげられたらどれだけ良かった事か…。
長い発着場を抜けるとそこには心身共に疲弊し、身体の冷え切った彼女が独り佇んでいる。
「まどか…ごめんね…ごめんねあんな事言って…。」
まどか達が辿り着いた夢の世界の同じ日。あの日の夢を見るさやかがここに居る。
「さやかちゃん…。」
でも今は小さな声を投げ掛ける事しか出来ないまどか。
「おい!今からでも遅くねぇだろ!」
「杏子ちゃん…。」
杏子の怒声に背筋をビクりとさせて恐る恐る振り向くさやか。
そこには他にも仲間のマミ、ほむら、そしてまどかが立っている。
「ちゃんとここにいる親友に謝れよ。アンタの為に来てくれたんだぞ?」
「で、でもあたし…そんな資格…。」
「(ほら、鹿目さん。)」
マミとほむらに背中を押されてまどかはさやかにトテトテと歩み寄った。
小さな両手で冷たく冷え込んださやかの手を握ると抵抗はない。
「さやかちゃん、自分ばかり責めなくていいんだよ。」
「…まどか…ごめんね、ごめんね…。」
泣き崩れるさやか。しかしこのさやかは消えない。よく見ると彼女の首筋には魔女の口付けが見られた。
彼女こそ今まで四人が探していたさやか夢の中のさやか"本人"である。
さやかの夢が生み出した恭介の助けを経て、夢の迷宮を彷徨うさやかにやっと会う事が出来たのだ。
まどかが優しくさやかの首筋に唇を落とすと印はすうっと消えてしまう。
同時に夢の世界という幻想が晴れ、露になった魔女結界に魔女本体が姿を現す。
「貴女が…さやかちゃんを苦しめてたんだね…。」
「さやかを…それにまどかの心をこんなに苦しめやがって! 覚悟は出来てんだろうな?」
「人の大切な過去を、思い出を弄ぶなんて万死に値するわ!」
「ふふふ…可愛い後輩を餌にする魔女にはお仕置きが必要ね。」
既に怒りと決意が結束した四人の敵ではなかった。
ほむらが停めた数秒の間に繰り出された杏子の槍、マミの銃、まどかの矢。
さやかの夢の中に巣食っていた夢魔の魔女はあっけなく四散させられるのだった。
「魔女は倒したしもう大丈夫だよさやかちゃん。現実の世界に戻ろ?」
「…いいよあたしは…。」
しかしさやかは差し伸べられたまどかの手を取ろうとはしなかった。
既に魔女の口付けもなく、彼女完全に束縛から解放されたというのに。
「あたし…いつもみんなに迷惑ばっか掛けて…全然役に立たなくて…まどかを守る事も出来ない弱虫だから…。」
「だからって手前―――!」
「待って佐倉さん!」
さやかは未だに激しい自責の念から立ち上がれないでいた。
マミは掴み掛かろうとした杏子を制止させる。
ここは穏やかに、まどかの言葉を待つべきだと判断したからである。
「約束したよね、ずっと一緒だって。大人になってもおばあちゃんになっても一緒に居ようって。」
「…でもあたし…何も出来ない…。」
「傍にいてくれるだけでいいんだよ。それだけでとっても嬉しいなって。
我慢なんてしなくていいから、いっぱい泣いて辛い気持ち聞かせて。全部わたしが聴いてあげるから。」
まどかの言葉にさやかが顔を上げた直後に世界はぼやけてゆく。
それはさやかが目を醒まし現実世界に戻ろうと決意した証であった。
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
―さやか自室―
「………むにゃあ…さやかちゃ……あれっ?」
無事現実世界に戻れた魔法少女四人と、魔女の眠りに就いていたさやかは目を醒ました。
四人は顔を合わせて各々がほっぺをつねってみたりでここが夢の中でない事を確かめてみる。
「佐倉さん痛い痛い! やっと戻れたのね~!」
「やったー! これでまたマミのケーキが食えるぞー!」
「ふぅ…一時はどうなるかと思ったわ。」
「あっ! さやかちゃん大丈夫…?」
まどかは室内に転がったグリーフシードに目もくれず真っ先にさやかに抱き付いた。
「ひゃっ!? まどか…。ぅぅぅ…あたし…怖かったよぉぉ…。」
「さやかちゃんはずっと悪い夢を見てたんだよ。もう大丈夫だから。」
まどかはまだ朝くない恐怖の残滓に怯えるさやかの背筋をさすって落ち着かせる。
だが感傷に浸る前に忘れてはならない大事な事が一つあった。
「ねぇまどか、あれは渡さなくていいの?」
「あ、そうだ。これ…さやかちゃんの夢の中で手に入れたんだけど。」
ほむらに言われてまどかはポケットの中からゴソゴソとある物を取り出した。
夢の中で見つけた何かの鍵。それをさやかは驚愕した様子で受け取った。
「なっ!? な、なんでこれ…ここにあるのよ!? …ううっ…うああああああああん!!」
途端にさやかは大泣きしてしまう。夢の世界ですらここまで号泣する事はなかったのに。
四人は何も言わずさやかが泣き止むのを待つ事にした。
それから数分後、まどかの腕の中でさやかは漸く我を取り戻すのだった。
「…棄てた…筈なのに…。」
さやかは自室の壁に立つ棚に被さる布を捲った。すると棚だと思われていたそれは黒光りするピアノではないか。
アップライトピアノを隠している他の荷物を避けると、出っ張った部分の中央に鍵穴があった。
この鍵はさやか自身が封印していたピアノの鍵だったのだ。
(コト…)
少しホコリを被ってこそいるがこの鍵盤は紛れもないピアノだった。
「わぁ…これピアノの鍵だったんだ。さやかちゃんってピアノ弾けたんだね。」
「…ホントはさ、アイツのヴァイオリンと一緒にピアノ弾くのが夢だったんだ。
けど今年の春…あの日…仁美に恭介を取られたのがショックで………あたし…あたし…川に鍵を棄てたんだ!
二度と自分がピアノ弾けないようにって……あんな馬鹿な事…。」
今思えば衝動的にやったしまった愚行だ。白鍵に涙が数滴ポトポトと零れ落ちる。
そんなさやかの背に小さな背丈がそっと寄り添った。
「ねぇさやかちゃん。今度はわたしがさやかちゃんの心の"鍵"になりたいな。わたしじゃ駄目…かな…?」
さやかの涙を指先で拭い視線を合わせるまどか。
夢の世界で恭介に託された想いをまどかが背負おうと言うのだ。
さやかは何も言わずまどかに向き直り背中に腕を回す。
言葉は要らない。笑みを浮かべて両腕と胸でまどかを抱いて返事をするのだった。
その様子を見た他の三人は音を立てず、まどかを残してこの場立ち去る。
「ヘッ。まどかならアイツの隙間を埋められそうだね。」
「ふふっ、ちょっと悔しいけど仕方ないわ。まどかにとっては初恋の人だったんだものね…。」
「佐倉さんの気持ちも理解るけど、今後美樹さんにはもうちょっと優しく接してあげてね?」
「それには賛成ね。貴女がデリカシーなく喧嘩売る度にまどかの気苦労が増えるのよ。」
「お、おう…。」
………………………………………………♭♭♭………………………………………………
マミ、ほむら、杏子の三人を見送り、この夜まどかだけがさやかの自宅へお泊りする事となった。
今日は両親も戻らず静かな自宅。紆余曲折あって二人の関係は昨日までの親友から徐々に変化しつつある。
「なんでだろ…あたしホントはね、まどかの前で頼り甲斐のある奴で居たかったんだ。あははは…変だよね…。」
「さやかちゃんがね、強くなりたいって思うのは人として当たり前の事だよ。」
小さい頃から身体を張って小さな女の子を守ってあげたいと思っていた。
それは魔法少女となった今も変わらない。
「これからもあたしの傍に居てくれる?」
「うん!勿論だよ!」
「弱虫でもいい?」
「いいよ。わたしさやかちゃんの強い所も弱い所も。ステキな所もたくさん知ってるんだよ。
だって「初恋の人」だから。」
まどかと言う新しい心の鍵を手に入れたさやかは二度と折れる事はないだろう。
心の隙間をまどかと言う存在で埋めたさやかの顔はとても嬉しそうだった。
[夢ノ世界ノ堕トシ物]
おしまい。
最終更新:2013年12月14日 11:18