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874 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/08/21(日) 11:19:27.64 ID:gXCABU+A0 [1/7]
(暦の上では)夏も過ぎているのに暑いのでこんなものを

 さやかは死んでいた。
 丈の短いブラつきのキャミソールにホットパンツというこれ以上露出しようのない出で立ち。
 自室のベッドに仰向けて寝っ転がりながら、スティックのソーダアイスだけを緩慢に動かす姿はまさに生ける死体。
 
 「さやかちゃぁん……もうちょっと恥じらおうよう」
 
 そんなさやかに遠慮がちに語りかけるのは彼女の親友まどか。こちらは招待された側のためかさやかよりは露出の少ない服を着ている。
 同じくベッドに寝転がって、おそろいのソーダアイスを舌先でちろちろなめとっていた。
 お互いの部屋のエアコンが申し合わせたように同時に壊れ、せめて見た目だけでもと涼しげな水色を基調にしたレイアウトのさやかの部屋に来たはいいものの暑さは変わらない。
 こんな時まで仲良くしなくたっていいのに、と珍しくまどかがいらだたしげに、というよりぷりぷりぼやいている。
 一方のさやかは暑さに何か言う気力もないらしく、机の上にソウルジェムを置きっぱなしにしたままぐってりしていた。
 
 「……魔法で何とかしたら……?」
 
 自らゾンビと言って泣いてしまったさやかをその時はフォローしたものの、今のさやかの状態を見ると認めてしまいたくなる。
 まどかがぽつりと言うと、さやかはようやく口を開いた。
 
 「変身しても涼しくなるわけじゃないし……」
 「そういうことじゃなくてぇ」
 
 さやかの魔法少女服は接近戦が要の剣を武器にしている割にそこここ露出しているもののさすがに今ほどじゃない。まどかの脱力の原因は間違いなく暑さよりさやかだ。
 あつさ、とさやか、って何となく似てる、なんてまどかが妙な思いつきをしたところで、ソーダアイスを早々に食べきったさやかがのそのそ起き上がった。
 背中に何か重いものでも背負っているような動きはカメそのもので、普段の活発さを思い返してまどかはくすっと笑ってしまう。
 さやかの手が机の上のソウルジェムに触れると、それから水のようなリボンが飛び出して包み、さらにその上から繭のように五線譜が囲う。
 それがまとめて弾けると、さやかの姿は変わっていた。ものの、……まどかからは白いマントしか見えない。
 
 「あつい」
 
 変身するや否や、がくっと頭を落としてマントしか見えなくなる。そりゃマントなんて見るからに暑そうなものをはおればそうなる。
 ……何をしたかったんだろう。まどかは半分呆れていた。
 魔法で何とかしたら、とは確かに言った。言ったけど、ぶっちゃけ無意味にしか見えない。
 
 さやかちゃんの髪や目の色は涼しそうだし氷の魔法とか使えたらいいのになあ。まどかはまだ半分くらい残っている、けれどさすがに溶け始めたソーダアイスをかじった。
 実際小学生の頃漫画を見てそんな話をした時は、さやかちゃんは絶対氷の魔法とか使う!と信じていた。
 髪や目の色だけなら冷たく見えるけど、本当は誰より暖かくて優しいなんて、とっても素敵だなって。
 
 そんな想像にくふふ、とまどかが笑っていると、白いものが視界の端をかすめる。
 座ったままのさやかのマントが、風もないのにはためいていた。

875 名前:874続き[sage] 投稿日:2011/08/21(日) 11:20:19.40 ID:gXCABU+A0 [2/7]
 
 今度は何をするつもりなんだろう、まどかがさやかを見る目は今や半分路上パフォーマンスに向けるそれだ。
 魔力の無駄遣いなんて言っても聞いてくれそうにないし、グリーフシードのストックは今はふたつある。
 それもさやかの技量の上達と、魔力をそれほど消費しなくてもいい剣という武器のおかげかもしれない。上手くやればひとふりで結界の最奥まで突っ込んで魔女を屠ることができる。
 
 「はあああああっ!」
 
 さやかの咆哮。マントのはためきがひときわ激しくなり、その中心から魔法陣が生まれる。五線譜を模したそれは、さやかの使う魔法の目印。
 その光芒はまどかの乗っていたベッドもさざ波のように通り過ぎて、あっという間に部屋全体に展開した。
 若干部屋の角をはみ出していて、廊下に家族がいたら何事かと思われそうだ。
 
 「ちょっ、ちょっとさやかちゃん」
 
 もう遅い、とわかっていても呼びかけずにはいられない。もしかしたら止まるかもしれない、百に一度でも。
 けれど今回は残りの九十九のようだった。
 
 「ぅりゃあっ!」
 
 さやかは床に着いていた手に力を込める。
 部屋の空気が、一瞬で変わった。
 さやかを中心に、竜巻のように冷風が巻き起こる。
 まるで氷が風になって吹きぬけているようで、まどかはぶるっと身震いした。溶けていたソーダアイスも、風に触れるやいなや固まる。部屋の温度は確かに下がった。
 下がったのだけれど。
 
 「……さやかちゃぁん」
 
 カップラーメンが食べられそうな沈黙の後。
 ぽつっと、いかにも申し訳なさそうに言うまどかに、さやかはあははー……と元から逸れているその視線を更に逸らした。
 
 「ごめん、うん、……反省してる」
 
 「ううん、……わたしはいいんだけど」
 
 マントを自分に巻きつけて、というより丸くなって大福状態のさやかに、さやかの布団を自分に巻きつけて天むす状態のまどか。
 まどかの夢見たとおり、確かにさやかは氷の魔法を使った。
 どうやって使うものかはまどかにはわからないものの、バットをマジカルなアイテムにしたり、ティーカップを出すマミを見ていると若干違和感は減る。
 魔法少女の名前は伊達じゃない。結構何でもありなのだ。
 
 惜しむらくは、加減を間違えたこと。さやかが魔法のコントロールにまだ慣れてない上に、あまり使い慣れない魔法を使ったせいなのかもしれない。
 天井からいくつも垂れているつららに、なんだか薄い氷の膜らしいもので覆われた家財道具やら鏡やら。
 今のさやかの部屋はまさに氷の洞窟状態だった。テレビで見た、氷に閉じ込めた花を思い出す。
 魔法でできている氷らしく、つららから垂れる水はきらきら虹色に光って空気に溶けるように消えていく。
 この分ならパソコンやスピーカーなんかの電化製品は無事そうだけれど、……そういう問題じゃない。
 
 「……寒い」
 
 「……うん」
 
 未だに大福状態のさやかに、こっくりまどかは頷いた。
 ……こんなことになるなら、ソーダアイスを早く食べ切っちゃえばよかった。
 カーテンと窓についた氷を溶かして開ければいいことに気付くのは、まどかが凍えながらもソーダアイスの最後の一口を喉に通した瞬間になる。
 
 
 ……その後廊下にまでばっちり及んでいたさやかの魔法に、二人して苦しいごまかしを考えるのはさらに三時間後。

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最終更新:2011年09月01日 17:51
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