9-954

954 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/09/28(水) 22:45:30.43 ID:FfduBu7H0
SSが長くなったのでろだに投下
http://loda.jp/madoka_magica/?id=2288

・まどかがさやかちゃんに意地を張ったりわがままを言ったりするお話です
・まどかがちょっとネガティブです
・さやかちゃん契約済み、まどかは魔法少女は知っているが未契約という設定です
・基本まどさやですが、ほむらちゃんと仁美ちゃんも結構出てきます
・長いです


「まどか? まだ痛い? 保健室行く?」
 まどかの席の斜め左前に立って尋ねたさやかに、まどかは足の痛みをこらえながら力なく首を横に振った。三時間目の体育の授業でのドッジボールの試合中、明後日の方向から飛んできたボールに当たったまどかは、倒れこんだときに右足首を捻ってしまったのだ。その上朝から熱があったらしく、足を痛めたおかげでその熱も上がったようだ。
 ちなみに大暴投してまどかにボールを当てたのは中沢だ。おかげで中沢はそのあとの授業中ほむらから執拗に狙われていた。男女別の試合だったので隣のコートから。
 手当てをして教室に引き上げ、自分の席に座って休んでいるものの、まどかの表情は時間とともに一層沈痛さを増していた。我慢強い、というよりむしろ我慢しすぎてしまうきらいのあるまどかが、これだけ辛そうにしているのは並大抵のことではない。
「まどかさん、本当にお辛そうですわ。保健室で休まれた方がよろしいかと思いますが」
 まどかの席の左横に立った仁美が声を掛ける。今は三時間目と四時間目の間の休み時間。保健室に行くにはちょうどいいタイミングだが、まどかは再びかぶりを振った。
 どうしたらいいかわからないといった顔になった仁美に代わって、まどかの前にいたほむらが強い口調で言った。
「まどか。意地を張っていないで休みなさい。そんな状態では授業もまともに聞けないでしょうし、これから増々痛くなってくるのだから、早めに保健室に行っておいた方が後々楽なのはわかっているでしょう?」
 まどかは黙って下を向いている。話こそ聞いているが、立ち上がろうとする気配はない。ほむらがかすかに苛立ったのが、隣にいるさやかにもわかった。そして、これから何をしようとしているのかも。
 さやかは黙ってほむらの前に左手を上げてそれを制し、わざと明るい声で言った。
「そっか。まどかが平気だっていうんだから、無理に連れてくことないよね。よし、じゃあさやかちゃんは席に戻りますかねー。ほら心配ないんだから仁美もほむらも戻った戻った」
 その言葉を聞いて、仁美は困惑のまなざしを、ほむらは明らかに怒りの色の見える顔をさやかに向けた。
「さやか。あなたはそれでも……」
「あっ、そうだ。ほむらー。次の時間の英語の宿題忘れちゃったからさ、ノート写させてくんない?」
「宿題なんかどうでもいいわ。今はまどかのことを……」
「まあそう言わずに。お願いしますよほむらさーん」
 さやかはほむらの腕をとってなかば引きずりながらほむらの席へと歩いていった。仁美は気遣わしげな顔をしながら、離れていく二人とまどかとを交互に見やっている。
 自分の席まで連れてこられたほむらは、さやかの手を力づくで振りほどき、今度は完全に怒りに満ちた表情でさやかをにらみつける。クラスの生徒はほぼ全員教室に戻ってきていたので、ほむらは押し殺してはいるものの激しい語調でさやかを詰った。
「見損なったわさやか。あなたはまどかの友達じゃなかったの? あんなに辛そうにしているまどかより自分の宿題の方が大事だなんて、どうかしてる。ここまで人の気持ちがわからない人間がまどかの友達だったなんて、信じられないわ」
 まくしたてるほむらに対して、さやかの言葉には緊張感の欠片もなかった。
「んー……まあ、もうちょっとマシな言い方はあったかなーとは思うけど」
「言い方の問題じゃないわ。あなたはまどかをなんだと思っているの。もういいから、そこをどいて」
「別にあんたの邪魔がしたいわけじゃないよ。ただ、あんたがまどかを傷つけるのを見たくないだけ」
「何ですって?」
「あんた、時間止めてまどかを保健室に連れてくつもりでしょ?」
「そうよ。この際手段は選んでいられない。まどかが意地を張っているなら無理やりにでも連れて行くわ」
「それがまどかを傷つけるんだって。悪いんだけど、あたしに任せてくんない?」
「何を……」
 ほむらがさやかを問いただそうとした瞬間、さやかはわざとらしい素っ頓狂な声を上げた。
「いいい痛ったーーー!」
 何事かとクラス中の視線がさやかに集まった。見ると、さやかの左手人差し指の指先が鮮やかな血の色に染まっている。
「えっ、ちょっとさやか大丈夫!?」「どうしたの!?」
 クラスメイトの女子から口々に心配する声が上がった。
「きゃ、キャップにペン収めようとしてさ、勢い余ってペン先を自分の指に突き刺しちゃった……ああ~乙女の柔肌が傷物にぃ~」
 真剣な顔で集まってきたクラスメイトたちは、さやかのおどけた口調とケガの下らない理由に思わず噴き出した。あきれかえったり失笑したりしている生徒もいる。
「あんたが乙女ってガラかっつーの!」「どれだけ勢いつけたらそんなことになるのよー」「他人の宿題写そうとするからバチ当たったんじゃないのー?」
 突然の出来事に驚いた様子だったクラスメイト達はもう和やかな雰囲気になっている。出血も最初に周囲に与えたインパクトほどひどくはなさそうだった。
「何で誰も心配してくれないのよー。さやかちゃん辛いわー。はっ、まさかこれがいじめ? 学級崩壊!?」
 さやか自身も笑いながらさらにおどけ続ける。
「あの、さやかさん。早く保健室に行って手当なさらないと。キズが残っては大変ですわ」
 そこに割って入ったのは仁美の真剣な声だった。どうやら本気で傷跡が残ってしまうのではないかと心配しているようだ。
「あーうん。そだね。じゃあちょっと行ってくるから、和子先生には何かうまく言っといて」
 さやかの口調はどこか嬉しげでもあった。これで宿題を忘れたことを怒られずに済むとか考えているんじゃないかとからかってくる男子とやりあいながら、さやかは教室から出ていった。
 
 ほむらは、一連の騒ぎを冷ややかな目で見ていた。さやかはペンなど持ってもいなければ宿題を写してもいなかった。ほむらが見たのは、さやかが魔力で生成した針のような刀。さやかが普段魔法少女として戦う時に武器として使う刀のミニチュアで、さやかはそれを右手の中に隠しながら切っ先で自分の左手人差し指を刺したのだ。
 宿題を忘れたことをごまかすためにわざと自分でケガをする。そこまで姑息な真似をする人間だったとは思わなかった。ほむらはそう軽蔑しながら自分のやるべきことを思い出した。まどかを保健室に連れていかなくてはならない。
 しかし、ほむらが再びまどかの席を見やったとき、そこにまどかの姿はなかった。あわてて周囲を見回すと、じっと何かを見つめる仁美の姿が目に入った。その視線を追ってガラス張りの教室の壁越しに廊下に目を向けると、まどかが右足を引きずるように歩きながら、保健室に向かうさやかに追いつくところだった。
「まどか……? なんで……」
 思わず一人ごちたほむらに、近づいてきた仁美が言った。
「私保健係だからさやかちゃんに付き添ってくるね、だそうですわ。保健室まで行けば、保健の先生がまどかさんを引き留めてくださるでしょう。さやかさんまでケガをされてどうなることかと思いましたが、災い転じて福となす、ですわね」

                 *

 廊下に出たさやかは、わざとゆっくり歩いていた。ケガをした左手を右手で押え、肩も落としていたが、もちろん演技だ。
「さやかちゃん……」
 さやかに背後から声がかかる。もちろんまどかの声だ。ここまではさやかの狙い通りに事が運んでいるが、さやかはそれをおくびにも出さずに振り返る。
「あっ、まどか! もしかしてついてきてくれるの?」
「う、うん……」
 さやかは満面の笑みを浮かべながらまどかに歩み寄り、両手をとった。
「ありがとぉぉ、まどかぁ! さっすが、あたしの嫁だね! もー、あたしの友達はまどかだけだよ。クラスの連中ったら、どいつもこいつも薄情もんめ!」
「うん……」
「あっ、ごめんまどかも熱あるし足痛かったんだよね。よし、早いとこ行こっか」
 そう言いつつさやかはまどかの右隣に体を移し、保健室の方向を向いた。左手はまどかの右手を握ったままだ。
 歩き出すと、まどかはさやかの左腕にすがりつくように身を寄せ、頭をさやかの二の腕に預けた。名目としては保健係のまどかがケガをしたさやかを保健室に連れていっていることになるが、実質的にはさやかがまどかのケガをした側の手を支えて保健室に連れていっている。もちろん歩幅はまどかに合わせて、ゆっくりと。

                 *

 さやかが、まどかを保健室に連れていくにあたってほむらを制止し、わざわざ自分でケガをこしらえてまどかに付き添わせるという回りくどい方法をとった理由は、まどかの抱えるコンプレックスの強大さに関係している。
 まどかは、極端に自己評価が低い。自分は家族や友達に対して何もしてあげられないお荷物なのだという思いが常にまどかの心を支配している。勉強は可もなく不可もなく、運動神経はお世辞にも良いとは言えない。特に取り柄と呼べるほどのものはないし、誰かの役に立てるような技術や才能があるわけでもない。そんな自分がさやかや仁美の友達でいても、迷惑がかかるばかりだと思い込んでいる。 
 今日のまどかが妙に意固地になっていたのも、このコンプレックスが煮詰まり果ててしまったからだ。朝から熱があったにも関わらず無理を押して登校し、またドッジボールの試合も見学しなかったのは、学校を休めばタツヤの世話もしなければならない父親に負担をかけてしまうし、先生や友達にも心配される。また、試合を見学すれば人数の減った自分のチームが不利になって迷惑がかかってしまう、という思いがまどかにあったためだ。ただでさえお荷物な自分がこれ以上迷惑をかけるくらいなら、辛くても我慢していたほうがいいと考えたのだろう。
 だが、不可抗力とはいえ結局はケガをしてしまい、学校を休んだり体育を見学したりする以上の迷惑になってしまった。中沢君は申し訳ながっていたし、試合も中断させた。先生や友達にも心配をかけた。こうした思いにも背中を押され、ただでさえ体調の悪さが負担になっていたまどかの思考は、一挙にネガティブな思いに取りつかれてしまった。
 まどかは、気遣われれば気遣われるほど自分の不甲斐なさや情けなさを指摘されているような気持ちになってしまう思考の悪循環に陥っていた。こんなに他人にあれこれ気を使われ心配される自分は何をしてもだめなんだ。何をやっても迷惑になるなら、いっそのこと何もしなければいい。どうせ自分には価値なんかないんだから、もっと体調が悪くなったって誰も構いはしないという捨て鉢な気持ちにも後押しされ、まどかは意地になった。足のケガのせいで熱がさらに上がり、全身のだるさでこのままでは確実に倒れてしまう予感がしていたが、それでもいいと思っていた。保健室に行くのが自分にとっても心配する周囲にとっても良いことなのは十分すぎるほどわかっていたが、『保健室に行け』と言われれば言われるほど、かえって行くものかという気持ちが強くなり、自分でもコントロールできなくなっていった。
 いっそ大声で泣きわめき、重しのように溜めこんだ劣等感を吐き出すことができるなら救われたのかもしれない。しかし、まどかの他人の迷惑になりたくないという悪く言えばある意味見栄っ張りな性格が、常にまどかに劣等感を溜めこみ続けることを強いてきた。
 実際には、まどかにいいところはたくさんある。さやかや仁美、ほむらは声を揃えてそう言うだろう。他人の悲しみや嘆きを自分のものであるかのように共感できる優しさを、嘘をつかない率直でまっすぐな心を、他人のために自分を犠牲にすることを厭わない強さを、彼女たちは何度でも称えるだろう。しかし、まどかの心に澱のように溜めこまれたコンプレックスが、彼女たちの言葉を阻む。だから、誰かに言われた言葉がまどかが自身のコンプレックスを拭い去ることはついぞなかった。

 まどかは自身のコンプレックスについて大っぴらに口に出したことはない。しかし、小学校五年生からずっと同じクラスで友達としてもっとも身近に接してきたさやかは、まどかの素振りの端々からその秘められたコンプレックスの強さを察していた。
 そして、まどかが自分の価値を認められるのは『自分が他人に何かしてあげられるとき』だということも知っていた。
 だから、まどかがコンプレックスに押しつぶされそうになったとき、さやかは『まどかがさやかに何かしてあげられる』ような状況を作ることを心がけていた。買い物につき合わせたり、手作りのお菓子をねだったりするのが主な手口で、まどかが他人のために動きやすい状況を作るために、中学での係決めでまどかに保健係を勧めたのもさやかだ。
 今回は、それが功を奏した形になった。気遣われ、強制される側としてなら意地でも動きたくなかったまどかだったが、さやかのために付き添っていってあげなきゃと思うと自分でも驚くほど素直に立ち上がれた。
 さやかがまどかのためにこういった手を使ったのは今回が初めてではなく、薄々まどかもさやかの行動の意図を察している。それでもさやかの意図にまどかが意地にならず素直に従うことができるのは、まどかがさやかに人一倍心を許しているためだろう。

                 *

 教室棟を抜け、保健室のある別棟に続く渡り廊下にたどりついたとき、まどかがつぶやいた。
「さやかちゃんは、ずるいね……」
 熱と痛みのために声はか細く弱弱しいが、さやかを責めるような口調ではない。
「えーっ、そんなことないと思うけどなぁ。あたしって、ずるい女?」
 さやかは冗談めかした明るい口調で応えた。
「うん……私はいつも、さやかちゃんの思い通りになっちゃってる……」
 さやかの左腕に頭をうずめたままそうこぼしたまどかだったが、どこか嬉しげな口調だった。それを聞いたさやかは足を止め、まどかに正対して言った。
「そっかぁ、可愛い嫁はあたしに好き放題にされて傷ついてたんだね。さやかちゃん反省。よーし、じゃあ今までのお詫びに、今日はまどかがあたしを思い通りにしていいよ?」
 傷ついていたなどとんでもない。むしろさやかの掌の上で転がるのが心地よかったくらいなのに、何を言うのか。そうあっけにとられたまどかの目の前で、さやかは床に片膝立ちになり、左手で握ったままだったまどかの右手の甲にくちづけをした。
「私はお嬢様のしもべ。さあ、何なりとお申し付けくださいませ」
 さやかにまっすぐ両目を見据えられてそう言われたまどかは、先ほどより赤みを増した顔で思わずクスッと笑みをこぼした。
「じゃあ……おんぶ」
「かしこまりました、お嬢様」
「あと……お嬢様じゃなくて……お姫様の方が、いいな……」
「仰せのままに。姫君」
 背中にまどかを背負い上げたさやかは、まどかを揺らさないようにゆっくりと渡り廊下を歩きはじめた。

 保健室にたどり着いた時には、まどかはさやかの背中でまどろみ始めていた。
「さあ、ベッドに着きましたよ、姫君」
 さやかは保健室のベッドにまどかを座らせ、靴を脱がせて胸元のリボンを外し、制服の上着を脱がせてシャツの襟元を緩めてやり、甲斐甲斐しく世話をした。
「んう……髪、ほどいて……」
 眠たげな声でまどかが言う。まどかは髪に寝癖が付くのを嫌うため、横になるときは必ず髪をほどく。さやかは髪留めを外した後、櫛でまどかの髪の毛を整えてやった。
「姫君、薬は飲まれますか?」
 まどかは黙って口を開けた。飲ませてくれということだろう。さやかはまどかの舌の上に錠剤を置き、水を注いだコップを口にあてがって飲ませてやった。
「他にご用命は? 姫君」
 まどかを横にならせ、毛布を掛けた後、さやかは尋ねた。
「手、握ってて……」
 ベッドの横の椅子に腰かけたさやかがまどかの右手を握ると、まどかはさやかの側に寝返りを打ち、両手でさやかの右手を包み込むようにして握った。
「……」
 まどかの目がさやかを覗き込むように見上げる。どうやら頭を撫でてくれと言っているようだ。さやかが左手で優しくまどかの頭を撫で始めると、まどかは嬉しげに眼を細めた。
 しばらく頭を撫でてやっていると、目を閉じたまま、まどかがつぶやいた。
「お歌、歌って……」
「うっ、姫君、それは……」
 さすがにさやかはためらった。他人に歌を歌ってやって寝かしつけた経験などないし、上手く歌える自信もない。今日まどかにしてきたどの行動よりも気恥ずかしかったが、まどかは容赦しない。
「思い通りにしていいんでしょ……歌って……」
「~~~! え、えーと……ね、ね~んね~ん、ころ~り~よ、おこ~ろ~り~よ~……」
 さやかが緊張で声を震わせたり、時折音を外したりしながらなんとか歌い終えたときには、まどかは熱や足の痛みなど忘れたかのように安らかな寝息を立てて眠りに落ちていた。

                 *

 四時間目が終わった昼休み、さやかは二人分の弁当箱を持って教室を出たところでほむらに呼び止められた。さやかは、まどかが寝付いた後で養護教諭によって教室に戻されていた。指のケガはもともと大したことはなかったので、まどかに付き添って保健室に残ることは許されなかったのだ。
「まどかの具合はどうなの?」
「大丈夫、今は薬が効いてぐっすり眠ってるよ」
「そう……。そのお弁当箱は?」
「ああ、あたし今日は保健室でお弁当食べようかと思って。まどかが起きたら一緒に食べられるし、昼休み中に起きなくてもお弁当箱を保健室に置いとけば、まどかがおなかすいた時に食べられるでしょ?」
「そうね……。それがいいと思うわ」
 ほむらは表情はいつもどおりだが、どことなく元気がない。しょげかえっているようにも見える。
「どしたの? あんたも具合悪いの?」
「いいえ……ただ、ちょっと悔しいだけ」
 さやかが見事にまどかを保健室に連れ出すことに成功したことを言っているらしい。
「そんなの別に勝負してるわけじゃあないんだからさ、あんたがそんな悔しがるようなことないと思うよ?」
「私の言葉がまどかに届かなかったのは事実だわ。そして私は、あの子のためになることを何もできなかった……」
 ほむらがこんなに弱みを見せているのは珍しい。そうからかって元気づけてやろうかとさやかが思った時、顔を上げたほむらが尋ねた。
「私が時間を止めてまどかを保健室に運ぼうとしたとき、あなたはそれを『まどかを傷つける』と言ったわね。あれは……どういうこと?」
「ああ……うーんと、まどかがさ、ボールに当たっちゃってケガして、自分なんかダメダメだーって落ち込んでたでしょ?」
「ええ。他人に迷惑をかけることを極端に嫌う子だから。まどかが気に病むようなことではないのに……」
「そうなんだよ。でも、まどかは自分がもっとちゃんとできてれば、って考えちゃう。ボールが避けられたかもしれないし、ケガをして心配かけることもなかったかもしれない、ってね。でさ、あの時のまどかにできたのは、意地を張ることだけだったんだよね」
「……」
「まどかが感じる自分への無力感というか、自己嫌悪? そういうのに対しての精一杯の抵抗が、意地を張ることだったんだと思うの。あの時、あたしたちに言われたとおり保健室に行ってしまったら、また世話を焼かせるだけでダメな自分が何も変わらない。他人の世話にならずに自分のことは自分でなんとかしたいって意思の表れが、あの意地っ張りだったんじゃないかな。もちろん、意地を張ったからって体調がどうにかなるわけじゃないってことはまどかもわかってたと思うけど」
「じゃあ……わたしがまどかを無理やり保健室に連れていったら……」
「うん……私には意地を張ることすらもできなくて、またほむらちゃんに迷惑かけて、って余計落ち込んじゃったと思う」
「そう……そうだったのね……」
「まあ、ほむらは勉強でもスポーツでもなんでもできちゃうから、わかりづらいかもしれないけど……」
「いいえ。わかるわ……よくわかる」
 そう言ったほむらの口調には、口だけではない実感がこもっていた。同時に、その表情にはなぜ今までこんな大切なことを忘れていたのかとでも言いたげな自責の念もうかがえた。
 ほむらでもそんな無力感に取りつかれることがあるんだろうか。想像できないなぁなどと思っていたさやかに、ほむらはかすかに微笑みながら言った。
「今までこんなことを考えたことはなかったけれど……あなたとまどか、似た者同士だったのね」
「えっ、そう? どんなとこが?」
「相手のことは自分以上によくわかるくせに、自分のこととなるとてんで不器用になるところとか」
「ええー、なにそれ? 褒めてないでしょ?」
「ええ、褒めてはいないわ……羨ましいの」
「羨ましい……ねぇ。本当にあんたも熱あるんじゃないの?」
「バカ言わないで」
 そう言い放って背を向けようとしたほむらに、さやかは言った。
「あっ、そうだ。ほむらさ、昼休み終わる5分くらい前に保健室来てくんない?」
「熱はないと言ったはずよ」
「そうじゃなくてさ、あたしまどかのそばにいてやりたいんだよ。手を握っててって言われたし。でも5時間目始まったら、大したケガじゃないんだから授業サボるんじゃありませんって、また保健室から追い出されちゃう」
「それで?」
「だから、迎えに来たあんたと一緒に教室に帰ったふりをして、あんたに時間を止めてもらって、あたしがもう一回保健室に忍び込めば万事解決! じゃない? ベッドの周りはカーテン引かれてるから、静かにしてればばれないと思うしさ」
「……呆れたわ。こういうことにばかり頭が回るのね」
「まあいいじゃん。まどかのためなんだから。やってくれるでしょ?」
「見つかっても知らないわよ……あなたも大概、まどかを甘やかしたいのね」
「そ。今日は徹底的にわがまま言わせてやるんだ」

                 *

 さやかの手をぎゅっと握りしめながら眠っていたまどかは、放課後になって、ようやく目を覚ました。熱が下がり、足の痛みも和らいできたのを確かめ、さやかはまどかを伴って下校した。家から車を回そうかと仁美は申し出たが、まどかが『さやかちゃんのおんぶがいい』と突っぱね、さやかも困ったような嬉しいような顔をして再びまどかを背負った。
 仁美とほむらに二人の鞄を持ってもらいながら4人でいつもの登下校道を歩く間、まどかはさやかの背で軽やかな寝息と共にまどろんでいたが、まどかの家に到着して目が覚めるとさやかにまだ帰っちゃだめ、さやかもまどか家に泊まっていけ、今夜一緒に寝ようとわがままを再開した。『思い通りにしていい』宣言のおかげで、まどかはずいぶん元気を取り戻せたようだ。なにかと溜めこみがちなまどかにとって、遠慮せずにわがまま放題に振る舞えることはそれだけでストレスの解消になるのだろう。
「さやかちゃん、お水飲みたい」
「はい、ただいま」
「さやかちゃん、ごはんあーんして?」
「御意」
「さやかちゃん、汗かいてべたべたするの拭いて」
「承知いたしました」
 まどかはここぞとばかりにさやかに甘えているが、さやかも嬉しそうに甲斐甲斐しく世話を焼いている。歯を磨いてもらい、着替えをさせてもらって髪を梳いてもらったまどかは、最後にお姫様だっこで自分の部屋まで運んでもらった。
 この小さな親友が自分の手でコンプレックスを捨て去れる日がいつ来るのかはわからない。それでも、こんなことでまどかが元気になるのなら、これからいつまでだって付き合ってやりたい。一緒のベッドに入って寝かしつけたまどかの寝顔を見ながら、さやかはそう思っていた。

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最終更新:2011年10月22日 22:24
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