11 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2011/11/17(木) 04:15:30.47 ID:DR0NRlQy0
1-3 乙です! ついでに1乙SS投下です!(今日が解禁日のアレのネタで,長すぎるのでロダに)
「思い出のワイン」
1.
「ねぇさやかちゃん,朝から中庭でゴソゴソやってるけど,何が始まるの?」
「へへー,何だと思う?」
まど界・鹿目邸の中庭に並んでいるのは,人一人が入れそうな木桶と,さやかちゃんが近くの「佐倉農園」からリヤカーで運んできた大量の葡萄。
「えーとね…分かった,葡萄の早食い競争!」
「正解!ってちっが~う!! まったく,まどかの発想は神様になっても子供なんだから」
「うぅ,ひどいよさやかちゃん…」
「ワイン作り!? どうして,そんな急に…」
「…『私も早くママとお酒飲みたいなー』」
「! その台詞って…」
「こんなこと言われたら,こっちの世界の保護者であるさやかちゃんが頑張るしかないじゃん! そーゆう訳で,今日はまどかのために,昔ながらの方法でワイン作りをしようと思ったわけ!」
「そうだったんだ…。ありがとう,さやかちゃん。私のために…」ウルウル
「…いや,まぁ正直言うと,あたしも結構面白そうだな~と思ってさ。作り方とか全然わかんないから,地上界のネットにアクセスして集めた情報しかないけど…やってみる?」
「うん! やってみたい!」
「よぉし,じゃあ始めますか!」
2.
運んできた葡萄の一部を木桶の底に敷き詰めてから,私たちは中庭の隅にある手洗い場で両足をしっかり洗いました。
「じゃあ,最初はあたしがやってみるよ」
「うん,転ばないように気をつけてね」
「よいしょっと…うわ,何かグニュってする…」
さやかちゃんが着ているのは,こっちの世界の元・魔法少女たちが普段着として好んで着る,私の女神服を簡素にしたようなワンピース。そのスカートを際どい高さまでたくし上げると,さやかちゃんは木桶の中で足踏みを始めました。
「ほい,ほい,ほい,ほいっと」
少しがに股気味にステップする様子が,何だか下手な盆踊りを見ているようで,私は思わず笑ってしまいます。
「うわ~何この感触…って,ちょっとまどか,何笑ってるのよー! こっちは真面目にやってるってのに~」
「てへへ…ごめん,さやかちゃんの動きがちょっと面白くて」
自分の動きのぎこちなさを実感しているのか,さやかちゃんも半分笑いながら文句を言ってきます。
「も~覚えてなさいよ! 後でまどかに交代したら思い切り笑ってや(ズルッ)うぇぇ!?」
つぶし損ねた葡萄で足を滑らせ,木桶ごと倒れそうになるさやかちゃんを,私はとっさに抱き留めました。
「さやかちゃん,大丈夫!」
「いや~危なかったよ。ありがとまどか,このままひっくり返ってたらせっかく搾った葡萄の汁が台無しになるとこだったよ」
「もう~さやかちゃん! 搾り汁よりも自分のことを心配してよ!」
「あはは,ごめんごめん」
3.
ふいに中庭の一隅に人の気配を感じた私たちは,その方向に目をやって同時に声を上げました。
「あ,ジャンヌさん!?」
ジャンヌ=ダルク。かつて剣を振りかざし,甲冑を身にまとい,強者どもを率いて敵軍を撃退した救国の英雄でした。こちらの世界に導かれた後は,乙女の身体には不釣り合いな剣と甲冑を置き,当時の素朴な製法で作る自然食品の工房を構えています。特に焼き立てのパンは評判が高く,鹿目家でも週に一度は届けてもらっているのでした。
「そっか,今日は配達してもらう日だったっけ」
「呼び鈴を押しても出てこないから,声の聞こえた中庭に回ってみたのだけれど…お邪魔だったかしら?」
「「えっ」」
その時私は初めて,まださやかちゃんと抱き合ったままであることに気が付いたのでした。
「あっ,そういえばジャンヌさんはフランス出身だよね? ワイン作りとかやったことある?」
「そうね。私は農民の子だったから,小さい頃は色々と手伝わされたものよ」
「ラッキー! ねぇジャンヌさん,ちょっとお手本見せてくれないかな~」
「さやかちゃん,ジャンヌさんだって色々お仕事が…」
「いえいえ,女神様のためとあれば,お安い御用」
こうして,ジャンヌさんによる即席のワイン作り講習が始まったのでした。
やがて,どこからか話を聞きつけた他の子たちも加わって…
「ねぇ織莉子,隣人が何か面白そうな事してるよ! 私たちも入れてもらおうよ♪」
「もう,キリカは本当に子供なんだから」
「ワインといえばチーズ♪ ワインといえばチーズ♪」
こうして,リヤカー一杯に積み上げられた葡萄は,あっという間に樽一杯の葡萄の絞り汁に早変わりしてしまったのでした。
4.
ワイン作りの片付けを終えた後,私たちはそのまま中庭にテーブルを出し,さやかちゃんが作ってくれた遅めの昼食を食べました。ジャンヌさんが「パン用にと思って開発しているものだから,ワインに合うかは分からないけれど」と言って置いていったチーズをつまみながら(ちなみにチーズの半分はシャルちゃんが持ち帰りました),私たちは話しています。
「さやかちゃん,今日は楽しかったねー」
「そうだね。手伝ってくれたみんなも喜んでたみたいだし,準備した甲斐があったよ」
「…でも,明日はちょっと筋肉痛が心配かも…」エヘヘ
「う~ん,実はあたしも…。明日は動けないかもね…」タハハ
私たちの目の前には一つの大きな木の樽があります。今日のみんなとの楽しい思い出と,さやかちゃんの愛情が一杯に詰まった樽。いずれワインが熟したら,栓を開けて飲むことになるんだろうけど,何だか勿体ない気がします。
「あ~,ひょっとしてまどか,今すぐにワイン飲みたいな,なんて思ってない?」
「ふぇ!? そ,そんなことないよ! 私が見つめてたのはそういう意味じゃなくて…」
「はいはい,遠慮しなくていいよ。こんなこともあろうかと,ちゃんと用意しておいたから。味見くらいなら大丈夫でしょ?」
そう言ってさやかちゃんが取り出したのは,2つのワイングラスと高級なお酒が入っていそうな瓶(中身は当然ワインなのでしょう)でした。あれ,こんなお酒,私の家にあったかな…? さやかちゃんがテーブルの上に置いた瓶を手にとってラベルを見たその瞬間…私の記憶の奥底で眠っていた思い出が鮮やかに蘇りました。
5.
それはまだ,私が見滝原にやってくる前のこと。家族が増えるし,そろそろまどかも自分の部屋が欲しいだろう,ということで,私たちの家族は引っ越しすることになりました。せっかくの日曜日だというのに,大きなお腹を抱えながら,ママは今朝もいつもと同じように会社に出かけていきました。
「経理のハゲにネチネチいやみを言われたくねーから,産休する分まで働いてから休んでやる!」
これがその頃のママの口癖でした。
私は,パパを手伝って引っ越しの荷造りです。今日はママのお酒のコレクションの箱詰めから始めることになりました。
「わざわざ荷造りすんの面倒だし,いっちょう出産の前祝いに全部空けちまうか?」
数日前,軽い口調でそう言ったママでしたが…。その後,いつになく厳しい口調のパパに懇々とお説教されてしまったのでした。
「パパに怒られちゃったよぉ…ほんの冗談のつもりだったんだけどな…」
いつになくしおらしいママがちょっと可哀想になりましたが,賛同はできません。ママ,そりゃパパも怒るって。
戸棚に並べられたママのコレクションをテーブルの上に並べ,新聞紙にくるみながら箱詰めしていきます。始めはうまくくるめなかったけれど,やり方をパパに教わっているうちに,きちんとくるむことができるようになりました。私がコツを覚えたのを確認すると,パパは他の荷造りのために隣の部屋へ行ってしまいました。
お酒の瓶を独りで黙々とくるんでいると,本当にもうすぐ引っ越しなんだな,という実感が湧いてきます。当たり前のことなんだけど,お別れしなくちゃいけない今の友達の顔ははっきり思い浮かぶのに,引っ越し先で出会う新しい友達の顔は想像できなくて…。そのことが私を不安にさせていました。
(新しい学校でも,また友達できるかな?)
(私ってどんくさいし,自慢できるような特技も何もないし…)
(イジメとか,されたりしないかな…)
不安な気持ちのまま,新しいお酒の瓶を手に取った私は,その形が他の瓶と違うことに気づきました。
「…あれ? このお酒,ママが飲んでるのとちょっと違うみたい…」
同じくるみ方でいいか分からなかった私は,隣の部屋にいるパパを呼びました。
6.
「ああ,これはワインだね。ママは蒸留酒が好きで,ワインはあまり飲まないんだ」
「ふ~ん,じゃあどうしてここにあったんだろう?」
「このワインは僕が買ったものだよ」
「パパが買ったの!? パパってお酒飲めるの!?」
「ははは,もちろん飲めるよ。ただ,あまり強くないから,お酒の席でつきあいで少し飲むくらいだけどね」
それほど好きではないはずのお酒の瓶を,慈しむような視線でしげしげと眺めていたパパは,その様子を不思議そうに見ている私に尋ねました。
「まどか,ボジョレーヌーボーっていうワインを知っているかい?」
「ぼじょれー…?」
「普通のワインは何年間か保存した後で飲むんだけど,ボジョレーヌーボーはその年にできた葡萄で作られているんだ。そのワインを飲めるようになる日は決まっていて,11月の3回目の木曜日が来るまでは飲んじゃいけないことになってる。まどか,このラベルに書いてある年を見てごらん」
「…これって,ひょっとして私の生まれた年?」
「うん,まどかが生まれたのがとても嬉しくて,思わずその年にできたボジョレーヌーボーを買ってしまったんだけど,飲んでしまうのが勿体ない気がしてね。まどかが二十歳になったら一緒に飲もうと思って,取っておくことにしたんだ」
「そう…なんだ」
「まどか。まどかの不安はパパにもよく分かるよ。パパもママも,今まで色んな人たちと出会ったり別れたりしてきた。中にはひどい意地悪をする人もいたけど,守ってくれる人も必ずいた。まどかもいつか,ずっと一緒にいたいと思える人に出会う日が来るだろう。その人はきっと,まどかの本当の良さを分かってくれる。だから,まどかはまどからしく,今のままで居ればいいと,パパは思うよ」
「…うん。ありがとう,パパ」
私が生まれたときのパパの喜びや,私の不安な気持ちを気遣ってくれるパパの優しさが嬉しくて。鼻の奥の方がツンとしてきた私は,泣きそうな顔を見られるのが恥ずかしくて,思わずパパに背を向けて,今日の思い出とパパの優しさが詰まったワインの瓶を新聞紙にくるむ作業を続けたのでした。
7.
「ねえ,まどか」
「ふぇ!?」
さやかちゃんの声でふと我に返った私が,手元のワインのラベルから視線を上げると,そこには不安げなさやかちゃんの顔がありました。
「ひょ…っとしてそのワイン,その…特別な意味のあるワインだったり…する?」
「え…」
本当のことを話せば,さやかちゃんがまた自分を責めてしまうことは分かっていたけれど,この世界に来てまでさやかちゃんに嘘をつきたくなくて。私は正直に話をしました。
「ああ…そうだったんだ…」
「うん…」
「もう…ホントに…あたしのバカ~~~!! まどかの大切な思い出のワインを味見程度に開けようとするなんて…」
「そ,そんなことないよ! さやかちゃんがそのワインを見つけてくれなかったら,この思い出もずっと忘れたままだったんだし…。さやかちゃんが思い出させてくれたんだよ」
「でも…うう…ホントにごめん,直ぐに戸棚に戻してくるね。せっかく盛り上がったところに水を差しちゃうけど…」
「…ううん,そのワイン,今さやかちゃんと飲みたい」
「まどか…?」
だって,今日は記念日だから。パパとの大切な思い出を思い出せた日。初めてワイン作りに挑戦した日。そして,さやかちゃんと,みんなと,楽しい思い出を作った日。
「本当に,いいの?」
「うん,何だったら私が開けるよ?」
「このコルク栓はまどかの力じゃ無理だよ。いいよ,あたしが開ける」
コルク用の栓抜きを使ってワインの栓を丁寧に開けた後,さやかちゃんは2つのワイングラスに,ほんの一口分のワインを注ぎました。
「それじゃあ,気を取り直して」
「まどかのパパの優しさに」「さやかちゃんの愛情に」『乾杯!』
「う~んなるほど,これがワインの芳醇な香りって言うヤツですかぁ?」
ワイングラスを回しながら,香りを味わっているさやかちゃんの姿が様になっています。私は目の高さまでグラスを掲げ,さやかちゃんを見つめました。ワイングラス越しに見たさやかちゃんの顔は,面白い形にゆがんでいます。パパが言っていたのとは少し意味が違っているかもしれないけれど,そこに映っているのは,まぎれもなく私がずっと一緒にいたいと思える人でした。
さやかちゃんと私は目を合わせ,二人同時に赤色の液体を口に流し込み,
あまりの不味さに,二人同時に吹き出したのでした。
「うぇ,べへっ,べへっ! ワ,ワインって本当にこんな味なの!?」
「こ,こんなの絶対おかしいよ!!」
疑問に思ったさやかちゃんが地上界のネットに接続し,ボジョレーヌーボーの賞味期限が1年に満たないことを知ったのは,その日の夜のことでした。
パパ,先に言ってよ……でも,ありがとう。
最終更新:2011年11月30日 08:36